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現代編
美玖の『未来』
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僕は『未来視』の能力を終え、目を開いた。
「……」
何も言えなかった。
美玖がこんなにも僕のことを思っていてくれていたということに、ただ驚いていた。
「兄さん、どうだった?」
「……」
美玖に対して、どう答えれば良いのかわからなかった。
僕の視た『未来』の内容をそのまま伝えるわけにもいかない。かと言って、そこではぐらかしでもしたら余計に怪しまれるに決まっている。
何を言おうか黙考していると、奥で何か作業をしていた美幸先生が美玖に声を掛けた。
「あーっと、お兄さんはどうやら美玖ちゃんの『未来』について、君抜きで話し合いたいみたいだよ? ちょっと私とそこまでぶらぶらしない?」
「……わかりました」
この手助けはありがたいことではあったものの、未来と聡に話すわけにもいかなかった。これは僕と妹だけの問題なのだから。
美玖は怪訝そうな顔で僕を一瞥し、美幸先生と一緒に部室を出た。
「それで、どうだったんだ?」
聡は興味津々でありながらも、僕らを気遣ってか慎重に伺ってきた。
「これは、僕ら家族だけでするべき話だと思う。だからすまん、聡と未来には話せないし話しちゃいけないと思う」
「じゃあ、なんで美玖ちゃんにそう言わなかった?」
痛いところを突かれてしまった。
「それは、今は美玖にもしない方が良いと思ったんだ……」
「そっか、じゃあこれ以上は聞かない方が良いかもしれないですね」
未来は何かを察したかのように言った。
「あぁ、そうして貰えると助かる」
「って、未来ちゃんはずいぶんと察しが良いみたいだなぁ……」
聡は力の抜けた声で言った。確かに、今の僕の要領を得ない話で察すというのには無理があったかもしれない。
「ごめんな、聡。何度も言うが、これは僕と美玖だけの問題なんだ。だから、あまり探ろうとはしないで欲しい。ただ一つ言えるとしたら、現時点で美玖本人に伝えるべきじゃない『未来』だと思う」
僕がそう話した途端、未来は顔を真っ青にした。
「そ、それって、もしかして、びょ、病気とか?」
「それは違う、安心してくれ。決して病気とか事故とか、美玖に身の危険が及ぶ『未来』ではなかったから。大丈夫だ」
「そ、そっか、それなら安心だぁ」
心底安心しきった顔で未来は息を吐いた。
「とにかく、なるべく美玖がここに帰ってきても話題を振らないで貰えると助かる。僕が直接話をしておくから」
「ああ、わかった」
聡は渋々ながらも承知してくれたようだ。
そこで、タイミングよく美玖と美幸先生が戻ってきた。
美玖は美幸先生との会話が弾んでいたのか、機嫌の良さそう顔をしていて、『未来視』のことなど忘れてしまったかのようだった。
「ねぇ兄さん! 美幸先生料理しないんだってー! 先生にもできないことあるんだなー頭良くて美人だし完璧な人だと思ってたよ。もう私がお嫁さんになりたいくらいだよ!」
美幸先生は僕が黙っていた少しの時間で、意図を汲み取ってくれたみたいだ。上手く話を逸らしてくれたらしい。
「えー? 美玖ちゃんがお嫁さんに来てくれるなら両親も一安心だと思うなぁ。美玖ちゃんがいれば、私の老後の心配もしなくて良さそうだからね」
僕もこの会話に乗ろうと思い言う。
「美幸先生、凄い現実的な話しますね」
「だってそう思わない? 石岡くん、美玖ちゃんは家事ができるんだよ? 私が例えば寝たきりになっても、美玖ちゃんくらい家庭的な子が家に嫁いでくれれば、何も心配はいらないじゃない?」
「え、ええ」
「やだー美幸先生恥ずかしいです~」
冗談っぽく美玖が頬を手で抑え恥ずかしがっていた。それを見て、美幸先生は笑っている。
ひとまずは安心して良いらしい。僕が視た美玖の『未来』を、ここで晒すような真似をしては辛いであろう。
僕は美幸先生に感謝をしようと思い耳打ちをする。
「先生、僕のこと察してくれたんですよね?」
「どうかなー? でも、いろいろと収穫はあったから良いんだよ」
美玖との話は余程弾んでいたらしい。
とりあえず、今はもう夕方だ。そろそろお開きにしよう。
「もう部活は終わりにしようか」
「はーい、それじゃ、お先に帰りますねー」
未来は真っ先に声を上げた。僕と美玖を今にも二人きりにしようという寸法があるのだろう。すると聡も続けて「ヒロ、頑張れよ」と言ってこの場を去った。
「ああ」
僕は親指を立て、格好をつけた。
「美玖、僕らも帰るか」
「わかった、兄さん」
未来と聡に別れを告げ、部活は解散となった。
学校の帰り道、僕は悩んでいた。
今日視た『未来』を大きく変えようとは思わない。
美玖の気持ちには応えられないだろう。
僕は、美玖にとってとても重大な隠し事をしている。それがある以上、美玖の気持ちに応えることはできないし、してはならないはずだ。
しかし、「そんな曖昧な応えは聞きたくない」と言われそうだ。
僕は、美玖に本当のことを伝えるべきなのかもしれない。仮に伝えた場合、そのとき美玖はどういった反応をするのだろうか。その光景が目に浮かぶようにわかる。きっと美玖と僕との関係は、これまでと大きく変化するに違いないだろう。
もう思い切って今まで隠してきたのだから、そのまま隠し続けるという選択肢もあるかもしれない。
しかし、やはり話さなければならないことだとも思う。
今日視た『未来』は明後日起きる。そして間に土曜日が挟まる。
『未来』では家で告白していたようだから、無機質な空間ではなく、どこか旅行へ行って楽しみ、少しでも悲しみを和らげてあげるというのはどうだろう。その間にどうするかを決めれば良い。僕は、最終的な決断を一旦棚上げにすることに決めた。
「美玖は明日明後日どこか行きたいところはないか? 二人で旅行にでも行こう」
「どうしたの? 急に。良いんだけどさ」
「偶には二人で出掛けるのも良いかと思ってな」
「うーん……あのさ」
少し考えた末、美玖は意を決したようだ。
「ん?」
「実家に帰ってみない?」
「え……」
実家とはつまり父さんを亡くした家だ。美玖が僕を好くようになった理由は、父さんを亡くして意気消沈していた僕を見てからだったはずだ。その理由と非常に縁の深いところで話をするというのか。好きになった原因の地で、美玖にあの話をしなければならないというのか。
本当に良いのだろうか。
「ちなみに、何故か聞いて良いか?」
「お父さんが亡くなってから、私たちにいろいろあってお墓参り行けてなかったじゃない? 今じゃ兄さんと私も元気になってるし、ちょうど良いタイミングかなーと思ったんだよね。どうかな?」
「美玖が行きたいなら……良いよ」
僕はできるだけ美玖を尊重したいと思った。
「じゃあ決定ね! 久しぶりだなー実家に戻るの。昨年の末ぶりかー」
笑顔で楽しそうにしている美玖を見た僕は、依然として複雑な気持ちでいた。
「ふんふふーん」
美玖は、鼻声を歌いながら味噌汁をかき混ぜている。彼女の作る味噌汁はかつお出汁が良く効いていて美味い。どうやら今の美玖は、明日の旅行が楽しみなようで張り切っている。それも加わってさらに美味しそうだ。
「できたよー兄さん」
「うん、美味しそうな匂いだ」
「えへへー今日は張り切っちゃったんだー」
美玖の機嫌が良いのを見て、明日の旅行は彼女にとっても良いのではないかと、ささやかながらに思い始めた。
「あーおいし」
「明日どんな服着ていこうかなー」
美玖は、夜の十一時を過ぎてからも、興奮した状態を続けていた。
「夜更かしするなよな」
「ん~わかってるよーねね兄さん?」
「どうした?」
「兄さんは明日楽しみ?」
「当たり前だろ」
そう言うと、美玖は満面の笑みを浮かべたのだった。
そして、土曜日となった。
「忘れ物するなよな」
「わかってますー」
少し眠そうな目をして言った。どうやら遅くまで起きていたらしい。それほど楽しみだったみたいだ。
僕らは電車を乗り継いで行くことにした。その時間およそ二時間。八王子~山梨で隣り合っている地だが、交通費が高校生の身分には痛かった。
しかし、長い電車の旅は楽しかった。美玖はどこかで買ってきたスナック菓子をくれた。よっぽど楽しいみたいだ。進行方向右側のボックス席に座り、美玖は窓側に着いていて、鼻歌を歌いながら懐かしい景色を楽しんでいた。
僕はというと、景色にあまり興味がなかったため、時々うたた寝をしてしまった。そんなとき決まって美玖は、「ねぇ!」と肩を叩いて起こしてきた。
僕らは雑談を楽しんた。部活動の話や、未来や美幸先生の話、授業の話で盛り上がった。普段二人暮らしをしているため、特別な話をしているわけではないはずだが、あまりない二人きりの旅行なことも相まってか、一層会話を楽しんだ。
実家へは電車を降り、バスに乗って向かう。
懐かしきかな、小さな村で周りには山ばかりなため、バスの運行本数があまりにも少ない。高校を選択する際、バスで駅まで向かい、駅から最寄りの高校に通うという方法も考えたが、万が一のことが起きてバスに乗れなかった場合、遅刻が確実となる。
加えて僕は比較的寝坊が多い人間である。ますます遅刻をする可能性が高いのだ。もちろん、歩いて駅へと向かうのは現実的ではない。
それは辛抱ならんので、都会にも出てみたいと思っていたし、ちょうど良いかと思い、学校提携のアパートを借り、今の状態に落ち着いた。
長旅を終え、実家の最寄りの駅に到着した。
「はぁ~疲れた~」
美玖は大きく伸びをし、旅の疲労を感じさせた。かくいう僕も、普段の通学は徒歩ということもあり、長らくぶりに電車に乗ったのだ。それも二時間もの長い電車は父さんが亡くなってからの葬式以来だったのだ。
美玖に続いて腕を上へと大きく伸ばし、背中をバキバキと音が鳴るほど逸らせた。もうくたくただ。
「ふぅー、これからどうしようか」
実は昨日実家に帰ることを決めてから、今の今までの時間、墓参りに行くこと以外の計画を全くと言って良いほど建てていなかった。今はお昼過ぎ。墓参りは明日の昼から行こうと思っている。
「ひとまず駅の近くでお昼ごはん食べて、その後実家に帰って荷物置かない? 周りに何もないからやれること少ないし、明日までゆっくりしようよ」
「そうするか、でもここまで遠出しておいて何もやらないというのもなぁ」
僕は駅前でできることを思い出そうとした。
「そうだ」あれがあるではないか。「そこの温泉でも行かないか? スーパー銭湯だけど」
この駅にはスーパー銭湯が併設されている。ロクな飯屋や店すらなく殺風景にも関わらず、スーパー銭湯だけがあるのだ。周りには田んぼや畑ばかりなのに。
「そうしよっか、疲れた体を癒そうね」
スーパー銭湯の「湯」と書かれた暖簾をくぐり、靴を脱ぐと店主が見えた。久しぶりに会うおじさんに挨拶をすることを決めた。実は小中学生時代、家族に忍んでこの銭湯に通っていたことがある。
「おじさん、こんにちは」
「はいこんにちは、ん?」
数年ぶりに見る顔をすぐ思い出せなかったのか、疑問符を浮かべた顔をしながら頭を横に傾ける。ようやく見当が付いたのか大きな顔にこれまた大きな笑顔を浮かべ、大きな声を出して近付いてきた。
「おぉー!? お前ヒロか? ずいぶんと久しぶりだなー!」
そう言って大きな腕を、腰を捻ってて僕の肩を叩いてきた。この妙に馴れ馴れしい雰囲気がとても久しぶりで、僕も少し嬉しくなった。
「いやーご無沙汰しています、ヒロです。お元気でしたか?」
「んあーそりゃあ元気だぞ! ん? 俺の目を見ろ! まぁいい。実は最近ぎっくり腰をやっちまってなー風呂ん中ブラシで磨いてただけなんだけどな。普段より機嫌が良かったからか張り切って腰入れてたんだよなーこうぐいっとな。そのとき俺が腰やっちまったせいで風呂ん中でうずくまってたんだよ、お客さんが俺のこと呼んでも返事がなかったからってんで、中覗いてみたら俺がすげぇことになってたらしくてな。思いっきりあたふたしちまってさ、救急車呼ばれちまったよ! 笑っちまうよな? がはは」
全く笑えない。それに、それは元気と言うのだろうか。このおじさんのテンションには時々ついていけなくなる。とりあえず適当に受け流そうと思った。
「あはは! それは大変だ!」
「はっはっは! 大笑いもんだ!」
また僕の肩を大きな腕で叩いてきた。今度はさっきよりも腰を入れて叩いてきたのだ。それはまるで力道山の空手チョップのようだった。これでも腰を痛めていないところを見ると、それほど重症ではなかったのだろうことがわかった。
「ん? その横にいるのは誰だ? もしかして、これか?」
そう言って下品にも右手の小指を立ててきた。僕と美玖はそんなにも似ていないのだろうか。美幸先生にも、初めて僕らが一緒にいるところを見て、同じようなことを勘繰られたことがある。
「違いますよ。妹ですよ。一緒に来るのは初めてですね」
「お前妹がいたのか! それにしてもずいぶんと別品さんだな! それと全然似てないな兄妹!」
似ていないことを強調してきた。
「ま、まぁ美男美女兄妹ですからね?」
「ところで、妹さんは何て名前なんだ?」
何も聞いていなかったかのように話題を変えられた。
「あ、私、石岡美玖って言います。兄とは同い年ですね」
「おぉ、どうもどうも。俺は佐藤って言います」
美玖が丁寧な挨拶をしてきたので、おじさんもつられて丁寧になった。
「兄がどうやらお世話になっていたみたいで、その節はどうもありがとうございました」
「はい、どういたしまして。ところで、ヒロ。今日はなんでこっち来たんだ?」
おじさんは父さんが亡くなっていることを既に知っているので、はっきりと答えた。
「父さんが亡くなってからといもの、こっちの方に来ていなかったのでね。お墓参りにも未だ行ったことがなかったのです。そろそろ自分らも落ち着いて来たところだったし、今がいい機会だと思いましてね」
「そうかそうか。で、長時間の電車の疲れを癒すためにここに来たってところか。良かった良かった」
「そうですね、久しぶりに良いかなって思いましてね。妹も来たことなかったみたいで」
「ま、存分に長風呂すると良いさ」
僕は頷き、その後奥さんにも軽く挨拶を済ませた。
「じゃあ、一時間くらい後でそこにある休憩所に集合で良いか?」
僕は美玖に言い、風呂に入ることにした。
体の汗を流し、熱い風呂に入った。
「ふぅ~疲れた~」
明日は遂に美玖の『未来』が来る。
心は既に決まっている。
来たるとき、とある話を美玖に打ち明けようと思っている。それを聞いた彼女は果たして怒るのだろうか。悲しむのだろうか。それとも茫然と立ち尽くすのだろうか。今考えたところで何もわかりはしないが、確実なのは未来が傷付くことだ。その傷を少しでも和らがせようと思い、旅行に来たはずだ。しかし、あまり和らいで貰えるとは思えない。
実家で起こった話に付いて打ち明けようというのに、その現場となった土地で話そうというのは、彼女にとって喜ばしいことではないと思う。ただ、唯一の願いとしては、美玖とこれからも家族を続けたいということだけだ。
深く考えていると、のぼせてきたので上がることにした。
銭湯から上がり、僕は休憩室にある扇風機に当たっていた。
「熱いお湯の中で何かを考えるのはいかんな」
そのままの体勢で十分ほどしていると、「ふぅーあ、兄さん、もう上がってたんだ」と欠伸をしながら美玖が話し掛けてきた。
「ああ、ちょっとのぼせてしまってな」
「実は私もなんだよねー」
手で顔を仰ぎながら言った。美玖も同じだったのか。もしかしたら僕と同じように明日のことを悩んでいたのかもしれない。
「少しここでゆっくりしていこう」
「うん、わかった」
数十分ほど経ち、そろそろ出発しようということになった。
「おじさん、それじゃあ、僕らもう行くから」
「おおそうか、今は東京に住んでるんだったな? またしばらく会えなくなるかもしれんな。寂しくなるなぁ」
「また近いうちに来ますよ」
「そうしてくれ」
「さようなら」
美玖は軽くお辞儀をして別れの挨拶をした。
「お嬢ちゃんもまたヒロと来てくれよな」
「はい」
美玖は笑顔を向け、再度お辞儀をした。僕も手を振って、その場を辞した。
「……」
何も言えなかった。
美玖がこんなにも僕のことを思っていてくれていたということに、ただ驚いていた。
「兄さん、どうだった?」
「……」
美玖に対して、どう答えれば良いのかわからなかった。
僕の視た『未来』の内容をそのまま伝えるわけにもいかない。かと言って、そこではぐらかしでもしたら余計に怪しまれるに決まっている。
何を言おうか黙考していると、奥で何か作業をしていた美幸先生が美玖に声を掛けた。
「あーっと、お兄さんはどうやら美玖ちゃんの『未来』について、君抜きで話し合いたいみたいだよ? ちょっと私とそこまでぶらぶらしない?」
「……わかりました」
この手助けはありがたいことではあったものの、未来と聡に話すわけにもいかなかった。これは僕と妹だけの問題なのだから。
美玖は怪訝そうな顔で僕を一瞥し、美幸先生と一緒に部室を出た。
「それで、どうだったんだ?」
聡は興味津々でありながらも、僕らを気遣ってか慎重に伺ってきた。
「これは、僕ら家族だけでするべき話だと思う。だからすまん、聡と未来には話せないし話しちゃいけないと思う」
「じゃあ、なんで美玖ちゃんにそう言わなかった?」
痛いところを突かれてしまった。
「それは、今は美玖にもしない方が良いと思ったんだ……」
「そっか、じゃあこれ以上は聞かない方が良いかもしれないですね」
未来は何かを察したかのように言った。
「あぁ、そうして貰えると助かる」
「って、未来ちゃんはずいぶんと察しが良いみたいだなぁ……」
聡は力の抜けた声で言った。確かに、今の僕の要領を得ない話で察すというのには無理があったかもしれない。
「ごめんな、聡。何度も言うが、これは僕と美玖だけの問題なんだ。だから、あまり探ろうとはしないで欲しい。ただ一つ言えるとしたら、現時点で美玖本人に伝えるべきじゃない『未来』だと思う」
僕がそう話した途端、未来は顔を真っ青にした。
「そ、それって、もしかして、びょ、病気とか?」
「それは違う、安心してくれ。決して病気とか事故とか、美玖に身の危険が及ぶ『未来』ではなかったから。大丈夫だ」
「そ、そっか、それなら安心だぁ」
心底安心しきった顔で未来は息を吐いた。
「とにかく、なるべく美玖がここに帰ってきても話題を振らないで貰えると助かる。僕が直接話をしておくから」
「ああ、わかった」
聡は渋々ながらも承知してくれたようだ。
そこで、タイミングよく美玖と美幸先生が戻ってきた。
美玖は美幸先生との会話が弾んでいたのか、機嫌の良さそう顔をしていて、『未来視』のことなど忘れてしまったかのようだった。
「ねぇ兄さん! 美幸先生料理しないんだってー! 先生にもできないことあるんだなー頭良くて美人だし完璧な人だと思ってたよ。もう私がお嫁さんになりたいくらいだよ!」
美幸先生は僕が黙っていた少しの時間で、意図を汲み取ってくれたみたいだ。上手く話を逸らしてくれたらしい。
「えー? 美玖ちゃんがお嫁さんに来てくれるなら両親も一安心だと思うなぁ。美玖ちゃんがいれば、私の老後の心配もしなくて良さそうだからね」
僕もこの会話に乗ろうと思い言う。
「美幸先生、凄い現実的な話しますね」
「だってそう思わない? 石岡くん、美玖ちゃんは家事ができるんだよ? 私が例えば寝たきりになっても、美玖ちゃんくらい家庭的な子が家に嫁いでくれれば、何も心配はいらないじゃない?」
「え、ええ」
「やだー美幸先生恥ずかしいです~」
冗談っぽく美玖が頬を手で抑え恥ずかしがっていた。それを見て、美幸先生は笑っている。
ひとまずは安心して良いらしい。僕が視た美玖の『未来』を、ここで晒すような真似をしては辛いであろう。
僕は美幸先生に感謝をしようと思い耳打ちをする。
「先生、僕のこと察してくれたんですよね?」
「どうかなー? でも、いろいろと収穫はあったから良いんだよ」
美玖との話は余程弾んでいたらしい。
とりあえず、今はもう夕方だ。そろそろお開きにしよう。
「もう部活は終わりにしようか」
「はーい、それじゃ、お先に帰りますねー」
未来は真っ先に声を上げた。僕と美玖を今にも二人きりにしようという寸法があるのだろう。すると聡も続けて「ヒロ、頑張れよ」と言ってこの場を去った。
「ああ」
僕は親指を立て、格好をつけた。
「美玖、僕らも帰るか」
「わかった、兄さん」
未来と聡に別れを告げ、部活は解散となった。
学校の帰り道、僕は悩んでいた。
今日視た『未来』を大きく変えようとは思わない。
美玖の気持ちには応えられないだろう。
僕は、美玖にとってとても重大な隠し事をしている。それがある以上、美玖の気持ちに応えることはできないし、してはならないはずだ。
しかし、「そんな曖昧な応えは聞きたくない」と言われそうだ。
僕は、美玖に本当のことを伝えるべきなのかもしれない。仮に伝えた場合、そのとき美玖はどういった反応をするのだろうか。その光景が目に浮かぶようにわかる。きっと美玖と僕との関係は、これまでと大きく変化するに違いないだろう。
もう思い切って今まで隠してきたのだから、そのまま隠し続けるという選択肢もあるかもしれない。
しかし、やはり話さなければならないことだとも思う。
今日視た『未来』は明後日起きる。そして間に土曜日が挟まる。
『未来』では家で告白していたようだから、無機質な空間ではなく、どこか旅行へ行って楽しみ、少しでも悲しみを和らげてあげるというのはどうだろう。その間にどうするかを決めれば良い。僕は、最終的な決断を一旦棚上げにすることに決めた。
「美玖は明日明後日どこか行きたいところはないか? 二人で旅行にでも行こう」
「どうしたの? 急に。良いんだけどさ」
「偶には二人で出掛けるのも良いかと思ってな」
「うーん……あのさ」
少し考えた末、美玖は意を決したようだ。
「ん?」
「実家に帰ってみない?」
「え……」
実家とはつまり父さんを亡くした家だ。美玖が僕を好くようになった理由は、父さんを亡くして意気消沈していた僕を見てからだったはずだ。その理由と非常に縁の深いところで話をするというのか。好きになった原因の地で、美玖にあの話をしなければならないというのか。
本当に良いのだろうか。
「ちなみに、何故か聞いて良いか?」
「お父さんが亡くなってから、私たちにいろいろあってお墓参り行けてなかったじゃない? 今じゃ兄さんと私も元気になってるし、ちょうど良いタイミングかなーと思ったんだよね。どうかな?」
「美玖が行きたいなら……良いよ」
僕はできるだけ美玖を尊重したいと思った。
「じゃあ決定ね! 久しぶりだなー実家に戻るの。昨年の末ぶりかー」
笑顔で楽しそうにしている美玖を見た僕は、依然として複雑な気持ちでいた。
「ふんふふーん」
美玖は、鼻声を歌いながら味噌汁をかき混ぜている。彼女の作る味噌汁はかつお出汁が良く効いていて美味い。どうやら今の美玖は、明日の旅行が楽しみなようで張り切っている。それも加わってさらに美味しそうだ。
「できたよー兄さん」
「うん、美味しそうな匂いだ」
「えへへー今日は張り切っちゃったんだー」
美玖の機嫌が良いのを見て、明日の旅行は彼女にとっても良いのではないかと、ささやかながらに思い始めた。
「あーおいし」
「明日どんな服着ていこうかなー」
美玖は、夜の十一時を過ぎてからも、興奮した状態を続けていた。
「夜更かしするなよな」
「ん~わかってるよーねね兄さん?」
「どうした?」
「兄さんは明日楽しみ?」
「当たり前だろ」
そう言うと、美玖は満面の笑みを浮かべたのだった。
そして、土曜日となった。
「忘れ物するなよな」
「わかってますー」
少し眠そうな目をして言った。どうやら遅くまで起きていたらしい。それほど楽しみだったみたいだ。
僕らは電車を乗り継いで行くことにした。その時間およそ二時間。八王子~山梨で隣り合っている地だが、交通費が高校生の身分には痛かった。
しかし、長い電車の旅は楽しかった。美玖はどこかで買ってきたスナック菓子をくれた。よっぽど楽しいみたいだ。進行方向右側のボックス席に座り、美玖は窓側に着いていて、鼻歌を歌いながら懐かしい景色を楽しんでいた。
僕はというと、景色にあまり興味がなかったため、時々うたた寝をしてしまった。そんなとき決まって美玖は、「ねぇ!」と肩を叩いて起こしてきた。
僕らは雑談を楽しんた。部活動の話や、未来や美幸先生の話、授業の話で盛り上がった。普段二人暮らしをしているため、特別な話をしているわけではないはずだが、あまりない二人きりの旅行なことも相まってか、一層会話を楽しんだ。
実家へは電車を降り、バスに乗って向かう。
懐かしきかな、小さな村で周りには山ばかりなため、バスの運行本数があまりにも少ない。高校を選択する際、バスで駅まで向かい、駅から最寄りの高校に通うという方法も考えたが、万が一のことが起きてバスに乗れなかった場合、遅刻が確実となる。
加えて僕は比較的寝坊が多い人間である。ますます遅刻をする可能性が高いのだ。もちろん、歩いて駅へと向かうのは現実的ではない。
それは辛抱ならんので、都会にも出てみたいと思っていたし、ちょうど良いかと思い、学校提携のアパートを借り、今の状態に落ち着いた。
長旅を終え、実家の最寄りの駅に到着した。
「はぁ~疲れた~」
美玖は大きく伸びをし、旅の疲労を感じさせた。かくいう僕も、普段の通学は徒歩ということもあり、長らくぶりに電車に乗ったのだ。それも二時間もの長い電車は父さんが亡くなってからの葬式以来だったのだ。
美玖に続いて腕を上へと大きく伸ばし、背中をバキバキと音が鳴るほど逸らせた。もうくたくただ。
「ふぅー、これからどうしようか」
実は昨日実家に帰ることを決めてから、今の今までの時間、墓参りに行くこと以外の計画を全くと言って良いほど建てていなかった。今はお昼過ぎ。墓参りは明日の昼から行こうと思っている。
「ひとまず駅の近くでお昼ごはん食べて、その後実家に帰って荷物置かない? 周りに何もないからやれること少ないし、明日までゆっくりしようよ」
「そうするか、でもここまで遠出しておいて何もやらないというのもなぁ」
僕は駅前でできることを思い出そうとした。
「そうだ」あれがあるではないか。「そこの温泉でも行かないか? スーパー銭湯だけど」
この駅にはスーパー銭湯が併設されている。ロクな飯屋や店すらなく殺風景にも関わらず、スーパー銭湯だけがあるのだ。周りには田んぼや畑ばかりなのに。
「そうしよっか、疲れた体を癒そうね」
スーパー銭湯の「湯」と書かれた暖簾をくぐり、靴を脱ぐと店主が見えた。久しぶりに会うおじさんに挨拶をすることを決めた。実は小中学生時代、家族に忍んでこの銭湯に通っていたことがある。
「おじさん、こんにちは」
「はいこんにちは、ん?」
数年ぶりに見る顔をすぐ思い出せなかったのか、疑問符を浮かべた顔をしながら頭を横に傾ける。ようやく見当が付いたのか大きな顔にこれまた大きな笑顔を浮かべ、大きな声を出して近付いてきた。
「おぉー!? お前ヒロか? ずいぶんと久しぶりだなー!」
そう言って大きな腕を、腰を捻ってて僕の肩を叩いてきた。この妙に馴れ馴れしい雰囲気がとても久しぶりで、僕も少し嬉しくなった。
「いやーご無沙汰しています、ヒロです。お元気でしたか?」
「んあーそりゃあ元気だぞ! ん? 俺の目を見ろ! まぁいい。実は最近ぎっくり腰をやっちまってなー風呂ん中ブラシで磨いてただけなんだけどな。普段より機嫌が良かったからか張り切って腰入れてたんだよなーこうぐいっとな。そのとき俺が腰やっちまったせいで風呂ん中でうずくまってたんだよ、お客さんが俺のこと呼んでも返事がなかったからってんで、中覗いてみたら俺がすげぇことになってたらしくてな。思いっきりあたふたしちまってさ、救急車呼ばれちまったよ! 笑っちまうよな? がはは」
全く笑えない。それに、それは元気と言うのだろうか。このおじさんのテンションには時々ついていけなくなる。とりあえず適当に受け流そうと思った。
「あはは! それは大変だ!」
「はっはっは! 大笑いもんだ!」
また僕の肩を大きな腕で叩いてきた。今度はさっきよりも腰を入れて叩いてきたのだ。それはまるで力道山の空手チョップのようだった。これでも腰を痛めていないところを見ると、それほど重症ではなかったのだろうことがわかった。
「ん? その横にいるのは誰だ? もしかして、これか?」
そう言って下品にも右手の小指を立ててきた。僕と美玖はそんなにも似ていないのだろうか。美幸先生にも、初めて僕らが一緒にいるところを見て、同じようなことを勘繰られたことがある。
「違いますよ。妹ですよ。一緒に来るのは初めてですね」
「お前妹がいたのか! それにしてもずいぶんと別品さんだな! それと全然似てないな兄妹!」
似ていないことを強調してきた。
「ま、まぁ美男美女兄妹ですからね?」
「ところで、妹さんは何て名前なんだ?」
何も聞いていなかったかのように話題を変えられた。
「あ、私、石岡美玖って言います。兄とは同い年ですね」
「おぉ、どうもどうも。俺は佐藤って言います」
美玖が丁寧な挨拶をしてきたので、おじさんもつられて丁寧になった。
「兄がどうやらお世話になっていたみたいで、その節はどうもありがとうございました」
「はい、どういたしまして。ところで、ヒロ。今日はなんでこっち来たんだ?」
おじさんは父さんが亡くなっていることを既に知っているので、はっきりと答えた。
「父さんが亡くなってからといもの、こっちの方に来ていなかったのでね。お墓参りにも未だ行ったことがなかったのです。そろそろ自分らも落ち着いて来たところだったし、今がいい機会だと思いましてね」
「そうかそうか。で、長時間の電車の疲れを癒すためにここに来たってところか。良かった良かった」
「そうですね、久しぶりに良いかなって思いましてね。妹も来たことなかったみたいで」
「ま、存分に長風呂すると良いさ」
僕は頷き、その後奥さんにも軽く挨拶を済ませた。
「じゃあ、一時間くらい後でそこにある休憩所に集合で良いか?」
僕は美玖に言い、風呂に入ることにした。
体の汗を流し、熱い風呂に入った。
「ふぅ~疲れた~」
明日は遂に美玖の『未来』が来る。
心は既に決まっている。
来たるとき、とある話を美玖に打ち明けようと思っている。それを聞いた彼女は果たして怒るのだろうか。悲しむのだろうか。それとも茫然と立ち尽くすのだろうか。今考えたところで何もわかりはしないが、確実なのは未来が傷付くことだ。その傷を少しでも和らがせようと思い、旅行に来たはずだ。しかし、あまり和らいで貰えるとは思えない。
実家で起こった話に付いて打ち明けようというのに、その現場となった土地で話そうというのは、彼女にとって喜ばしいことではないと思う。ただ、唯一の願いとしては、美玖とこれからも家族を続けたいということだけだ。
深く考えていると、のぼせてきたので上がることにした。
銭湯から上がり、僕は休憩室にある扇風機に当たっていた。
「熱いお湯の中で何かを考えるのはいかんな」
そのままの体勢で十分ほどしていると、「ふぅーあ、兄さん、もう上がってたんだ」と欠伸をしながら美玖が話し掛けてきた。
「ああ、ちょっとのぼせてしまってな」
「実は私もなんだよねー」
手で顔を仰ぎながら言った。美玖も同じだったのか。もしかしたら僕と同じように明日のことを悩んでいたのかもしれない。
「少しここでゆっくりしていこう」
「うん、わかった」
数十分ほど経ち、そろそろ出発しようということになった。
「おじさん、それじゃあ、僕らもう行くから」
「おおそうか、今は東京に住んでるんだったな? またしばらく会えなくなるかもしれんな。寂しくなるなぁ」
「また近いうちに来ますよ」
「そうしてくれ」
「さようなら」
美玖は軽くお辞儀をして別れの挨拶をした。
「お嬢ちゃんもまたヒロと来てくれよな」
「はい」
美玖は笑顔を向け、再度お辞儀をした。僕も手を振って、その場を辞した。
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