【完結】幻のような君を僕だけはずっと憶えている

猪本夜

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03 彼女の余命

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 七月に入り、期末試験が始まった。
 一週間みっちり試験だけれど、試験期間の学校滞在は午前中だけ。

 その試験期間の初日の月曜日、その日の試験が終わり、僕は一人で学校から帰路に着く。従兄弟の海斗はバスケ部の仲間と集まって試験勉強をすると言っていた。

 僕は『桜ヶ丘珈琲』で試験勉強をしようと向かっていると、その途中で桜ヶ丘を下っているサヤと再会した。今日は水色のワンピースに白色のカーディガンを羽織っているので、腕の包帯は見えない。

「あっれ~? コウ君、今帰り? 高校終わるの早くない?」
「今日は試験だったから」
「あ、期末試験。もうそんな時期か……」

 そういう彼女は高校へは行っていないのだろうか。聞いてみようかと思ったけれど、深く突っ込んでいいか躊躇して、なんとなく口に出せずに違うことを聞く。

「サヤは出かけるの?」
「うん。図書館に行こうと思って。おばあちゃんが丘を下って左にまっすぐ行けば図書館があるって言ってたから」
「あるにはあるけど……ここから二キロはあるよ」
「結構遠いんだね!? ……うーん、でも他にいい案ないしなぁ」
「いい案? ……何の本を借りるの?」
「本は借りないよ。図書館ならインターネットが使えるパソコンが普通あるでしょ? 調べものをしたくって」
「そのためだけに図書館に行くの?」

 ……スマホで調べれば一発なのに。

 そういえば、彼女はスマホを捨てたと言っていた。

「……これから『桜ヶ丘珈琲』に行くけど一緒に来る? タブレットを貸してあげるから、俺が勉強している間ならネット使い放題。ただし、タブレットは大事なものだから、俺が見えるところで使ってほしい、っていう条件付きだけど」
「……いいの? 嬉しい! 助かる!」

 彼女は嬉しそうに笑顔を向けた。
 それから一緒に『桜ヶ丘珈琲』へ向かう。
 歩きながら僕は口を開いた。

「ねぇ、スマホを新しく買った方がいいんじゃない?」
「え? ……うーん、でも連絡する人いないしなぁ。おばあちゃんのとこ固定電話あるんだ。必要があれば、それで連絡すればいいしね」
「でもネット社会のこのご時世にスマホがないのは不便すぎない? 誰かと連絡に使わずとも、今日みたいに検索したいこととかで使うよね」
「……確かに」
「俺だって誰かと連絡するより、ネット検索とかアプリ使用とかの方がメインだし」
「……」

 悩むように黙った彼女を見る。
 スマホは値段が高いものだし、金銭的に買えない可能性もある。あまり無理強いはいけないかも、と思っているところで彼女と目が合った。

「スマホを買ったら、私に連絡してくれる?」
「……え」
「連絡先を交換してくれるよね? スマホを買っても誰からも連絡が来ないと寂しいでしょ? だから連絡してくれる?」
「……いいけど」
「……! やったぁ! スマホを買うことにする!」

 彼女はニコニコと告げて、傍まで近づいた『桜ヶ丘珈琲』へ小走りで向かっていく。
 スマホを持たなくて検索できない不便さより、僕との連絡の方がスマホを買う理由の比重が高い、と言われたような気がした。

 ……懐かれた気がする。

 ちょっと面倒くさい、とは思いつつも、嫌ではない。

 自分の感情に疑問を抱きつつも、彼女の後を追い『桜ヶ丘珈琲』へ入った。
 カウンターには叔父と叔母と他にも店員が何名かいた。
 現在昼過ぎ。カフェとはいえ、ここは軽めのランチもやっているので賑わっていた。

 カウンターの順番待ちをして、彼女は先にアイスカフェオレとチーズケーキを頼んだ。僕は海鮮トマトパスタとアイスティーを頼む。ちなみに、アイスティーは本日の一杯目なので無料だが、パスタは甥っ子価格で半額である。

 忙しい叔父たちとは話さず、彼女はアイスカフェオレとチーズケーキ、僕は叔母からリュックを受け取りアイスティーだけを持って二階のバルコニーの定位置へ移動した。
 ランチ時なので二階もまあまあの客がいるけれど、いつもの定位置は空いていた。

 今日は彼女と同じテーブルに着く。

「パスタは?」
「出来たら持ってきてくれるんだ」
「そうなんだ」

 彼女は昼食を済ませた後のようで、さっそくチーズケーキを食べている。

「このチーズケーキ美味しい~! ちょっとレア気味だよね。下のクッキー生地? みたいなところも美味しい」
「それ人気商品だから、毎日売り切れるやつだよ」
「そうなんだ!? っていうか、詳しいね。このカフェのマニア?」
「このカフェ、叔母夫婦がやってるとこだから」
「……まさかのご親戚。それはマニアになるわ~」

 別にマニアではない。

「だからカウンターでリュック受け取ってたのね。何だろアレって思ってたんだぁ。じゃあ、コウ君はいつもここにいる感じ?」
「ほぼ毎日いる」
「あはは、行きつけだね。じゃあ、ここに来ればコウ君に会えるのか。スマホを買ったら連絡先交換をどこですればいいのかと思ってたけど、ここに来ればいいのね」
「そうだね」

 そこに海鮮トマトパスタを持った叔父がやってきた。

「コウ、お待たせ。……まさかコウに彼女か!?」
「違うよ、おじさん落ち着いて。パスタ、ありがとう」

 少しニヤけている叔父の表情が気に入らない。
 彼女は笑みを叔父に向けた。

「こんにちは。サヤと言います。コウ君の友達です」
「こんにちは。そうか、彼女じゃないのか、残念だな。――でも分からないよな。これからもうちのコウと仲良くしてやってください」
「はい、こちらこそ」
「もういいでしょ、おじさん。ランチの時間なんだから忙しいよね。行って」
「分かった分かった」

 叔父は名残惜しそうに去って行く。

「ごめん、面倒くさい人で」
「いいよいいよ~」

 彼女はまったく気にしていなさそうだ。
 そんな彼女にリュックからタブレットを取り出して渡した。

「検索の仕方分かる?」
「うん、分かる。というか、これ高いタブレットだよね。壊さないか緊張する」
「とりあえず落とさないことだけ気を付けてくれれば、簡単には壊れないから」
「はい、気を付けます」

 彼女はテーブルにタブレットを置いた。

「ネット使い放題って言ってたよね? どれだけ使っても高額にならないのよね?」
「カフェのWi-Fiに繋げてるから使い放題だよ」
「……! そういうことかぁ! 遠慮せずにネット使わせていただきます~」

 彼女がネット検索をする横で、僕はパスタランチを終え、さっそく明日の試験勉強に取りかかかる。

 それから一時間ほど勉強しただろうか、ふと隣を見ると、彼女はネットで調べものをしつつ、いつの間にか取り出した手帳に何やら記入している。

「……字が下手だね」

 左手でタブレットを操作して、右手で手帳にペンで書きこんでいるが、字が汚い。

 彼女はウッと息が詰まったような顔をして、むっとした。

「分かってますぅ~、私が読めればいいんですぅ~」

 それはそうだろうけれど、僕もかろうじて読める程度の字の下手さだ。

「っていうか、何を調べているのかと思いきや。ロープウェーに乗りたいの?」

 同じ市内には日本でも有名な湖がある。湖は海と繋がっていて、そこには湖の上を渡るロープウェーがあるのだ。そこの住所や行き方などを調べてメモしているようだった。

「うん。前に傍まで行ったことがあるんだけど、その時は乗れなかったから。だから死ぬまでに絶対に乗りたいって思ってたの」
「……死ぬまでに?」
「うん。私、あと一年も生きられないんだって。だから動けるうちに行っておかなくっちゃ」

 彼女の軽い口調の重い告白に息が詰まった。
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