【完結】幻のような君を僕だけはずっと憶えている

猪本夜

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13 気になる存在

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 七月の三連休が終わり、再び平日は学校へ行く。
 夏休みまで後一週間ということで、このころになると、すでにみんなの心は夏休みモードで顔が緩んでいる人も多い。

 この日は平日の木曜日。
 なんと、クラスメイト全員が期末試験で赤点を免れたということで、クラスの担任から軍資金が出た。ちょっとした打ち上げをするらしい。ジュースやお菓子を買い込んでクラスで一時間ほど飲み食いするという。うちの担任はこういうところが太っ腹で、だからクラスメイトの仲がいいのかもしれない。

 とはいえ、僕はじゃんけんで負けてしまい、同じくじゃんけんで負けた海斗やその他数名と買い出しチームになってしまった。夏休み前の十五時という一番暑い時間に、男子三名女子三名の総勢六名で学校近くの食料品店へ買い出しへ行く。
 つい昨日、梅雨が明けたらしく、とっても暑い。

 食料品店であれがいいこれがいいと、軍資金をできるだけ使ってしまおうと計算しながら、みんなで買い物かごに入れていく。

 そしてお菓子コーナーで物色していた時だった。

「――コウ君?」

 そこにいたのはサヤだった。
 日曜の陶芸教室以降、今週の平日は火曜日の夕方に『桜ヶ丘珈琲』で彼女と会って以来た。右手に買い物かご、左手にスマホを持ち、彼女もお菓子を物色に来たようだ。

「え~、こんな時間にサボリ? それとももう学校は終わったの?」
「期末試験の打ち上げがあるんだ。その買い出し」
「そうなんだ」
「サヤちゃんじゃん~」
「あ、えっと、――カイト君だったよね」
「覚えててくれたんだ~」
「みんなで買い出しなんだね。――あ、こんにちは」

 僕と海斗以外とは面識のない彼女は、他のクラスメイト四人に会釈付きで挨拶している。四人も「こんにちは」と会釈していた。

 ここで彼女に会うとは思っていなかったけれど、少し困った状況だったりするのだろうか。なんせ、同じ買い出しチームに、海斗曰く僕に気があるという子が一人混じっている。あの子自身に僕は何も言われていないのに、こういうことを気にすること自体おこがましいのかもしれないが、不穏な空気にはしたくない。

 なんとなく、女子三名の彼女に対する視線が微妙な気がする。彼女をこの場から引き離そう。

「サヤ、お菓子は何を買うの?」
「あ、えっと……、飴とガムとラムネ」

 彼女の買い出しを誘導し、欲しいものを取ってもらう。

「あと買うものは?」

 彼女の買い物かごには、お菓子以外に玉ねぎとトマトと茄子とひき肉が入っていた。

「カレー粉」
「よし、そっちに行こう。――ごめん、ちょっと離れるから好きなものを選んでてくれる?」
「オッケーオッケー」

 五人――主に海斗に告げて、彼女の背中を押しながらお菓子コーナーを離れる。そしてカレー粉ゾーンへやってきた。

「カレーって普通のカレー?」
「ううん、キーマカレーが食べたいの。このサイトの材料を買ってた」

 彼女は左手に持っていたスマホを見せた。サイトの材料と買い物かごの材料が合わない。

「……ピーマンとパプリカがカゴに入ってないけど」
「嫌いだから入れないんです」
「お子様だな~」
「違うんですぅ~。嫌いなものは食べない駄目な大人の代表としてここに立ってるんですぅ~」
「はは、うちの父さんみたい」
「お父さんの嫌いなものは何?」
「トマト。大きいのも小さいのも絶対に食べない。なのに、俺たちには小さい頃からトマト食べろって勧めてた」
「悪い大人だ!」
「そのとーり。――そのサイトに載ってるカレー粉はこれみたいだよ」
「ありがと」

 カレー粉を買い物かごに入れた。

「他に買うものは?」
「もう終わり~」

 彼女と一緒にレジに行って彼女が支払いを済ませ、彼女が買ったものを袋に入れるのを見ながら口を開いた。

「ここからどうやって帰るの?」
「歩いて」
「タクシーで帰ろうか。今、すっごく暑いから熱中症になる」
「え~……飲み物持ってるし、帽子してるよ」
「ここまでどうやってきたの?」
「朝から病院に行った帰りなの。病院には歩いて行ったよ」

 そういえば、彼女は先日、近くの病院の薬袋を持っていたんだった。

「……朝はいいけどさ、今はヤバイから。俺たちが学校からここまで歩いただけでも暑かったから」
「……コウ君、心配性すぎない?」
「心配もするよ。サヤ、自分の身体のこと分かってる? 外は普通に健康でも熱中症になりそうなくらい暑いからね」
「……はぁい。タクシーで帰るよ~」

 彼女は口を尖らせながら拗ねたような表情で返事をした。「私も元気なのにぃ」とブツブツ言いながら、「またね」と彼女は小さく手を振って食料品店を出て行く。彼女に手を振り返しながら、ほっと息を吐いた。

 つい、彼女がタクシーに乗るか、店のガラス越しに確認してしまう。僕は本来、兄にこうやって心配されてばかりだったのに、彼女相手だと立場が逆になっている。

 彼女がタクシーに乗るのを確認して振り返ると、海斗たちがレジへ歩いてきていた。

「あ、色々任せてごめん」
「大丈夫大丈夫! でも、荷物は持ってもらうからな~」
「もちろん」

 女子の表情はおおむね平穏か? 分からないが、自分の行動が彼女らの心を乱していなければいいのだけど。まあ、大丈夫なはず。

 手分けして荷物を持ち――もちろん男子は飲み物系の重いものを持つのだが――並んで学校へ歩いて戻る。
 その途中、僕に気があるというあの子が隣に並んだ。

「航輝くん、さっきの子って彼女じゃないの?」
「違うよ」
「……仲良さそうだったね」
「そうだね」
「……さっきの子が航輝くんの好きな子なの?」

 好きな子とは恋愛感情で、という意味だろう。そんな感情が自分にあるとは思えない。彼女は余命一年で兄と重なるところがあって、そういう意味で気になっているけれど。

「好きな子というわけではなくて、気になる子だよ」
「……そういうのを好きな子って言うんじゃないかな」

 急に隣の子の声が低くなったかと思うと、隣同士で歩いていたのに、あの子は早歩きで先に行ってしまった。

 ……何か怒らせた?

 好きな子と気になる子は違う存在だと思うのだけど、それを指摘したのがいけなかったのだろうか。

 否定して正しい情報を伝えたのに、女子の思考って分からない。ピリピリした空気になるのは苦手なんだけど。
 あの子が僕に気があるという海斗の言うことは間違っている気がする。

 謎だらけになりながらも、こんな状況も明日で学校が終わって夏休みに入れば、みんな忘れるだろう。僕はそれ以上深く考えることを止めた。
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