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喧嘩になる前に我慢しましょう
しおりを挟む腕の中で眠りについている彼の寝顔に、達也はふっと顔を綻ばせた。それは決して妻が見ることは無いものであり、彼ーー煌以外に当てられることもまず有り得ない。
「…無防備すぎでしょ」
こんなにも可愛らしい顔なのだ。本人にそのつもりが無くとも、大抵の男がその気になって誘われるのは仕方ない。決して許しはしないけれど。
「………ん……」
うっすらと開いた瞳に、達也は話しかけた。
「起きたの?」
「…きょうや?」
ずぐり。胸の中が一瞬で真っ黒にされる。
「……わざとそうやって言ってんの?寝ぼけてるフリ?」
「? …………っ!?」
ガバッと起き上がった彼が、焦った表情をする。
「達也!?お前、なんで…」
「…兄さんから連絡もらって迎えに行ったんだよ。煌が兄さんのこと呼び出したんだって?どういうつもり?」
どうしよう、と焦っているのが目に見えて分かる。精一杯の怒りのオーラが伝わったようで良かった。
「よ、酔ってて、あんま覚えてなくて…」
「それがよりにもよって兄さんに連絡した理由?理由になってないと思うけど」
「ごもっともです…」
即座にベッドの上に正座した煌が、恐る恐るといった風にこちらを見上げる。
かわいいけれど、許せない。
それでつい数時間前に喧嘩したのを忘れたのか。それともこの人は本気で、俺と終わってもいいと思っているのか。分からないのだ、煌の考えることが。
聞けないことがある。今更関係ないとは分かっていても、それでもこの人の心の奥底にあるのはいつだって響也だ。困った時に頼るのも相談するのも、全て兄さんだ。
愛里とのことは俺が悪かった。知っている。それでも俺は、許せない。自分の目の前から消えた煌が、自分になんの相談もなく、それなのに響也とは会って、キスをして、身体を絡めていたこの人が、どうしても、許せない。
けれど別れるなんてそれこそあり得ない。
「…ていうかさ。兄さんと連絡取る必要ある?消しちゃえば?」
「え、いや……それはちょっと…」
「なに?」
眼に力を込めると、煌がびくりと飛び跳ねて慄いた。
「…困る、かな」
「なんで?」
「いや、だって、達也とは幼馴染だし」
「でもセックスしたんだよね?」
「セッ……そ、う、だけど………てか、いつまでこだわってんの?」
「…別にこだわってない」
あまりねちっこいと思われたくない。好きな人の前でダサい姿を見せたくない。けど、けど。
(あぁもう、じゃあどうすればいいんだよ!!!!)
近付いて欲しくない。けどこの人は、普通に仲良くしていたい。
ここで俺が粘っても無駄だと分かる。粘るだけで頷いてくれるならとっくの昔に関わりを絶っているはずだ。
深呼吸して頭を冷やす。よし、大丈夫だ。また少し我慢すればいいだけだ。
「…ごめん、この話やめよう。また揉めるの嫌だし」
そう言うとあからさまに安堵の表情を浮かべられる。揉めるのが嫌なのはお互い様だ。
「……えっと、次から飲みに行くときは先にちゃんと言うから」
何回目の約束だよそれ。と思うけど、抑えなければ。
「うん。お願い」
「ごめんな。迎えに来てくれて、ありがと」
ふわりと笑った煌に、なんとか、達也もぎこちない笑みを浮かべた。
さて、離婚の話はどのタイミングで切り出そうか、悩みどころであるが。
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