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9-2 ※ライネリオ視点
しおりを挟む彼は、この質問を投げざるを得なかった。
胸の中に降り積もった疑問を吐き出せた解放感。
同時に、もう後戻りがないという恐怖。
二つの感情はライネリオを苛ませている。
震える声で発せられた問いに、セレスメリアはゆっくりと顔を上げる。
露わになった表情はライネリオを絶望の淵に落とした。
寄せられた眉間。
涙で輝く瞳。
彼女はすぐ視線を左下に移し、それを隠す。
それらは全部、答え合わせに変わらなかった。
そして、そこから弾きだされた答えは、ライネリオの心を明確なものにした。
(そうか、俺は――)
「あ、貴方は、何を……」
消えそうになるほどか細い声だった。
それが空間に溶け込んで、静寂が訪れる。
彼女が続きを口にしようとしたその瞬間――。
「何をしてるんだ!!」
突然、遠くから男の叫び声が鳴り響く。
ライネリオは声が聞こえる方向に目を向けると、信じられないものが見えた。
何人かの衛兵に取り押さえられた赤毛の男。
そこから蟻のように散らばる男たち。
宙に浮かんでいる魔法陣。
ライネリオは経験から察した。
戦場で何回も唱えたもので、何回も唱えられたものだ。
簡素でありながら、上手く制御できれば殺傷力の高い、基礎的な攻撃魔法。
それはまさに今、ライネリオとセレスメリアに向かって展開されている。
状況を飲み込んだライネリオはすぐに身体を動かした。
防御魔法を展開してももう間に合わなくて、身体で防ぐしかない。
瞬時に本を捨て、王女を抱きしめようとしたが、彼の手は空中を掠める。
目を丸くして視線を動かすと、ぴったりと、二人の目が合った。
いつの間にか、手を掴んだはずのセレスメリアは彼の真正面に移動した。
王女は今、ライネリオと魔法陣の間に立っている。
それだけではなく、今も彼女はまた一歩、そしてまた一歩後ろに距離を開ける。
その光景は、彼の心臓を痛くなる程締め付けられる。
一方、セレスメリアは青い瞳を少しだけ丸くしながら、何回かゆっくりと瞬いた。
そして、ゆっくりと微笑む。
ライネリオは、その慈愛に満ちた寂しい、同時にどこかでぎこちない微笑みを知っている。
他でもない、過去に守ると誓った、慣れ親しんだ「彼女」の微笑みだ。
その瞬間、ライネリオの頭が真っ白になった。
悪女とか、生きる理由とか、復讐とか。
全部、綺麗な白で塗りつぶされた。
今までライネリオは、確証が欲しかった。
あの日から、全部を失くした日からずっと心の中に重く居座った疑問の確証を求めている。
ライネリオは身勝手な程に信じたかった。
あの子はあの日、本当に彼らを裏切った。
あの子は本当に変わってしまった。
大切なあの子はもう、どこにもいなかった。
だから、ジェラルドとあの女も心底から恨んでもいいんだ。
彼には彼女を恨んで、復讐する権利がある。
当たり前なことで、許されるべき罪深い行い。
ライネリオはそのために、そのためだけに生きて、生きようとした。
彼女は悪女であることをライネリオは強く信じたかった。
だが、彼女はそんな人ではなかったことを同じくらいに知っている。
七年、たったの七年。
二人が共有した時間を表す数字。
短くもなく、長くもなく、とても中途半端な数字。
同時に、その分の厚みで彼は彼女を知っている。
彼が知る彼女は真っすぐで、強がりで、責任感が強くて、嘘を吐くことと甘えるのは同じくらいに苦手で。
そんな「彼女」の名は――。
「セレス!!」
魔法が発動された鋭い音がする。
同時に、正午を告げる鐘の音が青空の下に荘厳に響いている。
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