天然イケメン騎士と可愛い小悪魔な俺の噛み合わない日々

浅倉喜織

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ビッチ(処女)、魔法の鏡で母ちゃんと通話する

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 客間の片隅で、俺はこそこそと座り込んでいた。目の前には使い魔赤ちゃんが、折り畳み式の鏡を開いて立っている。その鏡に映っているのは、俺の顔ではない。実家の母ちゃんだ。

『アシュリー、そろそろ実家さ帰ってけらいん? 魔王軍もなぐなっちまってわ。行くとごなぐって困ってんべや?』

 昔から変わらない魔界北部訛りで、母ちゃんは言った。
 この鏡は魔族がよく使う魔道具だ。同じ鏡を持っている相手の名前を言い特殊な呪文を唱えると、こうやって通話することができる。俺のは安い月額性のやつだけど、こだわる奴は高いのを使っている。

「ほだがら母ちゃん。俺は別になんとかしでっからわ。心配しなぐていっから」
『んだなこと言っでも、仕事ばねっぺしや。童(わらし)っこ養ってぐのも大変だっちゃ。あんた、魔力高いがら童っ子あんべ多いべ? 一人で仕事ばないのにやっていけないっちゃ』
「今はなんとかしでっから、母ちゃんが心配するごとねっがら。あんべいいとこで生活してるし、赤ちゃん使い魔も楽しくやってっちゃ」
『お父さんも口には出さねっけどね、あんたのことあんべ心配しでんだよぉ。人間の街で変な仕事させられてんじゃないかって』
「だーかーら! 落ち着いたらまた連絡すっからわ。父ちゃんさ心配すんな言っといて」

 イライラして言い放ち、一方的に鏡を閉じる。鏡を持っていた赤ちゃん使い魔は期待した眼差しで俺を見上げた。ご褒美の赤いビスケットを渡すと「おやちゅ、おやちゅ! んきゃきゃきゃ!」と叫びながら部屋を出ていった。
 魔王軍が崩壊したことは、俺の実家にも広まっているらしい。それはそうだろう。魔族たちが住む魔界を統べる者がいなくなったのだから、今は大混乱だ。だから俺はここにいる。完璧な無職として、人間どもの王都にいるのだ。
 母ちゃんはずっと俺のことを心配してたから、今はもっと不安だろう。俺が魔力の高さゆえに生み出す使い魔が多いのも、母ちゃんの不安の種になっている。
 それは分かっているけど、王都の騎士団長のところで居候してるなんて言えない。そんなこと話したら、奴隷にされてるだとか勝手に勘違いして騒ぎそうだし。
 床に座り込んだまま、大きな溜め息をついた。
 すべては勇者のせいだ。あの野郎のせいで、俺たち魔族は路頭に迷っている。忌々しい奴だ。
 俺の魔王様を集団でボッコボコにしやがって……卑怯だろ。男ならタイマン張れよ。最後の方とか「オラ! 死ね!」とか言ってたし。

「アシュリー。私だ。入ってもいいかな?」

 扉を叩く音と共に、セオドアの声が聞こえた。慌ててソファーにふんぞり返り「入っていいぞ」と偉そうに言う。
 部屋に入ってきたセオドアは、普段着ではなくどこかのパーティーにでも行くかのように着飾っていた。
 金糸の刺繍が施された上着に、品の良い色合いのブローチ。撫で付けた黄金の髪が、凛々しさを際立たせている。

「寛いでいるところすまない」
「いいよ、別に」

 寛ぐどころか、訛り全開で母ちゃんと通話してましたなんて言えない。

「すごい格好じゃん。仕事?」
「仕事……と言えばそうなるな。あまり乗り気ではないのだが、陛下のご命令とあらばやらねばならない」

 困ったように笑い、大きな手で俺の頭を撫でた。おてて気持ちいい。

「王都に勇者殿がいらしているのだ。陛下が宴を開くらしく、私も出席せねばならない。あのよつな賑やかな場は、苦手なのだがな……」

 セオドアが弱音を吐くなんて珍しい。よっぽど嫌なんだろうな。
ってか、今なんつった?勇者だと?

「ゆ、勇者が来てやがんのか!」
「そうだ。勇者殿は今は世界中を気ままに旅しているそうで、王都に立ち寄って陛下と姫君にご挨拶をしに来たのだ」

 何が気ままだ、コンチクショウ!てめぇのせいで魔界は鍋底景気だ。俺は無職だし!
 ムスッとしている俺を見て、セオドアは身を屈めて微笑んだ。
 ん゛んんっ!顔がいいっ!

「今夜は君を一人にしてしまうな……私も心苦しい。できることなら、朝まで二人きりで過ごしたいものなのだが……」

 騎士様ケダモノ!そのズボンの下にある眠れる古代巨竜でナニをするつもりなの!
 ドキドキと胸の高鳴りを感じていると、セオドアの指が俺の頬をなぞった。

「カードゲームは好きかい? 今度朝まで二人きりでやろうじゃないか……」

 はいはいカードゲームね!あれ楽しいよね!俺は金を賭けなきゃ熱くなれないんですけどね!まぁ、一度破産しかけて部下に止められてやめたけどさ……。

「そうだ、アシュリー。今夜は街に行ってみるといい」
「ま、街に……?」

 思えば、王都に来てずいぶん経つのに俺は街中に行っていない。赤ちゃん使い魔を何人も連れてたら店に入れないから、自然と行こうと思えなかった。商品を壊したり、赤ちゃんどもの声で他の客に迷惑がかかると思ったからだ。

「でも、あいつら連れて街中なんて無理だよ」
「赤子たちはハンナとマシューに任せればいい。あのハンナのことだ。喜んで寝かし付けまでやってくれるさ。ずっと屋敷にいては息も詰まる。今夜は楽しんでおいで」

 完璧な微笑みに蕩けた俺は「はひっ、はひぃ……っ」と情けない声を上げてカクカクと何度も頷いた。
 俺の耳元で「いって来るよ、可愛いアシュリー」と囁かれ、セオドアを見送った。むしろこのままだと俺がイっちゃいそ……おっとこれ以上はオトナの世界の話だ。
 セオドアと入れ違いで、赤ちゃん使い魔が一人ぽてぽて歩きながら部屋に入ってきた。服を与えてるのに、こいつらはなぜかおむつ一丁だ。どこで脱いでやがる。

「ちゅーわ! ちゅーわ! ちゅーわするよ!」

 そう言いながら、使い魔はおむつの中から例の鏡を取り出す。やめろ、そこに入れんな。画面がしっとりして雲ってんじゃねえか。
 鏡に映っているのは、かつて俺が従えていた部下だった。毛むくじゃらの怪力獣人だが、協調性を重んじるタイプのいい奴だ。
 むにゃむにゃ呪文を唱えて通話を開始する。

『アシュリー様、お久しぶりです。ネイサンです』
「おー、ネイサン。久しぶり。どうしたん? お前、今何してんの?」
『いやぁ、魔王軍崩壊で再就職しまして。今は王都の酒場で働いてんですよ』

 まさか元部下が近くにいただなんて。すごい巡り合わせだ。

「マジで? お前、酒場いんの?」
『元々調理師免許は持ってましたし、魔王軍入る前は食堂勤務でしたからね。なんとかやってます』

 上司の俺より再就職上手くいってんじゃん。なんか複雑。
 でもいい機会だ。俺も王都にいるんだし、ちょっとネイサンに会いに行ってみよう。幸い今夜は街に行く許可を得ている。

「お前、王都のどこら辺で働いてんの? 今夜いくわ」
『え? こ、今夜ですか? アシュリー様も王都に?』
「ちょっと事情があって王都にいる。場所教えてよ」

 店の名前と場所を教えてもらい、通話を切った。期待した眼差しの赤ちゃん使い魔に青いビスケットを放り投げると、意味不明な言葉をあきゃあきゃと吐いて部屋を飛び出していった。
 昔の部下が働く酒場に行く……それだけでなんだか夜が楽しみになった。
 窓の外では赤ちゃん使い魔二人が、炎を噴いたり氷の息を噴いたりしてハンナを困らせている。俺がビスケットをあげた奴らだ。
 阿鼻叫喚の地獄絵図になっている庭の風景を横目に、俺はとびきり可愛くして行こうと服を選び始めた。
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