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いち

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 その日、俺は差し出された書簡に無表情で印を押した。公爵家の子息でありアルテミス次期公爵となる男、ユリス・アルテミスと、レーミン伯爵令嬢であるマリアの婚姻許可証だ。
「マリア・レーミンといえば…絶世の美女と謳われていた、あの女か」
 宰相であるフェロンに問いかけると、いつもは無口な彼がこくりと頷いて続けた。
「伯爵令嬢にしては珍しく、傲慢でなく、おとなしい性格です。人のことを常に考えることが出来る方ですしーー彼女はユリス殿に相応しいかと」
 全く、この男は久々に口を開けば人の傷口をえぐりやがって。
「それは、ユリスに余が相応しくなかったと言いたいのか?」
「そうではありませんが」
「まぁいい」
 へぇ、と書簡を眺める。
(いい女、手に入れたんだな)
 そこまで綺麗な女を捕まえたのなら、自分のことなどもう何とも思わないだろう。
「…陛下、早く仕事」
「お前は日々、敬語というものを忘れているな。もっと余を敬え!」
「敬われるようなことをしてくださいよ」
「うるせー」
 フェロンに書簡を投げる。
「ほら、さっさと持ってけ!」
「投げないで下さい」
 あぁ、疲れた。国王とはこんなにも不自由で、不幸なモノなのか。
(…ったく。ハッキリ、振ってくれるじゃねーの)
 どうしたものかな、と考える。まぁ、考えたところで何も変わりやしない。つまりは考えないのが最善の策だが。
 今日も見事に、男漁りでもしようか。
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