最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜

文字の大きさ
22 / 48

22 公爵夫人の仕事

しおりを挟む
「ライラです、奥様。宜しくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 イーライに屋敷や使用人の管理がしたいと告げた次の日、一人の女性を紹介された。ライラはアカリエル公爵家の家門である子爵家の令嬢らしいが、きりっとした瞳が綺麗な美人さんである。

 普段はイーライの補佐的な仕事を任されていて、その中に屋敷や使用人の管理も入っている、ということらしい。また、アカリエル領の街にあるアカリエル領政務館へも、政務が繁忙期には通っているとのことだった。

 さすがに夫人としての仕事を教えてもらうのに、お仕着せはだめだろうと、この日は、一番落ち着いた色のドレスを着た。できるだけ、この服を含む数着だけドレスは着て、離縁時に他は返そうと思う。

 ライラは、予算や管理の仕方、考え方などを丁寧に教えてくれる。

 バリー家はお金がなかったから、家庭教師から勉強を教わることはなかったし、学校に通ったりもしていないが、幸い、私は現世では字はかけるし数字だって読める。まったく仕事をしない兄の代わりに、バリー家の執事が領の仕事をするのを、私がベッドの住人になる寸前まで手伝っていたこともある。あとは前世の知識があるから、教えてもらいさえすれば、私にだってできると思うのだ。

 ライラに教わり始めて、私は毎日管理の仕方を実践を交えて勉強した。思っていたより、計算することが多いけれど、なんとかなりそうだ。

 管理の勉強の合間に、ライラとお茶の時間を過ごす。

「奥様は吸収が早くてすばらしいですね。やったことがないとおっしゃられていたので、正直、こんなに早く上達されるとは思いませんでした」

 最初に私が、これまで管理はやったことがない、家庭教師も雇っていなかった、と言った時に、ライラは微妙な表情をしていた。きっと先が思いやられる、と不安だったのだろう。

 前世では兄に負けたくない、と勉強は必死にやっていたし、成績も良い方だったと思う。だからやり方が分かった今は、私にも管理ができそう、という自信はあった。

「ライラの教え方が上手だからよ。質問には全部答えてくれるし、ありがたいわ」

 ライラは頭の回転が速い。時々、質問を先回りして答えてくれる時さえある。

「ここで働き始めて、どれくらいになるの?」
「五年くらいでしょうか。いずれは、どこかで執事の仕事ができたらよいな、と思っています」
「執事?」
「本当は、執事よりも、帝都の宮殿で文官をしたのですが、文官はテイラー学園に通っていないと、女性では狭き門で」

 ライラは私と同じように、学校に行っていなくて、家庭教師もいなかったらしい。きっと血のにじむ努力をして、アカリエル家で働けるまでになったのだろう。

「でも……本当の本当は、領地経営をしたいのです」

 ライラの実家も小さいけれど領地持ちで、ライラは五人姉弟の四女らしい。ライラは昔から頭がよく、自主勉強もしていたので、ライラが家の跡取りになる可能性があったのだとか。ところが、弟が生まれ、必然的に後継者は弟となった。そうなると、どこかの貴族の子息と結婚しなければ、という話になったらしいが、それは嫌だったらしい。だから、自ら外に出て、アカリエル家で働き始めたのだ。自立している女性って、素敵だ。自分の力で立っているからか、ライラは堂々としていて、私もライラのようになれたらと思う。

 一ヶ月ほど、ライラに教えてもらいながら、管理をして、なんとか自分一人でもできそうだと判断した頃、ライラが言った。

「政務館の方から要請があったので、私は十日ほど政務館に行くことになりました」

 政務館とは、帝国ではアカリエル領にしかない建物らしい。領の政務は、基本は領主の屋敷で行うものだが、アカリエル邸は治安の悪い場所にあり、部下が行き来するのに向いていない。そこで、アカリエルの街中に政務館として屋敷があり、普段はそこで政務が行われるのだとか。

 夫ルークは西部騎士団と政務館にばかりいると聞いていたが、それはそうだろうな、と納得した。

「それって、わたくしも行くことはできる? できれば、ライラがやる仕事も体験できたらと思うのだけれど。もちろん、戦力になるよう頑張るわ」

 夫人としての管理の仕事はここ数日に片付けた仕事で、十日程度なら持つだろう。政務館での仕事も覚えられるなら覚えられれば、今後に役に立つ気がする。

「大丈夫だと思います。今、あちらは地獄の忙しさだと思うので、猫の手も借りたいはずなので。……ただ、面倒な奴がいるので、そいつには見つからないほうがいいとは思いますが」
「面倒?」
「……会えば分かります」

 見つからないほうがいい、と言いながら、会う前提なのだろうか。

 結局、私も連れて行ってもらう、ということになり、イーライにそのことを伝えると、イーライから政務館へ行っていいとすぐに返事が来た。いつもであれば、イーライから夫ルークに許可を得てもらうところだが、今はルークが帝都に行っていないため、イーライの独断かもしれない。

 そして、次の日、政務館に行くために、ライラと馬車に乗り込もうとしたところ、知った顔を見かけた。

「アダムさん、お久しぶりですね」
「アリーさん?」

 アダムは街まで行き来する際の護衛として、騎士団からやってきたらしい。そのアダムは、私をじっと見つめ、怪訝そうに口を開いた。

「アリーさん、その恰好は?」
「……? 変かしら? 落ち着きのある色のドレスを選んだのだけれど」

 今日は公爵夫人として行くので、恰好はお仕着せではなくドレスだ。

「いえ、大変似合っていて美しいです。ですが、その恰好は……まるで公爵夫人とでもいいますか……」

 そういえば、アダムとはお仕着せ姿でしか、会ったことがないのだった。どうしよう、言ってもいいだろうか、と見送りのために出ていたイーライに顔を向けた。すると、イーライは頷いて口を開いた。

「騎士団では他言無用にしていただきたいのですが、アリーさんは奥様なんですよ」
「……アリーさんは奥様」
「アダムさん、アリーとして厨房ではお世話になりました。今後はアリスとして宜しくお願いしますね」

 少し呆然としたままのアダムに笑みを向け、私はライラと共に馬車に乗り込むのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

処理中です...