失われる未来を救けて

アホウドリ

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現代編Ⅱ

僕にできること

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 窓から見える夕日を望みながら、過去の記憶を思い返していた。

 あのときは未だ、何もかもが上手くいっているように思えていた。

 未来に『未来視』をして衝撃的な事実を知ったことで、助けなければならないという使命感に駆られ接触し、少しでも元気づけられたと思っていた。

 そして、新たに美玖、聡を加えた四人で行動をするようになり、遂には部活動まで設立した。ここまでくれば、もう一安心だと思っていた。

 僕は勝手に、未来の悩みが孤独感からくるものだと結論付けていた。最初に未来と接触した日、昨年末に父を亡くしたことを話した。そして未来は、「実は、最近わたしもお母さんを亡くしました」と返した。

 てっきり、母を失った悲しみに暮れていたため、進学早々にベンチで項垂れていたのだと思っていた。そうして、美玖と聡と一緒に未来を助け出していたつもりだった。

 そのまま部活動を通して仲を深め続け、およそ三ヶ月が経った。

 しかし、今回視えた『未来』はまたもや自殺というものだった。時期は今から四日後。既に夏休みに入った七月二十三日の十八時なようだ。

 というのも、前回未来に『未来視』を使ったときと違い、机の上にはカレンダーが置いてあった。月の始めから二十二日までバツ印が書き込まれていて、続く二十三日には遊園地と書いてあり、机の上には遊園地のマスコットキャラクターとみられるキーホルダーのお土産とビニール袋が置いてあった。

よって、二十三日と導き出した。

 そう考えると、いくらなんでも早すぎる。前回は、具体的な日にちまで特定できてはいなかったが、一、二ヶ月は後だったと思う。だから対策を講じられたのだ。

 しかし、それに比べて今回は五日後だ。どうしたらいいのだろう。やはり、未来の出生や生い立ちといった身辺から調べるべきなのかもしれない。

 僕は、未来のことを何も知らないようだ。どこで産まれ、どう育てられ、どういう形で悩み始めたのか。それを知らなければ、彼女を助けることはきっとできない。

 とても長い考えを巡らせていた。聡は窓辺に立って外を眺め続けている様子に不審を覚えたのか、「ヒロ、何を視たんだ」 と言った。

 僕は、聡と美玖にも話すべきか迷った。話したところで結局は何も変わらないのではないかと思い始めている。

 前回、未来に『未来視』を使ったときも同じことを悩んだ。それを見かねた美玖たちに促され、僕は正直に話した。しかし、結果的には一時しのぎまでに留まってしまった。

 もちろん、手分けをして調べる方が効率は良いのかもしれない。しかし、彼らでは思いもよらないような問題なのではないかとも思う。これはそんな仲良しこよしをしていれば、解決するような問題ではないはずだ。

 未来には少なからず孤独感はあったと思う。事実、前回『未来視』をしたとき推測された日にちはとうに過ぎたはずだ。つまり孤独感の他の何かを解決できさえすれば、未来を救い出せる。僕はこれを一人で調べてみようと思う。

「いや、未来が得体の知れない男に告白されるって『未来』だったよ」

 僕はみんなに話をせず誤魔化すことにした。

「えぇ~? そうなんですか?」

 未来は意外そうに言った。上手くできたかはわからないが、とりあえずは良いだろうと判断する。

「それが悲しくてね。未来ももう大人になったのだと感慨に浸っていたところだよ」

 先ほど拭いた涙の跡を見られないようにと、もう一度ワイシャツの袖でゴシゴシ拭いた。

「わたしはイヤですーヒロくんが良いー」

「まぁ、頑張りたまえ」

 そう言いながら椅子へと座る。先ほどからずっと話していない美玖が、こちらを疑った様子でじっと見てくる。僕は気まずくなり目を逸らした。

「よし、もう部活は終わっても良いぞ。どうせ客も来ないだろう」

 居たたまれなくなったため、解散を示した。

「そうかそうか、ヒロはショックを受けちまったんだな。よっぽど一人でいたいみたいだ。その前に」聡はそこで突然話を区切り、「ちょっと来てくれ、話がある」と僕を呼び出した。

「未来ちゃんと美玖ちゃんは先に帰って良いよ」

 続けてそう言って、部活は解散となった。昨日のことがあった美玖とこれからのことが起きる未来とで、互いに励まし合えればとそのとき思った。聡のもとへと近寄る。

「おい、何を視たんだ?」

 やはり疑っていたようだ。無理もない。後輩の女の子が他人に告白されるくらいで泣き出す輩はいないであろう。ましてや思い人でもないのだから。しかし、僕は話さない。

「実は、階段から落ちる『未来』だった」

 嘘に嘘を重ねた。我ながら下手な嘘だ。

「なんだって? 大丈夫なのか?」

「あぁ、その場ではうずくまっていたが、恐らくは大事に至らないと思う」

「そうか、それなら良かった。それで、その話は本当なのか?」

 さすがに食い下がってくる。僕はさらに嘘を重ねる。

「本当だ」

「前回と同じ『未来』を視たんじゃないか?」

「……そんなわけがないだろう」

 罪悪感に苛まれながらも、睨むことで凄みを持たせる。それを聡は見返し、視線を合わせ続けて来た。そして聡は、「信じるからな」と言った。彼は恐らく信じていないだろう。

 このとき僕は思った。聡とはこれ以上友達を続けられないかもしれない。

 人の死という重要なことを誰にも相談せず、自分だけで解決しようとする人間と友達などやっていられないと思うかもしれない。しかし、仕方ないと思うしかなかった。

 聡はこうして教室を出ると、帰って行った。

 僕らは明日から夏休みだというのに、何も挨拶できず別れてしまった。


 
 職員室へと向かった。

 ドアをノックし、「失礼します」と挨拶をする。「美幸先生はいらっしゃいますか」

「いますよ」

 そう言いながら、僕のもとへと駆け寄ってくる。

「すみません、ここでは少々話し辛い内容なのです」

「そっか、そうしたら、部室に行こうか」

 また部室へと戻り、向かい合って座った。

「何故こんなことを聞くのかは詮索しないでください。それと、これは絶対に守って欲しいのですが、部員には一切の他言無用をお約束ください」

「嫌に捲し立ててくるね。それでなんだい? 未来ちゃんのことかい?」

 随分と察しが良いものだ。

「よくわかりましたね。ご明察です」

「いずれ聞いてくると思っていたからね」

「そ、それはどういう……」

「全く聞いてこなかったのがずっと疑問だったのだよ。というのもね、私は三ヶ月前にもヒントをあげたつもりなんだ」

「え?」

 慌てて記憶を思い返してみる。しかし何も思い当たらない。

「教えてください」

 素直に負けを認めた。

「わかった。まず、石岡くんが私に初めて未来ちゃんの名前を出したときのことを思い出して欲しいんだ」

「はい、それが何か」

「そのときおかしいと思わなかったのかい? 何故私が未来ちゃんのことを知っていて、なおかつこれからも頼んだよなんて言い出したことに」

「え、ええ? でもそれって、入学した直後から校舎そばのベンチに座っていることが、教師の間で有名だったからという訳じゃなくて?」

「君はそう思っていたのか」

「少なからずそう理解しました」

 この様子だと違うらしい。

「仮にそうだとしたら、私たち教員は薄情だとは思わなかったのかい? ベンチで泣いている新入生に一切触れないなんて、あまりに可哀想じゃないか」

「ええ、言いにくいですが少し思いました。だからこそ、使命感に駆られて話し掛けたという訳です」

「そうかそうか、君はそう思っていたのか、心外だな、あぁ……でも、あながち間違いじゃないかもしれないな」

「どういうことです?」

「君は未来ちゃんのお母さんが亡くなっていることは知っているね」

「ええ、初対面のとき、昨年末に父さんを亡くしたと話したら打ち明けてくれました」

「そうか、お父さんの話は聞いたか?」

「いいえ、聞いていません」

「そうか、彼女の許可は得ていないが話しても良いかな。なんせ石岡くんだし、親身になってくれるだろう」

 その言葉を聞き、音を立てて唾を飲み込んだ。

「実は、彼女はお母さんと同時期、とはいっても少し後だが、お父さんも亡くしているのだよ」

「なんだって!?」

 あまりの衝撃に声を出せなかった。なんてことだ、なんということだ。今聞いた言葉を反芻する。未来のお父さんも亡くなっている? 未来と親の死について話したとき、彼女はこう話していた。

「実は、昨年末わたしもお母さんを亡くしました」

 そう考えると、少し後ということは未だ昨年内かもしれないし、今年の初めかもしれない。必死に声をしぼり出す。

「少し後というのは、未だ昨年ですか?」

「ああ、そうだよ。と言っても、この話は本人を今支援している人間から聞いた話だから詳しくはわからない」

 未だ昨年の間だったということは、短期間に両親を亡くしたということか。昨年末というと、僕の父さんと同じ時期というわけだ。パズルのピースが少しずつハマり始めているように感じる。なおも聞く。

「今、未来を支援しているというのは誰なのですか?」

「児童養護施設だよ。ここと同じ八王子市内にあるから、そこまで遠い距離ではないはずさ。ということで、私が未来ちゃんを知っていたのは、相手方と弊校とのやり取りを私が任されていたからだよ」

 そうだったのか。『未来視』で視たあの部屋は児童養護施設だったのか。

思えば、あれほど小説が好きな未来の部屋には、全く本が置いてなかった。かと言って、電子書籍だという様子もない。あれはつまり、児童養護施設に置いてある本だったということか。

 市立図書館のような公共施設から借りていたということはないだろう。昼食で小説について談義に励み、貸し借りすことになった小説の背表紙には、分類番号が書いていなかった。

 そうか。そうだったのか。予想通り、お母さんを亡くしていた以外の悲しみもあったというのか。

 それでも、やはり自殺の理由は、孤独感だけが理由ではないのだろう。

「まぁ、というわけで、私たちが未来ちゃんを助けてあげなかったのは、何もすることができなかったというのが正しいわけだ。けれど、忘れないで欲しいのだけど、決して見捨てていたわけじゃない」

 それを聞き、僕は非難を込めて言う。

「この学校には、スクールカウンセラーというものがないのですか?」

「あぁ、あるにはある。この高校のスクールカウンセラーというものは、矢張大学付属病院の心療内科の先生を、月一で呼んでおこなっているんだ。

 私も度々月一というのは少なすぎるのではないか? 精神病は社会問題なのだから、速やかに環境を整えるべきでしょう、と言っているのだがね。どうやら担当の医師は忙しいそうで、そこまで頻繁は無理だと言って突っぱねられたよ。

 それでも私は食い下がって新任の医者やら専門の医療機関の人間を雇えば良いだろうと言っても、結局金の問題を出されて門前払いさ」

 それを聞き、僕はため息を吐いた。

「そうですか」

「だからこそ、君が未来ちゃんに声を掛けてくれてとても助かったよ。私に人のメンタルケアをする能力はないからね。ありがとう」

 美幸先生は素直に感謝とお礼をする。

「いいえ、僕がやらなければいけないと思ったことですから」

「なら安心だ」

 その言葉を聞いた後、僕は椅子を立ち上がった。

「それじゃあ、今未来の住んでいる児童養護施設の住所を教えてください」

「わかった。今から行くのかい?」

「いいえ、今から行っても未来が既に帰宅しているでしょうし、僕が調べに行くことは秘密にしておきたいので」

「そうか、石岡くん、未来ちゃんは任せたよ。君だけが頼りだ」

 そうして、僕らは握手をしてこの場を後にした。



 帰り道、考え続けていた。

 やはり、未来を救えるのは僕だけだ。周りの人間は到底使えたものじゃない。

 僕などよりも、頼りになりそうな医者の人間が使えなかったという事実を知り、余計にそう思った。

 前にも思ったことだが、この能力は、未来を救うために発現した能力なのかもしれない。

 能力を得てから約八ヶ月が経とうとしている。未来以外の人間では、生き死にを彷徨うという『未来』は一度たりとも視なかった。比べて未来に対しては、それを二回も視てしまった。

 この能力は、父さんを失って悲しんでいたとき、このような悲劇を事前に防ぎたい一心で願った結果、現れたものだ。そして僕は初めて、誰かの悲劇を防ぎたいという願いを、未来に対して持った。
 これらはもしや関連しているのかもしれない。

 僕は、段々と出来事の全貌が見えてきているような気がしてくる。

 そうこうしているうちに、家に着いてしまった。



 帰宅し、部屋に荷物を置くと美玖の部屋へと向かった。この激動の数時間で頭が一杯だったが、美玖と実家から帰ったのは未だ昨日のことだったのだ。ここ数日でまるで倒れそうなほど疲弊している。

 ドアをとんとんと叩き、「美玖、いるか?」と聞いた。いるのはわかっているが、声に出せる返事を求めるためだ。

「兄さん、いるよ」

 と返ってきた。思いのほか普通そうな声音だった。

「入っても良いか?」

 そう聞くと、「うん」と言ってドアを開けた。表情も少しばかり元気を取り戻しているように見えた。

「その、大丈夫か?」

 ストレートに今の考えを聞くのは憚られたため、調子を窺う。

「今は、もう大丈夫。私も少し聞いて良い? その前に、リビングで話そうか」

 そう言って、促されるように部屋を離れてリビングに着く。

「昨日聞いたことについて、今までずっと考えてきた。これ以上悩むのは疲れたから、兄さんにはっきりと聞こうと思う」

「わかった。絶対に答えるから」

「そっか、じゃあ。まず、兄さんは後悔していないの?」

「え?」

「兄さんは自分のしたことが本当に正しいことだったと思っているの?」

 美玖は真剣な表情をしながら聞いてくる。その内容は、責めているようにも聞こえるし、気持ちを知りたいという意味にも聞こえた。僕は正直に答える。

「ああ、僕は、何も間違ったことはしていないと思っている」

 そう聞いた美玖は、ため息を吐いた。

「そっか、兄さんは、そう思うんだね。この際私の考えを正直に言うと」そう言い置き、正直な気持ちを話す決心を固めた様子だ。「私は兄さんにあまり賛同できないし、兄さんのことが怖いです」

 自分の行動を思い返す。僕のしたことは正しいのか、今も考えることがある。

 あれから既に八ヶ月近く経っているが、昼夜問わず悩み続けている。僕はあくまで正義を貫いたつもりだ。しかし、絶対に間違っていることだと十分に理解している。だから自分のしたことを自覚しなければならないし、忘れることなど許されない。

 そして、この正義に賛同できない人がいるということも承知しているし、人はみんな当然そうであろうと思う。その一人が美玖だったというわけだ。

「そうだよな」

「私は、もっと他に対処のしようがあったと思う。誰かに相談してみたり、もちろん私にもして欲しかった……

 兄さんは、あまり自分の考えを話してくれる人じゃないね。兄さんが学校に行かなくなっていた時期にも、自分が何を抱え込んでいて、何を考えていたのかなんて全然知らなかったよ。それに未来ちゃんとのことも。

 未来ちゃんに最初接触し始めたときだって、誰かに相談するべきだとはまるで思わず、独断で行動し始めたよね。その後話してくれたけど、私たちが聞き出さなければ話すことはなかったと思う。

 それにたぶん、兄さんはまだ何か隠してる。今日だって、『未来視』を使った直後に思わせぶりな表情をしながら涙を拭いていたよね」

 美玖は抱いていた不満の多くを語った。そして、僕の全てがお見通しだったようだ。下手に隠していたことが仇となったのだろう。しかし、ここまで言われても今日のことを話す気にはなれなかった。

「いいや、今日は何もなかった」

 そう聞いた美玖は、少し明るさを取り戻していた表情をまた暗くさせた。

「そっか、わかった」

「本当に、ごめん」

 美玖はそれを聞いて、顔を上げる。

「ただ、私は一つだけ言いたい」

「なんだ?」

「私は、兄さんのいつでも味方だよ。だから、兄さんは今後どうするのかを真剣に考えて欲しい。兄さんが、例えこれ以上その考えを変える気がなくても、考えを改め直しても、私は否定しないから」

「そうか、良いのか? 美玖は」

「うん、だって、私たちは唯一の家族だからね」

 美玖はそう言って微笑んだ。こんなにも情けない僕にこうまで言ってくれるなんて。そしてこんなことを言わせてしまうなんて。本当に申し訳ないという気持ちと、今までありがとうという気持ちを込め、感謝をする。

「美玖、ありがとう」

 こうして僕らは部屋へと引き返した。
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