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最終章

111 婚約者の力2

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 そんなことを思い出していると、流雨が部屋に戻ってきた。

「お待たせ、紗彩」

 流雨がソファーの私の隣に座ると、私の手の平に赤い宝石のピアスを置いた。そして、流雨が服の首部分からネックレスのチェーンを出して、チェーンに付いた赤い宝石を見せた。

「このピアスは、この石を削って作ったものなんだ。紗彩にしていて欲しい」
「……うん。分かった」

 耳にもらった赤いピアスを装着した。なんだか、ルーウェンの瞳の色のようなピアスである。

 今度は流雨が私を膝に乗せて、私と一緒に流雨が宙に浮いた。すると、流雨の首にあるチェーンに付いた石が光る。

「紗彩にはこの石に浮き出た模様が見える?」
「模様? ……うーん、模様は無い気がするけれど。でも光ってて綺麗」
「やっぱり紗彩にも見えないか。これね、俺には模様が光って見えるんだ」
「そうなの?」

 流雨が浮いた体をソファーに戻す。そして今度は流雨が本棚を見ていると、本棚から本が一冊勝手に浮いて流雨の手の平に収まった。

「ええ!? るー君、超能力者……」
「これも石の力だよ」

 流雨の手の平に収まった本が、また勝手に動きだし、宙を舞っている。

「紗彩には、今石がどうなっているように見える?」

 流雨の首の石を見る。

「さっきと同じように光って見える。模様は見えないよ」
「だよね。俺には今も模様が見えるんだけれど、さっきとは模様が違うんだ」
「そうなの?」

 また手の平に本が収まると、流雨はその本をテーブルに置いた。

「リンケルト家には、重力を操れる石の力がある。この石がそういう力がある石でね」
「そうなのね」

 石をじっと見る。今は光っていないところを見ると、力を操っていないということなのだろう。

「自分が浮く、物を浮かせる、そういうのを全て重力で操るんだ。これが結構面倒で、目標をどれくらい軽くするとか重くするとか、単体なのか複数なのか、いろいろ計算が必要なんだ。複雑だから扱いづらくて、今までリンケルト家で使っている先祖は少ない」
「そうなのね」
「でも、この模様に変化があることが分かって、いろいろと模様のパターン分けをしてみた。それでも分かったのは多くはないけれど、いざ使いたい時にモタモタできないし、命令文を組み込んでしまえばいいと思って」
「命令文?」
「ほら、システムと一緒だよ。命令文さえ組み込んでしまえば、ボタン一つでやりたいことができるようになるみたいな感じ」
「……なるほど?」

 全然言っている意味が分かりません。

「ほら、電子レンジと一緒だよ。『温める』というボタンを押せば、温めてくれるでしょう? あれも実は裏でもっと複雑なシステムが組み込んである。何度で温めるとか、何分なのかとか。それをこの石で似たようなことをしていると思えばいいよ」
「……そんなことできるの? 石だよね?」
「できたね。発想の転換だよ」
「………………」

 できてしまうものなのか? 驚いて口を開けてしまう。

「で、本題はここから。紗彩にしてもらったピアスの石は、この石を削って作ったと言ったでしょう。つまり、俺の石とペアみたいなものなんだ。だから、紗彩も浮けるようにした」
「……え!? 私が力を使えるってこと!? 扱うのが複雑なんでしょう!? リンケルト家の血でもない私が使えないと思う!」
「大丈夫。力を使うのは俺だから。言ったでしょう。俺のとペアなんだ。紗彩が浮きたい時に石に命令すれば、ペアの俺の石を通して俺の力で浮く仕組み。そういう命令文を入れてると思って。俺が遠隔で紗彩を浮かしていると思えばいいよ」
「えー……遠隔って……」
「ほら、パソコンでトラブルの時に誰かにヘルプを頼むと、遠隔操作で対応してくれることがあるでしょう? そんなのと似てると思えばいい」

 言いたいことは分かるけれど、それをやれてしまう流雨がスゴイ。しかし、どうやって浮けばいいのだろう。石には『浮く』というボタンがない。

「どうやって浮くの?」
「合言葉にしてみた。『るー君大好き』って言ってみて」
「……」

 なんで、そんな合言葉にしたんだ。しかし言ってみるしかない。

「……るー君、大好き」

 しんとする。何も起きない。失敗か? と思っていると、流雨が肩を震わして笑っていた。

「るー君……だました?」
「はははっ! ごめっ、紗彩が素直で可愛くて、つい……」
「ひどい……」

 完全に遊ばれている。

「だって、『るー君大好き』なんて、紗彩いつも言っているのに、紗彩が頻繁に浮くことになっちゃうでしょう。そんな合言葉にするわけない」
「むー……」
「ごめんごめん、怒らないで。今度は本当のこと言うから」

 流雨が頬にキスをするので、私はあっさり許すことにした。流雨がアルベルトに鏡を持ってきてもらう。

「命令文は三つ。一つ目は日本語で『浮け』、二つ目は『戻れ』、三つ目は『止まれ』。口に出して言う必要はない。心の中で思うだけでいいよ」
「『浮け』と『戻れ』と『止まれ』? 日本語で大丈夫?」
「大丈夫。普段帝国で使わない言葉のほうがいいからね。ややこしいから。まずは『浮け』からやってみようか」

 私は頷き、心の中で日本語で『浮け』と唱えると、私だけが浮いた。

「できたぁ!」
「上手上手。鏡を見てみて。紗彩のピアスが光っているのが分かる?」
「本当だね。あれ、るー君の石も光っているね」
「そうだよ。ペアだからね。じゃあ、『戻れ』をやってみようか」

 私は頷き、心の中で日本語で『戻れ』と唱えると、私の体がゆっくりと流雨の膝に戻った。

「も、戻った!」
「上手。一人で浮くのは怖くなかった?」
「うん、あのくらいの高さなら大丈夫」
「よかった。じゃあ、『止まれ』をやってみようか」

 少し離れて立っていたアルベルトが、こちらに向かって紙飛行機を飛ばそうとしている。

「『止まれ』は俺以外の紗彩に近づくものを全て止めるようにしてる。止めるなんて言っているけれど、実際は重さをすごく軽くしているだけなんだ。紗彩、実際に『止まれ』をやってみよう」

 アルベルトが紙飛行機を飛ばした。心の中で日本語で『止まれ』と唱えると、紙飛行機は私のところに到達することなく、途中で止まった。そしてその二秒後くらいに、動力を失った紙飛行機は地面に落ちた。

「できた?」
「できたできた。紗彩は上手だ」

 褒められて嬉しくて流雨に笑顔を向ける。

「さっき紗彩の血を貰ったでしょう。それはこの石を紗彩が動かせるようにしたかったからなんだ。ただ、命令は三つしか組み込んでないけれど」
「十分だよ。でも、使いどころがよく分からないのだけれど」
「普段は使わなくていいんだ。これはお守り代わりだと思ってくれていればいい。普段はエマが紗彩の護衛をするしね。ただ紗彩は階段が苦手でしょう。万が一怖いと思った時に、紗彩が浮けば怖く思わなくて済むかもしれないし、だからこれはお守りだよ」

 万が一、前世のように階段から落とされるなんてことがあれば、浮けば落ちることはない。怖がりな私を思ってくれる流雨の優しさが嬉しい。

「ありがとう、るー君! 大好き!」

 流雨に抱き付きながらそう言い、ふと我に返って流雨から体を離した。

「……やっぱり『るー君大好き』が合言葉でなくてよかった……」
「ははっ、本当にね」

 流雨と二人で笑いあうのだった。
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