最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜

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32 夫に躾けられる

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 さらに一ヶ月が経過し、屋敷内で私はルークに足技を仕掛けていた。ルークは楽しそうに受けているが、余裕そうなのが悔しい。

「今日はこのくらいにするか」
「はい……」

 私は少し息が上がっている。
 最近、夕食前の短い時間、ルークが足技を見てくれるようになった。今でも毎朝ロニーと足技の訓練はしているものの、ロニー以外で実践をしたいという話をルークにしたところ、ルークが付き合ってくれたのだ。

「ドレスが邪魔だろうに、アリスの足技は鋭くていい。大抵の男でもやられると思う」
「……旦那様は余裕そうですけれど」
「やられて欲しいのか? 妻の願いなら、叶えてやりたいが」
「演技なら結構です!」

 可笑しそうにルークは笑っている。
 きっと『大抵の男』には、ルークのような騎士は含まれないのだろう。騎士は多少の荒事にも慣れているし、特に西部騎士団は、関係の良くないタニア王国と隣接しているからか、国の複数ある騎士団の中でも屈強だと言われている。

 夕食をするために場所を移し、今日も美味しい食事をルークと共にする。

「旦那様に相談があるのですが」
「どうした?」
「わたくしのお兄様のことなのですけれど、お兄様から領地を取り上げることは可能でしょうか?」
「……アリスの兄も迷惑な奴だと言っていたな。方法はいくつかある。例えば――」

 少し聞いただけなのに、ルークはいくつか方法を教えてくれた。どの方法がいいだろうか、と思いながら、ルークに他にも質問をする。

「お兄様自身に、確実に強制的に借金を返済させる方法はありますか?」
「……あるにはある。アリスや他人を頼らせない方法ということだろう? こういうのはどうだ?」

 ルークの提案に、なるほど、と思いながら、最終的にどうするか悩んでいると、ルークが私の頬を撫でた。

「互いに兄には苦労するな」

 本当にそうだ、と思いながら頷く。

 夕食を共にするようになり、ルークが自身の兄になぜ恨まれるのか、兄にどんな仕打ちをされてきたか、という話を聞いた。

 ルークに天恵の力があると分かり、これまで後継者と思われていたルークの兄ジョセは、ルークに後継者の座を奪われた。ただ天恵があるというだけでルークが後継者に選ばれたのだと、兄ジョセは思い込んでいるが、兄ジョセにも問題があった。

 アカリエル公爵家の長子というだけで後継者になれるものだと思い込んでいた兄ジョセは、アカリエル公爵家の後継者がやるべき騎士の訓練、後継者が受けるべき勉学なんかを、一切やってこなかった。そんな兄ジョセの姿を、先代の公爵であるルークの父は見ていたらしい。やるべきことをやらなかった兄ジョセは、後継者を争う場にすら立つことは許されず、ルークが後継者だと決まったのだ。

 ルークへの態度は、完全に逆恨みであり、ルークの母にまで手をかけていると聞き、本当に腹がたった。ルークが不憫で、ルークに何と声を掛ければいいか分からなかった。だから、ルークが兄ジョセを捕まえたいというなら、私の出来る範囲で、ルークを手伝いたい。

 お互い、そんな話までしたので、最近はルークとさらに親密感が増した気がする。

 いや、増しただなんて、そんな軽い程度ではないかもしれない。

 食事を終え、談話室にて食後のお茶の時間。
 テーブルのお茶なんて、すでに冷え、ルークに膝に抱えられて後ろから抱きすくめられたまま、ルークはいつものように私と会話をしつつ、私の頬にキスをする。もう私には何がなんだかわからない。

「……旦那様、話をするかキスをするか、どちらかにしてくださいませんか……」
「アリスといられる時間は短い夜だけだぞ? 話もキスもしたくなるに決まっているだろう」

 ルークに後ろから私の体が斜めになるように抱きかかえられているものだから、ずっと顔の横にルークの顔があって落ち着かない。

 唇のキス以外は問題なし、と勝手に解釈したルークは、一般的な挨拶の手の甲へのキスを皮切りに、手首、頬、額、鼻、瞼なんかに、毎日キスキスキス。見えている肌という肌にキスの嵐。

 勘弁して! と最初は抵抗していたのだが、恥ずかしがる私をも楽しんでいるようで、これって逆に喜ばしているのでは、と思い、最近は抵抗するのを諦めた。しかし、これこそが逆に躾けられていて、ルークの思うつぼなのでは、と思わなくもない。

 逆の逆? 逆の逆の逆? もう分からないから、考えるのを止めた。

 ルークがまだ話をしながら、今度は瞼にキスを落とし、そして私の唇に近づいた。

「まだ三ヶ月経っていませんよ」

 ピタッとルークの唇が、私の唇から三センチのところで止まる。

「そろそろ、慣れてきただろうと思って」

 やはり、私が躾けられていた方か。

「約束したのに……反故にするのですか?」
「……そういう目で見ないでくれないか。理性が飛びそうなんだが」

 なぬ!? ただ見上げただけなのに。どこにそんな威力が。急いで視線を逸らすと、ルークは唇近くから離れた。そして、今度は首にキスをしようとした。

「あ! 首は止めてください!」
「……なんで?」
「痕を付けられるでしょう!?」

 最近、私の着替えを手伝う侍女の顔が赤いなとか、思うことがあったけれど、気にしていなかった。自分の顔を見ると、痩せていた頃のこけた頬やくぼんだ瞳の嫌な記憶を思い出すから、私がほとんど鏡を見ないこともあり、気づかなかったともいえる。

 そして、今朝、顔を洗う時に水に映った自分を見て気づいた。首やデコルテあたりに、キスマークが付いていることを。これが俗にいうキスマーク! 前世から知識がなさ過ぎて、初めて見た時は蚊に刺され? と思ったくらいだ。ただ、尋常じゃない数の赤い痕があり、さすがの私もこれが蚊に刺されではないことくらい気づいた。

 ということは、侍女だけでなく、行き交う使用人に、ドレスを着ても見えているキスマークをみんなに見られていたということである。恥ずかしすぎる。拷問か。

 頬や手にもキスされているのに、頬や手は白いままで、何で首回りだけ赤くなるのか謎だけれど、きっと首にキスされると赤くなるのが一般的なんだ、とキスマークの正しい知識がなくて、そう結論づけた。

「付けて何がいけない?」
「……」

 そんな、疑問を抱く私がおかしい、みたいな目で見ないでくれますか。

「恥ずかしいんです……これでは、ドレスから丸見えで」
「今は使用人しか見る人はいないだろう?」

 それが恥ずかしいんですってば! ルークが使用人に見られていいと思っていたとは思わなかった。

「もう少ししたら、帝都に行くでしょう? パーティーなんかで見られるのですよ」
「……俺は気にしないが」
「気にしてください! わたくしは恥ずかしいです!」
「俺の妻は注文が多いな……」

 あなたが気にしなさすぎなんです。

「分かった。痕は残さないようにする」
「はい……、って、え!? キスしないでくださいって言っているのに!」

 言った傍から首にキスをするルークの肩を押す。

「分かったって。だから、痕を残さなければいいんだろう」
「……? 痕にならないキスがあるのですか?」
「……」

 きょとん、としたルークが、「俺の妻は可愛いな」と笑った。

「痕にならないキスをするから、首を差し出せ」
「……最初からそうしてください」

 痕が付かない方法があるなら、最初からそうしてほしかった。痕どうこうを気にし過ぎて、首にキス自体は完全に受け入れてしまっていることに、私はまったく気づいていなかった。
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