奇説二天記

奇水

文字の大きさ
9 / 27
幕間ノ一

的場鉄斎、夜を彷徨い、岩流と対峙する事。

しおりを挟む
 なんだか――めんどうだな。
 夕刻から夜に変わりつつある姫路の町で、飯屋からの帰り道、的場鉄斎はそんなことを思う。足取りも何処か重かった。いかにも覇気というものが感じられない。
 そっと手を左頬に当てた。
 つい四日ほど前、かの新免武蔵の兵法指南所に赴いた折りに打たれた箇所である。
 さすがに痛みは残っていない。ないのだが、顎の付け根辺りが諤々としている気がする。歯は一本と欠けることはなかったが、運がよかったのだろうか。
 いや、多分、不幸中の幸いというべきものである。
 あの猛烈な張り手を受けて死ななかったこと、歯が無事だったことは、それを目撃した者からしたら何か神仏の加護があったとも言えるほどの幸運であったらしい。
 失神してからとっていた宿に運び込まれた鉄斎に、次の日にあの時に道場にいた武蔵と彼以外のただ一人の男――たつぞうという老人が見舞いにきた。
 一人だけではなく連れがいた。あの時はいなかったが武蔵の弟子であったという壮年の男である。こちらは名前を聞かなかったし、名乗りもしなかった。 この人は、武蔵流の柔術を学んで骨接ぎなどをしているとたつぞうは言った。
 あまり知られてないことだが、新免武蔵という人物は剣の他に柔術の使い手でもあった。
 それ自体は兵法者として珍しいことではない。そして柔術は稽古の過程で骨を追ったり関節が外れたりということは時にあるので、それを治すための施療の術、いわゆる活法が得意な者は多い。
 実はこの人に、打たれてすぐの時に施術してもらっていたのだとも鉄斎は知った。気絶している間のことであるから覚えが無いのは当然のことである。
「大事ないようですな」
 と言われて、「かたじけない」と鉄斎は頭を下げた。
 念のために顎の調子を見てもらったが、「しばらくすれば復調するでしょう」ということでそのままその男は帰宅していった。あまり暇の無い人物であったらしい。
 たつぞうはしばらく残っていたが、なんとはなしに鉄斎は彼と世間話を始めていた。
 なんとなく、人恋しさのようなものを感じていたというのがある。
 誰でもいいから、愚痴をこぼしたくなって仕方がなかった。
 武士としての矜持、兵法者としての自信、そのようなものは諸々にあの時の一撃の前に粉微塵になっていた。
 今となっては、なんのために武術などをやっていたのか、そのことを考えるのも、虚しくなる――のを通り越して、何だか他人事のように思えてくる。
 悔しいとか恐ろしいとか、そういう感情さえ残らなかった。
 あるのは二十五歳の、何処にでもいるようなただの盆暗としての自覚である。

(なんで、兵法など始めたのだろう)

 ということを、つい考えてしまう。
 自らを省みるだなんて、そんなことさえ今までしたことがなかった。
 鉄斎は加賀の生まれである。
 加賀は中条流が盛んな土地である。中条流では富田勢源といわれる名人がかつていて、この家が師範家として多いに盛り上げたことから富田流とも言われて世間に知られていた。
 的場が習った戸田流も、その富田家から出た一派である。幼少より学んだ鉄斎は十八にして皆伝を得て、そこからさらに練磨する内に自得するところがあり早抜きの妙法を得た。それを試すために旅立ったのである。
 故郷からこの明石につくまでに、何人もの兵法者の元を巡った。
 新陰流やら新当流やらの当代の使い手たちに、勝ったり負けたりを何度も繰り返しているうちに、それでも自信がついた。
 いっぱしの兵法者としてそれなりに評価もされるようになった――と鉄斎は思った。
 それは、あながち思い込みではないはずだ。
 明石を目指すことにしたのは、勿論、そこに高名な新免武蔵がいるからである。
 江戸や大坂、京……あちらこちらで、その名前を聞いた。
 当代一流、最高の兵法者とは誰か――そんな話題が出るごとに最初に名前が挙がるのが新免武蔵であった。
 六十余度の勝負で、悉く勝利し、
 芸事に通じて大名たちにも評判がよく、
 年も四十幾つという、些か年配になりつつはあるが、兵法者として円熟の領域に達しているだろうと思える頃合である。
 もっとも。
(円熟どころか……)
 なんというか、上手く説明はできないのだが、実際に会ってみた宮本武蔵は、本当に、とにかく説明しがたい人物であった。
 話を聞いていた途中で絵を書き出し――
 磨き上げた抜刀術の妙技もまるで通じず――
 八つ当たりのような理由でぶん殴られた。
 何がなんだか解らない。
 別に、鉄斎とても武蔵に勝とうというような大それたことを考えていた訳ではない。
 噂に聞くだけでもその技倆の高さというのは伝わってくる。
 どんな相手だか知らないが、六十回も試合をして負けなかったというのはただごとではない。
 仮に話半分としても三十回だ。相当なものである。
 それらが全部嘘のはったりだということは鉄斎は考えない。兵法者としてハッタリは必要ではあるが、ハッタリだけで上り詰められるわけがない、ということも承知しているからである。
 とにかくただ事ではない。只者ではありえない。
 会ってみたい、と思った。
 あわよくば、話をして自分の流儀に足りないものを教唆してくれるのではないか――そんな期待をしていた。
 しかし、それとても会いたいと思ってから付け加えたような理由でしかないように思う。
 今から考えれば、いかにも田舎者だなあという気がする。
 そして、実際に会ってみて。
(全部ぶち壊された)
 何が何だか解らなくなった。
 今まで築いてきた剣の修行の遍歴も、積み重ねてきた兵法者としての自信も、本当に何もかもが、新免武蔵という人の張り手の一打の前には、なんの意味も価値もないのだと思えた。
 壊されて――しかし、それを恨みと思う気持ちもわいてこない。
 兵法者にあるまじきことにも思えるし、武士としては情けないことだとも思う。
 だが、それこそ他人事のようだと、本当にそう感じるのだ。
 ……そのようなことを、鉄斎はたつぞうに話した。
 こんな長々と自分語りを聞かせてしまうつもりはなかったのだが、たつぞうは制止もせずに聞けるだけの言葉を受け止めてくれたようだった。
 正直、申し訳ないと思う。
 一通り聞いた後のたつぞうは、何かを思い出しているような顔をしていたのが、やがてぽつりと。
「まあ、色々と試してみるといいですよ。人生はまだ長いですからな」
 鉄斎は、ぼんやりとその言葉を聞いていた。


 その日から、もう四日たった。
 まだ、的場鉄斎は自分がどうすべきか解らないままだった。
 気が付けば、逃げるように明石から少し離れた姫路の町に来ていた。
 武蔵に打たれて失神した――という話はまだここには伝わっていない。
 その内に広まってくるだろうか? 
 人の噂は駆け巡るのは早いというが。兵法者の立ち合いの結果などはあれこれと尾鰭背鰭が付け足されて近隣に広まっていくものと相場が決まっている。
 だが、考えればこのことを知るのは武蔵と自分と、あのたつぞうという老人、そして武蔵の弟子という柔術使いの四人だけだ。
 人の口に戸は立てられぬとはいえ、あの四人は漏らさないようにも思う。
 ならば噂として広まることもないだろう……そのように安堵してしまい、我が事ながら、情けなくなった。
 しかし、とまた思う。
 冷静であるかどうかはともかくとして、つい先日までの自分に、こんな他人事みたいに我がことを考えられただろうか。

『色々と試してみるといいんですよ』

 たつぞうの言葉が、何度となく頭の中に響く。
「色々か、色々と……あるいは、兵法以外の道も……」
 そう呟いてから。
(面倒だな)
 とまた思う。
 変に考え込んでしまうことが、考え込んでしまう自分が、つくづく煩わしく――面倒くさい。いっそ、兵法者などやめてしまえばいいのにとも思いながら、それを捨てた自分を想像することもできない。
 兵法に対する不満など幾らでも言えるし、自分の程度というのも知れてしまった。 
 矜持も失った。
 兵法に拘泥する必要はない。仕事も、武士の面子だのを考えないのならば、いくらでもある。
 それでも。
 兵法者を辞めたいという気分は、まだ起きない。
 なぜか。
(やはり、自分は落ち込んでいるだけなのかもしれん)
 そうと自分で認知できないだけで、今まで積み上げてきたものの何もかもが通じなかったという衝撃によって、心が壊されてしまった――そう思っていたが、よくよく考えれば心が壊れれば、今こうして面倒だと考える心は何なのかということになる。
 そんな、思考とも呼べぬことを考えながら、鉄斎はふらふらと川の側に来ていた。
 川とは言っても、町の中を通っている用水である。綺麗に岸辺は石積みにされているし、木が植えられて景観もなかなかよい。
 そういえば、あの新免武蔵は昔姫路に住んでいたが、その時に何処かの町割りをしただとか庭を造っているとか、そういう風なことを聞いたこともある。詳しくは思い出せないが。
 そのことについて凄いだとか器用だとか、あれこれと論評する気持ちは起きなかった。
 ただ、口をついて出た言葉が。
「ああ――面倒だ」
 つい、笑ってしまった。
 そして、疲れたように街路樹の一本に体を預けた。細いが、それでも大人一人を支えられないわけではない。枝垂れている緑の葉が視界に何条と見える。
 柳だ。
 酔っていた訳ではないのだが、なんとなくそのことに今まで気がつかなかった。遠目からでも一瞥すれば解るものを、どうしてか――それを考えるのも、また面倒だった。
「梅に鶯、柳に燕――か」
 特に意味があって出た言葉ではない。
 柳の木を見ての連想である。
 ただ、なんとなく、あの時の絵を書き出した新免武蔵の姿が思い浮かんだ。あの人ならば、この柳の木をどう描いただろうか。そんなことを思った。
 ふと、

「兵法者の方とお見受けします」

 気配がした方へと、眼をやって。
 二間(3.6メートル)ほど向こうの柳の木の下に、前髪のまだ残っている少年がいた。
 夜目にも解る美男子だと、ぼんやりと鉄斎は思う。思ったがそれだけだった。警戒だのを考えるようなことはなかった。なんとなく、剣呑だなとも思ったが、本当にただそれだけだった。何も言葉は口にでない。
 鉄斎が無言のままでいると、その少年は背負った野太刀へと手をかけた。
「一手ご指南――」
 するりと、間合を詰めてくる。
 的場鉄斎は自然と後ろ足に体重をかけ、低く構えていた。左手が刀の鍔元を押さえ、右手が柄に延びていく。
 考えるのはなにもかもが面倒だったのだが、体は別のようだった。
 そして体とはまた別に、頭はぼんやりと考える。
(そうだな、俺も庭を造ってみるとかもしていいかもしれない)
 そんなことを考えながらも、的場鉄斎は静かに問うていた。
「何者か?」
「岩流――」
 
 月下で、二つの刃が閃いた。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...