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最終章
90 可愛い妹(仮)を腕の中に ※流雨(兄(仮))視点
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ウィザー家の談話室、その扉を開けて紗彩とユリウスが入ってきた。流雨はソファーに座って読んでいた書類から顔を上げた。
「おかえり」
「……なぜ、流雨さんのほうが、僕たちより帰宅が早いんですか? ここウィザー家ですよ? もう着替えていますね」
「家に帰って着替えてきたから」
紗彩に近づき、紗彩の表情の見えない長い前髪を上げた。流雨の思っていたとおり、紗彩はムスッとしている。
今日は通常通りメイル学園で紗彩の傍にいた流雨だが、その時から紗彩は眠そうにしていた。先日東京に行っていた紗彩が帝都に帰ってきて、一昨日と昨日に死神業の魂を一日に二人、二日連続で回収したため、その反動で眠いのだ。紗彩は眠たいと機嫌が悪くなる傾向にある。
「るー君、今日は私眠いから、来ないでって言ったよ?」
「聞いたよ。でも、今日は紗彩を構う日だったのに、急に構ってはダメだと言われると悲しいな」
「でも、私眠いんだよ? 寝ちゃうよ? るー君、暇になるよ?」
「分かってるよ。紗彩の寝顔で癒されたいだけ」
「そ、そんなので癒されるかな……」
「もちろん癒されるに決まってるよ。ほら、着替えておいで」
「……うん」
紗彩が部屋を出て行き、次に談話室に戻ってきた時には、ウィッグを取り、着替えて素顔の紗彩になっていた。
「じゃあ、私、寝るね。おやすみ」
挨拶だけしにきました、という雰囲気で声掛けだけして部屋を出て行こうとする紗彩を引き留めた。
「待って待って。紗彩はここで寝るんだよ」
「……? ここで? 私、ベッドで寝るからいい……」
「俺がベッドになるから」
紗彩の手を引いて、談話室のソファーに流雨は座り、ソファーに片足だけ上げると紗彩に手を広げた。
「さ、おいで」
「え!? で、でも……」
流雨は紗彩をソファーに引っ張って座らせ、再び両手を広げた。紗彩は戸惑いの表情だったが少し嬉しそうにすると、流雨に抱き付いてきた。そして少し怒った声で紗彩が声を出した。
「私、二時間くらいは寝るんだからね。るー君、体が痺れても知らないから! 寝てる間は離れてはダメだからね!」
「もちろん離れないから、おやすみ」
「……おやすみ」
本当に眠かったようで、すぐに寝息が聞こえだした。なんなんだろう、この可愛さ。眠たくてムスっとしているのが可愛いし、ムスッとしてるかと思いきや嬉しそうに抱き付いてくれるし、果てには怒った口調で離れてはダメだと可愛い発言。普段ふわふわしている紗彩が、珍しく怒っているようなところも貴重だ。そういえば、ムスッとしている紗彩の写真を撮るのを忘れたと、しまったなー、と思いながらスマホを取り出した。せめて寝顔の紗彩だけでもとカメラで撮影していたところ、部屋に着替えたユリウスが入ってきた。
「……こんなところで寝かせたんですか。また姉様を誘導しましたね?」
「誘導はしてない。普通にここで寝てとお願いしただけ」
「姉様は流雨さんに甘すぎます。少しは拒否を覚えて欲しいです」
「……これ以上拒否されたら、困る」
ユリウスがテーブルの反対側のソファーに座った。
流雨がメイル学園に復帰した頃くらいから、紗彩は流雨に対し、微妙に距離感がある。毎日ウィザー家に来ていたのに、メイル学園と後継者の学びが忙しいだろうと、ウィザー家に来ることを紗彩に止められそうになった。流雨がかなり渋って週に三回は家に来ていいと許可を貰ったけれど、ことあるごとに流雨は忙しいだろうと距離を取られそうになる。
紗彩は婚約者を作ろうとしているし、流雨がルーウェンとなった以上、紗彩は流雨がいつか誰かと結婚すると思って、今から流雨離れしようとしているようにも感じていた。そうはさせない。紗彩を誰かに渡すつもりはないし、流雨離れなんてさせてやるつもりもない。
「あれ、どうするんですか。三人目、承諾の通知はもう出しましたよ」
「……もちろん、相手には断ってもらう」
何の話、とは言わずとも分かっている。紗彩の婚約者の承諾の話だ。紗彩に対し、結婚しませんかと求婚してくる相手の中から、婚約しましょうと承諾の通知をウィザー家は出した。しかし一人目、二人目と相手側から穏便に断ってもらった。当然三人目も同じ結果となるだろう。
「いつまで続けるつもりですか? 姉様、可哀想に二人目に断られた時はショックの色を隠せませんでしたよ」
「……今は、紗彩が顔を見られたくない相手を探すのが先だ」
ユリウスがため息を付く。ユリウスは流雨のことは気に食わないようだが、それでも紗彩と結婚したいという流雨を締め出そうとはしない。ユリウスはシスコンではあるが、流雨の紗彩に対する気持ちを歓迎しているようにも見える。しかし流雨と紗彩との仲を邪魔しようともするし、なかなか憎らしい相手だ。
紗彩がデビュタントまでに婚約者が欲しいという理由を探るため、紗彩が素顔を見せたくないと思っている相手を調査中だった。流雨はメイル学園で紗彩の傍にいる傍ら、紗彩を観察して相手を特定しようとしていた。しかし、調査は難航している。なぜなら――。
「紗彩のメイル学園での行動が挙動不審すぎる」
「そうですよ。前に言ったでしょう。姉様は苦手な人が多いですから。姉様は自分は大人しい生徒を演じられてると思っているようですが、大人しいどころか姉様の行動が変だと、姉様を変人に思っている人は多いですね」
ただでさえ、前髪が長いウィッグを装着しているため、流雨は前髪が邪魔で紗彩の表情が読めない。しかしなんとなく見ている方向は分かるから、そこから推測するしかない。しかし、本当にメイル学園では苦手な人が多いようで、突然立ち止まる、壁に隠れる、後ずさりする、急に方向転換するなど、挙動不審すぎるのだ。
しかし紗彩の挙動不審には理由があるはずなのだ。挙動不審の場に誰がいたのか、流雨は毎度確認し、ある程度、人物の特定をしているが、人数がまだ多い。もう少し絞りたいところだ。
また、その挙動不審の中には、突然ユリウスを探したかと思うと、ユリウスに抱き上げてもらい寝るということがあった。死神業に関係する眠気だが、昔は眠くなったらそのあたりで寝ることがあったらしい。それを聞いた流雨から怒気を感じたのか、紗彩は慌てて「ユリウスに怒られるから、もうしないよ!」と言っていたが、論点が違う。怒られるからしない、ではなく、怒られなくてもしないでほしい。眠たい時は判断が鈍る傾向にある紗彩だが、女の子なのに危なすぎる。そのあたりで寝るってなんだ。
紗彩が心配すぎて、目が離せない。あれで本人は大まじめに自分のことをしっかり者だと思っている。確かに死神業や副業の商売などはしっかりやっているし、むしろ頑張りすぎなところがある。だが、自分を大事にすることは忘れがちなのだ。だから、そのあたりは、流雨が本人の何倍もしっかり守って大事にするつもりだ。
そんなことを考えながら、流雨はふと疑問に思ったことを口にした。
「紗彩の友人のデニス・ウォン・アデルトン。アデルトン子爵家の三男だと聞いたけれど、紗彩には求婚はしていないんだな」
紗彩に求婚してくる相手は、次男三男が多いというが、デニスは三男なのに求婚してきていないのが珍しいと思った。紗彩と仲がいいようで、求婚しているならば、一番脅威な相手だと思ったのだ。
「デニスさんから、婚約申込状なら、来てますよ?」
「………………来てるのか!?」
「はい。ただ、デニスさんとは結婚しないからと、姉様が最初に候補から外したんです」
「……」
まさかデニスも求婚していたとは。今度からデニスは警戒しよう、と脳内に刻む。紗彩と仲良さそうな顔の裏で、今も紗彩との婚約を狙っている可能性を否めない。
しかし、仲がいいのに、紗彩はなぜデニスを真っ先に候補から外したのか。仲がいいからこそ、婚約者が欲しい紗彩に都合がいいはずなのに。
まだまだ紗彩の謎にたどり着けない。紗彩は誰にも渡さないと、表立って言える関係に早くなりたい。
流雨の腕の中で穏やかに眠る紗彩の頭に、流雨は頬を乗せるのだった。
「おかえり」
「……なぜ、流雨さんのほうが、僕たちより帰宅が早いんですか? ここウィザー家ですよ? もう着替えていますね」
「家に帰って着替えてきたから」
紗彩に近づき、紗彩の表情の見えない長い前髪を上げた。流雨の思っていたとおり、紗彩はムスッとしている。
今日は通常通りメイル学園で紗彩の傍にいた流雨だが、その時から紗彩は眠そうにしていた。先日東京に行っていた紗彩が帝都に帰ってきて、一昨日と昨日に死神業の魂を一日に二人、二日連続で回収したため、その反動で眠いのだ。紗彩は眠たいと機嫌が悪くなる傾向にある。
「るー君、今日は私眠いから、来ないでって言ったよ?」
「聞いたよ。でも、今日は紗彩を構う日だったのに、急に構ってはダメだと言われると悲しいな」
「でも、私眠いんだよ? 寝ちゃうよ? るー君、暇になるよ?」
「分かってるよ。紗彩の寝顔で癒されたいだけ」
「そ、そんなので癒されるかな……」
「もちろん癒されるに決まってるよ。ほら、着替えておいで」
「……うん」
紗彩が部屋を出て行き、次に談話室に戻ってきた時には、ウィッグを取り、着替えて素顔の紗彩になっていた。
「じゃあ、私、寝るね。おやすみ」
挨拶だけしにきました、という雰囲気で声掛けだけして部屋を出て行こうとする紗彩を引き留めた。
「待って待って。紗彩はここで寝るんだよ」
「……? ここで? 私、ベッドで寝るからいい……」
「俺がベッドになるから」
紗彩の手を引いて、談話室のソファーに流雨は座り、ソファーに片足だけ上げると紗彩に手を広げた。
「さ、おいで」
「え!? で、でも……」
流雨は紗彩をソファーに引っ張って座らせ、再び両手を広げた。紗彩は戸惑いの表情だったが少し嬉しそうにすると、流雨に抱き付いてきた。そして少し怒った声で紗彩が声を出した。
「私、二時間くらいは寝るんだからね。るー君、体が痺れても知らないから! 寝てる間は離れてはダメだからね!」
「もちろん離れないから、おやすみ」
「……おやすみ」
本当に眠かったようで、すぐに寝息が聞こえだした。なんなんだろう、この可愛さ。眠たくてムスっとしているのが可愛いし、ムスッとしてるかと思いきや嬉しそうに抱き付いてくれるし、果てには怒った口調で離れてはダメだと可愛い発言。普段ふわふわしている紗彩が、珍しく怒っているようなところも貴重だ。そういえば、ムスッとしている紗彩の写真を撮るのを忘れたと、しまったなー、と思いながらスマホを取り出した。せめて寝顔の紗彩だけでもとカメラで撮影していたところ、部屋に着替えたユリウスが入ってきた。
「……こんなところで寝かせたんですか。また姉様を誘導しましたね?」
「誘導はしてない。普通にここで寝てとお願いしただけ」
「姉様は流雨さんに甘すぎます。少しは拒否を覚えて欲しいです」
「……これ以上拒否されたら、困る」
ユリウスがテーブルの反対側のソファーに座った。
流雨がメイル学園に復帰した頃くらいから、紗彩は流雨に対し、微妙に距離感がある。毎日ウィザー家に来ていたのに、メイル学園と後継者の学びが忙しいだろうと、ウィザー家に来ることを紗彩に止められそうになった。流雨がかなり渋って週に三回は家に来ていいと許可を貰ったけれど、ことあるごとに流雨は忙しいだろうと距離を取られそうになる。
紗彩は婚約者を作ろうとしているし、流雨がルーウェンとなった以上、紗彩は流雨がいつか誰かと結婚すると思って、今から流雨離れしようとしているようにも感じていた。そうはさせない。紗彩を誰かに渡すつもりはないし、流雨離れなんてさせてやるつもりもない。
「あれ、どうするんですか。三人目、承諾の通知はもう出しましたよ」
「……もちろん、相手には断ってもらう」
何の話、とは言わずとも分かっている。紗彩の婚約者の承諾の話だ。紗彩に対し、結婚しませんかと求婚してくる相手の中から、婚約しましょうと承諾の通知をウィザー家は出した。しかし一人目、二人目と相手側から穏便に断ってもらった。当然三人目も同じ結果となるだろう。
「いつまで続けるつもりですか? 姉様、可哀想に二人目に断られた時はショックの色を隠せませんでしたよ」
「……今は、紗彩が顔を見られたくない相手を探すのが先だ」
ユリウスがため息を付く。ユリウスは流雨のことは気に食わないようだが、それでも紗彩と結婚したいという流雨を締め出そうとはしない。ユリウスはシスコンではあるが、流雨の紗彩に対する気持ちを歓迎しているようにも見える。しかし流雨と紗彩との仲を邪魔しようともするし、なかなか憎らしい相手だ。
紗彩がデビュタントまでに婚約者が欲しいという理由を探るため、紗彩が素顔を見せたくないと思っている相手を調査中だった。流雨はメイル学園で紗彩の傍にいる傍ら、紗彩を観察して相手を特定しようとしていた。しかし、調査は難航している。なぜなら――。
「紗彩のメイル学園での行動が挙動不審すぎる」
「そうですよ。前に言ったでしょう。姉様は苦手な人が多いですから。姉様は自分は大人しい生徒を演じられてると思っているようですが、大人しいどころか姉様の行動が変だと、姉様を変人に思っている人は多いですね」
ただでさえ、前髪が長いウィッグを装着しているため、流雨は前髪が邪魔で紗彩の表情が読めない。しかしなんとなく見ている方向は分かるから、そこから推測するしかない。しかし、本当にメイル学園では苦手な人が多いようで、突然立ち止まる、壁に隠れる、後ずさりする、急に方向転換するなど、挙動不審すぎるのだ。
しかし紗彩の挙動不審には理由があるはずなのだ。挙動不審の場に誰がいたのか、流雨は毎度確認し、ある程度、人物の特定をしているが、人数がまだ多い。もう少し絞りたいところだ。
また、その挙動不審の中には、突然ユリウスを探したかと思うと、ユリウスに抱き上げてもらい寝るということがあった。死神業に関係する眠気だが、昔は眠くなったらそのあたりで寝ることがあったらしい。それを聞いた流雨から怒気を感じたのか、紗彩は慌てて「ユリウスに怒られるから、もうしないよ!」と言っていたが、論点が違う。怒られるからしない、ではなく、怒られなくてもしないでほしい。眠たい時は判断が鈍る傾向にある紗彩だが、女の子なのに危なすぎる。そのあたりで寝るってなんだ。
紗彩が心配すぎて、目が離せない。あれで本人は大まじめに自分のことをしっかり者だと思っている。確かに死神業や副業の商売などはしっかりやっているし、むしろ頑張りすぎなところがある。だが、自分を大事にすることは忘れがちなのだ。だから、そのあたりは、流雨が本人の何倍もしっかり守って大事にするつもりだ。
そんなことを考えながら、流雨はふと疑問に思ったことを口にした。
「紗彩の友人のデニス・ウォン・アデルトン。アデルトン子爵家の三男だと聞いたけれど、紗彩には求婚はしていないんだな」
紗彩に求婚してくる相手は、次男三男が多いというが、デニスは三男なのに求婚してきていないのが珍しいと思った。紗彩と仲がいいようで、求婚しているならば、一番脅威な相手だと思ったのだ。
「デニスさんから、婚約申込状なら、来てますよ?」
「………………来てるのか!?」
「はい。ただ、デニスさんとは結婚しないからと、姉様が最初に候補から外したんです」
「……」
まさかデニスも求婚していたとは。今度からデニスは警戒しよう、と脳内に刻む。紗彩と仲良さそうな顔の裏で、今も紗彩との婚約を狙っている可能性を否めない。
しかし、仲がいいのに、紗彩はなぜデニスを真っ先に候補から外したのか。仲がいいからこそ、婚約者が欲しい紗彩に都合がいいはずなのに。
まだまだ紗彩の謎にたどり着けない。紗彩は誰にも渡さないと、表立って言える関係に早くなりたい。
流雨の腕の中で穏やかに眠る紗彩の頭に、流雨は頬を乗せるのだった。
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