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最終章

97 未来に向けて1

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 そういえば、と流雨が口を開いた。

「婚約に関する家同士の顔合わせは、どうしようか? 紗彩のお母さんは、こっちに来てくれるのかな」
「……顔合わせ?」
「うん、必要でしょう?」
「うーん、お母様は、勝手にどうぞ、って感じだから、前の時はしなかったよ」
「前の時って、去年婚約破棄したって言ってた相手? 名前は?」

 急に舌打ちしたユリウスが、何かを思い出したように口を開いた。

「リアット・ウォン・ジアンクですよ。あの忌々しい失礼な男!」
「へえ、リアット・ウォン・ジアンク……」
「ちょっと待って!? もうジアンク家にはうちの店の出禁という制裁を加えたのだから、何もしないで!?」
「たった二年ですけれどね」
「もう! ユリウス!」
「紗彩、大丈夫、そのリアットとやらが紗彩と婚約を破棄してくれたから、俺が紗彩と結婚できるんだから、感謝こそすれ、俺が追加で何か制裁なんて加える気はないよ。……どこかでお礼はするかもしれないけれど」
「何もしないでったら!」

 お礼ってなんだ。良い意味で使っていないよね。にこっと笑った流雨は、「話を戻すけど」と口を開いた。

「前はしなかったと言うけれど、問題はなかったの?」
「一応、お母様は病気療養中ってことになっているから、問題なかったの。婚約の契約さえできればよかったし、私がそもそも伯爵代理でもあるし」

 母は死神業は今はしていない。私一人で問題ないから、母は死神業をしなくていいと、神の部下ティカにも許可はもらっている。そうなると、母が帝国にいる理由はなく、現在では帝国に半年に一度くらいしか戻ってこない。だから、母は病気療養中と世間的には言ってあるし、私が伯爵代理をやっている。副業の事業にも何も問題はない。

「でも、今回はリンケルト公爵家が相手となると、お母様がいない、というわけにはいかないのかな。……そうかあ、るー君って、リンケルト公爵家なんだよねぇ。……私もリンケルト公爵に会うのよね、怖い」
「大丈夫だよ、俺がいるでしょう」
「うぅ……そもそも、るー君との結婚なんて、許してくれないんじゃないかしら」
「そんなことないよ。きっと大喜びするよ」
「………………」

 なんで流雨はこんなに楽観的なんだろうか。あのリンケルト公爵だ。ルーウェンの悪行を、全て権力でなかったことにしてきた人だ。そんな人が、大事な息子の相手が私で、大喜びなんてするだろうか。
 いざ婚約するとなると、他にもいろんなことが頭を巡っていく。

「……やっぱり、婚約はもう少し……」
「婚約するからね、紗彩が嫌と言っても絶対に」

 かぶせるように流雨が真剣な顔で言う。

「う、うん。婚約はしたいよ? あの、婚約を止めたいと言いたいんじゃなくて、先延ばしにしたいなって。デビュタントの直前くらいに」
「……どうして?」
「私の婚約相手がリアット・ウォン・ジアンクくらいの、家格が高くない家なら話題にもならないんだけれど、相手がリンケルト公爵家だというなら、話が変わってくると思うの。『あのリンケルト公爵家の後継者が婚約! 相手のウィザー伯爵令嬢の素顔とは!?』みたいに、新聞に載る気がするわ」

 リンケルト公爵家が婚約を発表すれば、間違いなく話題になる。たとえ新聞をリンケルト公爵家の力で差し留めしても、貴族たちの間で話題になる。そしたら、新聞記者がやってきて、私の写真を撮らせて下さい、などと言われるんじゃなかろうか。今まで私が素顔を隠してきた意味がなくなる。

「デビュタントまでは、ルディに素顔はさらしたくないの」
「……分かった、婚約発表は、デビュタントの日にしよう」
「ありがとう、るー君!」
「でも、婚約は近いうちにする」
「……るー君、話聞いてた?」
「聞いてるよ。婚約はしても、発表をしなければいいんでしょう」

 目をぱちぱちと瞬いた。確かにそうかもしれない。

「婚約をしたら、発表までがセットだと思ってた」
「他家に右に倣えをする必要はない。婚約しても、婚約したことは秘密にするから大丈夫だよ。俺たちの契約だけ、先にしてしまおう」
「……うん」

 流雨はほっとした顔をした。

「今度、東京に帰ったときに、お母様に顔合わせの都合を聞いておくね」
「うん。俺も父に確認しておく」

 少し恥ずかしいけれど、お詫びのつもりで流雨の頬にキスをする。すると流雨は驚いた顔をした。

「ごめんね、るー君。私の都合で不安にさせてしまったかと思って。私るー君好きだから、るー君と結婚したいからね」

 流雨は苦笑した。

「ごめん、紗彩にこんな姿は見せたくないんだけれど。紗彩を誰にも渡さなくていいと言えるようになるまでは、余裕がないみたいだ。……余裕がないついでに、紗彩に一つお願いしてもいいかな」
「うん、何?」
「前世の夫を、愛称呼びは止めて欲しい」

 驚いた。確かに、先ほどまで愛称呼びをしていた。

「き、気づかなかった。るー君、ごめんね、私の配慮が足りなかった。今度から、第四皇子って呼ぶね」

 前世で死んで以降、ルドルフとは対面で会ったことはなく、本人に『ルディ』と愛称呼びだってしていないのに。時々ルドルフの夢を見ていたから、違和感なく愛称呼びしてしまっていた。流雨が嫌だと思うのは当然だ。私だって流雨が誰か他の女性に愛称呼びをしていたら、嫌なのだから。

「ありがとう」

 悪いのは私なのに、お礼を言う流雨を抱きしめた。流雨を不安にさせたくないので、今後気を付けようと思うのだった。
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