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第3章 英雄

竜殺し マッツ(1)

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 ドラフジャクド皇国―――

 暗黒大陸のほぼ全域を統治する。

 ノーズ大陸は、北からパヴィトゥーレ、ドラフキープヴィ、バルジャミンの3つの王国によって統治されていたが、カナン歴1149年、初代皇帝ガネッシュが3国を制圧、竜の住まう国、という意味を込めてドラフジャクド皇国と名付ける。

 皇帝ヴィハーン・クマール 。
 68歳。元々は旧パヴィトゥーレ王国領の武官であった。30年前、先代皇帝プラカーシュ・カーンからその軍事力と政治力を認められ、第9代皇帝となる。

 皇太子  ラーヒズヤ。
 45歳。ヴィハーンの正妻シヴァンシカの息子。普段は温厚な武人。父親譲りの体躯、身長2メートル以上、筋骨隆々のマッチョマン。

 第二皇子  ドゥルーブ。
 37歳。第二夫人ニシャとの息子。ラーヒズヤを超える体格の持ち主。噂では大人の熊を絞め殺した、とも。

 第三皇子  イシャン。
 28歳。第三夫人ラチャナとの息子。美人で細く、小さな母親に似て線の細い体型。噂では皇国随一のイケメン、と言われる。

 皇女  アイラ。
 23歳。第四夫人ノーラとの娘。ノーラはペレ諸島出身との事。アイラも金髪と青い瞳、美しい顔立ちを受け継ぎ、それはそれは可愛らしい、との噂。嫁に欲しいと申し出る人間は沢山いるが、悉く断っている。


 基本的な皇族の情報について、ヒムニヤから説明を受ける。

「ヴォルドヴァルドがノーズ大陸に居着き出したのが1185年頃、皇族を操りドラゴンを狩り出したのが大体、1220、21年頃。暗黒大陸と呼ばれ出したのもこの頃からだな」


 あれから5日たち、無事、古竜の大森林を抜けた俺達は、ドラフジャクド皇国に入国する前に最後の宿を取って、これからの旅のために借りた一室で予習をしていた。

 講師は彼の国に最も詳しいヒムニヤ様だ。何しろ全ての歴史の時間を直接過ごしてきた高位森妖精ハイエルフだ。書物の知識しか無い俺達とは言葉の重みと正確さが違う。

 今は1493年だから……もう300年近く、竜を狩っているってことか。この国の兵士達も大変だな。あんなの何十、何百と相手にしないといけないなんて。

「さて、今、ヴォルドヴァルドが操っているヤツだが、皇帝ヴィハーンと皇太子ラーヒズヤ。恐らく、この2人だけだ」
「……意外に少ないのね」

 テーブルに頬杖をついてリタが合いの手を入れる。

「奴が不器用、というのもあるが……そもそも洗脳というのは、実は我等からしても中々に難しくてな。多大な精神力と魔力を使う。ヒトというのは複雑なもので、上手く周囲にバレないように洗脳していこうと思うと、そう簡単に何人も同時に操れないものなのだ……もちろん後先考えずに人形のようにしてよい、というなら何百人でも何千人でもできるのだがな」

 昔、エッカルトがランディアのクーデターでやった洗脳は、確かに後先考えてなかったな~と、今更に懐かしい出来事を思い出す。

「ドラフジャクドでは、その2人を操っておれば事足りる、という事でもある。ドゥルーブはヴィハーンとラーヒズヤを盲目的に崇拝しているし、イシャンとアイラには何の力も無い」

 そこで宿屋で提供されるコーヒーを一口すするヒムニヤ。

「更に言うと、ヴォルドヴァルドが操作しているのは竜の討伐に関してのみ。それ以外の政治、軍事に対しては一切の不介入を決め込んでいる。ま、結局は奴が不器用なんだろうな。ハッハッハ」

 何がおかしいのか、1人でお笑いになる超人ヒムニヤ様。



 彼女に、死古竜エンシェントボーンドラゴンの事の顛末を聞いたのはあの翌日だった。皆、神対神の非現実的な戦いに興味津々で、話に聞き入ったものだ。

 そもそもあの場所で死古竜が出てきたのは、竜の意識が僅かながらも残っており、自分を倒してくれる相手を探していた為、と思われるらしい。

 リッチや吸血鬼王ヴァンパイアロード は、死古竜の強烈な瘴気にあてられて出てきたのではないか、とヒムニヤは言っていた。

 しかし、『神』というものがそれだけフレンドリーであるなら、ツィ様を呼んで、ヴォルドヴァルドの件をさっさと終わらせて欲しいものだ。

 そんな事を言ってみたのだが、そのような事に一々首を突っ込ませていたら、この世界に興味を無くし、消されて作り直されるぞ、と脅かされ、ガクブルしてしまう。

 まあ、彼らからしたら趣味で作ったこの世界の細々した話に一々、付き合ってられん、という事か。

 ……にも関わらず、ツィ様は何故か俺の事は見ていてくれたと聞いて、少し嬉しくなった。



 話を戻そう。

「そのヴォルドヴァルドさんに、どうやって接触するかなぁ。そもそも、どこにいるか、わかんねぇんだよなあ」

 そこで1つ、アイデアが浮かぶ。

「『遠視』とかで見れないものなの?」
「『遠視』は超人相手には効かん。『像』が見えんのだ。そもそも自分がイメージできる場所に対して行うので、どこにいるかわからん奴を見つける事は事実上、できん」

 ふーん。便利な魔法にも、色々制約があるもんなんだな。

「あ。でも、俺、前にある魔術師と戦ったんだが、戦う前にリディアと森を歩いている間、ずっと監視されてたぜ? あの時、あの魔術師は俺がどこにいるかなんてわからなかったはずだ」
「その魔術師とやら、お前を見知っていたのではないか?」
「……知ってたら出来るって訳? ヤだな、それ」
「人に対して『遠視』をかける場合は、直接、見知っていなくとも高名なものに対しては、比較的やりやすい。生命エネルギーが輝いているからな。国の王や豪商、英雄などだな。剣聖シェルド・ハイであり、竜殺しドラゴンスレイヤーのお前もそうだ」

 ヒィィ!

 名が売れるってのも良し悪しだな……。

「ついでだからこの際、言っておこうか。これらの制限は、『遠視』だけでなく『精神干渉』もほぼ同じだ。つまり、遠隔からあのヘルドゥーソに干渉され得るのはこのパーティではマッツ1人という事だ。そしてそのマッツは『精神干渉無効』の能力、そして『神視』の特性を持っている……従って、この点で怯える事は無い」

 おお。そうか、よかった。

 いきなり誰かが干渉食らって、あの瞼のないジジイに傀儡にされたり……なんて事は無いって事だ。

 心配事が1つ減ったよ!

「話を戻すが、ヴォルドヴァルドの居そうな場所、何となく想像はつくが……私にもはっきりとはわからんな。まあ、聞き込むしかあるまい」

 はぁ……ヒムニヤが頼りだったのになぁ。

「操られているのが皇族だけなんだから、皇族ならわかるんじゃないかしら?」
「おお。そうですね! その線はアリな気がします」

 リタの案にクラウスが乗る。今は情報が少ないからな。可能性がある線はあたっていくべきだろう。

「よし。その線で行こう」
「どうやって皇族に近付くの?」

 リディアが俺を覗き込んで聞いてくる。

 う~~~ん。

 ランディア王国守備隊です!と名乗ってもいいが……。
 それだと、謁見してそれで終わり、な気がするな。せいぜい頑張りたまえ、とか言われて。

「何か、いいアイデアがないもんかね……」

 皆、黙り込む。ヒムニヤは涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。この辺りは君達自身で頑張りなさい、ってとこだろうか。
 ヘンリックもこういった話にはあまり乗ってこない。俺の担当じゃないと言わんばかりだ。

 まあ、ヒムニヤには散々、色んな所で助けられてるからな。文句は言うまい。

 だが、ヘンリック、お前は当事者だろ! 考えろよ!


「閃いた!!」

 不意にアデリナが挙手する。

「よし、アデリナ君、発表したまえ」
「えっとねー。結局、ドラフジャクドって国は皇帝と皇太子が洗脳されてて、ドラゴンを退治しなきゃって思わされてるんだよね」
「うむ、その通りだ。続けたまえ」
「そんな国からしたらさ、マッツは喉から手が出るほど欲しい人材なんじゃないかな!?」

 ………………!!

 アデリナ、賢い!

「なるほど! 竜殺しドラゴンスレイヤーマッツです!って触れ込むわけですね!」

 エルナが目を輝かせる。アデリナの誕生日の悪巧みもそうだが、どうやらこういった作戦会議のようなものが好きらしい。

「向こうから声かけさせた方が、後々、話しやすいだろう。酒場で連日、自慢したらどうだ?」

 ヘンリックめ。大して考えもせず、いい所だけとりやがって!

 しかも、ガキの癖に酒場だと!?


 名案だ。いただきだ。

「それ、採用」

 結局、俺が言ったのはこれだけだった。


「ドラフジャクドの居城は、最も北にある旧パヴィトゥーレ王国領にある。バルジャミン、ドラフキープヴィ、と道なりに渡り歩き、噂をばら撒いて行けば良いだろう」

 ヒムニヤ様も賛成のようだ。そこでようやく抱えていた疑問をぶつけてみる。

「1つ、聞いてもいいかな」
「何だ?」
「ヒムニヤは……俺達以外からは、どう見えているんだ?」
「ヤコブの姿をしているよ」
「なるほど。ヒムニヤって呼ばない方がいいよね?」

 少し小首を傾げて考えるヒムニヤ。

 その姿も大変、お美しい。この容姿が見えないなんて、なんとも可哀想な……勿体無い話だ。いや、俺達には見えてるからいいんだが。

「そうだな。ヒムニヤはまずいだろうな。ヴォルドヴァルドが勘付くだろうしな。そういう意味ではヤコブでもまずい。うむ。そうだな、ではアデリナ、リディア位の歳の娘の姿に『変幻』しておこうか」
「え? 見せて見せて!!」

 アデリナがねだる。

 敢えて、何も言わないが、実は俺も見たい。

「そんなもの見ても、仕方なかろうに……」

 困った顔をしながら、一瞬で入れ替わった。
 ……らしい。

 俺には見えないからわからん!

「うわ~~~超可愛い~~~!!」
「うん、すごく可愛い! いいなぁ。そんなポンポン、姿変えられるなんて……」

 アデリナとリディアがはしゃぐ。

 ぐぐ……。

『神視』め……。

 ちょっと位見せてくれてもいいのに……。

「あれ、マッツ、ひょっとして見えないの~?『神視』も良し悪しだねぇ」

 流し目のアデリナが意地悪を言う。

「ぐぬぬ……」
「名前はお前達が適当に考えろ」

 興味無さげにヒムニヤが言い放つ。この人にはあまり外見などは意味を持たないのかもしれないな。

「今の顔立ち、髪の色は明らかにランディア、ビルマーク系よね! ……『アストリット』とかどうかしら!?」
「長いな。もう少し短い名前にしてくれ」

 リディアの提案を無碍に断るヒムニヤ。

「じゃあさ、『エルザ』はどう?」
「エルナに似ている。ややこしい」

 何だよ、めっちゃ、好き嫌いあるじゃないか。

「じゃあ、『マリ』で如何でしょう?」
「マリ……マリ……。うん。それで良い」

 結局、エルナが名付け親となった。


 両手で頬杖をついて口を尖らせているヒムニヤが妙に可愛かった。

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