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31-2 ※ライネリオ視点
しおりを挟む(何もできなかった俺には、言えることではないが)
彼女から貰ったばかりだ。
落ち込んでいる時、騎士になる淡い夢と次期当主としての役割に挟まれた時。
後悔せず選択が出来たのは、いつも彼女のおかげだ。
本人は自覚していないが、ライネリオにとってそれは非常に大切な想いだ。
セレスメリア、いや、セレスはいつもそうだ。
自分の意見をちゃんと述べてから、ライネリオの選択を尊重してくれた。
彼女だけではない。
家族全員もそうだったとあの時初めて気付いた。
いや、再実感したと言った方が正しい。
自分は、とても恵まれた環境に生まれたのだ、と。
だからこそ、心から彼らに恩返ししたいのだ、と。
その切っ掛けを与えたのは、彼女だった。
セレスという女性は、ライネリオにとっての分岐点だ。
人生において重要な決断が必要な場面に、彼女の存在はいつもいる。
例え彼女が生きていても死んでいたとしても、だ。
そう自覚すると、何故だか、小さな棘が引っかかるように、喉が痛み出す。
(今の俺を見て、君は喜んでくれるのだろうか)
まるで、依存のような感情。
彼女の存在なしで、ライネリオは選択できるのだろうか。
この九年間、彼は彼女に頼りきってしまったんだ。
ライネリオは教会が建っている方に視線を向ける。
だが、その自問自答に答えなんてなかった。
鳥の囀りと葉擦れの音だけが聞こえてくる。
(しっかりしろ、ライネリオ)
彼女の望みは、ライネリオが自分の足で立って、未来に歩むこと。
感傷に浸りたいから、彼女を理由にするような不躾なことをする場合ではない。
(今は、やれることをやるんだ)
たとえそれが、自分の我が儘のようなものだとしても。
たとえそれが、保証などない馬鹿馬鹿しい願い事だとしても。
ライネリオは再び身を屈め、探し物をし始める。
わらに縋るような気持ちで、捨てられた星屑を探し続ける。
しかし、茂みの中の小さな物を探すのは至難の業である。
森がすっかりと茜色に染まった。
成果は何もなかったが、そろそろ切り上げないといけないとライネリオは小さく息を漏らす。
彼は自分の家に戻り、念入りに身だしなみを整える。
汗の匂いや汚れなどがついていないと確認が取れ、そのまま教会に向かう。
「こんばんは、ライネリオさん」
「エマ様、今日もお世話になります」
「ふふ、いいのよ。ごはんは賑やかの方が好きなんですから」
エマに歓迎され、彼女の厚意に甘え、教会で晩御飯を済ませた。
せめてのことだと思い、後片付けを手伝うこともすっかりと日常になった。
それをこなし終わった頃に、ライネリオは後ろから薬草の香りが漂う。
その香りは、彼の胸を切なくさせる。
「ライネリオ様」
抑揚に乏しい声が彼の鼓膜を響かせる。
ライネリオはそのまま身を翻せば、そこに「彼女」が立っている。
「アコニタ」
名前を呼ぶと、白髪の女性が小さく会釈をする。
「エマ様、薬の調合が終わりました。そして、皿を返しに来ました」
「まあ、もう終わったの?」
「はい」
「急がなくてもいいのに……でも、ありがとう」
二人の女性のやりとりを横目にし、ライネリオは足音を殺しながら離れる。
いつも通りの足取りで階段を登り、廊下の一番奥の部屋を目指す。
しかし、扉を触れても、それを開ける勇気は彼になかった。
過去も今も、幾度もなく繰り返した行為にも関わらず、だ。
慣れるどころか、日々躊躇いが膨らむばかりだ。
(いっそう、扉を開けないままにすれば)
そうすれば、可能性も無限のまま残っているのだろうか。
そう、ライネリオは馬鹿馬鹿しく思ったその時。
「入りませんか?」
いつからか、アコニタは再び彼の後ろに立っている。
不安に飲み込まれたからなのか、平和な日常になれてしまったからなのか。
周辺への警戒を緩めてしまった自身に、――そして、弱気になった自身に。
ライネリオは内心嘲笑を浮かべ、軽く首を横に振った。
「いや、入るさ」
今度こそ、ライネリオは手に力を入れた。
扉を開いた、中からふわりと薬草の香りが彼の鼻孔をくすぐる。
清潔な部屋の奥に、誰も座らなかった一脚の椅子が寂しく佇んでいる。
ライネリオは音が立たないように優しくその椅子をベッドの隣に移動させ、その上に腰を下ろした。
視線を落とし、ベッドの上に眠っている女性に目元を緩める。
「久しぶりだな、元気にしているか?」
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