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2回目のプロポーズ
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ジュディアンナが、前世の記憶、鈴原 小夜子の記憶を取り戻したのは今から3年前。
ちょうど、エンミリオン王国第1王子ライアン殿下と親友のビオラの結婚式を終え、数日過ぎた日の事だった。
突然、ジュディアンナがギア帝国の王宮に招かれたのだった。
招待主はこの国の皇子。ギア帝国皇族第5皇子ジン皇子だった。
その時のジュディアンナにはギア帝国皇族との繋がりは殆ど無く、本来、王宮は王族以外で足を踏み入れる事すら恐れ多い場所。招待を受けた時、何かの間違いではと、従者の人に何度も問いただした程に困惑していた。
「失礼いたします。皇子殿下。エンミリオン王国留学学院生マーシャル公爵家令嬢、ジュディアンナ・マーシャル嬢をお連れいたしました」
「入れ」
「失礼いたします」
だが、困惑しているジュディアンナをよそに、従者の人が応接室であろう扉を開けた。
「失礼いたします」
ジュディアンナはすぐに我に返り、姿勢を正し、左手を胸に当て右手でドレスを軽く摘み、深く頭を下げる。
招待主の許しがあるまで頭を上げてはならないのが礼儀。
「顔を上げろ」
「失礼いたします」
低い男性の声に促され、頭を上げると、目に入ったのは1人の男性だった。
屈強な体格に褐色の肌。一つに結った燃えるような赤髪。彫りの深い端正な顔立ちの右頬には大きな傷が一本入っている。
このお方が、ギア帝国の第5皇子様。
初めて間近で謁見するジン皇子。
「ッ、!?ッッ??」
その姿を、鷹の眼のような鋭い金色の眼を見たその時、一瞬、ジュディアンナの時が止まった。
一瞬、息が喉の奥で詰まる。
頭の奥で何かが溢れてくる。
胸がギュッと苦しくなる。
私は、あの方を、何処かで見たことがあるのでは?
思考がグルグル頭の中で混乱する。
「おい、どうした」
「ッ、いいえ、何でもございません」
かすかに眉間にシワを寄せるジン皇子に慌てて、頭を下げるジュディアンナ。
「・・・・・この者と2人にしろ」
「・・・・・ジン皇子殿下」
「この者に幾つか質問をするだけだ。席をはずせ」
「・・・・・・・畏まりました」
従者の方が恭しく頭を下げ、部屋を退室し、部屋には私とジン皇子の2人きりとなった。
入り口近くにいる私と部屋の中央に立っているジン皇子とは約2メートルほど間が空いているのに、ジン皇子の金色の眼に捕らえられたかのように身体が動かなくなってしまった。
「そう、気を張るな。俺は、そなたに聞きたいことがあるだけだ」
「・・・・・・聞きたい、事、ですか?」
「ああ、簡単な質問だ。聞いてくれるな?」
「・・・・・、皇子殿下の御心のままに」
ジュディアンナは左手を胸に当て、深く頭を下げる。
皇子殿下からの直々の質問。
一体何を質問されるの?
ほんの一瞬、母国のエンミリオン王国からの刺客の疑いがジュディアンナの頭の中を過ぎる。
いや、それならギア帝国の皇子様が直々に私に面会を求めるのは少し変だ。
ギア帝国帝立学院ではエンミリオン王国の名に恥じぬように学問に勤しみ学院での交流にも積極的に参加。
その努力があって今では模範生として同級生は勿論先生方からも信頼されている。
これと言って呼び出される事はした覚えが無い。
じゃ、一体何をお聞きになるのか?
「・・・・・・・8月1日」
「・・・・え?」
「この日付に心当たりはあるか?」
「8月、1日ですか?」
「ああ、答えてくれ」
突然の皇子の質問にジュディアンナの思考は一瞬止まった。
8月1日?
なんだか、頭の奥がモヤモヤする感じがする。
だが、ここは王族の御前。無様な姿は晒せない。
私は知識と記憶の中から8月1日のワードを呼び起こす。
「はい。8月1日は・・・・・37年前エンミリオン王国環境医学博士、レイモンド・バーソロミュー氏が南の地方に蔓延していた疫病の特効薬を完成させた日。ギア帝国におきまして、五穀豊穣を司る神々に祈願する祭り、『五豊祭』の当日だと記憶しております」
8月1日のワードに適合する出来事と祭典を述べていくが、ジン皇子の求めている答えでは無いのか、ふと視線をジュディアンナから外し微かに苦しそうな表情をする。
「・・・・・・・・それだけか」
「ッ、申し訳ありません。何かお気に触れましたでしょうか?」
慌てて謝罪するジュディアンナにジン皇子はさらに顔を歪めた。
まるで、何に耐えているかのように。
だが、私の身内には8月1日生まれ者は家族、友人、使用人を含めて居ない。
エンミリオン王国でも夏季休暇と言うくらいで目立った行事は無い。
ギア帝国でも8月1日の大きな行事は『五豊祭』くらいにしか思いつかなかった。
「・・・・・・・もう一度だけ問う。8月1日、この日付に本当に心当たりは無いのだな」
「・・・・・・・・・申し訳ありません」
絞り出すようなジン皇子の言葉に私はそう答えるしか出来なかった。
「・・・・・・・そうか、」
小さく零したジン皇子の一言がジュディアンナの耳に届いた。
「、あの」
「済まなかった。もう下がっていい」
「ッ、」
ジン皇子に声をかけようとしたジュディアンナの言葉は遮られ、ジュディアンナは言葉を詰まらせた。
「くだらない事を聞いて済まなかった。今の事は忘れてくれ」
「あ、あの」
「下がれ」
低く鋭いジン皇子の一言が身を震えさせる。
この方は皇子様。無闇に声をかけるのは、恐れ多いお方。
「ッ、分かりました。ご期待にお応えできず、申し訳ありません」
心と頭の中のモヤモヤを感じながらジュディアンナはジン皇子に深く頭を下げる。
頭を上げ、出入り口のドアへ足を進めると、
「ぇ・・・」
ふと、頭の中で何かが甦ってくる。
白い柔らかい布に包まれた小さな赤ちゃん。
しわくちゃで、お鼻もお口もちっちゃくて、腕の中で愛らしく眠っている愛らしい可愛い赤ちゃん。
腕の中にいるその子はとても繊細で弱々しくて、でも確かな命の重さを嬉しさと共に噛みしめた。
視線を上げると、窓の外は快晴の空と大きなひまわりが咲き誇っていた。
そして、私を抱きしめている大きな腕。
「ッ、」
頭の中で霞がかかっていたモヤモヤがまるで霧が晴れていくように鮮明に、そして次々と溢れてくる、私ではない、私の記憶。
生まれたばかりの小さな赤ちゃんを腕に抱いた記憶。
オムツを嫌がってお尻を丸出しでハイハイしながら逃げる後ろ姿。
好きな離乳食を一心不乱に食べて口の周りを汚す姿。
木の棒を振り回して危ないからと怒ったら大泣きした泣き顔。
大きな腕に抱き上げられて嬉しそうにはしゃぐ笑顔。
どれもジュディアンナの記憶ではないのに、自分の記憶が蘇ってくる。
そうだ、確かあの子の生まれた日は、
「皇子殿下。一つよろしいでしょうか?」
私は出ていくはずの扉の前で立ち止まり、ジン皇子の方へ向いた。
「……なんだ」
「……殿下が申されました8月1日の日にちに一つ心当たりがあります」
「……言ってみろ」
「……小さな男の子の誕生日です」
こんな事を皇子殿下に言って何になるの、かと頭の中ではわかっていた。
頭がおかしいと思われても仕方がないだろう。でも、どうしても言いたくなった。
「小さな男の子で、やんちゃで、泣き虫でそばを離れるとすぐに泣き出してしまって、でも、とても優しい子で妹や弟を可愛がってくれる優しいお兄ちゃんに育ってくれました」
「・・・・・・・・・」
「陽のように穏やかで暖かい子になってほしくて、あの人が付けたその子の名前は、」
「ヨウイチ」
「え?」
言いかけたあの子の名前を言い当てた人物を見て、ジュディアンナは大きく目を見開いた。
ヨウイチと言う名はエンミリオン王国でもギア王国でも名付けられる事は無い名前なのに、ジン皇子は泣きそうな笑顔で私を見ていた。
「その子供の名前は太陽の陽に一で陽一。俺が付けた名前だ」
「え?」
ドクン、と心臓が大きく鼓動する。
ジン皇子はゆっくり私に歩み寄ってきた。
普段だったら、長身の男性に歩み寄られれば多少身構えるものだったが、今のジュディアンナにはただ歩み寄って来るジン皇子を見つめる事しか出来なかった。
「覚えている。俺が一生懸命考えた名前だもんな」
目の前まで近づいてきたジン皇子。
だけど、不思議と先ほどの緊張感も男性に囲まれる怖さもない。
初めて見た顔のはずなのに、どこか懐かしい感じが込み上げてくる。
私はこの人を知っている?
「陽一だけじゃ無い。アサコもヒナコも、そして一番末っ子の、」
「アキラ」
今度は私が自然に呟いた言葉がジン皇子の言葉を遮ってしまった。
だけど、今の私に目の前の皇子に謝罪をする考えが思いつかなかった。
霧がかった、記憶がどんどん鮮明になっていく。
陽一が産まれた時、初めての我が子に大泣きしながら喜んでくれた人。
双子の娘の朝子と日菜子が産まれた時には一しきり嬉し泣きをした後、「二人とも嫁にはやらない!!」と大真面目に言って、思わず笑ってしまった。
そして、明が産まれた時にもやっぱり大泣きして、子供達に笑いながらひやかされていた。
逞しい体。大きな腕に4人の子供達はよく抱っこをねだっていた。
そんな幼い子供達をその大きな腕にいっぺんに抱え込み、子供達と無邪気に笑い合う。
そんな家族の笑顔が、泣きたくなるくらい愛おしくて、大好きだった。
「『小夜子』」
頭の中の声と目の前のジン皇子の声が重なって聞こえた。
「『お前の名前は鈴原 小夜子だ』」
「ッ!!」
その時、ジュディアンナの中で何かが弾けた。
先ほどよりも鮮明に思い出す記憶。
鈴原 小夜子、それは私の名前。
私の前世の名前。
公爵令嬢でもなんでもない。しがない日本の一般家庭の生まれで、どこにでもいる普通の女の子で年頃になって1人の男性と出会い結婚をした。4人の可愛い子供達に恵まれて幸せだった。
そして、そんな私に幸せをくれた人は、
「勝一、さん? ッ、」
記憶の中のあの人と目の前の人物が重なった。
次の瞬間、私はジン皇子に強い力で抱き締められた。
「!?!?」
一瞬の出来事に頭が混乱する。
だけど、
「小夜子、小夜子ッ」
すがり付くように、絞り出すように私の前世の名前を呼ぶジン皇子。
「勝一、さんなの?本当に?」
「ああ、俺だ。鈴原 勝一、それが俺の前世の名前だ」
その言葉に、私は胸が熱くなり、いつの間にか涙を流していた。
気が付かなかった。だって前世とはあまりにも容姿が違っていたから。驚いた。
でも、言いたいことがいっぱいあるのに、言葉に出来ない。
「し、勝一さん、」
「済まない」
「え、??」
かける言葉を見つけられなくて、名前を呼ぼうとしたその時、勝一さんは私を抱き締めたまま、突然謝った。
「済まない。お前と子供達を置いて先に逝ってしまった。・・・・・・・ごめん」
絞り出す声でそう言いながら、私の肩口に顔を埋める勝一さん。
右肩が少し湿っているのは気のせいではない。
体は大きいのに、情に厚くて、涙もろい。
ああ、この人は全然変わっていない。
そう思いながら、私はそっと、元夫の頭を撫でてあげる。
結構身長差があるから少しキツそうだな・・・・。
「謝らないで、勝一さん」
「・・・・・だけど、」
「また逢うことが出来た。見つけてくれた。私の事を覚えていてくれた。子供達を、貴方を思い出させてくれた。・・・・・・・こんなに幸せな事他にないよ。私を見つけてくれて、ありがとう」
私も微笑みながら、嬉し涙を流しながら指通りのいい勝一さんの綺麗な赤髪の頭を撫でて続ける。
「・・・・・変わっていないな、小夜子は」
「え、?」
勝一さんは涙を目尻に浮かべながら、クシャっと笑顔になる。
そして、おもむろに体を離し、私の前で膝をつき、私を見上げながら両手で私の両手を握った。
「ジュディアンナ・ルナ・マーシャル。どうか俺の、ギア王国第5皇子、ジン・クリストファー・ジェルフの妻になってください」
『雪村 小夜子さん。どうか俺の、鈴原 勝一の妻になってください』
金色の眼が真剣な眼差しでじっとジュディアンナを見つめる。ジュディアンナの記憶の中、過去に小夜子が勝一からの受けたプロポーズの言葉とジン皇子の言葉が重なる。
あの時と同じ。真剣な顔で私の前で膝を着いて両手を握ってくれた。
十数年後、娘達にプロポーズの事を聞かれて、外国の映画の真似をしてみたと照れくさそうに笑っていた。
「・・・・勝一さんも、変わっていないよ」
嬉しくて、涙が止まらない。
もちろん、私の答えは決まっていた。
「はい。不肖者ですが、よろしくお願いします」
「ありがとう」
緊張が解けたのかお互いに気の抜けたような笑顔になる。
「ん?・・・・・・・ちょっと、待て、」
勝一さんががばりと顔を上げ、今度は深刻な顔をし始める。深刻な顔から焦った顔に変わり、両手を握っていた手が離れがっと両肩をつかまれた。
「わ、」
「・・・・・小夜子がこの世界にいる。歳も今の俺と5歳くらいしか違わない。という事は、まさか、俺が亡くなった後、小夜子も!?」
「・・・・・・・・・」
さっきまで鷹のように鋭い眼光をしていた金色の眼は眉を下げてなんだか情けない顔になっている。
「っふ、ふふふ」
そんな彼の顔を見て思わず笑ってしまった。
「??小夜子?」
「勝一さん。私前世では享年90歳で曾孫までいたのよ?」
「へ??」
「ふふ、あははは」
私の言葉に今度はぽかーんと呆ける勝一さんを見て私は声を上げて笑った。
ちょうど、エンミリオン王国第1王子ライアン殿下と親友のビオラの結婚式を終え、数日過ぎた日の事だった。
突然、ジュディアンナがギア帝国の王宮に招かれたのだった。
招待主はこの国の皇子。ギア帝国皇族第5皇子ジン皇子だった。
その時のジュディアンナにはギア帝国皇族との繋がりは殆ど無く、本来、王宮は王族以外で足を踏み入れる事すら恐れ多い場所。招待を受けた時、何かの間違いではと、従者の人に何度も問いただした程に困惑していた。
「失礼いたします。皇子殿下。エンミリオン王国留学学院生マーシャル公爵家令嬢、ジュディアンナ・マーシャル嬢をお連れいたしました」
「入れ」
「失礼いたします」
だが、困惑しているジュディアンナをよそに、従者の人が応接室であろう扉を開けた。
「失礼いたします」
ジュディアンナはすぐに我に返り、姿勢を正し、左手を胸に当て右手でドレスを軽く摘み、深く頭を下げる。
招待主の許しがあるまで頭を上げてはならないのが礼儀。
「顔を上げろ」
「失礼いたします」
低い男性の声に促され、頭を上げると、目に入ったのは1人の男性だった。
屈強な体格に褐色の肌。一つに結った燃えるような赤髪。彫りの深い端正な顔立ちの右頬には大きな傷が一本入っている。
このお方が、ギア帝国の第5皇子様。
初めて間近で謁見するジン皇子。
「ッ、!?ッッ??」
その姿を、鷹の眼のような鋭い金色の眼を見たその時、一瞬、ジュディアンナの時が止まった。
一瞬、息が喉の奥で詰まる。
頭の奥で何かが溢れてくる。
胸がギュッと苦しくなる。
私は、あの方を、何処かで見たことがあるのでは?
思考がグルグル頭の中で混乱する。
「おい、どうした」
「ッ、いいえ、何でもございません」
かすかに眉間にシワを寄せるジン皇子に慌てて、頭を下げるジュディアンナ。
「・・・・・この者と2人にしろ」
「・・・・・ジン皇子殿下」
「この者に幾つか質問をするだけだ。席をはずせ」
「・・・・・・・畏まりました」
従者の方が恭しく頭を下げ、部屋を退室し、部屋には私とジン皇子の2人きりとなった。
入り口近くにいる私と部屋の中央に立っているジン皇子とは約2メートルほど間が空いているのに、ジン皇子の金色の眼に捕らえられたかのように身体が動かなくなってしまった。
「そう、気を張るな。俺は、そなたに聞きたいことがあるだけだ」
「・・・・・・聞きたい、事、ですか?」
「ああ、簡単な質問だ。聞いてくれるな?」
「・・・・・、皇子殿下の御心のままに」
ジュディアンナは左手を胸に当て、深く頭を下げる。
皇子殿下からの直々の質問。
一体何を質問されるの?
ほんの一瞬、母国のエンミリオン王国からの刺客の疑いがジュディアンナの頭の中を過ぎる。
いや、それならギア帝国の皇子様が直々に私に面会を求めるのは少し変だ。
ギア帝国帝立学院ではエンミリオン王国の名に恥じぬように学問に勤しみ学院での交流にも積極的に参加。
その努力があって今では模範生として同級生は勿論先生方からも信頼されている。
これと言って呼び出される事はした覚えが無い。
じゃ、一体何をお聞きになるのか?
「・・・・・・・8月1日」
「・・・・え?」
「この日付に心当たりはあるか?」
「8月、1日ですか?」
「ああ、答えてくれ」
突然の皇子の質問にジュディアンナの思考は一瞬止まった。
8月1日?
なんだか、頭の奥がモヤモヤする感じがする。
だが、ここは王族の御前。無様な姿は晒せない。
私は知識と記憶の中から8月1日のワードを呼び起こす。
「はい。8月1日は・・・・・37年前エンミリオン王国環境医学博士、レイモンド・バーソロミュー氏が南の地方に蔓延していた疫病の特効薬を完成させた日。ギア帝国におきまして、五穀豊穣を司る神々に祈願する祭り、『五豊祭』の当日だと記憶しております」
8月1日のワードに適合する出来事と祭典を述べていくが、ジン皇子の求めている答えでは無いのか、ふと視線をジュディアンナから外し微かに苦しそうな表情をする。
「・・・・・・・・それだけか」
「ッ、申し訳ありません。何かお気に触れましたでしょうか?」
慌てて謝罪するジュディアンナにジン皇子はさらに顔を歪めた。
まるで、何に耐えているかのように。
だが、私の身内には8月1日生まれ者は家族、友人、使用人を含めて居ない。
エンミリオン王国でも夏季休暇と言うくらいで目立った行事は無い。
ギア帝国でも8月1日の大きな行事は『五豊祭』くらいにしか思いつかなかった。
「・・・・・・・もう一度だけ問う。8月1日、この日付に本当に心当たりは無いのだな」
「・・・・・・・・・申し訳ありません」
絞り出すようなジン皇子の言葉に私はそう答えるしか出来なかった。
「・・・・・・・そうか、」
小さく零したジン皇子の一言がジュディアンナの耳に届いた。
「、あの」
「済まなかった。もう下がっていい」
「ッ、」
ジン皇子に声をかけようとしたジュディアンナの言葉は遮られ、ジュディアンナは言葉を詰まらせた。
「くだらない事を聞いて済まなかった。今の事は忘れてくれ」
「あ、あの」
「下がれ」
低く鋭いジン皇子の一言が身を震えさせる。
この方は皇子様。無闇に声をかけるのは、恐れ多いお方。
「ッ、分かりました。ご期待にお応えできず、申し訳ありません」
心と頭の中のモヤモヤを感じながらジュディアンナはジン皇子に深く頭を下げる。
頭を上げ、出入り口のドアへ足を進めると、
「ぇ・・・」
ふと、頭の中で何かが甦ってくる。
白い柔らかい布に包まれた小さな赤ちゃん。
しわくちゃで、お鼻もお口もちっちゃくて、腕の中で愛らしく眠っている愛らしい可愛い赤ちゃん。
腕の中にいるその子はとても繊細で弱々しくて、でも確かな命の重さを嬉しさと共に噛みしめた。
視線を上げると、窓の外は快晴の空と大きなひまわりが咲き誇っていた。
そして、私を抱きしめている大きな腕。
「ッ、」
頭の中で霞がかかっていたモヤモヤがまるで霧が晴れていくように鮮明に、そして次々と溢れてくる、私ではない、私の記憶。
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好きな離乳食を一心不乱に食べて口の周りを汚す姿。
木の棒を振り回して危ないからと怒ったら大泣きした泣き顔。
大きな腕に抱き上げられて嬉しそうにはしゃぐ笑顔。
どれもジュディアンナの記憶ではないのに、自分の記憶が蘇ってくる。
そうだ、確かあの子の生まれた日は、
「皇子殿下。一つよろしいでしょうか?」
私は出ていくはずの扉の前で立ち止まり、ジン皇子の方へ向いた。
「……なんだ」
「……殿下が申されました8月1日の日にちに一つ心当たりがあります」
「……言ってみろ」
「……小さな男の子の誕生日です」
こんな事を皇子殿下に言って何になるの、かと頭の中ではわかっていた。
頭がおかしいと思われても仕方がないだろう。でも、どうしても言いたくなった。
「小さな男の子で、やんちゃで、泣き虫でそばを離れるとすぐに泣き出してしまって、でも、とても優しい子で妹や弟を可愛がってくれる優しいお兄ちゃんに育ってくれました」
「・・・・・・・・・」
「陽のように穏やかで暖かい子になってほしくて、あの人が付けたその子の名前は、」
「ヨウイチ」
「え?」
言いかけたあの子の名前を言い当てた人物を見て、ジュディアンナは大きく目を見開いた。
ヨウイチと言う名はエンミリオン王国でもギア王国でも名付けられる事は無い名前なのに、ジン皇子は泣きそうな笑顔で私を見ていた。
「その子供の名前は太陽の陽に一で陽一。俺が付けた名前だ」
「え?」
ドクン、と心臓が大きく鼓動する。
ジン皇子はゆっくり私に歩み寄ってきた。
普段だったら、長身の男性に歩み寄られれば多少身構えるものだったが、今のジュディアンナにはただ歩み寄って来るジン皇子を見つめる事しか出来なかった。
「覚えている。俺が一生懸命考えた名前だもんな」
目の前まで近づいてきたジン皇子。
だけど、不思議と先ほどの緊張感も男性に囲まれる怖さもない。
初めて見た顔のはずなのに、どこか懐かしい感じが込み上げてくる。
私はこの人を知っている?
「陽一だけじゃ無い。アサコもヒナコも、そして一番末っ子の、」
「アキラ」
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だけど、今の私に目の前の皇子に謝罪をする考えが思いつかなかった。
霧がかった、記憶がどんどん鮮明になっていく。
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そして、明が産まれた時にもやっぱり大泣きして、子供達に笑いながらひやかされていた。
逞しい体。大きな腕に4人の子供達はよく抱っこをねだっていた。
そんな幼い子供達をその大きな腕にいっぺんに抱え込み、子供達と無邪気に笑い合う。
そんな家族の笑顔が、泣きたくなるくらい愛おしくて、大好きだった。
「『小夜子』」
頭の中の声と目の前のジン皇子の声が重なって聞こえた。
「『お前の名前は鈴原 小夜子だ』」
「ッ!!」
その時、ジュディアンナの中で何かが弾けた。
先ほどよりも鮮明に思い出す記憶。
鈴原 小夜子、それは私の名前。
私の前世の名前。
公爵令嬢でもなんでもない。しがない日本の一般家庭の生まれで、どこにでもいる普通の女の子で年頃になって1人の男性と出会い結婚をした。4人の可愛い子供達に恵まれて幸せだった。
そして、そんな私に幸せをくれた人は、
「勝一、さん? ッ、」
記憶の中のあの人と目の前の人物が重なった。
次の瞬間、私はジン皇子に強い力で抱き締められた。
「!?!?」
一瞬の出来事に頭が混乱する。
だけど、
「小夜子、小夜子ッ」
すがり付くように、絞り出すように私の前世の名前を呼ぶジン皇子。
「勝一、さんなの?本当に?」
「ああ、俺だ。鈴原 勝一、それが俺の前世の名前だ」
その言葉に、私は胸が熱くなり、いつの間にか涙を流していた。
気が付かなかった。だって前世とはあまりにも容姿が違っていたから。驚いた。
でも、言いたいことがいっぱいあるのに、言葉に出来ない。
「し、勝一さん、」
「済まない」
「え、??」
かける言葉を見つけられなくて、名前を呼ぼうとしたその時、勝一さんは私を抱き締めたまま、突然謝った。
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絞り出す声でそう言いながら、私の肩口に顔を埋める勝一さん。
右肩が少し湿っているのは気のせいではない。
体は大きいのに、情に厚くて、涙もろい。
ああ、この人は全然変わっていない。
そう思いながら、私はそっと、元夫の頭を撫でてあげる。
結構身長差があるから少しキツそうだな・・・・。
「謝らないで、勝一さん」
「・・・・・だけど、」
「また逢うことが出来た。見つけてくれた。私の事を覚えていてくれた。子供達を、貴方を思い出させてくれた。・・・・・・・こんなに幸せな事他にないよ。私を見つけてくれて、ありがとう」
私も微笑みながら、嬉し涙を流しながら指通りのいい勝一さんの綺麗な赤髪の頭を撫でて続ける。
「・・・・・変わっていないな、小夜子は」
「え、?」
勝一さんは涙を目尻に浮かべながら、クシャっと笑顔になる。
そして、おもむろに体を離し、私の前で膝をつき、私を見上げながら両手で私の両手を握った。
「ジュディアンナ・ルナ・マーシャル。どうか俺の、ギア王国第5皇子、ジン・クリストファー・ジェルフの妻になってください」
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金色の眼が真剣な眼差しでじっとジュディアンナを見つめる。ジュディアンナの記憶の中、過去に小夜子が勝一からの受けたプロポーズの言葉とジン皇子の言葉が重なる。
あの時と同じ。真剣な顔で私の前で膝を着いて両手を握ってくれた。
十数年後、娘達にプロポーズの事を聞かれて、外国の映画の真似をしてみたと照れくさそうに笑っていた。
「・・・・勝一さんも、変わっていないよ」
嬉しくて、涙が止まらない。
もちろん、私の答えは決まっていた。
「はい。不肖者ですが、よろしくお願いします」
「ありがとう」
緊張が解けたのかお互いに気の抜けたような笑顔になる。
「ん?・・・・・・・ちょっと、待て、」
勝一さんががばりと顔を上げ、今度は深刻な顔をし始める。深刻な顔から焦った顔に変わり、両手を握っていた手が離れがっと両肩をつかまれた。
「わ、」
「・・・・・小夜子がこの世界にいる。歳も今の俺と5歳くらいしか違わない。という事は、まさか、俺が亡くなった後、小夜子も!?」
「・・・・・・・・・」
さっきまで鷹のように鋭い眼光をしていた金色の眼は眉を下げてなんだか情けない顔になっている。
「っふ、ふふふ」
そんな彼の顔を見て思わず笑ってしまった。
「??小夜子?」
「勝一さん。私前世では享年90歳で曾孫までいたのよ?」
「へ??」
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※途中タグの追加や削除もありえます。
※表紙は青空作成AIイラストです。
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