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僕の思い
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僕は最後の一行まで目を通し、顔を上げると部屋の眩しい照明を受けた。
未来の味わった出来事を追体験し、衝撃を受けていた。こんな思いをしていたのか。
日記を要約すると、石岡光雄、つまり僕の父さんは、咲美家へと毎週のように脅迫しに行き大金を奪った。
それに飽き足らず金欲を募らせると、続けて恐らく学生時代の後輩であろうアロハシャツの男とスーツの男二人組を用意した。
事前に未来のお母さんの住民票や印鑑証明を盗んでおくと、借用書を偽造し闇金業者を装わせた二人組に咲美家へと提示するよう指示した。
これに騙された咲美家は、支払不能によって差し押さえをされ、家はもぬけの殻となった。絶望した未来のお母さんは自殺のため準備をすることとした。
ロープといったものを買って帰る道中、偶然に父さんを見つけたため尾行した。足を止めた父さんの視線を追うと、闇金業者の二人組を見つけた。そこで父さんと二人組が結託していたと知った。
その後、父さんは逆上すると殺害した。
未来はどうやら考え付かなかったようだが、父さんが途中未来のお母さんに求婚を迫ったのは、家族となり、生命保険を掛け、殺した後保険を相続するつもりだったのではないかと思う。
借用書の偽造という手の掛かった芝居を打ったのは、いわゆる保険金殺人のための求婚を断られたことで、手段を改めた結果だろう。
未来のお母さんの日記までは良い。僕にでも理解できる内容だった。ここからが本題だ。
お母さんの死の真相を知った未来は、父さんに復讐を決め、僕らの実家へと向かった。そこには腕を切ってぐったりしている父さんを見つけた。
その惨状に驚愕し、自殺をしていると悟ると息を確認した。まだ息をしており、このまま更に傷を負わせて殺すか、救急車を呼んで助けるかで葛藤し、そのどちらも選ばず逃げ帰った。
その後、見殺しにした罪悪感に苛まれ続け、果ては自分の手で父さんを殺したと自責し、少しのきっかけを経て僕と美玖が父さんの子どもだったと気付き、自殺を決意した。
これがおかしい。
何故未来は、腕を切ってぐったりしている父さんを、一目で自殺だと思い込んだのか。
十五年前、未来母に乱暴と妊娠をさせた後、その当時胎児だった未来のことを産まなければ殺すと脅して産ませ、
未来が小学校に上がるまでずっと監視し続け十年近く経った後、また咲美家へと戻って来たと思えば、「金を出せ」と生きていくのを絶望させるまでに脅し、
終いには未来母を殺した人間のことを、良心の呵責と、罪の意識に苛まれた末に自殺するような人の心を持った善人だと、どうして思い込んだのだろうか。
そんな綺麗な話があるのだろうか。この日記を読む限り、未来は徹底的に自分を貶めているように感じる。
何故ここまで自分を全否定してまで、あの男を庇うような思い込みをするのだ。母親の日記を読まずとも、自分の目で見ればわかるはずだ。あの男に罪悪感など存在しない。
未来はただ逃げただけだ。
例えば、自分の子どもや要介護者の親が命の危機に瀕している状態で放置した場合、保護責任者遺棄致死罪を問われるが、父さんは要介護者ではないし、未来は非嫡出子という関係なためあくまで他人だ。
それに、偶然重傷者と遭遇しただけあり、その場から逃げたところで殺人罪に問うことは難しいはずだ。
だから救助しなければならない作為義務違反には当たらず、法律で裁くことはできない。
ただ、あくまでこれは法律の場合であって、心理的には法律で裁かれようがなかろうが、未来の言であれば自責の念に苛まれ続けていただろう。
しかし、法律や心理的な問題を考慮する以前に、未来が一切の責任を感じる必要はない。
そのことを僕が一番知っている。父さんを殺したのは僕なのだから。僕が父さんを自殺と見せ掛けて殺し、そして未来は瀕死の父さんを見つけ、あまりの凄惨さに怯えると逃げ出しただけだ。
だからこの事件で未来は、何もしておらず、罪悪感を持つ必要はなく、何も悪くない。およそ三ヶ月間に渡って模索し続けてきた未来の自殺の真相は僕の責任であった。何もかも全てが僕のせいだったのだ。
僕は美玖と実家に帰ったときのことを思い出す。
「僕は……」
墓の前に立ち、美玖に向かって話し始める。
「僕は許せなかったんだ」
それだけ言って一拍置く。心を落ち着かせるよう心掛けた。そして、包み隠さず話す。
「昨年の十一月ごろ、何度か実家へと帰ったことがあったんだ。美玖は知らないはずだけれど、あの頃土日中家を空けていたことがあっただろ。その日に帰っていたんだ。目的は後で説明する。
最初はサプライズのつもりだっだ。高校に進学してからずっと帰っていなかったし、たまには父さんの顔を見たいと思ったからだ。そうして朝早くに家を出て始発の電車に乗った。
普段から歩いて学校に行っているから久しぶりの電車はさすがに堪えたな。やっぱりここと八王子は遠すぎる。父さんが全然こっちに来ない理由がわかったよ。
長い時間電車に揺られてようやく実家の最寄りに着いた。そこからバスに乗って、歩いて実家に帰った。家の生け垣が見えた辺りで、玄関の外で知らない二人組の男と話す父さんの姿が見えたんだ。
見知らぬ人たちだったから、つい気になって聞き耳を立ててみると、そこで聞こえた父さんの話はこういう内容だった。『あの女からはあり金全てを奪い取って殺してやる』というものだ。
僕は何事だと驚いた。父さんがまさかそんな物騒な話をしだすとは思わなかったからな。そして、続いてこう話していたんだ。これを聞いた瞬間に、父さんの隠された本性を知ったと悟ったよ。
美玖には少し衝撃が大きいかもしれないから、少しだけオブラートに包むからな。それはこうだ。『千鶴を殺したとき貰った保険金が残り少ない』そう言っていたんだ。
美玖は母さんの名前を憶えているだろう? 千鶴というのは母さんの名前だ。あまりの衝撃に言葉を失ったよ。僕らはずっと、母さんは病死だと聞かされていたよな。けれど、病死じゃなかったんだ。
父さんに殺されていたんだよ。そして、また罪を重ねようとしていた。僕はこの会話を聞いて決めたんだ。こいつを殺してやる、とね。
言葉だけでは真実かどうかわからないけど、あのときの声音を今思い出しても、父さんが本気だったと確信している。その日はひとまず落ち着くために、八王子の家に帰ったよ。
そこで冷静に考えて意思を固めると、父さんを殺すことに決めた。母さんを殺しておきながら警察にも捕まらず、白々しくも母さんとの思い出話を僕ら二人にうそぶいていたのが許せなかった。
こんな父さんを殺して捕まるだなんて納得がいかない。だから完全犯罪を目指すことに決めたんだ。僕がこう言っているうちに美玖はわかったと思うからはっきり言うからな。
父さんは自殺なんかじゃない。僕が殺したんだ」
未来が書いた日記の中で、父さんを殺すかどうかの葛藤をしている最中、
「もしもお父さんに子どもがもう一人いたら? お父さんがわたしとは違い、その子どもに愛情を注いでいたら? その子どもはわたしを憎むのではないでしょうか。その子どもはわたしと同じ悲しみを味わうのではないでしょうか。
その子どもはわたしを憎み、そして殺そうとするのではないでしょうか。結局、お父さんを殺すことは負のスパイラルとなり、幸せになる人なんていないのではないでしょうか」
というものがあった。これは本来僕も考えるべきだったことだ。美玖が果たしてどう思うのか。それを第一に考えるべきことだったのだ。
しかし僕は、怒りに任せたあまり、衝動的に殺すと決意してしまった。この怒りと衝動を抑え込んでいれば、未来が自殺を望むことはなかったはずだ。
未来は父さんのもとに行くことすら葛藤し続けていた。それ故に、あの家で父さんと出くわしたところで殺すことはなかっただろうと思う。
未来には一体、どう声をかければ良いのだろう。僕は悩み続けていた。
翌日、美幸先生のもとへと向かった。
制服を着て学校に入ると職員室をノックした。美幸先生を呼び出す。
「美幸先生、少し調べて欲しいことがあるんです」
そう言って事情を話した。その内容は、僕と未来との血の繋がりについてだ。
あの日記を読んで、僕ら二人には父さんの血が流れていることが明らかになった。そのDNA鑑定を頼んだ。すると美幸先生は、「理由はわからないが、石岡くんの頼みならやってみよう」と言った。
どうやら超特急で鑑定してくれるそうで、二日で終わるらしい。「何を検体にして鑑定するのですか?」
「既に君ら二人の検体は持っているよ。石岡くんのは、先日私が部室に広辞苑を運んでいるとき、君は転んでしまって気絶しただろう? そのときこっそり採ったんだよ」
これを聞き、驚きのあまり思わず絶句した。だからあのとき目覚めると膝枕をされていたのか。そして続けて、「未来ちゃんのは今日の朝病院に行って採ったよ」と答えた。
あまりにも用意周到すぎて怖くなった。どうしてかと聞いてみる。
「未来ちゃんと美玖ちゃんは非常に似ているからね。当然、血の繋がりを疑っていたよ。けれど、今まで美玖ちゃんの検体を採る機会がなかったから、石岡くんので我慢したよ。君ら兄妹は本物の兄妹だからね」
と言った。
一晩経ち、僕は未来にどうするべきか悩んだ。そして結論を出した。はっきりと真相を話し、自首しよう。
実家には何の証拠も残していないため、警察へと行っても門前払いをされる可能性もある。父さんの体に付着した指紋を調べようにも、既に火葬をされているためやりようがない。
そして、実家の玄関やリビングといった場所に付着した指紋や頭髪は綺麗に処理しすぎると自殺としては不自然だろうと思い、敢えて処理せず残してきている。家族なのだから残っていても違和感がないはずだ。
それでも僕は逮捕されていないのだから、家の中から犯人を特定するのは無理だったのであろう。
それ以外に何かないかと考えていると、ふと心当たりへと思い至った。確か未来の書いた日記には、
わたしは歩き続けました。そろそろというところで、人とすれ違いました。顔を見られたと思いすぐに逸らしましたが、相手は気にしていない様子でした。これなら問題なさそうです。
と書いてあった。僕も当時、何か大きなバッグを背負った人間とすれ違った記憶がある。あれは恐らく未来だったのであろう。どうやら罪を償うのに必要な証拠は、未来の目だというわけだ。
僕は未来へと犯行を告白するとともに、犯人にいたる証言を促すことに決めた。
しかし、未だ未来は眠ったままだ。
二日が経ち、美幸先生からDNA鑑定の結果が出たとの連絡を受けた。
学校に向かい、美幸先生から結果を仰ぐ。
「心して聞いて欲しい。石岡くんと未来ちゃんには血の繋がりが認められた」
やはりか、あの日記の内容は本物だった。
「あまりその分野に関して詳しくないのですが、どういう関係となっているのでしょうか」
「ああ、君にもわかりやすいように話そうか。まず、本来の石岡兄妹は石岡くんがA型で、美玖ちゃんがO型だね。それで、未来ちゃんはAB型だ。
二人の両親は共にA型だから、これだけだと未来ちゃんは産まれてこない。そして、ここからが肝心だ。
私は石岡くんからまるで話を聞いていないから事情はよく知らないが、未来ちゃんと石岡くんからは同父とみられるDNA配列が検出されたよ。けれど、母親は別人のようだね。
これが別人ではあるものの、とてもよく似ているんだ。つまり姉妹なのだろう。
石岡父は君の母である人物の姉妹と子どもを作り、その姉妹がB型だったから未来ちゃんはAB型になったというわけだ。わかったかな?」
「ええ、教えてくれてありがとうございました」
「いやいや、未来ちゃんと美玖ちゃんの顔が似ている問題には興味があったからね。でも聞きたいことは山ほどあるのだけど、聞かない方が良いかい?」
僕は迷った。もちろん未来の過去と僕の罪については話すつもりはない。しかし、ここまで親切に助けてくれたのだから、少しくらいは話そうと思った。
「美幸先生が今おっしゃいました通り、僕と未来の父さんは一緒なようです。それは未来が自殺未遂をした日に知りました。そして、僕の母さんと未来のお母さんは実の姉妹です。僕の母さんが姉で、未来の母が妹だそうです」
「そうかい。君らは今までの人生で会うこともなかったというのに、偶然学校で出会い、偶然仲良くなり、偶然部活動を設立したというわけか。なるほどね、実に運命深い兄妹だ。正確には異母兄妹だけどね」
これで確信した。僕のこの能力が発現した本当の理由を。
僕は父さんを殺し、神に願った。もしも、僕が『未来』さえ視えていれば、こんなことにはならなかったのに。そうして『未来視』は現れた。
そう思っていたが、本当は父さんを殺したとの勘違いが原因で自殺しようとする未来を救うために現れたのだ。僕が起こした責任は自分で解決しろという一種の贖罪を科されていたのかもしれない。
その証拠に日記を読み全てを知った後、役目を終えたこの能力は消えてしまった。
未来の味わった出来事を追体験し、衝撃を受けていた。こんな思いをしていたのか。
日記を要約すると、石岡光雄、つまり僕の父さんは、咲美家へと毎週のように脅迫しに行き大金を奪った。
それに飽き足らず金欲を募らせると、続けて恐らく学生時代の後輩であろうアロハシャツの男とスーツの男二人組を用意した。
事前に未来のお母さんの住民票や印鑑証明を盗んでおくと、借用書を偽造し闇金業者を装わせた二人組に咲美家へと提示するよう指示した。
これに騙された咲美家は、支払不能によって差し押さえをされ、家はもぬけの殻となった。絶望した未来のお母さんは自殺のため準備をすることとした。
ロープといったものを買って帰る道中、偶然に父さんを見つけたため尾行した。足を止めた父さんの視線を追うと、闇金業者の二人組を見つけた。そこで父さんと二人組が結託していたと知った。
その後、父さんは逆上すると殺害した。
未来はどうやら考え付かなかったようだが、父さんが途中未来のお母さんに求婚を迫ったのは、家族となり、生命保険を掛け、殺した後保険を相続するつもりだったのではないかと思う。
借用書の偽造という手の掛かった芝居を打ったのは、いわゆる保険金殺人のための求婚を断られたことで、手段を改めた結果だろう。
未来のお母さんの日記までは良い。僕にでも理解できる内容だった。ここからが本題だ。
お母さんの死の真相を知った未来は、父さんに復讐を決め、僕らの実家へと向かった。そこには腕を切ってぐったりしている父さんを見つけた。
その惨状に驚愕し、自殺をしていると悟ると息を確認した。まだ息をしており、このまま更に傷を負わせて殺すか、救急車を呼んで助けるかで葛藤し、そのどちらも選ばず逃げ帰った。
その後、見殺しにした罪悪感に苛まれ続け、果ては自分の手で父さんを殺したと自責し、少しのきっかけを経て僕と美玖が父さんの子どもだったと気付き、自殺を決意した。
これがおかしい。
何故未来は、腕を切ってぐったりしている父さんを、一目で自殺だと思い込んだのか。
十五年前、未来母に乱暴と妊娠をさせた後、その当時胎児だった未来のことを産まなければ殺すと脅して産ませ、
未来が小学校に上がるまでずっと監視し続け十年近く経った後、また咲美家へと戻って来たと思えば、「金を出せ」と生きていくのを絶望させるまでに脅し、
終いには未来母を殺した人間のことを、良心の呵責と、罪の意識に苛まれた末に自殺するような人の心を持った善人だと、どうして思い込んだのだろうか。
そんな綺麗な話があるのだろうか。この日記を読む限り、未来は徹底的に自分を貶めているように感じる。
何故ここまで自分を全否定してまで、あの男を庇うような思い込みをするのだ。母親の日記を読まずとも、自分の目で見ればわかるはずだ。あの男に罪悪感など存在しない。
未来はただ逃げただけだ。
例えば、自分の子どもや要介護者の親が命の危機に瀕している状態で放置した場合、保護責任者遺棄致死罪を問われるが、父さんは要介護者ではないし、未来は非嫡出子という関係なためあくまで他人だ。
それに、偶然重傷者と遭遇しただけあり、その場から逃げたところで殺人罪に問うことは難しいはずだ。
だから救助しなければならない作為義務違反には当たらず、法律で裁くことはできない。
ただ、あくまでこれは法律の場合であって、心理的には法律で裁かれようがなかろうが、未来の言であれば自責の念に苛まれ続けていただろう。
しかし、法律や心理的な問題を考慮する以前に、未来が一切の責任を感じる必要はない。
そのことを僕が一番知っている。父さんを殺したのは僕なのだから。僕が父さんを自殺と見せ掛けて殺し、そして未来は瀕死の父さんを見つけ、あまりの凄惨さに怯えると逃げ出しただけだ。
だからこの事件で未来は、何もしておらず、罪悪感を持つ必要はなく、何も悪くない。およそ三ヶ月間に渡って模索し続けてきた未来の自殺の真相は僕の責任であった。何もかも全てが僕のせいだったのだ。
僕は美玖と実家に帰ったときのことを思い出す。
「僕は……」
墓の前に立ち、美玖に向かって話し始める。
「僕は許せなかったんだ」
それだけ言って一拍置く。心を落ち着かせるよう心掛けた。そして、包み隠さず話す。
「昨年の十一月ごろ、何度か実家へと帰ったことがあったんだ。美玖は知らないはずだけれど、あの頃土日中家を空けていたことがあっただろ。その日に帰っていたんだ。目的は後で説明する。
最初はサプライズのつもりだっだ。高校に進学してからずっと帰っていなかったし、たまには父さんの顔を見たいと思ったからだ。そうして朝早くに家を出て始発の電車に乗った。
普段から歩いて学校に行っているから久しぶりの電車はさすがに堪えたな。やっぱりここと八王子は遠すぎる。父さんが全然こっちに来ない理由がわかったよ。
長い時間電車に揺られてようやく実家の最寄りに着いた。そこからバスに乗って、歩いて実家に帰った。家の生け垣が見えた辺りで、玄関の外で知らない二人組の男と話す父さんの姿が見えたんだ。
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僕は何事だと驚いた。父さんがまさかそんな物騒な話をしだすとは思わなかったからな。そして、続いてこう話していたんだ。これを聞いた瞬間に、父さんの隠された本性を知ったと悟ったよ。
美玖には少し衝撃が大きいかもしれないから、少しだけオブラートに包むからな。それはこうだ。『千鶴を殺したとき貰った保険金が残り少ない』そう言っていたんだ。
美玖は母さんの名前を憶えているだろう? 千鶴というのは母さんの名前だ。あまりの衝撃に言葉を失ったよ。僕らはずっと、母さんは病死だと聞かされていたよな。けれど、病死じゃなかったんだ。
父さんに殺されていたんだよ。そして、また罪を重ねようとしていた。僕はこの会話を聞いて決めたんだ。こいつを殺してやる、とね。
言葉だけでは真実かどうかわからないけど、あのときの声音を今思い出しても、父さんが本気だったと確信している。その日はひとまず落ち着くために、八王子の家に帰ったよ。
そこで冷静に考えて意思を固めると、父さんを殺すことに決めた。母さんを殺しておきながら警察にも捕まらず、白々しくも母さんとの思い出話を僕ら二人にうそぶいていたのが許せなかった。
こんな父さんを殺して捕まるだなんて納得がいかない。だから完全犯罪を目指すことに決めたんだ。僕がこう言っているうちに美玖はわかったと思うからはっきり言うからな。
父さんは自殺なんかじゃない。僕が殺したんだ」
未来が書いた日記の中で、父さんを殺すかどうかの葛藤をしている最中、
「もしもお父さんに子どもがもう一人いたら? お父さんがわたしとは違い、その子どもに愛情を注いでいたら? その子どもはわたしを憎むのではないでしょうか。その子どもはわたしと同じ悲しみを味わうのではないでしょうか。
その子どもはわたしを憎み、そして殺そうとするのではないでしょうか。結局、お父さんを殺すことは負のスパイラルとなり、幸せになる人なんていないのではないでしょうか」
というものがあった。これは本来僕も考えるべきだったことだ。美玖が果たしてどう思うのか。それを第一に考えるべきことだったのだ。
しかし僕は、怒りに任せたあまり、衝動的に殺すと決意してしまった。この怒りと衝動を抑え込んでいれば、未来が自殺を望むことはなかったはずだ。
未来は父さんのもとに行くことすら葛藤し続けていた。それ故に、あの家で父さんと出くわしたところで殺すことはなかっただろうと思う。
未来には一体、どう声をかければ良いのだろう。僕は悩み続けていた。
翌日、美幸先生のもとへと向かった。
制服を着て学校に入ると職員室をノックした。美幸先生を呼び出す。
「美幸先生、少し調べて欲しいことがあるんです」
そう言って事情を話した。その内容は、僕と未来との血の繋がりについてだ。
あの日記を読んで、僕ら二人には父さんの血が流れていることが明らかになった。そのDNA鑑定を頼んだ。すると美幸先生は、「理由はわからないが、石岡くんの頼みならやってみよう」と言った。
どうやら超特急で鑑定してくれるそうで、二日で終わるらしい。「何を検体にして鑑定するのですか?」
「既に君ら二人の検体は持っているよ。石岡くんのは、先日私が部室に広辞苑を運んでいるとき、君は転んでしまって気絶しただろう? そのときこっそり採ったんだよ」
これを聞き、驚きのあまり思わず絶句した。だからあのとき目覚めると膝枕をされていたのか。そして続けて、「未来ちゃんのは今日の朝病院に行って採ったよ」と答えた。
あまりにも用意周到すぎて怖くなった。どうしてかと聞いてみる。
「未来ちゃんと美玖ちゃんは非常に似ているからね。当然、血の繋がりを疑っていたよ。けれど、今まで美玖ちゃんの検体を採る機会がなかったから、石岡くんので我慢したよ。君ら兄妹は本物の兄妹だからね」
と言った。
一晩経ち、僕は未来にどうするべきか悩んだ。そして結論を出した。はっきりと真相を話し、自首しよう。
実家には何の証拠も残していないため、警察へと行っても門前払いをされる可能性もある。父さんの体に付着した指紋を調べようにも、既に火葬をされているためやりようがない。
そして、実家の玄関やリビングといった場所に付着した指紋や頭髪は綺麗に処理しすぎると自殺としては不自然だろうと思い、敢えて処理せず残してきている。家族なのだから残っていても違和感がないはずだ。
それでも僕は逮捕されていないのだから、家の中から犯人を特定するのは無理だったのであろう。
それ以外に何かないかと考えていると、ふと心当たりへと思い至った。確か未来の書いた日記には、
わたしは歩き続けました。そろそろというところで、人とすれ違いました。顔を見られたと思いすぐに逸らしましたが、相手は気にしていない様子でした。これなら問題なさそうです。
と書いてあった。僕も当時、何か大きなバッグを背負った人間とすれ違った記憶がある。あれは恐らく未来だったのであろう。どうやら罪を償うのに必要な証拠は、未来の目だというわけだ。
僕は未来へと犯行を告白するとともに、犯人にいたる証言を促すことに決めた。
しかし、未だ未来は眠ったままだ。
二日が経ち、美幸先生からDNA鑑定の結果が出たとの連絡を受けた。
学校に向かい、美幸先生から結果を仰ぐ。
「心して聞いて欲しい。石岡くんと未来ちゃんには血の繋がりが認められた」
やはりか、あの日記の内容は本物だった。
「あまりその分野に関して詳しくないのですが、どういう関係となっているのでしょうか」
「ああ、君にもわかりやすいように話そうか。まず、本来の石岡兄妹は石岡くんがA型で、美玖ちゃんがO型だね。それで、未来ちゃんはAB型だ。
二人の両親は共にA型だから、これだけだと未来ちゃんは産まれてこない。そして、ここからが肝心だ。
私は石岡くんからまるで話を聞いていないから事情はよく知らないが、未来ちゃんと石岡くんからは同父とみられるDNA配列が検出されたよ。けれど、母親は別人のようだね。
これが別人ではあるものの、とてもよく似ているんだ。つまり姉妹なのだろう。
石岡父は君の母である人物の姉妹と子どもを作り、その姉妹がB型だったから未来ちゃんはAB型になったというわけだ。わかったかな?」
「ええ、教えてくれてありがとうございました」
「いやいや、未来ちゃんと美玖ちゃんの顔が似ている問題には興味があったからね。でも聞きたいことは山ほどあるのだけど、聞かない方が良いかい?」
僕は迷った。もちろん未来の過去と僕の罪については話すつもりはない。しかし、ここまで親切に助けてくれたのだから、少しくらいは話そうと思った。
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「そうかい。君らは今までの人生で会うこともなかったというのに、偶然学校で出会い、偶然仲良くなり、偶然部活動を設立したというわけか。なるほどね、実に運命深い兄妹だ。正確には異母兄妹だけどね」
これで確信した。僕のこの能力が発現した本当の理由を。
僕は父さんを殺し、神に願った。もしも、僕が『未来』さえ視えていれば、こんなことにはならなかったのに。そうして『未来視』は現れた。
そう思っていたが、本当は父さんを殺したとの勘違いが原因で自殺しようとする未来を救うために現れたのだ。僕が起こした責任は自分で解決しろという一種の贖罪を科されていたのかもしれない。
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