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しおりを挟む「セレス!?」
「セレス様!」
指の隙間から血を流すセレスメリアの意識が朦朧になりつつある。
力を無くした足は重力に逆らえきれず、彼女はそのまま引力に身を委ねるしかできなかった。
そんな彼女の姿を見て、ライネリオは反射的に彼女の身体を受け止めた。
彼がそのままセレスメリアを優しく床に座らせたおかげで、息がだいぶ楽になった。
それでも、呼吸が血で交じり、彼女に長く続く苦痛を与えている。
「私、医者を呼びに行きます」
「ああ、頼む!」
痛い、寒い、暗い。
そんな感覚に苛まれたセレスメリアは、涙を堪える気力を持ち合わせていない。
喉が血で満たされて、息が上手くできない。
胸から逆流したそれを全て吐き出したい。
だが、セレスメリアは努力して、それを飲み込もうとしている。
(駄目っ、こんなものを、外に出しては、いけない)
過去に、セレスメリアは一度はやり病に感染したことがあった。
その病から完治できたとしても、彼女は不幸な代償を背負うようになった。
一つ目は、病が違うものに成り代わった。
確かに、完治はした。
だが、違う病気、それこそ未知の病を発症するようになった。
そのせいで、彼女の免疫力が低下し、非常に脆い身体になってしまった。
それだけではなく、月経も止まり、母になる資格を失くした。
終いに、その病は徐々に彼女の身体を蝕み、間違いなく寿命を縮めている。
医者にもこう宣言された。
いつ死んでもおかしくない身体だ、と。
二つ目は、感染力こそが元の病と比べれば低いが、その殺生力が何倍もあった。
それと接触することで、相手は巷で蔓延しているものよりも猛毒な病魔を患ってしまう可能性が示されていた。
こうして、彼女は爆弾を抱えながら生きなければいけなくなった。
だが、それは可能性にすぎなかった。
そんなこと、セレスメリアは誰よりも知っている。
動物にはそんな結果が出たとしても、人間には同じ現象が起きるかどうかわからない。
動物にすら心があんなに心が傷むのに、人間には試せるわけがない。
「セレス……なあ、セレス?」
(それなのに、あんな賭けに出るだなんて……私は、本当に馬鹿だね)
所詮、残り少ない命だ。
だから、この体質を利用して、父の、ジェラルドの息を止めようとした。
自分の人間としての尊厳と引き換えに、あまりにも馬鹿々々しく、短慮な賭けに手を出す所だった。
「セレス、頼むっ。医者が着くまで耐えてくれ!」
(結局、最期の時でも、自分の浅はかな所しか思い出せなかったのね)
そこまで、セレスメリアは自分自身のことを否定し続けた証なのだろう。
そこまで、セレスメリアは他人の犠牲の上に生きていた証明なのだろう。
一つも、誇れるものはなかった。
(お母さん、ごめん。私は、最期まで何もできなったの)
成し遂げられなかった。
守れなかった。
誰一人も。
(あと少し、だったのになぁ)
自分はいつもこうだ。
最後の一歩で、いつも躓いてしまう。
まさか、私の甘さが今になってまでこうやって表れるだなんて、と彼女は思わずにいられなかった。
(でも、らしいといえば、らしいか)
嘲笑いが血を含む咳に変わった。
それを吐き出せば、セレスメリアの胸が少し軽くなった。
(ああ、疲れた)
気丈に振る舞おうとしても、やはり、彼女の心にそれが確かに蓄積した。
割り切ったおかげで勢いが落ちたとしても、それを昇華する余裕は彼女になかった。
だから、建前を全て取り払えれば、それが素直に言葉になった。
同時に、それは彼女から生命力を奪った。
(私、どこに行くのかしらね)
「セレス?」
(多分、精霊様とお母さんのところじゃないよね)
「なあ、セレス、頼む」
(でも、ここから解放されるのであれば、地獄でもいいかも)
そう、自分を手放そうとしたその時。
身体が、強い何かに包まれている。
力に、温もり。
全身が悲鳴を上げるほどの勢いだった。
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