刷り込まれた記憶 ~性奴隷だった俺

希京

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利害の不一致

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中途半端な動きしかしない後藤に苛つきを覚える。
「佐伯を消したい。俺の過去を知っている生き証人だ」
「それをいうなら学生時代の同学年や商売仲間も知ってるぞ。佐伯が自分の基準で長谷川・水森・高橋・伊藤にターゲットを絞っただけで、俺も知ってる」
軽い口調で言われて水森は厳しい視線を後藤に向けた。
長谷川の馬鹿があちこちに佐伯を差し出したのでもう収集がつかなくなっている。

やはり早いうちに自分が動けばよかったが、その時の優先順位は翔子を守ることだった。
今の水森には守るものはない。

「あんたの所は全然頼りにならない。清水と縁を切らなきゃよかった」
「今どきカネを積まれても割に合わない殺しなんか引き受ける人間はいないぞ。佐伯が黒部を使って社会的に消した方法が一番正しい。不器用だけど黒部くんはすごかった。彼はどうしても欲しかったんだけどなあ」

後藤はテーブルの上にある煙草の箱に手を伸ばすが、窓際に立つ水森を見て取るのをやめる。
「人がいるときは我慢してる」
バツの悪そうな顔で後藤は手を引っ込めた。
「自分の部屋なんですからご自由にどうぞ」
感情がこもっていない言葉を吐いて水森は背を向けた。

「佐伯には無料で部屋を借りてやった。しばらくは動かないだろう」
「そんな甘いこと言ってたら長谷川のように足元掬われる」
水森は腕を組んで外を見ている。
ガラスに映る目が厳しい光を帯びているのを見て後藤は余裕の笑みを浮かべた。
「何か良い策があるなら聞くけど?」

少しからかってやろうと思ったが水森は乗ってこなかった。
「隠れていなきゃいけない立場になったんだから大人しくここでいい子にしてれば?お前みたいな厄介者を匿う物好きはそういないよ。奥さんが離婚すると言い出しても行方不明のお前を訴えるのは難しい。いろいろ考えたらここにいるのか一番楽じゃないか」
言い返せない正論を言われて水森は怒りがこみ上げるのをぐっと堪える。
行くあてのなかった佐伯もこんな思いをしていたのだろうか。

自由を手に入れるチャンスだったのに後藤の甘い手に乗るなんてつくづく馬鹿な奴。
「少し馬鹿なくらいがちょうどいい」
気がつくと背後に後藤が立っていて肩に腕を回された。
「誰かに寄りかかって生きたほうが楽だよ」
窓ガラス越しに目が合う。長い髪の向こうに優しい瞳を見つけて水森はため息をついた。

「悪党が…」
人の弱みにつけ込んでくる。
何か言ってくると思ったが後藤は黙ったまま腕に力を込めただけだった。
会話だけでなくスキンシップもしつこい後藤にうんざりする。女なら喜びそうだが憎しみの感情を抱いている相手には逆効果だと思う。

「なんで佐伯の代わりに俺を使おうなんて思ったの?」
離れそうにない後藤に、気になっていた事を聞いてみた。
「顔が綺麗だった」
「佐伯もそうだけど、綺麗だからって誰でもいいわけじゃないでしょ」
「やればすぐ出来るもんだと思ってたからさ。佐伯がどれくらいであんな体になったか知らなかったから試してみようと思ったんだけどね」
「あいつも最初から男好きだったわけじゃなくて、時間をかけて調教したんだよ」

ちょっと考えればわかりそうな事じゃないか。
おかげで大怪我した。いつか報復してやると思った時、ふと佐伯に抱いていた疑惑を思い出す。

いつか復讐する。

自分の身に降りかかると、それがどのタイミングなのか見当がつかない。
その場で自分を犯した連中をを殺すなんて愚行はさすがにやらない。

じゃあいつどんな方法で。

馬鹿なようで佐伯は長い時間をかけて俺たちが油断するのを虎視眈々と狙っていたのかもしれない。底知れない憎悪に身震いした。
「守ってやるからここから出るな」
水森の動揺を怯えと思ったのか後ろから甘い言葉をかけてくる。
「どの面下げて…」
翔子のことを思い出す。あいつも部屋から出なければ守りきれたのに。

背中に固い何かが当たる。
「なに興奮してんだ、離れろよ」
「やだ。やりたい」
水森は言葉の意味を理解するのにしばらく時間を要した。
「いい加減にしてくれ。もう実験は終わっただろう?俺の体は使えない」

体に巻き付いている後藤の腕から逃れようともがくが、力は込められていないのに何故か振りほどけない。
「じゃあキスだけさせて」
「…なに言って……」
後藤は微笑を浮かべて水森の頬をなぞる。
状況が理解できず固まっていた水森の唇を塞いだ。

「ん…」
飲み込めない唾液が口の端からあふれる。舌が首筋に降りてくるのを必死で抑えるが後藤の体はびくともしない。
「お前…調子に乗る…なよ…」
力を込めた腕で後藤を引き離そうとするが全然動かない。
後藤が強いのではなく自分の力が抜けている事に気がつかないまま白い肌を吸われて小さな痣が増えていった。

瞳の色が失せる。
何故か完全に力が抜けて後藤の腕で体を支えられていた。
「かわいいね」
脱力した体を抱きかかえられてベッドまで運ばれて、後藤が滑り込んでくる。
ベッドは後藤の物なので隣に寝られても文句は言えない。嫌なら出ていくのは自分だ。

誰かに寄りかかって生きたほうが楽だと後藤は言う。
それは自由を失うのと同じ意味で、水森はそれが耐えられない。

『翔子お外に行きたい』

あいつも自由になりたかったんだろうか。
狂ったまま死んだ人間にもう聞くことはできない。

横になってすぐ眠ってしまった後藤の寝顔を眺めながら、今こいつを殺せば答えが出るかもしれないと思って両手で首を掴んで力を込めてみたが、すぐに諦めて手を離した。
首筋がじくじくと鈍く痛む。こんな目立つ所にたくさんキスマークをつけられて、これじゃ迂闊に外に出られない。

「……」
その手があったか。
翔子にも言い聞かせるだけじゃなく外出できない外部要因を作ればよかった。
何も考えてないふうに見えて後藤は無駄玉は打っていない。危うく勘違いしそうになって水森はシーツを握りしめた。




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