都会を抜け出して地方で始めた農業~頻繁に呼びに来てくれる可愛い子はもしかして脈ありなんですか?~

土偶の友

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プロローグ

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 晴れ渡る空。広大な緑。空は雲が少し点在していて、多すぎず少なすぎず綺麗だ。緑は俺が手塩にかけて育てた物である。その景色を見て俺は一つ頷き、肩にかけていた白い手拭いで汗を拭く。

 手拭いは既に濡れており濡れていない所を探してそれで拭く。白いTシャツも汗と土で所々汚れ、下の作業着はそれ以上に酷い状態だ。黒い長靴など黒なのか茶色なのか分からないほどだ。

「ふー今日も結構やったな……」

 時刻はまだまだ3時ほどか、気温はさっきよりは下がったがそれでも時期的には暑い。それでもこの気温の中でする農作業は素晴らしい。この広大な畑に自分の好きな野菜を植えてそれを販売する。その大変さと美味しい作物が実った時の喜びと言ったら言葉では言い表せない。

 その景色を見て一しきり満足し、また作業に入る。俺はクワをもってネギに土をかけるのだ。こうすることでネギの白身が多くなり、より大きく成長する。

 この作業はというかほとんどの作業は機械でやってしまった方が圧倒的に早いし簡単だ。俺もそれは使っているが、家で食べたりする分の物は自分でこうやって作っている。ちゃんと俺は農業をしているんだ。机に座ってキーボードを叩くように機械を操縦しているんじゃないんだ、ってことを理解したい。

 それから数十分農業をしていた時に近くから俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

「お~い! そろそろ休憩にしようよ~!」
「分かった! 今行く~!」

 俺は大声で返事をして、彼女は笑顔で手を振って先に戻って行く。
 
 彼女は素朴な丸顔の可愛らしい感じの子だ。ここに越してきて最初に挨拶に来てくれたのも彼女だった。彼女は紺色のデニムを着ていて、日除けの帽子を被りすたすたと歩いて行ってしまう。

 俺はそんな彼女の背を見送って作業をいったん中断する。クワをもっていつもの納屋に行き、道具は元の場所に戻す。また後で使うにしても場所は決めた所においておかないと無くしてしまう。そんなことになったら純粋に大変だし、仕事が再開できない。だから多少大変でも道具は元に戻しておく。それが俺がここに来て最初に教えられた大事なことの一つだった。

 俺は納屋に行く。そこは小さな建物で一方が常に開いている。そして誰でも直ぐに入ることは出来るが、それでも物が盗まれたことは一度もない。都会にいた時は考えられなかったことだが、それがここでは当たり前になっている。未だに家に鍵をかけないという家もあるくらいだ。

「良し、ちゃんとそろってるな」

 俺はいつも通りの場所に道具を戻し、いつもの場所に道具があることを確認して安心する。それから俺は一度Tシャツを脱ぐ。

「あっついな」

 俺はそれを洗濯用の籠に放り込む。そこには既に複数のTシャツが放り込んであって、今日これで何度目だろうか?3回は着替えた気がする。まぁ、そんなことはいい。いつものことだからだ。俺はそこに置いてあるバスタオルで体をしっかりと拭いて新しいTシャツを着る。

「よし。今日は何を持って行こうかな」

 俺はそこに置いてある菓子の入った段ボールを探す。

「これはどうだ? あーでも昼に食ったのはあれだったしな。いや、でもこれも捨てがたいな」

 そうして迷うこと数分。今日はこれがいいと決めたものを持って、いつもの場所に向かう。

「♪~~」

 こうして3時のおやつに向かう俺は、まるで子供に若返ったようで鼻歌なんて歌ってしまう。その歌はどこかで聞いた曲で、頭の中に残っているから時々口ずさんでしまうのだ。自分としてもこれだけ広いんだし少しくらい歌ってもいいだろうと止めることはしなかった。これも働いていた時は、隣を歩く人の事を気にしてできなかったことの一つだ。

 右を見ても左を見ても広大な畑。勿論それぞれの所にネギやキャベツ等上げ出したらきりがないほどの野菜が拡がっている。勿論そうした中に家もあるのだけど、所々に点在しているだけで視界にはなかなか入らない。

 俺は歩いて隣の家に行く。隣の家といっても歩いて10分くらいはかかるので、意外と大変な距離といってもいい。そして当然ながらその場所でも同様に野菜が青々と生い茂っている。それらの物は俺が育てているよりも一回りも二回りも大きい。

「うーん。やっぱり違うなぁ。気候は同じだから言い訳出来ないし、一体何が違うんだろう?」

 俺はお隣さんと自分の所の違いが気になって仕方がない。ここに来て最初は自分の力だけでやれると思っていた。だけど、それはただの過信でしかなかった。最初の収穫期には想定した十分の一以下の量しかとれず、味も酷いものしか作れなかったことを思い出す。それをここまで大きく、美味しくしてくれたのはお隣さんだ。農業の人口を増やし地方に住んでもらうために国がやっている事業の一環で会った相手だが、今ではこうしてお昼や3時のおやつを一緒に食べる間柄にまでなった。

 肥料の量、水を巻くタイミング。農業は相手が生き物だけあって様々な事柄が影響する。本当だったらその秘密を教えてくださいって聞きに行く所だけど、そんなことはしない。ここまで出来るようにしてくれた彼らに感謝しているし、俺自身、もっと自分で考えながら最善の方法を試して見たいと思う。

 俺は拡げてある風呂敷の所に行く。そこにはこのお隣さんの人であるおじさんとおばさんが座って茶を飲んでいた。彼らは年50代くらいで年齢は途中から数えるのを止めたといっていたので分からない。

「こんちはー!」
「おーよく来たな。座って行け」
「元気にしてたかいね?」
「さっきあったばかりじゃないですか」

 俺は勢いよく挨拶をすると俺の方に二人が振り返ってくる。そしていつものように歓迎してくれるのだ。

「そうだけどねぇ。心配な物は心配なんよ~」
「ありがとうございます」
「気にしてんじゃねぇ。それじゃあ食うか」

 おじさんはそう言って風呂敷の中央に置かれているお菓子の袋に手を伸ばす。それはここの家で良く出されるものだ。何でもそのお菓子はこの近辺の工場で作られているため、結構な頻度で出てくるのだ。

「何言ってんだいあんたは。自分の娘を送り出したことを忘れちまったのかい?」
「ああ、そう言えばそうだった」

 そんな話をしながら少し待っていると、さっきの少女と女性の中間にいるくらいの子が老婆を連れて歩いてくる。その姿はゆっくりしているが足取りはしっかりしていて、もうそろそろとなったら老婆は少女の手を振り払ってさっさとこっちに来た。その目は俺を真っすぐに見つめているようでどうかしたのだろうか。

 俺はおばさんに出されたお茶を飲みながら彼女が来るのを待っていた。

「お待たせしました~」
「待ってねえぞ」
「悪いねえ、私がリハビリで歩きたくってねえ」

 そう、俺があの二人を見守っているだけで手を出さなかったのはそれが理由なのだ。最初の方は俺がおばあさんに声をかけて、背負っていこうかって何度も聞いた。しかし、農家に問う継いできたんだからお荷物にはならん、そんなのに頼っていると弱っちまうと言うことで彼女はずっと歩いているのだ。

「それじゃあ母ちゃんもきたし、食べるか」
「そうだね」
「そうしようかねえ」
「そうだよ!」
「はい」

 こうして隣の家のおやつに混ぜてもらって俺は一緒に食事をする。

 開始して俺は少女に学校の様子を尋ねる。高校3年生なのに、家の手伝いとしてこの家で働いている彼女。大丈夫なのだろうか?

「そういえば最近は学校はどうなんだ?」
「えーいつも通りだよ? 普通に行って、勉強しておやつ食べて、勉強してお昼食べて、勉強しておやつ食べて完璧だよ」
「食べ過ぎじゃないのか?」
「もう、レディーにそんな事を聞くのは失礼だよ!」
「悪い悪い」

 俺は軽く謝る。彼女もそんなに怒っていないようで直ぐに膨らませていた頬を元に戻していた。

「っていっても進学か就職かのことを選ばなきゃいけない時期だろ? どうするんだ?都会に行きたいなら色々教えられるぞ?」

 俺も田舎から都会に憧れて大学で上京して就職した口だ。今ではUターンしてきたとはいえ、あちらにいた経験はそれなりにあると自負している。

「んーそうなんだけどねえ。私としては就職したいなーって考えてるんだけど」

 そう言って俺を見つめてくる。お? どこか気になる事があるのか? 俺で良ければ協力するのはやぶさかではない。それどころか全力で応援しよう。

「どこなんだ? 〇〇商事とかか? それとも〇〇物産とか?」

 俺は取りあえずこの辺りでおススメと言われている会社を紹介する。俺も最初は農業に失敗した時はここら辺の企業に就職しようと考えていたからだ。彼女が入ってもきっと楽しい人生が約束されるだろう。

 彼女はじーっと俺をぶしつけな視線で見つめてくる。なんなんだろう。何か間違っていたのだろうか?

「そういうことじゃないんですけどねー」
「じゃあどういうこと何だ?」
「何でもないですー。それで、今年の野菜はどう?」
「唐突に変わったな。でもまぁ、去年 よりは当然いいよ。量も質も段違いだと思う」
「それはいいね。上手く行くようになったらネット販売とかも出来るもんね」
「ああ。上手くいくかは分からないし、それなりの物を見せないといけないからな」
「中々難しいらしいね。見つけてもらえないって」

 彼女が空を見上げる。

「だな」

 今の時代、農協だけに任せておけば後はいいみたいな物ではない。自分で販路を持ち、美味しい野菜を作ること以外にも手を出して行く。それくらいの気力が無ければ上手く続かないだろう。

 だから俺は上手い野菜を作るのは当然として、それ以外の行動も起こしている。そのせいか自分の時間は持てないし、そろそろ30が近いのに恋人の一人もいない。でも、今の俺はそれでもいいと思っている。確かに一緒の時を埋めてくれる人も大事だが、こうやってやりたいことに向かって進んでいる時も必要だと思うのだ。

 俺も彼女の様に空を見る。そこは変わらぬ水色都会にいた時は見えなかった広さだ。俺はそこに飛び込みたくなった。

「飛び込めねえよなあ」
「どうしたの急に?」
「いやさ、空ってあんなに青くて、広くて高くて。手を伸ばせば届きそうなのにさ。あそこに入っていくことって出来ないんだなって」
「何言ってるの? ちょっとおっさんぽくない?」
「え? マジで。ちょっとおじさんショックなんだけど」
「ははは、自分で言ってるじゃん」
「ははは」

 そうやって笑い合う。こんな時間がとても楽しい。都会にいた頃を思い出すともうあんな生活には戻れないとハッキリと思う。

 都会に居たころの俺はただの人形だった。毎日満員電車に揺られながら会社へ行き、したくもない仕事をして、下げたくもない頭を下げる。臭いおっさんと密着して朝から気分は最悪だし、やっている仕事はこんなこと無駄です。そう言った要望書を出してもこれが会社のルールだからで片づけられる。終いには上司が俺から奪っていった仕事をお前の責任だと言われて謝りに行かされる。そんな毎日。くだらない、存在するのか価値を疑わさせられる毎日。

 休日はそんな毎日の疲労を取ることに当てられて、どこへ行くでもなく家の中でただただ寝ているだけ。適当な動画サイトを見たり、料理をネット注文する。休日に家から出るの何て1か月に一度あるくらいだった。

  それが今はどうだ。汗を流して働く毎日。たしかにきついことも多いし、楽かと言われるとそういうものでもない。だが、俺は選べるのならこちらの方がいい。

 毎朝起きて野菜に水をやり雑草を取ったり土を撒いたり色々とやることがあるんのだ。そんなに色々なことがあって飽きることはない。勿論毎年同じ種類の同じ品種を作っていればそんなことが起きるかもしれないが、それでもその年の気候で同じになることなんて絶対にない。

 もちろん相手は生き物なので休日なんて農閑期にしかないが、それでも俺はこの生活が好きだった。農業で体も鍛えられてメンタルも大分良くなったし、こうやって毎日動くことでご飯もとても美味しいのだ。

「ふ~美味しかったです」
「あらあら、いつでも来ていいですからね」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ気を付けて」
「はい」

 こうして俺は今日最後の仕事をする為に自分の畑へと戻って行く。いるのはおばちゃんだけで他の人は用事だったり祖母を他の場所に連れて行っているだったりで今この場にはいない。それもまたいい。わざわざここにいなければならないという訳ではないのだから。

 俺はおばちゃんと別れて作業の続きをする。

「よし、もうひと踏ん張りだ」

 俺は気合を入れ直してクワを振るう。
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