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3話 祖父
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「おじいちゃん、聞こえる?私が今夜は一緒にいるからね。気が付いたら起きてね」
祖父の病室に帰るなり母が祖父に近づいて話しかける。そして手を擦ったり額に手を置いたりして声を何度もかけ続けた。ちょっと動くたびに何々をするからねと逐一声をかけている。
「悠里、貴方もおじいちゃんに声をかけてあげて?昔は一杯遊んで貰ったでしょう?」
一人隅っこで立っていると母にそう言われた。祖父を直視出来ないと思っていた。いや、したくなかった。こんな姿の祖父を私は見たくなかったから。でもなんの為にここに来たのか、私は母に言われるまま祖父に近づいた。
「おじいちゃん・・・」
ベッドの側に立ち祖父を見下ろす。その姿はやせ細りやつれ血管が至る所から浮き出ていた。昔は焼けていた肌は少し薄くなっていて、髪も昔はフサフサだったのに今は薄くなったような気がする。
その祖父を見て様々な思い出が浮かんでは消える。一緒に行った公園。縁側で食べたスイカ。一緒に見た紅葉。一緒に作った小さな小さな雪だるま。そんな沢山の思い出は浮かんでは消え止められなくなる。
「悠里?」
「っ!」
母に声を掛けられ現実に引き戻される。そして母の方を見るとその姿が滲んでいた。
「悠里・・・?」
「え?あれ?何でだろ。止まんないや・・・」
私の目から液体が溢れ続ける。悲しいとは思っていたけどここまで出るとは思っていなかった。本当になんでここまで出てくるのか分からなかった。
「ごめん・・・!」
「あ!悠里!」
私は急いでトイレに行って個室に籠った。何でなんでこんなことになるの。何でこんな思いをするの。分からない。わからない。それでも祖父のことを大事に思っていることだけは思い出した。
それから10分も経てば落ち着くもので個室から出て鏡を見る。そこには目を真っ赤に腫らした自分が映っていた。ポケットティッシュで鼻をかんだり目を優しく拭いて祖父の病室に戻った。
「悠里・・・大丈夫だった?」
「うん、多分平気」
私は母を安心させるようにぎこちなく笑顔を浮かべた。
母には強がりなのがバレているのか寄った眉は元には戻らない。しかし、そういった手前大丈夫なのを見せなければ。
私はもう一度祖父をまじまじと見る。その顔も体もついている機械も。そして受け入れる。今の祖父の状態をそうしなければならないから。
「おじいちゃん。また一緒に遊ぼう?」
気が付いたら声が出ていた。何でそんなことを言ったのかは分からない。それでも気が付いたらそう言っていた。
「・・・」
しかし、祖父から返事は返ってこない。当然だ。実の娘の母の声に返事をしないのに私の言葉に返事をする訳がない。
「悠里・・・辛かったわね。今日の所はいいから家に帰りなさい。一晩ゆっくり寝て休めば大丈夫だから」
「うん・・・」
母にそう言われても私は祖父から目が話せなかった。何か一言でもいい。しゃべって欲しい。その思いを込めて祖父を見続ける。
「もう・・・ほら、おじいちゃんいえ、父さん!貴方の可愛い孫が返事を期待してるのよ!?ちゃんと返事をしてあげたらどうなの?」
「・・ぅ」
「何て!?」
今何か小さかったが何かを呟いた気がする。私と母で祖父を挟みこむようにして顔を近づける。
「・・・」
しかし今度は何も言っていない。さっきの言葉を聞き逃したのが悔やまれる。
「父さん!もう一回行って!聞こえなかったわ!」
(あの景色は、もう見れんのか)
今度は聞き取れた!そう思って母の方を見ると険しい顔をしている。
「今の聞き取れた!?母さん!」
「ええ、聞き取れたわ」
聞き取れたというのに何でそんな位表情をしているのだろう。
「どうしてそんな顔をしてるの?」
「父さんは見たい景色があるっていったと思う。でもその景色が何か分からない。もし分かったとしても、こんな状態のまま連れていける訳ないじゃない・・・」
「・・・」
折角聞き取れておじいちゃんの景色を見せられる!と思っていたのにそんな・・・。あ、でも。
「場所さえ分かれば見せられるよ!」
「どうやって?」
「簡単よ!カメラで撮って見せればいいのよ!それにもし場所が遠すぎてもインターネットを使えばどこの景色でも見れる!多少の距離なら私が見て撮ってきてもいいし!」
母もそうだったと納得してくれた。
「そうね。そうよね。今の時代進歩したのよね。分かった。父さんの体調を見ながらだけど何とか話しかけてみる」
「お願い」
「それじゃあ今日の所は帰りなさい。はいこれ」
母はそう言って財布から5千円を取り出し私に差し出す。
「え?何のお金?」
「タクシー代と今夜の夕食代。それで何とかして」
「分かった」
私はそれを受け取ろうと手を伸ばすと母の手が下がった。不思議に思って母の顔を見ると暗い。
「悠里・・・、貴方は身内の死を経験していない。だからこれから訪れる感情はとっても強いと思う。だから一度ゆっくり寝て、落ち着きなさい。そうすれば、ちゃんと受け入れるから」
母はそう言って私を抱きしめてくれた。そんなに不安そうな顔をしていたのだろうか。
「それじゃあ和也もじゃない」
「あの子はおじいちゃんとそんなに遊んでなかったから多分大丈夫よ。それよりも今私が心配なのは貴方。おじいちゃんの為とか言わずにちゃんと休みなさい」
「分かった・・・」
「いい子ね。もしおじいちゃんの見たい場所が分かったら連絡するから、それまではしっかり休んでおくのよ?」
「はい」
「じゃあ、またね」
「うん。また」
私は母と別れて病院を出る。すれ違う松葉杖をついて歩く人、その人を後ろからそっと見守る看護師さん。忙しそうにカルテを見ながら私を追い越していく医師など。色々な人達と一瞬の時を過ごす。
病院から出るとタクシー乗り場に停まっていたタクシーに乗り、行き先を告げる。
タクシーの運転手は了承を伝えてくると車を発進させた。
車から見える光景は先ほどと変わらない。何処にでもある飲食店、車が通るたびに吠えている犬、ずっと何も立つことのない空地。それを目の端で捉えながら次の景色を瞳に映す。
そのまま家に帰った私はいつもより早く寝た。それなのに私は疲れていたのか朝はいつもと同じ時間に目が覚める。
「おじいちゃん、聞こえる?私が今夜は一緒にいるからね。気が付いたら起きてね」
祖父の病室に帰るなり母が祖父に近づいて話しかける。そして手を擦ったり額に手を置いたりして声を何度もかけ続けた。ちょっと動くたびに何々をするからねと逐一声をかけている。
「悠里、貴方もおじいちゃんに声をかけてあげて?昔は一杯遊んで貰ったでしょう?」
一人隅っこで立っていると母にそう言われた。祖父を直視出来ないと思っていた。いや、したくなかった。こんな姿の祖父を私は見たくなかったから。でもなんの為にここに来たのか、私は母に言われるまま祖父に近づいた。
「おじいちゃん・・・」
ベッドの側に立ち祖父を見下ろす。その姿はやせ細りやつれ血管が至る所から浮き出ていた。昔は焼けていた肌は少し薄くなっていて、髪も昔はフサフサだったのに今は薄くなったような気がする。
その祖父を見て様々な思い出が浮かんでは消える。一緒に行った公園。縁側で食べたスイカ。一緒に見た紅葉。一緒に作った小さな小さな雪だるま。そんな沢山の思い出は浮かんでは消え止められなくなる。
「悠里?」
「っ!」
母に声を掛けられ現実に引き戻される。そして母の方を見るとその姿が滲んでいた。
「悠里・・・?」
「え?あれ?何でだろ。止まんないや・・・」
私の目から液体が溢れ続ける。悲しいとは思っていたけどここまで出るとは思っていなかった。本当になんでここまで出てくるのか分からなかった。
「ごめん・・・!」
「あ!悠里!」
私は急いでトイレに行って個室に籠った。何でなんでこんなことになるの。何でこんな思いをするの。分からない。わからない。それでも祖父のことを大事に思っていることだけは思い出した。
それから10分も経てば落ち着くもので個室から出て鏡を見る。そこには目を真っ赤に腫らした自分が映っていた。ポケットティッシュで鼻をかんだり目を優しく拭いて祖父の病室に戻った。
「悠里・・・大丈夫だった?」
「うん、多分平気」
私は母を安心させるようにぎこちなく笑顔を浮かべた。
母には強がりなのがバレているのか寄った眉は元には戻らない。しかし、そういった手前大丈夫なのを見せなければ。
私はもう一度祖父をまじまじと見る。その顔も体もついている機械も。そして受け入れる。今の祖父の状態をそうしなければならないから。
「おじいちゃん。また一緒に遊ぼう?」
気が付いたら声が出ていた。何でそんなことを言ったのかは分からない。それでも気が付いたらそう言っていた。
「・・・」
しかし、祖父から返事は返ってこない。当然だ。実の娘の母の声に返事をしないのに私の言葉に返事をする訳がない。
「悠里・・・辛かったわね。今日の所はいいから家に帰りなさい。一晩ゆっくり寝て休めば大丈夫だから」
「うん・・・」
母にそう言われても私は祖父から目が話せなかった。何か一言でもいい。しゃべって欲しい。その思いを込めて祖父を見続ける。
「もう・・・ほら、おじいちゃんいえ、父さん!貴方の可愛い孫が返事を期待してるのよ!?ちゃんと返事をしてあげたらどうなの?」
「・・ぅ」
「何て!?」
今何か小さかったが何かを呟いた気がする。私と母で祖父を挟みこむようにして顔を近づける。
「・・・」
しかし今度は何も言っていない。さっきの言葉を聞き逃したのが悔やまれる。
「父さん!もう一回行って!聞こえなかったわ!」
(あの景色は、もう見れんのか)
今度は聞き取れた!そう思って母の方を見ると険しい顔をしている。
「今の聞き取れた!?母さん!」
「ええ、聞き取れたわ」
聞き取れたというのに何でそんな位表情をしているのだろう。
「どうしてそんな顔をしてるの?」
「父さんは見たい景色があるっていったと思う。でもその景色が何か分からない。もし分かったとしても、こんな状態のまま連れていける訳ないじゃない・・・」
「・・・」
折角聞き取れておじいちゃんの景色を見せられる!と思っていたのにそんな・・・。あ、でも。
「場所さえ分かれば見せられるよ!」
「どうやって?」
「簡単よ!カメラで撮って見せればいいのよ!それにもし場所が遠すぎてもインターネットを使えばどこの景色でも見れる!多少の距離なら私が見て撮ってきてもいいし!」
母もそうだったと納得してくれた。
「そうね。そうよね。今の時代進歩したのよね。分かった。父さんの体調を見ながらだけど何とか話しかけてみる」
「お願い」
「それじゃあ今日の所は帰りなさい。はいこれ」
母はそう言って財布から5千円を取り出し私に差し出す。
「え?何のお金?」
「タクシー代と今夜の夕食代。それで何とかして」
「分かった」
私はそれを受け取ろうと手を伸ばすと母の手が下がった。不思議に思って母の顔を見ると暗い。
「悠里・・・、貴方は身内の死を経験していない。だからこれから訪れる感情はとっても強いと思う。だから一度ゆっくり寝て、落ち着きなさい。そうすれば、ちゃんと受け入れるから」
母はそう言って私を抱きしめてくれた。そんなに不安そうな顔をしていたのだろうか。
「それじゃあ和也もじゃない」
「あの子はおじいちゃんとそんなに遊んでなかったから多分大丈夫よ。それよりも今私が心配なのは貴方。おじいちゃんの為とか言わずにちゃんと休みなさい」
「分かった・・・」
「いい子ね。もしおじいちゃんの見たい場所が分かったら連絡するから、それまではしっかり休んでおくのよ?」
「はい」
「じゃあ、またね」
「うん。また」
私は母と別れて病院を出る。すれ違う松葉杖をついて歩く人、その人を後ろからそっと見守る看護師さん。忙しそうにカルテを見ながら私を追い越していく医師など。色々な人達と一瞬の時を過ごす。
病院から出るとタクシー乗り場に停まっていたタクシーに乗り、行き先を告げる。
タクシーの運転手は了承を伝えてくると車を発進させた。
車から見える光景は先ほどと変わらない。何処にでもある飲食店、車が通るたびに吠えている犬、ずっと何も立つことのない空地。それを目の端で捉えながら次の景色を瞳に映す。
そのまま家に帰った私はいつもより早く寝た。それなのに私は疲れていたのか朝はいつもと同じ時間に目が覚める。
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