君と僕だけのブルースター

れみっしゅ

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花芽

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6月下旬のある日。俺と恵は2人で街中を歩いていた。俺は正直緊張していてた。おそらく彼女に恋をしているのだろうと確信した。一方で彼女はというとニコニコと微笑みながら歩いており、緊張しているようにも見えるがそれよりも楽しんでいる感情の方があらわになっているようだった。いずれにせよ悪い雰囲気ではないことは確かである。恵と出会ってから1ヶ月弱。彼女の存在は他の誰にも公表することはなく秘密裏に何回か会っていた。別にやましい理由があるからとかそういうわけではなく、彼女との出会いがあまりにも不可解な点が多かったためもしかしたら何か危険なことに巻き込まれる可能性があったためボディガードとして一緒にいるのだ。恵には家族は誰もいなく1人で生計を立てながら学校に通っているとのことだ。学校での様子は正直分からないが本人曰く毎日楽しいとのことだ。「ねぇ?そろそろお昼にしない?」恵のその一言で我に帰った。「そうだね、何食べたい?」さりげなく訊くと「ヘルシーなものがいい!」と答えた。何度か一緒にいるうちに分かったことの一つそれは食事へのこだわりだ。女の子だからヘルシーなものが食べたいというのはごく普通のことだし納得はできる。その思考は疑いはしなかったのだが、問題はその実態である。彼女は極度の偏食である。野菜や果物が好きどころではなく肉や魚など動物性の食事は一切摂らないのだ。話を聞くと家でもそうだとのことであり、昔から変わらず個人的にそうしているとのことだった。
 世の中には沢山の人間がいるけれど一人ひとりの特徴なんて然程興味はなかった。だが恵との出会いによって徐々に変わってきたのだ。一つの事を知るたびにこんなに心動かされたことは今まで一度もなかった。こうなったら〝もっと知りたい″という欲に任せて行動することに決めた。「今度の日曜日って暇かな?よかったらその、どこか行きたいところとかない?」ここまでの1ヶ月はまだ彼女がこの辺りの土地勘がないとのことだったので案内することにしていた。だがそろそろこの街以外の別の場所に行っても問題はないのではと思い尋ねてみた。「綺麗な星が見てみたいな」目を輝かせ空を見つめながらそう応えた。星か。俺は全然星に興味を持ったことがないし、そもそも都会である東京では田舎ほど綺麗な星空は見られないから本物の夜空というものをよく知らない。少し顔を曇らせて考えていると彼女は得意げな顔をして話し出した。「夏の大三角形ってご存知ですよね?ベガ(こと座)・デネブ(白鳥座)・アルタイル(わし座)を結んだ二等辺三角形のことです」「そうだね、それが...。」俺が質問しようとするが間髪入れずに話を続けた。「この3つの星座は全てにゼウスが関係していると言われベガ(こと座)はゼウスが拾った落とし物、アルタイル(わし座)はゼウスが美少年を誘拐したと言われ、そしてデネブ(白鳥座)は何とゼウス自身ではないかと言われているんですよ!それぞれもっと詳しく話すとですね...」
彼女の星への興味度合いはよく分かったがあまりにも勢いが凄すぎて後半からの説明はほとんど頭に入ってこなかった。「ということなんですよ!どうですか知ってましたか?」
「そ、そうだったんだね。し、知らなかったよ」ぎこちなく返事をすると「じゃあお次は七夕についてお話ししますね!誰しもが知っている七夕ですがそちらの由来は日本に元来から伝わる〝棚機(たなばた)″という年間行事と、中国から伝わってきたとされる"気巧奠(きこうでん)″という現代でいう習い事全般の上達を願う行事と、そして"織姫と彦星の伝説"これが合わさって誕生された話だと考えられているそうです!それでですね...」こうなったら途中で口を挟んでも止められないと悟り大人しく最後まで熱く語る彼女の姿を見届けることにした。ようやく全て語り尽くすと彼女は少し疲れた様子で「たかが星と思いますか?されど星なんです!知れば知るほど星の魅力に気付きますよね!」「う、うん!」
こうしてまた一つ彼女の秘密が明らかとなったのである。そうこうしているともう夕暮れ時になっていた。彼女を駅まで送りに行くと別れ際に「星一緒に見に行けるの楽しみにしていますね!」満遍な笑みを浮かべ改札を通過していった。本来ならロマンチックで嬉しい展開なはずだろうがここまで知識をひけらかされてしまうとちょっと悔しい気持ちもあり当日までに少しでも星について調べてもっと交流を深めようと決心した。幸い今日が土曜日で星を見るのは来週の日曜。まだ一週間も時間があるから充分だと気分が高揚したまま彼女を見送りそのまま本屋へ直行した。
 それからというもの僕の行動パターンは少しずつ変わっていった。いつもなら休み時間は呆けたように過ごし、放課後は一目散に教室を出てまるで帰宅部の主将かのような感じだったが、休み時間は買ってきた分厚い星座に関する本を熟読し、放課後は科学の先生に頼み込んで毎日細かく指導してもらった。その甲斐あって一週間という短時間で見事に星座のことについて学ぶことができた。正直ここまで仕上がるとは自分自身思っていなかったため凄く嬉しかった。先生も「最近調子上げてきたな。天文学に興味でもあるのか?」と訊いてきて、「まぁちょっとですね。」と半笑いで誤魔化した。別に俺は元々星が好きというわけではないし、何かを進んで学ぶことも滅多にない。だが、何故だが分からないが彼女との約束を思い出す度に頑張ろうと思えるのだ。これが俗に言う"外発的動機付け"というやつだろう。動機はともかく知識としては確実に定着したためこれで自信を持って彼女の話についていけるぞ。そう思い心躍らせながら当日を迎えるのであった。
 そして迎えた当日。待ち合わせを朝9時に設定したのには理由がきちんとある。いつもの駅前で待ち合わせをしていると彼女がやってきた。「おはよう!待った?」「いや、俺も今来たところだから全然気にしなくて平気だよ!」気を利かせた一言を発し「それじゃあ行こう!」と主導権を握った。「ところで星を見るのになんでこんな朝早くなんですか?今日は特別珍しい星座が見られるという予報もないのですが何かあるのですか?」それもそのはず約1ヶ月紹介して周ったこの場所ではなく少し遠出にはなるがとても良い場所を見つけたのだからいわゆるサプライズである。それにしてもこの天然っぷりはなんとも微笑ましいものだろうか。彼女にうっとりしている間に目的の場所の最寄駅に到着したため俺たちは移動した。「あの、本当に大丈夫なのでしょうか?」少し不安がっている様子だったがその場所はすぐに見えてきた。そう、やってきたのはプラネタリウムだ。ここは俺が昔よく親父と来た思い出の場所だ。今でこそこんな風に何に対しても興味が薄いが子どもの頃は色んなことが新鮮に見えて特に星は見ていると不思議と心まで綺麗になった気がしてそれ以来しばらくの間は何か嫌な気持ちになる度にここへ足を運んでいたっけ。思い出すだけで涙がこぼれ落ちそうになったがその気持ちを抑えて彼女を案内した。
 「これがプラネタリウムというものですか!私初めて来ましたが今から凄く楽しみです!まさかこんな朝っぱらから星を見られる日が来るなんて生きてればいいこともあるものですね!」どうやら彼女はプラネタリウムのことを今まで知らなかったらしい。それ故にはしゃいでいる様子を見るとやはり過去の自分を思い出し、つい思いにふけてしまう。すると係員に案内され無事館内に入ることができた。いざ始まり天井に数多の星が映し出され解説とともに始まったのだ。いくら少し詳しくなったからといっても途中で口を挟むわけにはいかないためじっくりと堪能しようと思った。そしてしばらくして彼女の横顔を見てみると目から涙がこぼれ落ちよっぽど感動しているのだと思い、いくら暗いからとはいえ泣いてるところを見られたら恥ずかしいと思い再び集中して解説を聴いていた。昔はただ綺麗ということしか思わず見聴きしていたけど今となっては話の内容がよく分かるのに加えて女の子と一緒に見れているという最高のシチュエーションで気分の高揚を抑えるのに必死だった。そうこうしている間に1時間が経ち館内が明るくなった。「どう?面白かった?」「面白かったってなんですか...」声のトーンが少し低く背筋がゾッとした。これから何言われるのかと身構えていると「そんな柔な言葉では言い表せないくらい感動しましたよ~」号泣しながら抱きついてきたのだ。「ちょっ、みんな見てるからとりあえず移動しよう!」泣いている彼女の手を引きプラネタリウムを後にして近くの喫茶店へ向かった。なんだか疲れたというか気を遣って損した気分であったがここまで派手にリアクションしてくれるとは正直思っていなかったため一緒に来てよかったと思い彼女と話をすることにした。「今回はスケールを楽しんでもらおうと少し遠出してみたけど、実は家でも簡単に楽しむことができるんだ。でも一番最初にここまで感動しちゃうと家庭用じゃ満足できないかな?」遠回しにまた2人で一緒に行こうと誘ったつもりだったけどその想いは届かず「何言ってるんですか!そんなの問題になんかなりませんよ!いいですか、重要なのは星が見られるということなんですよ!」何故か怒られたため少し戸惑ったが逆に家庭用を買えばいつでも2人だけで楽しめるということであり、それはそれでありだと思うようになった。
 俺はアイスコーヒー、恵はオレンジジュースを片手に星について語り合った。「恒星にはとある符号が明るい順番につけられますけどそれは一体なんだか分かりますか?」「もちろん!バイエル符号だろ?ギリシャ文字のa,b,rを当てはめたものでドイツの法律家ヨハン・バイエルによって生み出されたもので、それを他の天文学者が修正や追加したもののことだな。」「凄い!よくご存知で!!」「ちなみにバイエルと聞くとピアノのバイエルを思い浮かべる人も多いと思うけどそれとは全く別で生みの親が同じドイツ人のフェルディナント・バイエルってこと知ってた?」「そうだったのですね!私初めて知りました!!星以外にはあまり興味がないものでしてこれは新たな情報です!本当に驚気ですよ!まさか耀作さんがここまでの知識を持っていたとは!もっともっとお話ししましょ!」なんと彼女の知識量を上回っていたのである。自分でも驚きを隠せないが勢いに任せそのまま語り尽くしたのである。
 そして、あっという間に夕方になり帰路に立った時彼女は言った。「今日はお誘いいただき本当にありがとうございました!こんなに楽しい日は後にも先にもないですよ!!」「そんな、ちょっと大袈裟じゃないかな?」俺は少し照れながらも楽しかったと十分満足している。「また一緒に星見ましょう!今度は本物を見に!」「そうだね!俺も楽しみにしてるよ!」そう言い彼女を見送った。ここにきてふと考えたことがあった。彼女は、恵は俺と一緒にいる時間が楽しかったのだろうか。それともある程度話の合う人ならどんな人でも良いのだろうか。楽しかったけどそのことが引っかかって素直に喜べない。そこで決心したのだ。「俺はまた星を、今度は本物を見に行くと約束した。ならそれを人生一台の大勝負として出てみるのも悪くはないな。よし、そうと決まればその日が来るまでに知識と自分両方を磨き真の男になってやる!」そう意気込みそれからの生活にますます喝が入るのであった。一方で恵は耀作のことを...。
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