失われる未来を救けて

アホウドリ

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現代編Ⅱ

最後の思い出

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 七月二十三日

 午前六時、僕は早速起き上がる。

 携帯電話を確認すると、メッセージが届いていたため返信しておく。

 今の体調を確認してみる。体調不良とはなんのことやら。絶好調だった。身体を軽く動かしてみる。これなら思う存分に動けるだろう。寝汗を落とすため、シャワーを浴びた。

 濡れた髪をドライヤーで乾かしていると、美玖が「おはよう」と寝ぼけまなこをしながら言ってくる。

「ああ! おはよう、今日も良い顔しているな!」

 カラ元気に見えない程度の明るさで朝の挨拶をする。こうは言ったものの、美玖は目を指で擦りながら「うん」と言っただけだった。まあ今は良いだろう。

 僕は張り切って、普段はしない朝食の準備をした。とはいっても、食パンにチーズとハムを載せて焼き、その上にレタスを添えるだけの料理だった。これが特製チーズバーガーである。

 顔を洗い、眠気を覚ました美玖がリビングにやって来た。

「どういう風の吹き回し?」

「いやー、今日は調子が良くてな」

「元気ならそれで良いんだけど」

 僕は今、少しの寒気を覚えていた。湯冷めなのか昨日までの残りなのかはわからないが、風邪がまたぶり返しているように感じた。これではイカン、非常に不味い。素直にどうしたら良いのだろうと思っている。

 一旦自分の体調のことを頭の隅に追いやり、朝食を黙々と摂る。味覚が妙に冴えている気がする。この風邪は諸症状に味覚障害の気でもあったのかと思い始めた。これはあまり舐めていると痛い目を見るかもしれない。結局、また頭の中心に戻ってしまっていた。

「あーー美味いなーあ」

 僕らは食べ終え、出掛ける準備を始める。

 財布、飲み物、おやつ、交通系カード、水着、念のため風邪薬を持った。準備を終え、自室を出る。美玖を呼ぶため部屋へと行こうとすると、リビングの椅子に座ってくつろいでいた。

「よし、行こうか」

 僕らはそうして家を出た。聡と未来とは駅で待ち合わせとなっている。約束時間五分前に着くよう家を出た。僕らは横に並んで歩いていた。

「ところで、なんで急に遊園地に行きたいなんか言い出したの?」

「そこに遊園地があるからというつもりだったが、ダメか?」

「ん、まあいいよ」

美玖はそう言って、あまり深堀してこなかった。何を聞いてもはぐらかされるからだろう。申し訳ないとは思っているのだが。

 数分歩いていると、駅前へと出た。

 僕らは苦学生だが、駅からすぐの近さに住んでいる。父さんが貯めこんでいた貯金がまだたんまり残っており、学校提携のアパートなため手頃な家賃だからだ。それじゃあ苦学生じゃないみたいだが、節約は大事だと思って苦学生をやっている。

 僕らは駅に着き、聡と未来を待った。数分待ち、時間になると二人は現れた。彼らは前日、メッセージでこんなやり取りをしていた。

未来 「明日行く遊園地のそばには、プールもあるらしいですよ。明日も暑いでしょうし、プールに
行きませんか?」

聡  「おーおー良いなそれ! 俺もプールが良い! でも、ヒロの体調とかどうなんだろうな。明日まで待つしかないか」

美玖 「私も、もし兄さんが快復したらプールに変えたい!」

 これを今朝確認し、賛成した。

浩  「プールだ!」

 こうしてプールに変わった。起き初めに返信したため、当時は体調が優れていると錯覚していた。だが今になって自覚した。そこまで良くはない。明日はきっと熱にうなされているのだろうな。と怖くなった。

 僕らは揃ってバスに乗った。駅からプールまではたったバス一本で行けるらしい。安くて嬉しいかぎりだ。

 今はまだ八時だが、やはり外と比べるとバスの中は涼しい。興奮し、クーラーの通気口に口内を向け「あーー」としていると、美玖に「みっともないからやめて」と本気の声音で言われた。度を越したボケは恥だということを僕はそのとき学んだ。

 その僕と美玖のやりとりを見た、聡と未来の顔は見ることができなかった。軽蔑と侮蔑の目は怖い。畏怖の対象である。

 僕は、入口から見て最奥左の窓側の席に座っていた。先ほどの恥を反省し、委縮していると、隣に座った未来に肩を叩かれた。首を回して目を合わす。すると笑顔で、「プール、楽しみですね」と言われた。僕は「ああ」と返す。

 三十分ほど経つと、目的のテーマパークが見えてきた。非常に大きな施設だ。これほどの場所には来たことがなかった。幼少期に小規模ではあるものの、遊園地に来たことがあるはずだが、歳も歳だったこともあり何も覚えていない。

 僕は密かに胸を躍らせていた。こんなに楽しんでいて良いものだろうかと思うが、今は楽しむ時間だから許されるだろう。

 入口へとバスが到着し、僕らは揃って降りた。

 実物を外から見ると、やはり大きい。バレないよう、心持ちスキップをしながら受付へと向かった。そして料金を見て愕然とした。

「四千円近くもするのか」

 そう言うと聡は、「そんなもんだろ。お前ここ来たことないのか?」と当然のように返した。

「うむ、ない」

 それを聞いて意外に思ったのか未来は、「へぇ~、ヒロくんも来たことないんですね。実はわたしもないんです。ヒロくんがないということは、美玖ちゃんもないのかな?」と言った。

「もちろんないよ」

 どうやら勝手のわかる人間は聡しかいないみたいだった。

「聡、案内してくれ」

「しょうがないな、俺はかれこれ四回は来ているし、玄人みたいなもんよ」

 得意げになりながら言った。心強い。

 そうして、チケットを買って更衣室へと向かった。室内を眺めると、あまりの大きさに僕は唸った。さすがに学校のものとは別格な広さだった。

 適当なところのロッカーを開き、着替え始める。今朝決まったことで急ごしらえに持ってきた水着は、思ったよりピッタリだった。

 着替えを終えプールへと向かう。

 プールを見ると、想像以上の大きさだった。こんなものはプールじゃないだろう。もはやリゾート地だ。何故プールにヤシの木が生えているのだろう。ここは東京だというのに。興味深げにヤシの木を見ていると、未来と美玖がやって来た。

「よし、入るか!」「まずはあそこに見えるビーチだ!」僕は一人でみんなを置いてけぼりにし、走り出した。今の気分は無邪気な少年である。忘れた頃にやって来た、少年時代のような思い出を作りたい欲求である。

「ヒロくーん、待ってー」

 未来が走ってやってくる。よく見ると、腰にビーチボールを抱えていた。ビーチバレーだ! 僕は興奮して来たため未来に、「ビーチバレー対決をするか!」と言った。

 ちなみに僕らの中に運動部の経験者はいないため、はた目からは見るも無惨な姿に映るだろう。しかし、本人らが楽しければそれで良い。

 僕と未来対聡と美玖のチームで対決することになった。

 結果は、スタッフに止められた。

 調子に乗りすぎたあまり、場所を大きく取りすぎてしまった。今日は夏休みであり人でごった返していたため、調子に乗った僕をスタッフは注意した。

 周囲の視線が痛く居たたまれなくなった僕は、みんなを置いてすぐさま退散を謀った。後ろから「待ってー」と仲間の誰かの声がするが、止まらなかった。そのとき、体力テストの記録を更新した気分だった。

 室内プールから外のプールへと出て、見つけたベンチに座っていた。みんなが追いついてくるのを待つ。最初にやって来たのは未来で、左隣に座った。後に続けて美玖、聡がやって来た。

 それから、僕らは少し休憩をしようということになり、そばに見つけた売店でソフトクリームを買った。

 ゆっくりとぺろぺろ舐めていると、物思いに耽った。

 プールで食べるソフトクリームは美味しいなぁ。

 僕は基本的に、チョコ味のアイスクリームしか食べない。牛乳がそこまで好きではないからだ。

 牛乳は小学生が成長のために飲むものだし、高校生である僕が口にするものではないだろう。こんなことを考えていると、小学生のときの記憶を思い出した。当時も牛乳は低学年が飲むものだと言って、頑なに飲むことを拒否していた。

 それは低学年だったときにも言っていた持論で、一年生ならば幼稚園児、二年生ならば一年生、三年生ならば二年生が飲むものだと勝手に言っていた。

 もちろん、自分にも前学年の時代はあったわけで、言っていることはおかしいのだが、当時の僕は若かった。何も考えていなかったというのが正しいかもしれない。そうして牛乳を拒み続けていた結果、飲み方を忘れてしまった。

 ココアやコーヒーには入れるものの、牛乳単体では到底飲めたものではないと思っていたのだった。こんなこともあり、乳製品も食べられなくなってしまい、ソフトクリームを食べることがなかった。

 急ごしらえで作り上げた嘘っぱちを思い返して反省してみる。そもそも朝食に作ったチーズハンバーガーにはチーズが入っているし、ココアやコーヒーは良くて乳製品の食べ物が駄目というのもよくわからない。

 簡単に矛盾を生んでしまったため、創作の才能がないということを自覚してしまった。これじゃあ推理作家なんてもっての他だろう。

「おーい」

 肩を叩かれ、驚いて横に振り向く。未来だった。

「さっきから、ヒロくんの目の前で手を振っていたんですよ」

「そうか、すまん」

「良いですけどね。それよりあそこの子見てください」

 そう言って、左斜め方向に指を向ける。

「なんだ? ソフトクリームをこぼしている子がいるな」

「今まで気付かなかったんですか?」

「ああ、すまん。つい」

 僕は言い訳をした。

「ヒロくん、わたし、あくまで推理ですがわかりました。ヒロくんがみんなに隠していること」

「な、なんだって?」

 どれのことだろうか。未来やみんなに隠していることの心当たりがありすぎて、皆目見当もつかない。

「いずれ話しますね。ここじゃないどこか別の場所で」

 そう思わせぶりに言って、立ち上がった。

「どこに行くんだ?」

 そう言うと、指に持ったソフトクリームのゴミを見せ、「これを捨てに行くんですよ」と言った。そのとき、何故か僕のそばから離れて行ってしまうような錯覚をした。

「よし、食べ終わったし、次はどこ行くか」

 聡は立ち上がり言った。僕らはそれに頷き、遊びを再開する。

 少し歩いていると、崖のようなものを見つけた。天辺からは滝を模した水が流れており、金の掛かったものだと思った。下には方々にトンネルが開いており、かくれんぼができるようだ。どうやら崖登りもできるようだが、怖いためやらない。

 早速、滝行で自分を戒めることにした。頭を滝の当たる位置へと持って行き、全身を水に入れた。痛い。腰を下ろして、胡坐をかく。どうしても痛いため頭を動かし、肩に当たるようにした。気持ちが良い。

 しばらく当たっていると、閉じていた瞼を開き周囲を眺めてみた。三人の姿を探すと、トンネルに入って「すごぉ~い」と言い合っていた。微笑ましくなり、顔を緩ませる。

 近くに目をやってみると、小学生くらいの男の子がこちらをじっと見ていた。羨望の眼差しで向けてくる少年に、「君は、煩悩を戒めたいのかい?」と聞いた。少年ははてなを浮かべた様子だった。わかりやすくするため、「何か悩み事でも?」と聞くと、「同じクラスのさくらちゃんに告白したいの」と言った。

 恋愛は良いことだろう。人を何倍も成長させてくれる。人生経験の豊富な先輩の立場として、助言をする。

「やっぱりね、僕は思うのだよ。えっとね、うーんと、頑張って告白してくれ」

 僕なりのアドバイスをあげると少年は、「うん! ぼく頑張るよ!」と元気な声で返事をした。その姿に感化され、滝行に当たらせてあげることにした。立ち上がり、少年を招く。頭から入っていき、僕がとっていた姿を見よう見まねで覚え、体勢を整えていく。

 僕は心配になり、「痛くないか?」と聞くと、「痛くないよ。むしろ気持ち良いくらい」と言った。

 横に立った看板を見ると、「この滝は煩悩を抱えている人間だけに痛みが現れます」と書いてあった。やはり僕は当たって良かったようだ。少年に別れの挨拶をする。

「少年よ大志を抱け」

 そう聞いて、「うん!」と頷いた。みんなのもとへと向かう。

「あーヒロくんだー、見てくださいここ、中がゴツゴツしていて凄いですよ」

 そう言って未来は、四方八方に指を向ける。確かに、人工物にしては本格的な岩の形を再現している。未来は何処かへと歩きだし、物陰に隠れた。

 僕は一旦無視し、聡と美玖を探す。二人を探していると、トンネルの抜け穴から見えるベンチに座る姿があった。彼らは隣り合って何かを話しているようだ。後で聞いてみようと思い、ひとまずは未来を探すことにする。

 少し歩いていると左方の物陰から、「わあ!」と飛び出てきた。油断していたため、腰を抜かしてその場にくずおれた。

「あーあーごめんなさい! まさかそこまで驚くとは思わなくて」

 そう言って、必死に最敬礼の謝罪をしてくる。

「いや、僕が悪いんだ、日ごろから周囲を警戒していない僕が悪い。未来はこんな醜態を晒すような大人になるなよな」

 謝る未来を慰めた。これは決して驚いただけという訳ではなく、熱が少しだけぶり返しているからだ。最後に「本当にごめんなさい」と言い、肩を貸して立ち上がらせてくれた。

 僕らは、聡と美玖が座っているところまで二人して歩いていく。

「どうしたんだヒロ」

「兄さん体調悪いの?」

 それを聞きながらベンチへと座る。

「わたしが驚かせてしまって、ヒロくんは腰が抜けたみたいです」

 未来は代弁してくれた。

「そんなんで腰ぬかすか? 普通」

「そうだよ、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫さ」

 二人を必死に宥める。

「なら良いんだが」

「キツそうなら言ってよね」

 二人は言って、その場は収まった。

 少しの休憩をして、「よし、どんどん遊ぼう!」と言って、立ち上がった。

 その前に、昼食にしようと思い立った。自分としては未だ何もしていないつもりだが、既に十二時となっていた。

 今までにしたことといえば、怒られて、子どもにアドバイスをして、腰を抜かしただけの印象しか残っていない。これではまるでプールに来た意味を感じられない。

 これから遊びまくろうか。腹を空かして戦はできないため、少しでも満たそうと思ったのだ。

 僕らは室内へと戻り、飲食店に向かった。

 体調が少し優れないため、柔らかいものと温かいものが食べたくなった。だからうどんを食べることにした。味の感想は、美玖お手製うどんよりは下がったが、腹は満たせた。これからが本番である。

 みんなを呼んで、先ほど外で見つけた大きなウォータースライダーなるものを滑ることに決めた。やたらと大きなそれは、まるで殺人兵器かのようにそびえたっている。巨大な穴の開いたバケツが眺められた。あれは恐らく、このテーマパークの目玉だろう。確信を持って向かった。

 生贄は聡に決まった。滑った感想を聞いてからいざ実戦という方が良さそうだと思ったからだ。

 彼奴に聞くと大歓迎なようで、どうやら滑るのは初めての代物らしい。こいつに打って付けなものだろう。聡は何の躊躇いもなく、滑るための高所に向かう階段を昇って行った。

「おーい、ヒロ~未来ちゃん~美玖ちゃん~」

 何の恥じらいもなく、大声でこちらを呼んだ。僕らは他の客の視線が気になり、必死で目を逸らした。そうして「うおー行くぞー」との声が聞こえ、滑って行った。

 数秒ほど待っていると、バケツの中に聡の姿が見えた。彼奴は滑る勢いでくるくると回っている。お風呂や洗面所でよく見られる排水溝に入り込む水流かのように、ぐるんぐるんと回転していた。

 北半球と南半球で水の流れ落ちる方向は違うと言われているが、ここだけ南半球の流れをしていた。あれは人間が遊んで良いものなのだろうか。そのとき、人生で一番の恐怖を覚えた。

 滑り降りてきた聡は、楽しそうに表情を輝かせていた。

「めっちゃ楽しかったあああ」

 というのが感想だった。月並みな感想しか言えない彼奴は批評家失格だな、と憐れんだ目で見た。

 女子勢二人を生贄にしては男が廃ると思い、今度は僕が滑る番となった。

「みんな、今までありがとう。なんだかんだ言って楽しかったよ。聡、お前は偶に変わっているなと思うけど、良い奴だと知っていたぞ。

 美玖、今まで僕を支えてくれて、ありがとう。君がいなければ僕はどうなっていたのだろうと常々思っているよ。それに、敢えて触れてこなかったけれど、水着似合っているぞ。

 未来、君は僕のことを慕ってくれるよな。こんな僕を常に肯定していてくれてありがとう。もちろん、都合の良い人間だとは思っていないぞ。それに未来も水着は似合っている」

 何を血迷ったのかわからないが、大して心に残るわけでもない言葉を言った。恥ずかしさのあまり思わずみんなからは顔を背け、階段へと昇る。

 一段、また一段と恐怖のバケツが姿を現し始める。半分ほど見えてきたところで、その脅威をもろに感じた。あれはただのバケツだ。自分を雑巾だと思えば話が早いではないか。ただ掃除をするため、バケツに入った水に雑巾を浸けるのと何も変わらないはずだ。

 僕はただのボロ雑巾。僕と巨大なバケツは掃除用器具で、汚れの雑多している掃除ロッカーに仕舞われる忌まわしき汚物ども。

 そう考えていると、予想外にも全く恐怖が抜けていなかった。何もかもが無駄な考えだった。階段を昇り切り、「ああ、無念」と囁いた。隣にいた若い同世代のスタッフは疑問を浮かべたが、気にしている場合ではなかった。

 一歩一歩、死への入口が近付いてくる。僕は唾を大量に飲み込み、咳き込んだ。スタッフに心配されながらも、「大丈夫」と断りを入れる。そして意を決し、バケツへと滑り込んだ。

 僕はそこからの記憶を失った。



 目が覚めると、ベンチに転がっていた。

 周囲を見渡してみると、未来がこちらの顔を覗き込んでいる。

「だ、大丈夫ですか?」

 何度目の「大丈夫?」という心配だろうか。いい加減自分でもくどいと思っている。それほど体調が優れないというわけだ。

「今は何時かな」

「十四時ですよ」

 もうそんな時間か。後たった四時間しかないというわけか。一旦は考えを捨て、現実逃避をする。

 僕らはもうこれ以上ハードな動きは止めようということになり、温水プールに向かうことにした。

「わ~あったかいですね」

 未来は足先から徐々に浸かり始める。僕はすぐにでも温まりたかったため、てきぱきと入った。

「おー気持ちいいな」

 体の芯まで温かい熱を感じる。

「生き返るわ~」

 聡は息を吐きながら言った。

「落ち着く~」

 美玖はリラックスと言った表情で言った。

 僕らは四人で円を作って適度な温度のお湯に浸かり、この場でずっと過ごした。

 雑談をしていると、聡は話を掛けてきた。

「そういえば、三人って、こういう場所に来たことなかったんだよな?」

 三人は頷く。

「ヒロと美玖ちゃんはなんか意外だな。お前ら遊園地やプールに来てはしゃいでそうな印象あるよ。反対に未来ちゃんは苦手そうだな」

「そうかな?」

 美玖は聡の印象が意外そうに反応した。

「まあ、僕らは長年一人親で生活していたからな。父さんがこういう遊園地とプールが好きじゃなかったというのもあると思う。最後に似たような施設に遊びに行ったのは、たぶん僕と美玖が小学校低学年のときだったと思うな」

「そんな前になるんですね。あまり覚えていないのですか?」

「いや、歳は曖昧だけど、記憶には残っているよ」

「私も覚えてるよ。あれは強烈だったな」

 美玖も同調して答える。

 未来は先が気になったのか、「へーどんなですか?」と言った。

「あんまり人に話すことでもないのだけどな。遊園地には、バイキングという乗り物があるんだ。簡単に説明すると、振り子の球を船に見立てると思い浮かべやすい。

 その船に人が乗ってぐいーんぐいーんと揺れるアトラクションなんだ。ジェットコースターやら速い速度で落ちて動く乗り物には乗ったことがなかったから、いざバイキングに乗ってみたら戦慄したよ。

 徐々に船が振れて行って、最後には高いところから落ちる感覚を味わうのだけど、ただでさえアトラクションに触れたことが初めてだったのに、正面から斜めに落下して、また背中から落下するという流れを何度も何度も繰り返すんだ。思わず吐き気を催してね。

 降りたときにはぐったりとしていて、木陰で長いこと休んだんだ。そして、口の中から異物感を味わってそのまま」

「ゲーっと?」

「そう、ゲーっとなった」

「私も凄く鮮明に覚えてるなー私と父さんは凄く楽しかったし、始終笑ってたのに、隣で兄さんはうわーうわーって唸ってたんだもん。乗り終えた途端倒れだしたのには思わず驚いたよ。父さんはその姿を見て、浩は軟弱ものだなーって嘆いてたよ」

「僕もそれは覚えているな。あのとき初めて憎しみという感情を覚えたよ」

 未来は僕らの話を聞いていて、羨ましいといった表情でうんうんと頷いていた。そうして聞き終えると、徐々に笑顔を消して暗くなり始め、俯いてしまった。未来はこういった思い出がないのかもしれない。

 生い立ちを知っているのは僕だけなため、無神経なことをしたなと、心の中で謝るしかなかった。

 この話を聞いた聡は、「なるほどな、だからヒロはさっきのウォータースライダーでも気絶したんだな。根本的に激しい動きが苦手のようで」と言った。

「そうかもしれんな。僕とは違って聡は凄いな。素直に尊敬するぞ」

「俺は普通だよ。むしろお前だけが異常なんだよ。お前のお父さんと美玖ちゃんはいたって正常だったんだろ? どう考えてもお前だけがおかしい」

「私もそう思うよ。兄さん倒れてばっかりだもん」

 お前らは知らないからそんなことが言えるのだ。一昨日からの風邪が残っているのだ。一切体調について話していないため自己責任だが、それにしてもそこまで言わないで欲しいものだ。昨日の今日でもう少し労わって欲しい。僕は俯いた。

「ヒロくん、元気出して?」

 先ほどの暗さを隠して、未来は僕を励ました。

「僕の味方は未来しかいないな」

「わたしはいつでもヒロくんの味方ですよ」

 僕らはえへへと笑い合った。

 それを見た聡は、「お前ら二人は本当に仲が良いよなー、それで付き合ってないのか?」と下卑た声を出してきた。僕は反論する。

「聡こそ、崖にいたとき、美玖と並んで座っていたじゃないか」

「あれは、ヒロの話をしていたんだよ」

 そう言って、美玖に「ね?」と声を掛ける。

「うん、兄さんが不安だという話を少しね」

 不審に思ったため、美玖に耳打ちをする。

「それってお墓で話したことじゃないだろうな」

「そんなこと、話すわけないでしょ?」

 そう言ってきっぱりと否定した。どうやら本当のようだ。安心した。

 聡の揶揄いを聞いた未来は、どんな反応をしているのか気になったため見てみた。僕から少し顔を外して、心なしか頬を赤く染めているように見えるのは、温水プールが温かいせいだろうか。それとも……どうだろう。

 その場に飾ってある時計を見てみると、十六時を過ぎていた。かれこれこの場で二時間も過ごしていたようだ。みんなと会話をしていると、時間の経過は早く感じるものだ。僕らはこれから何をしよう。

 レストランが並んでいるフロアをみんな揃って歩いていると、テレビが目に入った。どうやらこの後雨が降るそうだ。

 誰一人傘を持って来ていなかったため、なくなく退散するかという話になった。個人的にはまだまともに遊んでいない気がするが、自然の摂理には抗えないだろう。渋々了承することにした。

 僕らは着替えを終え、お土産くらいは買えるだろうということになった。ここで買ったお土産が、『未来視』で視えたお土産かと合点がいった。

 僕は適当にお茶菓子を買い、未来と美玖はお揃いで謎の三日月の頭をしたマスコットキャラクターのキーホルダーを買っていた。

 聡の方はというと、「これはうちの商品とどっこいどっこいの味だな」と試食コーナーで独り言ちていた。その後、どうやら買うことに決めたらしい。

 僕らは目的を終えそろそろ帰ろうかということになり、バスに乗った。

 なんだかんだみんな疲れていたようで、心地よいクーラーの風に当たっていると、徐々に眠気を覚え始めていた。僕はその間眠気を感じず、寒気を感じていた。

 これは本格的に風邪がぶり返し始めたようだ。

 横でみんなが目を閉じている間、一人凍えながら体を震わせていたのだった。
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