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現代編Ⅱ
十八時二分
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時刻は十七時、バスが駅に到着した。一人でずっと起きていた僕は、みんなの肩を順に叩き、「着いたぞ」と起こした。
寝ぼけまなこで起きた未来は「あー眠いです」と言い、目をゴシゴシとしている。みんなはやっとのことで目を覚まし、バスから降りた。
どうやら既に雨が降っているみたいだ。雨宿りをしようという話になった。僕はどうしても体調が悪かったため、学校へと一時避難することに決めた。学校は駅から非常に近いため、打って付けだと考えたからだ。
僕らは走って学校へと向かった。しかし、想像以上に雨が降っており、豪雨と呼べるほどだった。風邪の自分にはとても辛い。この数分の間に、着ていたシャツは絞れば水が出るほどになっていた。
学校へと到着した。未だ止む気配はないため、どうせならついでにということで、部室に行くことにした。
この学校は私服で入っても大丈夫なのだろうかと心配したものの、いらぬ心配になりそうだった。学校には誰もいなかったからだ。これでは私服の心配よりセキュリティの心配をした方が良さそうだ。僕らは一応の警戒をして部室へと入った。
「こんな休みの時期に、しかも私服で来るなんて初めてだよー」
そう言いながら、美玖は髪を拭いていた。プールで使ったタオルがあったため、ひとまずは部室を水浸しにせず済んだ。
僕らはある程度の処理を終え、席についた。先ほどの雨によって、体の奥まで冷え切ってしまった。僕は大きなくしゃみをする。
「大丈夫か? ヒロ」
「ヒロくん、やっぱり風邪治ってなかったのじゃないですか?」
みんなが心配してくる。残念ながら大丈夫ではなさそうだ。いつもの席に着きながら、机に顔を突っ伏した。
「兄さんのこれは大丈夫じゃなさそうだね」
これは不味いかもしれない。現在の時刻は十七時十分。タイムリミットまで残り一時間を切っている。このまま寝てしまっては、まず間違いなく未来は助からないだろう。気合を入れて起き上がる。
「あぁ、大丈夫だ」
そう言うと未来は、「顔が真っ赤じゃないですか」と言った。
これは本格的な風邪のようだ。しばらくこのまま机に突っ伏し、目を閉じておくことにする。
そうしていると聡が、「雨止んだな」と言った。どうやら通り雨だったようだ。まさか雨に降られないため早く帰ってきたにも関わらず、直撃する時間に着いてしまうとはつくづく運の悪いことだ。
「聡くん、美玖ちゃん、先に帰ってて良いよ。わたしがヒロくんのこと見ておくから、安心して」
「え、いいよ、私たち同じ家に住んでるんだし、私が連れて帰るよ」
「わたし、ヒロくんと少し話したいことがあるんだ、だからお願い」
「美玖ちゃん、俺らは先に帰ろうぜ」
未来の言葉を聞いた聡は言った。
「そっか、それなら任せるね」
そう言って、二人は家に帰って行った。
未来と二人きりになった。
思えば、未来と二人きりというのは久しぶりな気がする。もしかすると、出会った時期まで遡ることになりそうだ。
あの当時を思い出す。あの当時から今まで、結局未来自身からは、身の上話を何も聞いた覚えがない。初日に聞いた、「実は、昨年末わたしもお母さんを亡くしました」という話以来であろうか。
未来のお父さんが家まで金を借りに来ていたことや、闇金業者に追われていたことなどは全て調べてから知ったことだ。未来は今、一体どういう悩みを抱えているのだろう。
結局、今の今まで知ることはできていない。もしかすると、これからも知ることはできないのかもしれない。僕が未来に何も話していないのだから、未来も同様に何も話してくれないのだろうか。
「ヒロくん、大丈夫ですか?」
考えを巡らせていると、未来は話し掛けてきた。
「あぁ、たぶん大丈夫だ」
こうは言ったものの、決して大丈夫ではなかった。このままでは大して動くことはできないだろう。
四日前、『未来視』のとき視た自殺方法は、前と同じく首吊り自殺だった。恐らく、四日前に歩むはずだった現在と比べ、能力を使ってからの現在とでは全然違う歩み方をしていると思われる。
美幸先生から未来のことを聞き出したときや、児童養護施設と未来の実家に行ったこと。こんなことは本来するはずがなかっただろう行動だと思う。そして、今の体調不良もそうだろう。
これは三日前、真夏に歩き回ったという行動から起きたことだ。それに、プールからの帰り途もそうだろう。
『未来視』の中では、未来の死は彼女の家で行われていた。だが今の時間を鑑みると、未来の死はこの部室で起きそうだ。
本来は、僕の体調がすこぶる良好だったため、直接家に帰ることで、みんなとはそのままお別れだったのだと思う。そして今は、みんな直接は帰らず、僕の体調を慮って学校を雨宿り先としている。
果たしてこの違いはどのような影響を与えているのか……
未来は僕をゆっくりと休憩させ続け、三十分ほどが経った。残り約二十分。
「ヒロくん、ちょっといいですか?」
少し快復した体に力を入れ、顔を起こす。
「なんだ?」
未来は立ち上がり、椅子をそばに持って来て座りなおした。
「わたし、なんとなく、今年の春のこと思い出していたんです」
「ああ、僕も思い出していたよ。未来と二人きりになるのは久しぶりだったからな」
「そうですね、わたしも同じ理由からです。ヒロくんとまた二人で話したいってずっと思っていました」
「言ってくれれば二人になんていつでもなったんだがな」
僕は、未来の言いたいこととはわざと外れたことを言ったつもりだ。「未来が望めばいつでも二人っきりになって相談受けたのにな」という皮肉を。
「わたし、最初ヒロくんに話し掛けられたとき、嬉しかったんです。ああ、わたしにこんなにも優しくしてくれる人がいるんだなって」
僕は何も言わず頷く。
「ベンチの隣に植えられた花の話は、すごく鮮明に覚えていますよ」
少し恥ずかしくなったが頷く。
「そんな花言葉があるなんてって。わたしにピッタリな言葉だなって思いました。由来の昔話についてもわたし自身に重ねてしまいましたね。覚えていますか? 絶望、悲しみ、嫉妬でしたね。嫉妬だけはあまりわかりませんでしたけど。ああいや、今は、わたしは美玖ちゃんに嫉妬していますね」
「それはどういうことだ?」
「ヒロくんとずっと一緒にいられるということが羨ましいです」
恥ずかしげもなく言える未来に思わず驚いたが、聞きたかったのはそこではなかった。花言葉の由来を自身に重ねたというところだ。しかし話を逸らされた。
「それともう一つは、絶望を乗り越えて生きる。でしたね。わたしには、それはどうも無理そうでした」
「そんなこと、言うなよ」
結局、最後まで助けられそうになかった。月並みなことしか言えない自分が情けない。
「わたし、ヒロくんのお陰で美玖ちゃんや聡くんとも友達になれて、果ては部活動にまで入ることができました。その当時のわたしとしては、予想だにしない幸せな日々が続きました。でも、その幸せは長くは続かないものですね」
「……」
どういうことなのかと聞こうとした。未来が何を言っているのか、まるでわからなかったからだ。しかし聞く間もなく、
「わたし、ヒロくんのことが好きです」
と言った。
なんとなくはわかっていた。わかっていたが、見ないふりをしていた。僕に対して特別扱いしているのだから、わからない訳がない。
しかし、未来を助けることはしても、好くかどうかは別だ。僕は人を好いてはいけない存在だからだ。
「返事はいりません。わたしは、本当はヒロくんのことを好きになってはいけない人なのですから」
その言葉を聞いて直感した。好きになってはいけないという理由と、未来の死は関係がある。
「わたしは今、これ以上ヒロくんといるとおかしくなりそうなので、先に帰っていてください」
唐突にそう言われ、驚く。
「帰る前に、最後に一つだけ言わせてください」
そう言って、未来は立ち上がる。そして、未来は言う。
「本当に、申し訳ございませんでした」
これはどういう意味なのだろうか。この数瞬で考えてみるが、心当たりは何一つとしてない。
未来は僕の肩を支え、立たせる。そのまま部室の出口まで送るようだ。そこで急いで時刻を確認する。十八時ちょうどだった。ドアを開いて出ると未来は微笑み、ドアを閉じた。
僕は数刻の間、ドアの外で足踏みをした。未来に僕が帰ったと錯覚させるためだ。ドンドンと遠ざかっていく音を再現し終えると、息を潜めた。
未来はどうも思わなかったのだろうか。あそこまで思わせぶりな言葉を残すと、『未来視』を使うに決まっているじゃないか。携帯電話を取り出し、時刻を確認する。
十八時二分だ。
先ほどから一分が経過している。そうして、能力を使う。
(神よ、どうかお許しください。咲美未来のこれから歩むだろう『未来』のごく一部を私めが盗み見ることを)
すると、瞼の裏側に色のついた景色が見えてくる。
部室の中を眺めると、未来は僕の席のそばに立っている。
自分の鞄を入れると探り始め、何かを取り出そうとしている。とうとう探り当てたのか、右手で掴みだした。
取り出したものはタオルで厚くくるまれていて、何かはわからない。包みを解き始め、何かが出てくる。それは夕日が逆光となって照らされているため、よく見えなかった。
未来はその何かを右手に持ち替え、自分の体の前に持ってきた。それによって夕日の明かりは体によって遮られ、反射が消えたので見えるようになる。
それは包丁だった。
未来は死のうとしている。
何をするかわかったため、すぐにでも『未来視』を終わろうとした。しかし、この能力は中断が効かないのだ。最後まで視なければ、終わらない。
未来の右手は震えていた。その手を宥めるため、左手で右手首を抑える。
それも数秒のことで、すぐに落ち着いた。深く深く「すーーーはーーー」と深呼吸する。未来はやめる気がないみたいだ。
一切の震えがなくなった右手と左手で、包丁の柄を強く握った。その刃先を首にまで持ち上げる。そして刃先を当てた。未来は思わず「痛っ」と声に出し、苦痛を現した。
一旦包丁を下げる。それも少しのことで、また先ほど同様深呼吸した。苦痛に顔を歪ませながら、同時に涙を流し始める。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
必死に謝罪を繰り返している。大量の涙で前が見辛くなったのか、目を服の袖で拭く。
再び包丁を首元へと持って行った。真っすぐ突き刺すのでは死ねないと思ったのか、左首前に包丁の刃を当てる。大きな動脈を切ろうとしているのだろう。
そこからは、一切の独り言すらも発さなかった。
首に当てた包丁へ力を入れると、血が流れ始める。未来は極力それを視界に入れないよう、目を上にやっていた。そうして意を決したのか、勢いよく包丁を引いた。
まるで、ホースから出る水のように、大量の血が噴出する。未来はそれを見たからか、それとも痛みに耐えかねたのか定かではないが、そのまま気絶した。
倒れてからも想像以上の流血量で、首からはどんどんと血液が出てきている。まるで止まる気配を知らず、床を鮮血で染め上げ続ける。
そうして、『未来視』が段々と終り始め、暗くなり出した。寸前のところで時計を確認し、時間を知った。
十八時三分だった。
寝ぼけまなこで起きた未来は「あー眠いです」と言い、目をゴシゴシとしている。みんなはやっとのことで目を覚まし、バスから降りた。
どうやら既に雨が降っているみたいだ。雨宿りをしようという話になった。僕はどうしても体調が悪かったため、学校へと一時避難することに決めた。学校は駅から非常に近いため、打って付けだと考えたからだ。
僕らは走って学校へと向かった。しかし、想像以上に雨が降っており、豪雨と呼べるほどだった。風邪の自分にはとても辛い。この数分の間に、着ていたシャツは絞れば水が出るほどになっていた。
学校へと到着した。未だ止む気配はないため、どうせならついでにということで、部室に行くことにした。
この学校は私服で入っても大丈夫なのだろうかと心配したものの、いらぬ心配になりそうだった。学校には誰もいなかったからだ。これでは私服の心配よりセキュリティの心配をした方が良さそうだ。僕らは一応の警戒をして部室へと入った。
「こんな休みの時期に、しかも私服で来るなんて初めてだよー」
そう言いながら、美玖は髪を拭いていた。プールで使ったタオルがあったため、ひとまずは部室を水浸しにせず済んだ。
僕らはある程度の処理を終え、席についた。先ほどの雨によって、体の奥まで冷え切ってしまった。僕は大きなくしゃみをする。
「大丈夫か? ヒロ」
「ヒロくん、やっぱり風邪治ってなかったのじゃないですか?」
みんなが心配してくる。残念ながら大丈夫ではなさそうだ。いつもの席に着きながら、机に顔を突っ伏した。
「兄さんのこれは大丈夫じゃなさそうだね」
これは不味いかもしれない。現在の時刻は十七時十分。タイムリミットまで残り一時間を切っている。このまま寝てしまっては、まず間違いなく未来は助からないだろう。気合を入れて起き上がる。
「あぁ、大丈夫だ」
そう言うと未来は、「顔が真っ赤じゃないですか」と言った。
これは本格的な風邪のようだ。しばらくこのまま机に突っ伏し、目を閉じておくことにする。
そうしていると聡が、「雨止んだな」と言った。どうやら通り雨だったようだ。まさか雨に降られないため早く帰ってきたにも関わらず、直撃する時間に着いてしまうとはつくづく運の悪いことだ。
「聡くん、美玖ちゃん、先に帰ってて良いよ。わたしがヒロくんのこと見ておくから、安心して」
「え、いいよ、私たち同じ家に住んでるんだし、私が連れて帰るよ」
「わたし、ヒロくんと少し話したいことがあるんだ、だからお願い」
「美玖ちゃん、俺らは先に帰ろうぜ」
未来の言葉を聞いた聡は言った。
「そっか、それなら任せるね」
そう言って、二人は家に帰って行った。
未来と二人きりになった。
思えば、未来と二人きりというのは久しぶりな気がする。もしかすると、出会った時期まで遡ることになりそうだ。
あの当時を思い出す。あの当時から今まで、結局未来自身からは、身の上話を何も聞いた覚えがない。初日に聞いた、「実は、昨年末わたしもお母さんを亡くしました」という話以来であろうか。
未来のお父さんが家まで金を借りに来ていたことや、闇金業者に追われていたことなどは全て調べてから知ったことだ。未来は今、一体どういう悩みを抱えているのだろう。
結局、今の今まで知ることはできていない。もしかすると、これからも知ることはできないのかもしれない。僕が未来に何も話していないのだから、未来も同様に何も話してくれないのだろうか。
「ヒロくん、大丈夫ですか?」
考えを巡らせていると、未来は話し掛けてきた。
「あぁ、たぶん大丈夫だ」
こうは言ったものの、決して大丈夫ではなかった。このままでは大して動くことはできないだろう。
四日前、『未来視』のとき視た自殺方法は、前と同じく首吊り自殺だった。恐らく、四日前に歩むはずだった現在と比べ、能力を使ってからの現在とでは全然違う歩み方をしていると思われる。
美幸先生から未来のことを聞き出したときや、児童養護施設と未来の実家に行ったこと。こんなことは本来するはずがなかっただろう行動だと思う。そして、今の体調不良もそうだろう。
これは三日前、真夏に歩き回ったという行動から起きたことだ。それに、プールからの帰り途もそうだろう。
『未来視』の中では、未来の死は彼女の家で行われていた。だが今の時間を鑑みると、未来の死はこの部室で起きそうだ。
本来は、僕の体調がすこぶる良好だったため、直接家に帰ることで、みんなとはそのままお別れだったのだと思う。そして今は、みんな直接は帰らず、僕の体調を慮って学校を雨宿り先としている。
果たしてこの違いはどのような影響を与えているのか……
未来は僕をゆっくりと休憩させ続け、三十分ほどが経った。残り約二十分。
「ヒロくん、ちょっといいですか?」
少し快復した体に力を入れ、顔を起こす。
「なんだ?」
未来は立ち上がり、椅子をそばに持って来て座りなおした。
「わたし、なんとなく、今年の春のこと思い出していたんです」
「ああ、僕も思い出していたよ。未来と二人きりになるのは久しぶりだったからな」
「そうですね、わたしも同じ理由からです。ヒロくんとまた二人で話したいってずっと思っていました」
「言ってくれれば二人になんていつでもなったんだがな」
僕は、未来の言いたいこととはわざと外れたことを言ったつもりだ。「未来が望めばいつでも二人っきりになって相談受けたのにな」という皮肉を。
「わたし、最初ヒロくんに話し掛けられたとき、嬉しかったんです。ああ、わたしにこんなにも優しくしてくれる人がいるんだなって」
僕は何も言わず頷く。
「ベンチの隣に植えられた花の話は、すごく鮮明に覚えていますよ」
少し恥ずかしくなったが頷く。
「そんな花言葉があるなんてって。わたしにピッタリな言葉だなって思いました。由来の昔話についてもわたし自身に重ねてしまいましたね。覚えていますか? 絶望、悲しみ、嫉妬でしたね。嫉妬だけはあまりわかりませんでしたけど。ああいや、今は、わたしは美玖ちゃんに嫉妬していますね」
「それはどういうことだ?」
「ヒロくんとずっと一緒にいられるということが羨ましいです」
恥ずかしげもなく言える未来に思わず驚いたが、聞きたかったのはそこではなかった。花言葉の由来を自身に重ねたというところだ。しかし話を逸らされた。
「それともう一つは、絶望を乗り越えて生きる。でしたね。わたしには、それはどうも無理そうでした」
「そんなこと、言うなよ」
結局、最後まで助けられそうになかった。月並みなことしか言えない自分が情けない。
「わたし、ヒロくんのお陰で美玖ちゃんや聡くんとも友達になれて、果ては部活動にまで入ることができました。その当時のわたしとしては、予想だにしない幸せな日々が続きました。でも、その幸せは長くは続かないものですね」
「……」
どういうことなのかと聞こうとした。未来が何を言っているのか、まるでわからなかったからだ。しかし聞く間もなく、
「わたし、ヒロくんのことが好きです」
と言った。
なんとなくはわかっていた。わかっていたが、見ないふりをしていた。僕に対して特別扱いしているのだから、わからない訳がない。
しかし、未来を助けることはしても、好くかどうかは別だ。僕は人を好いてはいけない存在だからだ。
「返事はいりません。わたしは、本当はヒロくんのことを好きになってはいけない人なのですから」
その言葉を聞いて直感した。好きになってはいけないという理由と、未来の死は関係がある。
「わたしは今、これ以上ヒロくんといるとおかしくなりそうなので、先に帰っていてください」
唐突にそう言われ、驚く。
「帰る前に、最後に一つだけ言わせてください」
そう言って、未来は立ち上がる。そして、未来は言う。
「本当に、申し訳ございませんでした」
これはどういう意味なのだろうか。この数瞬で考えてみるが、心当たりは何一つとしてない。
未来は僕の肩を支え、立たせる。そのまま部室の出口まで送るようだ。そこで急いで時刻を確認する。十八時ちょうどだった。ドアを開いて出ると未来は微笑み、ドアを閉じた。
僕は数刻の間、ドアの外で足踏みをした。未来に僕が帰ったと錯覚させるためだ。ドンドンと遠ざかっていく音を再現し終えると、息を潜めた。
未来はどうも思わなかったのだろうか。あそこまで思わせぶりな言葉を残すと、『未来視』を使うに決まっているじゃないか。携帯電話を取り出し、時刻を確認する。
十八時二分だ。
先ほどから一分が経過している。そうして、能力を使う。
(神よ、どうかお許しください。咲美未来のこれから歩むだろう『未来』のごく一部を私めが盗み見ることを)
すると、瞼の裏側に色のついた景色が見えてくる。
部室の中を眺めると、未来は僕の席のそばに立っている。
自分の鞄を入れると探り始め、何かを取り出そうとしている。とうとう探り当てたのか、右手で掴みだした。
取り出したものはタオルで厚くくるまれていて、何かはわからない。包みを解き始め、何かが出てくる。それは夕日が逆光となって照らされているため、よく見えなかった。
未来はその何かを右手に持ち替え、自分の体の前に持ってきた。それによって夕日の明かりは体によって遮られ、反射が消えたので見えるようになる。
それは包丁だった。
未来は死のうとしている。
何をするかわかったため、すぐにでも『未来視』を終わろうとした。しかし、この能力は中断が効かないのだ。最後まで視なければ、終わらない。
未来の右手は震えていた。その手を宥めるため、左手で右手首を抑える。
それも数秒のことで、すぐに落ち着いた。深く深く「すーーーはーーー」と深呼吸する。未来はやめる気がないみたいだ。
一切の震えがなくなった右手と左手で、包丁の柄を強く握った。その刃先を首にまで持ち上げる。そして刃先を当てた。未来は思わず「痛っ」と声に出し、苦痛を現した。
一旦包丁を下げる。それも少しのことで、また先ほど同様深呼吸した。苦痛に顔を歪ませながら、同時に涙を流し始める。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
必死に謝罪を繰り返している。大量の涙で前が見辛くなったのか、目を服の袖で拭く。
再び包丁を首元へと持って行った。真っすぐ突き刺すのでは死ねないと思ったのか、左首前に包丁の刃を当てる。大きな動脈を切ろうとしているのだろう。
そこからは、一切の独り言すらも発さなかった。
首に当てた包丁へ力を入れると、血が流れ始める。未来は極力それを視界に入れないよう、目を上にやっていた。そうして意を決したのか、勢いよく包丁を引いた。
まるで、ホースから出る水のように、大量の血が噴出する。未来はそれを見たからか、それとも痛みに耐えかねたのか定かではないが、そのまま気絶した。
倒れてからも想像以上の流血量で、首からはどんどんと血液が出てきている。まるで止まる気配を知らず、床を鮮血で染め上げ続ける。
そうして、『未来視』が段々と終り始め、暗くなり出した。寸前のところで時計を確認し、時間を知った。
十八時三分だった。
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