失われる未来を救けて

アホウドリ

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現代編Ⅱ

彼女の人生

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 僕は『未来視』から覚め、後ろを振り返る。このままでは間に合わない。

 慌てたあまり、思わずドアノブを握る手が滑ってしまう。くそっ、このままではまずい。ようやくドアを開け、未来の姿を見た。未だ死んではいないと安心したのも束の間。包丁を首に当て、血が出始めている。

「やめろ!」

 そう言って、未来のもとへと駆けだした。未来はそれでもやめようとせず、深呼吸をする。走っている間、体調不調が祟ってしまった。意識が少し飛びかけ、よろけてしまう。

「やめるんだ未来!」

 再度叫ぶ。このままでは本当にダメだ。未来はとうとう深呼吸を終え、両手首に力を入れ始めた。僕と未来との距離はまだ二メートルほどある。部活設立時、長い机を部室に用意してしまったことを後悔した。

 遂によろけが頂点に達し、滑ってしまった。そのまま床に真っすぐ立てなくなる。そして、未来が包丁を引こうとしたそのとき、部室の横にある大きなラックにぶつかってしまった。

 あと五十センチもなかったというのに。ここまでか。僕は後悔し始めた。もっとやりようがあったかもしれない。『未来視』は中断ができないということを理解していたはずだ。それに能力を終えた直後、『未来』が起こる結果も予想できていたはずだった。

 もうお終いだ。本当に無力ですまん。

 僕は絶望していると、ぶつかった拍子で上から何か大きなものが飛び出してきた。それは、三冊の広辞苑だった。

 無理に積み上げてあったため、僕がぶつかった衝撃で崩れてきたのだろう。書籍は未来の方へと飛んでいき、左腕に衝突した。包丁を首に当てていた未来は、その衝撃で首に押し付けてしまった。それと同時に手からは包丁が離れる。

 ショックを受けた未来はそのままくずおれ、気絶した。

 その姿を僕は倒れて見ていた。未来の首からは血が出ている。が、噴出はしていなかった。どうやら助かったようだった。



 未来に当たった広辞苑は、先週の金曜日に美幸先生が持ってきたものだ。こんなにも小さな偶然に助けられてしまった。この結果に至った経緯のことを考えると、これがバタフライ効果というやつなのだと思った。

 思わず安心したが、依然として未来の首からは血が出続けている。致命傷とはならないだろうが、携帯電話を取り出して救急車を呼んだ。その後、未来のもとへと近寄り、タオルを使って首を抑えた。

 止血をし続け、「死ぬなよ、未来」と必死に声を掛けた。未来の口元へと耳を寄せると、まだ呼吸をしているのが感じられた。

 そうして首を抑えている間、少しの安心を取り戻して周りを見渡してみる。未来の鞄からは数冊のノートが覗いていた。その一冊を手に取ってみる。タイトルには、

「ヒロくんへ」

 と書いてあった。遺書かと思いその下を見ると、「里子の日記・十二冊目」とあった。これはどういう物なのだろうか。最初のページを捲ってみると、未来の母親の日記だということが分かった。
パラパラ開いてみると、ぎっしりと文字で埋め尽くされているのが見えた。

 気にはなったが、近くから救急車の音が聞こえ出した。ひとまずこの数冊のノートを自分の鞄に入れ、二人分の鞄を肩に下げると未来をお姫様抱っこの形で抱え上げた。そうして救急車のもとへと向かっていった。



 無事救急隊員に引き渡し、救急車に乗った。僕も同伴する。

「彼女は大丈夫なのでしょうか」

 そう聞くと救急隊員は言う。

「この程度の出血量ならば、きっと助かります。安心してください」

 僕は安心して大きく息を吐いた。

 どれくらい経っただろう。救急隊員からの受け答えに四苦八苦していると、病院に到着した。救急車から降り、ストレッチャーで運ばれていく未来を眺める。

 僕は、「未来……」と独り言ちる。未来を救えたのだろうか。今日は偶然に偶然が重なった結果防げたものの、また次があるかもしれないと思うと恐怖に慄いた。

 待合場所にあるソファに座った。手術室を見ると、緊急手術を示す赤いライトが点灯した。無事でいてくれることを祈るばかりだ。

 慌てていたがために、聡と美玖に連絡をしていなかった。メッセージを開き、

浩  未来が事故にあった。首に怪我をしていて、今手術をしている。大至急来てくれ

 と送った。

 少し待ってみたが、誰からも返信はなかった。そこから少し待っていると、病院の受付から二人の声が聞こえてきた。

「ヒロ!」

「兄さん!」

 二人は鬼気迫った表情でこちらにやって来た。

「お前! 何してるんだよ!」

 聡はそう言って、胸倉を掴んだ。

「すまん」

 そう言って、目を逸らす。

「おいヒロ、目を逸らすな。一つ聞くぞ、事故じゃないだろ」

 許さないといった表情で目を見てくる。その姿を横で見ていた美玖も言う。

「四月のときと同じものを視たんじゃないの?」

「……」

 頑として答えないことに聡は怒り、遂には僕のことを殴った。倒れた僕の前にしゃがみ込む。

「お前、四日前に言ったばかりだよな? 前と同じ『未来』を視たんじゃないかって聞いたら、そんなわけがないだろうって、そう答えたよな? なおも食い下がっても、お前は結局何も話さなかったよな。それに俺は、信じるからなと言った。お前は俺を騙したのか?」

 と言った。聡に続いて美玖も言う。

「私にも言ったよね。今日は何もなかったって。その後私は、兄さんのいつでも味方だよって言ったよね。でも、兄さんは私のことを味方だとは思っていないみたいだね」

 二人の言葉が胸に突き刺さる。僕は頭を下げた。

「本当にすまん」

「お前は、謝るばかりで何も話さない気なのか?」

 どうしても二人に事情を話す気にはなれなかった。今日のことはあまりにも偶然に頼り過ぎていたし、話してしまうと、「未来のことをどうも思っていなかったのか」と言われる気がする。

 僕は二人に幻滅されることを恐れ、観念したように四日前から今日までに起きたことを二人にほぼ全てを話すこととした。これではまるで未来のことを守るより、自分の保身をするための言い訳みたいだな。こんなときまで最低な男だ。

「わかった。とりあえず、今日までに起こったことを大まかに話す。それで良いか? これには未来の個人情報も含まれるからな」

「やっと話す気になれたのか」

「包み隠さず話して」

 そう言って、二人はため息を吐いた。

 怒涛の数日間について話をした。未来にした『未来視』が、前回同様自殺をするという内容だったこと。

 美幸先生に未来について話を聞くと、両親を亡くしたため児童養護施設に住んでいるという情報を得て、実家を訪ねると、未来のお母さんはいつもお父さんに金を貸していたこと、どうやら闇金業者から金を借りていたこと、お母さんは自殺をしたという情報を得たこと。

 以上のことを大雑把に話した。今日は一体どのような対処をしていたのかということは何も話さなかった。

「未来ちゃん、ちくしょう」

「そうだったんだ。未来ちゃんの両親って……」

 美玖が一番悲しんでいるように思えた。普段から友達として接して来ていたつもりだったのに、友達のことを何も知らなかったのだから。

 話を聞き終え、みんなはずっと黙っていた。頭の中で整理しているのだろう。そこで疑問を持ったという聡は言う。

「思ったんだが、未来のお父さんも亡くなっているんだよな。言いにくいことなんだが、死因とかわからないのか?」

「四日前に調べた限りでは、どこからもその情報はなかった」

「お前の話を聞くと、どうにも未来ちゃんのお父さんの話は綺麗さっぱり抜けている気がするんだよな」

 確かに、それは正しい。一体どこに姿を消して、どこで死んだのだろうか。

「私も聞きたいんだけど、結局のところ未来ちゃんが自分で命を絶とうとした理由はわからないままなんだよね?」

「ああ、そうだ」

「どうしたら良いんだろうね」

 そう聞いて、未来のお母さんの日記を思い出した。あの中身には果たして何が書かれているのだろうか。あそこには、事の真相に迫る重要な鍵のような情報が書いてあるのかもしれない。

 そうして待っていると、緊急手術のランプが消灯した。どうやら手術は終了したらしい。手術室からは医者が出て、「君がそばで付き添っていた人だよね」と聞いてきた。

「はい」

「先に言っておこうか。手術は成功し、現在眠っているところだ。そこで聞きたいのだが、君はあれが事故だと答えているそうだね。だがまあ医者の立場から言わせて貰うと、あの傷は事故ではあり得ない傷だと思うのだよ。

 何故ならあれは大きな刃物じゃないと到底付かないような大きさの傷だからだ。例えば包丁のような物だ。彼女はあの怪我を学校で負ったそうだが、君はその点についてどう思うかね? 勘違いして欲しくないが、私は警察じゃないのだ。決して犯人捜しをしたいつもりじゃないよ」

 と責める口調で言った。

「わかっています。彼女のことを思って事故と答えました。救急隊員の方たちには頑なに譲りませんでしたが、お医者様には話します。あれは自殺未遂です」

「やはりか。聞けて良かったよ」

 医者はそう残して帰って行った。そのやり取りを見ていた二人は、ひとまず無事を喜んだ。僕も本当に良かったと安心し、その場にくずおれた。

 その後、未来は病室に運ばれた。そこで四日前に児童養護施設で会った先生が遅れてやって来て、未来の姿を見ると泣き崩れた。僕は心の中で謝り続けた。

 二十時を過ぎたところで、面会時間が終了した。三人は家に帰ることにする。道中聡と別れ、美玖と二人きりになる。歩いている間。会話は何もなかった。

 僕らは家へと帰り着き、乾ききった喉を潤した。今日はたくさんのことが起こりすぎた。体調不良もあったはずだが、今はすっかり忘れていた。ラックにぶつかるまで、走ることすらままならなかったのに、まるで嘘のように思えるほどだった。

 ひとまず楽にしようと思い、ベッドの淵に座った。鞄の中から、未来のお母さんが書いたノートを取り出す。未来について知らなければならないと思い、早速読むことにした。

 これから知ることになるであろう真実に身構え、一ページ目を開けた。
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