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エピローグ
僕は未来を見ることができる
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聡と美玖とも話をしようと思い、家へと呼び出した。
二人には美幸先生と同じく話を濁し、未来との血縁関係を話した。
「そうだったんだな。美玖ちゃんと未来ちゃんの顔見てずいぶん似ていると思ってたけど、まさか本当に血の繋がりがあったなんてな」
「私もビックリ。そっかー未来ちゃんが私の妹かー」
「これからは一緒に住むのか?」
そう聡が言って、良い考えだなと思った。美玖が一人きりでは可哀想だ。
「良いかもしれないな。でも未来は今の住処を気に入っていたみたいだし、聞いてみないとわからないな」
「一緒に住めたら良いな~、私も未来ちゃんとずっと一緒にいたいしさ」
僕は二人にそう伝えると、キリの良いところでその場は解散とした。後はみんなに任せた。二人とはこれから長い間会えなくなるだろう。
その場を離れ、未来のいる病院へと向かうことにする。
先ほど、未来が目覚めたとの連絡が来たからだ。これで遂に話ができる。そうして、落ち着かない気分のまま病院に向かった。
病院に着くと、受付を済ませ病室に向かった。部屋を見つけ、ドアを開く。
僕を認めた未来は、目を見開いた。
「あ、あ……」
未来ははっきりとしたことを言えない様子で、何も言わずにボロボロと泣き始めた。目覚めたばかりで力が戻り切っていない未来は、必死にベッドから起き上がった。僕は解放をしようと思い彼女のもとへ近寄った。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「違うんだ、未来」
「ごめんなさい、わたしが悪いんです」
未来はそう前置き、謝罪の言葉を捲し立てる。
「最後まで迷惑を掛けてごめんなさい。死にきれなくてごめんなさい。わたしがヒロくんのお父さんを殺したんです。わたしの自分勝手な理由から犯した罪なんです。
わたしはお父さんを助けられたのに逃げた弱虫なんです。二人をお父さんの子どもだと気付いていました。それに気付いていながら、黙って近付いた白々しい人間なんです!
わたしを憎く思わないでください。わたしを嫌いにならないでください。いやだ! みんなに嫌われたくないよ! ヒロくん、わたしをどうか許してください!
反省しますし罪は償うのでどうか、嫌いにならないで……」
未来は必死に、途中からは僕の服に縋り付いて泣きじゃくりながら言った。
「違うんだよ未来」
「ごめんなさい、わたしが悪いんです。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、嫌わないで、ごめんなさい、いやだ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、許して、ごめんなさい、ごめんなさい」
僕が声を掛けても手で耳を塞いでしまい、取り付く島もない。その両手を強引に掴み、手を退かした。
「聞いてくれ未来!」
僕は耳元で大声を出した。それを聞いた未来は、体を跳ねさせ黙った。
「お前は何も悪くないんだよ!」
未来は驚いた表情を見せた。
「そんなわけがないです! わたしが悪いんです!」
「違うんだ、未来に最初近付いたのは『未来視』を使って、自殺するという『未来』が視えたから、それを防ぎたい一心だったんだ。だから居場所を作ってあげるために部活を作ったんだ。お前はあくまで受け身の立場だったはずだ。お前は何も悪くない」
「でも、わたしが死にたいと思ったのも、ヒロくんのお父さんを死なせちゃったからなんです。ヒロくんは、お父さんを殺した人間を救ってしまったんですよ? ヒロくんが数ヵ月前、頭を悩ませていた原因を作ってしまったのはわたしなんです! わたしが悪いに決まってるじゃないですか!」
「いいや、違う」
「何がですか!」
「僕はお前の日記を読んだ上で言っているんだよ。わかっているんだろう? お前の鞄の中にあの日記はないはずだ。僕が盗ったんだよ」
「あの日記を読んだならなおさらですよ! あれを読んだらわたしが悪いことくらい誰にでもわかります!」
未来は心の底から自責の念に駆られているようだ。
「ああ、確かに、そうかもしれないな。けれど、それは僕以外の人間の話だ」
「だったらどうして!」
「僕が父さんを殺したからだ」
僕の言葉を聞き、唖然とした表情になった。それでも、すぐに先ほどの剣幕へと戻した。
「そ、そんなわけがありません! なんでそこでヒロくんがお父さんを殺したことになるんですか!」
「未来は日記の中で、父さんのいる家に向かう際、誰かとすれ違った記述をしていたよな。あれは僕だからだ。あれは父さんを殺して帰る最中だったんだ。
未来は違和感を持たなかったのか? あそこの辺りには家が全くと言っていいほどにない。それにも拘らず、向かう家の方向から人が歩いて来て、その後家に入ったら血だらけの人間がいたんだぞ。
真っ先に自殺ではなく殺人だと疑うべきだ」
「それは……でも!」
「でもじゃないんだよ! お前は自分を犯人に仕立て上げようとするな! 僕は大量の焼酎を父さんに無理矢理飲ませて、泥酔した父さんを風呂に入れた後、カッターナイフで左腕の動脈を切り裂いて殺したんだ!」
「違う! ヒロくんは、そんなことする人じゃない! そんな、そんなことないんだから!」
「未来、お前は僕の一体何を知っているって言うんだ」
「知ってるもん! わたしはヒロくんが未だ誰にも話していないことを知ってる。わたししか知らないヒロくんを知ってるんだよ! わたしはヒロくんのその左目のことも全部全部知ってるよ! ヒロくんのその左目が、『未来視』のとき以外は何も見えていないことくらい知ってる!」
「……何だって」
「最初に違和感を覚えたのは、美玖ちゃんと出会ったときだった。
わたしがヒロくんの左側に座って、横顔に向けて手をヒラヒラと振っても何の反応も見せなかったことから。そのときは、ヒロくんはぼうっとすることが多い人なんだと思って受け流した。
次の違和感は部活を設立してからだった。ヒロくんは美幸先生に向けて、なぜか部室に長い机を用意させてた。その後、ヒロくんは目が悪いからそれを他人に悟られたくないと言ってた。
それを聞いて、勝手に目が悪いというのは視力が低いからだと勘違いしてた。でも、変だと思った。視力が悪いのなら、三階にいるヒロくんの教室からなぜ、二、三十メートルは離れたベンチに座って泣いているわたしの姿が見えたのかということだった。
ヒロくんはハンカチで涙を拭いていることに気付いてた。視力が悪かったら、そこまではっきりとは見えないんじゃないかと思った。
次はヒロくんが体調を崩したとき。ヒロくんが飲み物を飲もうとすると、手の距離感を間違えたからと言ってペットボトルを落としてた。
それの言い訳が、『体調不良とか関係なくいつものことだから』というものだった。これに聡くんは『ヒロは階段で一段踏み違えたり、授業中に消しゴムをよく落とす』と言っていた。
わたしは昔、テレビで見たことがあった。隻眼は遠近感を間違えやすくなるというものだった。これが確信に変わったのは、出会ったときの違和感と同じもので、プールに行ったときだった。
ヒロくんの左隣に座ってアイスクリームを食べていると、わたしはヒロくんの目の前、つまり左目の前で手を振って呼んだ。そのときも反応がなかった。
仮にぼうっとしていても、視界に動きの入ったものが見えたら反応を見せるのが普通だと思う。この他にもたくさん証拠があるよ。
ヒロくんは誰かの隣に座るとき、必ず左側に座ろうとするみたいで、わたしと美玖ちゃんが初めて会った日に一度抗議してた。
クラスで席替えがあっても、なぜかヒロくんだけ変わらず左の窓側の席に座ってるし、
部室でわたしと美玖ちゃんと話すときも、視える右目を持ってくるためなのか、わざわざ首を回してくるし、
ヒロくんが幻視痛というワードを作った後、聡くんが『ふと幻肢痛という言葉を思いつくのはどういう状況か』と聞くと、『ないことに違和感を持つという感情に共感した』という発言をしたり。
わたしが『未来視』の能力を羨むと、『これは負担が大きいからな』と言ったり、わたしは一挙一動全ての意味を知ってた。
だからヒロくんがお父さんを殺してないことも知ってる! みんなが知らないヒロくんをわたしは知ってる!」
未来の言葉を受け、圧倒された。よく見ているものだ。しかし。
「未来、僕は一つ言いたいことがある」
「何ですか!」
「僕は隻眼を隠していたつもりはない。確かに話さなかったが、注意していればわかる程度の話だ。だからそれを知っているのはお前だけじゃない。美幸先生も知っている」
「う、嘘だ!」
「本当だ。それは始業式の日、初めて美幸先生と会ったときだった。僕は教室にある席で独り着き、誰からもこの目を悟られないようじっとしていたんだ。
美幸先生はその姿を見てすぐにわかったそうだ。僕は正直に『未来視』のことと発現したと同時に視力を失ったことを話した。このことがきっかけで美幸先生は僕のことを特別待遇するようになった。
お前は知らないが、あの能力には視力を引き換えにするという代償があったみたいだ。そして今、役目を終えたのか能力は存在しない」
「そんな……」
「お前は僕のことを何も知らないんだよ」
「それじゃあ」そう言って、段々と顔を蒼白にし始める。「わたしだけが知っているヒロくんの秘密なんて、何もないっていうの?」
「ああ、だからお前は、僕にとって特別な人間ではない。お前しか知らない僕なんて存在しないんだ。お前はどうやら僕のことを特別だと思っているみたいだがな」
「そんなのいやだ……」
そう言って、未来は泣き出した。これで良いんだ。
「未来、もう一度言うぞ。父さんを殺したのは僕だ。お前は誰も殺していない。そして、お前が自殺未遂した原因は僕だ。お前の今までの苦悩や葛藤、全ての原因は僕なんだ。自分を責めず、僕を恨むんだ」
「聞きたくない、聞きたくない! 黙って!」
「お前は悪くない」
「うるさい! もうわたしになんて近寄らないで!」
そう言って、未来は顔を伏せ、聞きたくないといったふうで耳を押さえた。
「そう言って貰えて清々するよ。これで重荷から解放される」
「わたしのヒロくんはそんなこと言わない! もう帰って!」
「そうか、わかった。それじゃあ、さようなら」
そう言って、踵を返した。僕の顔には未来を突き放す言葉を発している間中ずっと、涙が溢れていた。ごめん、嘘を吐いた。本当は僕だって未来を特別に思っている。
再度美幸先生のもとへと向かった。
先生を呼び出し、話し始める。
「美幸先生、僕は警察署に行こうと思っています」
「な! 何故だい?」
突然の言葉を聞き、驚きの目を見せた。
「僕はとあることをしてしまいました。そのとあることというのが、未来の自殺未遂の原因へと繋がってくるのです」
「そ、そうなのか。私は敢えてその原因とやらを聞かないけど、何か頼みたいことでもあるのかい?」
思わずため息を吐いた。どこまでも察しの良い先生だ。
「実は、これからずっと、未来のことを見守っていて欲しいんです」
「君、そんな簡単なことで良いのかい? もっと私の力を頼ってくれても良いのだよ」
「むしろ大事なことなんですよ……それじゃあ、一つ聞いても良いですか?」
「ああ、どんなことでも聞いてくれたまえ」
「先生って、結局何歳なんですか?」
「君ねぇ……」
呆れたといった様子だった。美幸先生に頼みたいのは、未来のことだけなのだから仕方がない。
「石岡くんの一回りくらい上だよ」
「そうですか、なるほどです。敢えて具体的な数字は言いませんよ」
「そうして貰えると助かる」
僕は最後のお別れをしようと、挨拶をする。
「それでは、そろそろ行きますね」
「ああ、行ってらっしゃい、おっと、最後に一つだけ聞かせて欲しい」
踵を返そうとしていたところを振り向き、話を仰ぐ。
「石岡くんは、人生相談部が楽しかったかい?」
「もちろんです。とても短い時間でしたが、人生で最高の思い出ですよ」
僕はそう言って、美幸先生とのお別れをした。
僕は今、警察署へと向かっていた。
携帯電話を取り出した。メッセージを開き、美玖と聡宛てに文章を入力する。
「あまり理由は話せないが、僕はこれから遠くの場所へ行く。それは決して、美玖や聡が悪いわけじゃない。これは僕個人の問題であり、解決すべきものだからだ。
二人には結局、最後まで自分の考えや真相を話さず、嘘を吐き続けてしまったな。本当にすまない。だけど、僕は聡を心の底から親友だと思っているし、美玖のことは大事な家族であり、大切で心強い味方だと思っている。
二人を決して信用していないわけじゃないから安心して欲しい。だからこそ最後に一つ、僕には決してできないことを二人に任せたいんだ。
それは未来を助けることだ。彼女はとても心が繊細で、脆い女の子だ。きっと、一人で生きていると、孤独感に圧倒されてしまうと思う。
だから、これからもずっと仲良くしてあげて欲しい。例え二人が今の高校を卒業して未来が一人きりになっても、毎日顔を合わせ、毎日笑って、毎日楽しい遊びをしてあげて欲しい。
未来はとても良い子だ。彼女に優しくしてあげるときっと、自分も恩返ししなきゃと思ってくれるだろう。
そのときは素直に受け取って、ありがとうと言ってあげて欲しい。未来を大好きなままでい続けて欲しい。未来と親友でい続けて欲しい。未来のことをこれからもずっと、よろしく頼む」
入力を終え、送信した。二人からの返信を見てしまうと、この決意が揺らいでしまうかもしれない。そう思い、携帯電話をゴミ箱に捨てた。
歩いていると、段々と警察署の外観が見えて来る。それを見て、ようやく考えを変えないと決めた。
これで良かったんだ。無責任だけれど、未来を救えるのは僕じゃない。
未来から嫌われることで、法で裁かれる証人になって貰おうと考えた。先ほどのやり取りならば、さぞや僕に愛想を尽かしたことだろう。きっと大丈夫のはずだ。
これまでずっと、未来からの接し方には特別さを感じていた。それは日記を読み、確信へと変わった。未来は僕に、生きるための依存をしている。
悩みや葛藤をして苦しんでいたとき、声を掛け、孤独感から救い出したこと。これをきっかけにして、僕に好意を持ち始めたのだろうと思う。よって先ほどの言ではわざと突き放した。
特別に思っていた相手にあそこまで感情を踏みにじられたら、失望することは間違いないはずだ。こんなやり方を使ってまで仲を引き裂こうとして、心が痛くないと言えば嘘になる。
僕だって未来のことは特別だと思っている。それに、これからもずっと一緒にいたい。
しかし、僕らはこれ以上一緒にいてはならない関係だ。今の関係ではきっと、未来は幸せになれないだろう。一定以上の距離を置いた方が良い。
もしも、未来は僕から解放されている間、自由に生き始めたとする。
そこで、幸せに生きて行ける道を自分の手で探し出す。
例えばそこで、人を愛することを知り、結婚を考えるようになる。
例えばそこで、働くことに魅力を感じるようになる。
例えばそこで、美玖や聡のような親友を見つけ、友情を育むとする。
そうして僕のことを忘れて貰えると嬉しい。
しかし、とうとう幸せを見つけられず、どうしても会いたくなるときが来たら、また会えば良いんだ。
そのときはきっと、僕は未来を見ることができる。
二人には美幸先生と同じく話を濁し、未来との血縁関係を話した。
「そうだったんだな。美玖ちゃんと未来ちゃんの顔見てずいぶん似ていると思ってたけど、まさか本当に血の繋がりがあったなんてな」
「私もビックリ。そっかー未来ちゃんが私の妹かー」
「これからは一緒に住むのか?」
そう聡が言って、良い考えだなと思った。美玖が一人きりでは可哀想だ。
「良いかもしれないな。でも未来は今の住処を気に入っていたみたいだし、聞いてみないとわからないな」
「一緒に住めたら良いな~、私も未来ちゃんとずっと一緒にいたいしさ」
僕は二人にそう伝えると、キリの良いところでその場は解散とした。後はみんなに任せた。二人とはこれから長い間会えなくなるだろう。
その場を離れ、未来のいる病院へと向かうことにする。
先ほど、未来が目覚めたとの連絡が来たからだ。これで遂に話ができる。そうして、落ち着かない気分のまま病院に向かった。
病院に着くと、受付を済ませ病室に向かった。部屋を見つけ、ドアを開く。
僕を認めた未来は、目を見開いた。
「あ、あ……」
未来ははっきりとしたことを言えない様子で、何も言わずにボロボロと泣き始めた。目覚めたばかりで力が戻り切っていない未来は、必死にベッドから起き上がった。僕は解放をしようと思い彼女のもとへ近寄った。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「違うんだ、未来」
「ごめんなさい、わたしが悪いんです」
未来はそう前置き、謝罪の言葉を捲し立てる。
「最後まで迷惑を掛けてごめんなさい。死にきれなくてごめんなさい。わたしがヒロくんのお父さんを殺したんです。わたしの自分勝手な理由から犯した罪なんです。
わたしはお父さんを助けられたのに逃げた弱虫なんです。二人をお父さんの子どもだと気付いていました。それに気付いていながら、黙って近付いた白々しい人間なんです!
わたしを憎く思わないでください。わたしを嫌いにならないでください。いやだ! みんなに嫌われたくないよ! ヒロくん、わたしをどうか許してください!
反省しますし罪は償うのでどうか、嫌いにならないで……」
未来は必死に、途中からは僕の服に縋り付いて泣きじゃくりながら言った。
「違うんだよ未来」
「ごめんなさい、わたしが悪いんです。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、嫌わないで、ごめんなさい、いやだ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、許して、ごめんなさい、ごめんなさい」
僕が声を掛けても手で耳を塞いでしまい、取り付く島もない。その両手を強引に掴み、手を退かした。
「聞いてくれ未来!」
僕は耳元で大声を出した。それを聞いた未来は、体を跳ねさせ黙った。
「お前は何も悪くないんだよ!」
未来は驚いた表情を見せた。
「そんなわけがないです! わたしが悪いんです!」
「違うんだ、未来に最初近付いたのは『未来視』を使って、自殺するという『未来』が視えたから、それを防ぎたい一心だったんだ。だから居場所を作ってあげるために部活を作ったんだ。お前はあくまで受け身の立場だったはずだ。お前は何も悪くない」
「でも、わたしが死にたいと思ったのも、ヒロくんのお父さんを死なせちゃったからなんです。ヒロくんは、お父さんを殺した人間を救ってしまったんですよ? ヒロくんが数ヵ月前、頭を悩ませていた原因を作ってしまったのはわたしなんです! わたしが悪いに決まってるじゃないですか!」
「いいや、違う」
「何がですか!」
「僕はお前の日記を読んだ上で言っているんだよ。わかっているんだろう? お前の鞄の中にあの日記はないはずだ。僕が盗ったんだよ」
「あの日記を読んだならなおさらですよ! あれを読んだらわたしが悪いことくらい誰にでもわかります!」
未来は心の底から自責の念に駆られているようだ。
「ああ、確かに、そうかもしれないな。けれど、それは僕以外の人間の話だ」
「だったらどうして!」
「僕が父さんを殺したからだ」
僕の言葉を聞き、唖然とした表情になった。それでも、すぐに先ほどの剣幕へと戻した。
「そ、そんなわけがありません! なんでそこでヒロくんがお父さんを殺したことになるんですか!」
「未来は日記の中で、父さんのいる家に向かう際、誰かとすれ違った記述をしていたよな。あれは僕だからだ。あれは父さんを殺して帰る最中だったんだ。
未来は違和感を持たなかったのか? あそこの辺りには家が全くと言っていいほどにない。それにも拘らず、向かう家の方向から人が歩いて来て、その後家に入ったら血だらけの人間がいたんだぞ。
真っ先に自殺ではなく殺人だと疑うべきだ」
「それは……でも!」
「でもじゃないんだよ! お前は自分を犯人に仕立て上げようとするな! 僕は大量の焼酎を父さんに無理矢理飲ませて、泥酔した父さんを風呂に入れた後、カッターナイフで左腕の動脈を切り裂いて殺したんだ!」
「違う! ヒロくんは、そんなことする人じゃない! そんな、そんなことないんだから!」
「未来、お前は僕の一体何を知っているって言うんだ」
「知ってるもん! わたしはヒロくんが未だ誰にも話していないことを知ってる。わたししか知らないヒロくんを知ってるんだよ! わたしはヒロくんのその左目のことも全部全部知ってるよ! ヒロくんのその左目が、『未来視』のとき以外は何も見えていないことくらい知ってる!」
「……何だって」
「最初に違和感を覚えたのは、美玖ちゃんと出会ったときだった。
わたしがヒロくんの左側に座って、横顔に向けて手をヒラヒラと振っても何の反応も見せなかったことから。そのときは、ヒロくんはぼうっとすることが多い人なんだと思って受け流した。
次の違和感は部活を設立してからだった。ヒロくんは美幸先生に向けて、なぜか部室に長い机を用意させてた。その後、ヒロくんは目が悪いからそれを他人に悟られたくないと言ってた。
それを聞いて、勝手に目が悪いというのは視力が低いからだと勘違いしてた。でも、変だと思った。視力が悪いのなら、三階にいるヒロくんの教室からなぜ、二、三十メートルは離れたベンチに座って泣いているわたしの姿が見えたのかということだった。
ヒロくんはハンカチで涙を拭いていることに気付いてた。視力が悪かったら、そこまではっきりとは見えないんじゃないかと思った。
次はヒロくんが体調を崩したとき。ヒロくんが飲み物を飲もうとすると、手の距離感を間違えたからと言ってペットボトルを落としてた。
それの言い訳が、『体調不良とか関係なくいつものことだから』というものだった。これに聡くんは『ヒロは階段で一段踏み違えたり、授業中に消しゴムをよく落とす』と言っていた。
わたしは昔、テレビで見たことがあった。隻眼は遠近感を間違えやすくなるというものだった。これが確信に変わったのは、出会ったときの違和感と同じもので、プールに行ったときだった。
ヒロくんの左隣に座ってアイスクリームを食べていると、わたしはヒロくんの目の前、つまり左目の前で手を振って呼んだ。そのときも反応がなかった。
仮にぼうっとしていても、視界に動きの入ったものが見えたら反応を見せるのが普通だと思う。この他にもたくさん証拠があるよ。
ヒロくんは誰かの隣に座るとき、必ず左側に座ろうとするみたいで、わたしと美玖ちゃんが初めて会った日に一度抗議してた。
クラスで席替えがあっても、なぜかヒロくんだけ変わらず左の窓側の席に座ってるし、
部室でわたしと美玖ちゃんと話すときも、視える右目を持ってくるためなのか、わざわざ首を回してくるし、
ヒロくんが幻視痛というワードを作った後、聡くんが『ふと幻肢痛という言葉を思いつくのはどういう状況か』と聞くと、『ないことに違和感を持つという感情に共感した』という発言をしたり。
わたしが『未来視』の能力を羨むと、『これは負担が大きいからな』と言ったり、わたしは一挙一動全ての意味を知ってた。
だからヒロくんがお父さんを殺してないことも知ってる! みんなが知らないヒロくんをわたしは知ってる!」
未来の言葉を受け、圧倒された。よく見ているものだ。しかし。
「未来、僕は一つ言いたいことがある」
「何ですか!」
「僕は隻眼を隠していたつもりはない。確かに話さなかったが、注意していればわかる程度の話だ。だからそれを知っているのはお前だけじゃない。美幸先生も知っている」
「う、嘘だ!」
「本当だ。それは始業式の日、初めて美幸先生と会ったときだった。僕は教室にある席で独り着き、誰からもこの目を悟られないようじっとしていたんだ。
美幸先生はその姿を見てすぐにわかったそうだ。僕は正直に『未来視』のことと発現したと同時に視力を失ったことを話した。このことがきっかけで美幸先生は僕のことを特別待遇するようになった。
お前は知らないが、あの能力には視力を引き換えにするという代償があったみたいだ。そして今、役目を終えたのか能力は存在しない」
「そんな……」
「お前は僕のことを何も知らないんだよ」
「それじゃあ」そう言って、段々と顔を蒼白にし始める。「わたしだけが知っているヒロくんの秘密なんて、何もないっていうの?」
「ああ、だからお前は、僕にとって特別な人間ではない。お前しか知らない僕なんて存在しないんだ。お前はどうやら僕のことを特別だと思っているみたいだがな」
「そんなのいやだ……」
そう言って、未来は泣き出した。これで良いんだ。
「未来、もう一度言うぞ。父さんを殺したのは僕だ。お前は誰も殺していない。そして、お前が自殺未遂した原因は僕だ。お前の今までの苦悩や葛藤、全ての原因は僕なんだ。自分を責めず、僕を恨むんだ」
「聞きたくない、聞きたくない! 黙って!」
「お前は悪くない」
「うるさい! もうわたしになんて近寄らないで!」
そう言って、未来は顔を伏せ、聞きたくないといったふうで耳を押さえた。
「そう言って貰えて清々するよ。これで重荷から解放される」
「わたしのヒロくんはそんなこと言わない! もう帰って!」
「そうか、わかった。それじゃあ、さようなら」
そう言って、踵を返した。僕の顔には未来を突き放す言葉を発している間中ずっと、涙が溢れていた。ごめん、嘘を吐いた。本当は僕だって未来を特別に思っている。
再度美幸先生のもとへと向かった。
先生を呼び出し、話し始める。
「美幸先生、僕は警察署に行こうと思っています」
「な! 何故だい?」
突然の言葉を聞き、驚きの目を見せた。
「僕はとあることをしてしまいました。そのとあることというのが、未来の自殺未遂の原因へと繋がってくるのです」
「そ、そうなのか。私は敢えてその原因とやらを聞かないけど、何か頼みたいことでもあるのかい?」
思わずため息を吐いた。どこまでも察しの良い先生だ。
「実は、これからずっと、未来のことを見守っていて欲しいんです」
「君、そんな簡単なことで良いのかい? もっと私の力を頼ってくれても良いのだよ」
「むしろ大事なことなんですよ……それじゃあ、一つ聞いても良いですか?」
「ああ、どんなことでも聞いてくれたまえ」
「先生って、結局何歳なんですか?」
「君ねぇ……」
呆れたといった様子だった。美幸先生に頼みたいのは、未来のことだけなのだから仕方がない。
「石岡くんの一回りくらい上だよ」
「そうですか、なるほどです。敢えて具体的な数字は言いませんよ」
「そうして貰えると助かる」
僕は最後のお別れをしようと、挨拶をする。
「それでは、そろそろ行きますね」
「ああ、行ってらっしゃい、おっと、最後に一つだけ聞かせて欲しい」
踵を返そうとしていたところを振り向き、話を仰ぐ。
「石岡くんは、人生相談部が楽しかったかい?」
「もちろんです。とても短い時間でしたが、人生で最高の思い出ですよ」
僕はそう言って、美幸先生とのお別れをした。
僕は今、警察署へと向かっていた。
携帯電話を取り出した。メッセージを開き、美玖と聡宛てに文章を入力する。
「あまり理由は話せないが、僕はこれから遠くの場所へ行く。それは決して、美玖や聡が悪いわけじゃない。これは僕個人の問題であり、解決すべきものだからだ。
二人には結局、最後まで自分の考えや真相を話さず、嘘を吐き続けてしまったな。本当にすまない。だけど、僕は聡を心の底から親友だと思っているし、美玖のことは大事な家族であり、大切で心強い味方だと思っている。
二人を決して信用していないわけじゃないから安心して欲しい。だからこそ最後に一つ、僕には決してできないことを二人に任せたいんだ。
それは未来を助けることだ。彼女はとても心が繊細で、脆い女の子だ。きっと、一人で生きていると、孤独感に圧倒されてしまうと思う。
だから、これからもずっと仲良くしてあげて欲しい。例え二人が今の高校を卒業して未来が一人きりになっても、毎日顔を合わせ、毎日笑って、毎日楽しい遊びをしてあげて欲しい。
未来はとても良い子だ。彼女に優しくしてあげるときっと、自分も恩返ししなきゃと思ってくれるだろう。
そのときは素直に受け取って、ありがとうと言ってあげて欲しい。未来を大好きなままでい続けて欲しい。未来と親友でい続けて欲しい。未来のことをこれからもずっと、よろしく頼む」
入力を終え、送信した。二人からの返信を見てしまうと、この決意が揺らいでしまうかもしれない。そう思い、携帯電話をゴミ箱に捨てた。
歩いていると、段々と警察署の外観が見えて来る。それを見て、ようやく考えを変えないと決めた。
これで良かったんだ。無責任だけれど、未来を救えるのは僕じゃない。
未来から嫌われることで、法で裁かれる証人になって貰おうと考えた。先ほどのやり取りならば、さぞや僕に愛想を尽かしたことだろう。きっと大丈夫のはずだ。
これまでずっと、未来からの接し方には特別さを感じていた。それは日記を読み、確信へと変わった。未来は僕に、生きるための依存をしている。
悩みや葛藤をして苦しんでいたとき、声を掛け、孤独感から救い出したこと。これをきっかけにして、僕に好意を持ち始めたのだろうと思う。よって先ほどの言ではわざと突き放した。
特別に思っていた相手にあそこまで感情を踏みにじられたら、失望することは間違いないはずだ。こんなやり方を使ってまで仲を引き裂こうとして、心が痛くないと言えば嘘になる。
僕だって未来のことは特別だと思っている。それに、これからもずっと一緒にいたい。
しかし、僕らはこれ以上一緒にいてはならない関係だ。今の関係ではきっと、未来は幸せになれないだろう。一定以上の距離を置いた方が良い。
もしも、未来は僕から解放されている間、自由に生き始めたとする。
そこで、幸せに生きて行ける道を自分の手で探し出す。
例えばそこで、人を愛することを知り、結婚を考えるようになる。
例えばそこで、働くことに魅力を感じるようになる。
例えばそこで、美玖や聡のような親友を見つけ、友情を育むとする。
そうして僕のことを忘れて貰えると嬉しい。
しかし、とうとう幸せを見つけられず、どうしても会いたくなるときが来たら、また会えば良いんだ。
そのときはきっと、僕は未来を見ることができる。
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