悪いオトコ

希京

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悪い男

クルマに乗り込む時伊藤卓也は一度も春兎たちを見ることはなかった。
銀色の髪を緩い風にゆらされたまま春兎が見送る。
「ようやく仕事完了ね」
夜職の女に扮した先輩の『アミ』こと石川亜美が近づいてきて呟いた。
「そうですね」
上の空で返事をしてその場を後にした。
何年も調査していたが狡猾な男は尻尾を掴まさなかった。彼の性格・性癖、生活を調べ上げ、彼好みの男になって卓也の前に現れて証拠を掴んで捕まえた。

自分のマンションに戻って銀色の髪を黒に染め直す。それだけで随分印象が変わって鏡に映る自分をじっと見た。
ふう、とため息をつく。
この姿になったらもう伊藤卓也は自分に関心を失うだろうか。

犯罪者に感情移入してはいけないが春兎の心から卓也が消え去るには時間がかかりそうだった。

翌日。前髪を分けて地味なスーツを着て出勤すると、石川亜美も髪型を変えて、夜職の人がよく身に着けている露出度の高いスーツから黒いスーツに変わり役人に戻って自分のデスクにいた。
ナチュラルメイクの先輩はあの『アミ』とは似ても似つかない。
「おはよう春兎くん」
「…おはようございます」
「春兎くん。奴はすぐ出てくるから報復を避けるために出来るだけ対策をしてね」
「はい」
「ちゃんと聞いてる?」

きのうから魂が抜けたような春兎に檄を飛ばすが、彼の反応が薄い。
春兎としては今は誰とも話したくない心境だったが、席が近い先輩は一方的に絡んでくる。

伊藤卓也に感情移入でもしたのだろうか。あんなクズのどこがいいのか。
「抱かれて好きになっちゃったの?」
「先輩っ」
無神経な発言に、ついに春兎の心が動く。暗い目で睨んでくる春兎を見て亜美は1人で勝手に納得して頷いていた。
「やっとこっち見た。新しい仕事が来たらすぐ忘れるわよ」
「……」

今までのターゲットだった人間たちを思い出す。裏切られた事を知った彼らが恨みの視線を向けてくるが目をそらすことはしなかった。自分が負けるわけにはいかないから。
伊藤卓也は割と簡単だった。今頃は取り調べ中だろうか。証拠は全部提出済みだし二度と会うことはない。

「ああいう男は変わらないわよ。今回は初犯だから執行猶予つくだろうけどそれで事態を甘く考えてまたすぐ同じ事するわ」
「これを機に更生してほしいな」
コーヒーを取りに行って戻ってきた亜美に、ぼそりと呟く。
受け取ったコーヒーをのぞくと、表面に浮かない顔の自分が映り、慌てて目を反らせた。
こんな顔している同僚がいたら自分も声をかけるだろう。

「しんどかったら潜入捜査から外れて事務方に戻る?」
「いえ、大丈夫です」
先輩の前ではそう答えたが、人の恨みを買う仕事は正直きつい。
仕事は途切れることはなく相手に合わせた変装と演技で懐に入り込んで証拠を掴む。それを繰り返しているうちに季節が巡ってコートが必要な寒さになり、伊藤卓也の記憶が薄れていった。


白のハーフコートは捨てた。少しだけ残業して春兎は席を立ち黒のトレンチコートを羽織った。

常にまわりを警戒しながら帰路につく。いつも同じ道は通らない。どこかに寄り道して尾行の気配がないと確信してからマンションに帰る。
これまで捕まえた犯罪者に待ち伏せされたことがあった。その度に引っ越すのもけっこうな労力がいる。
出来ればそんな事に力を入れないで社会復帰してほしい。

「すいません」
後ろから声をかけられて急いで振り向くと、大学生くらいの青年が立っていてスマホを持ったまま困った顔をしていた。
「あの、この辺りだと思うんですけどここに行きたくて」
スマホ画面には確かにこの住所付近の地図が表示されている。
なんだ、普通の迷子さんか。
ほっとして道を教えている所までは覚えている。

次に見えた光景は、自分の部屋で椅子にテープで拘束されている自分自身と、伊藤卓也の姿だった。


「久しぶりだなあ春兎。いい所に住んでるじゃないか」
「…卓也…」

卓也の髪はストレートになって半分顔にかかっていて一瞬誰かわからなかった。

細身の体に相変わらず革のコートを着ている。
まさかおとりを使って自分を捕まえるとは思わなかった。さっきの大学生風の青年は金でも渡されて理由もわからないまま利用されただけだろう。

手首と足首を椅子にテープで固定させられている春兎の姿を、卓也は面白いものを見る目で見つめていた。
「どう?おとり使って捕まえられる気分は」

壁際で腕を組んでニヤニヤしている卓也を睨みつける。
「こんな事したら刑務所行きだぞ。これを外して帰れ」
「上等だ。お前に復讐することだけをモチベーションに生きてきたからな」
「どうしてまともな生き方をしないんだ!」

必死に説得しようとするが卓也には響かないようで、組んでいた腕を外して近づいてきた。
逆の立場になったら理解はできる。自分を騙して逮捕してきた国家権力の犬。
「犯罪を犯したほうが悪い。僕を恨んでも意味がないよ」
目の前で止まって上から春兎を見下ろしている。どんな感情をいだいているのかいろんな思いが混ざって不思議な顔をしていた。

靴をはいたままの足で、卓也は春兎の股間をぐりぐりと踏みつけてきた。
「うっ…」
「お前のココ、よかったなあ」
「…やめっ…!」

涼しい顔で卓也は片足を上げて潰さない程度に足を動かす。
拘束されて足を閉じられない春兎の体がビクビクと震えた。
「おねが…い、やめて……」
卓也の顔を見上げて訴えるが、足の動きが止まることはなかった。

「ん…ふっ……」
拘束されて逃げられないまま、ついに春兎の口から甘い声が漏れた。それでも卓也は執拗に足を動かして春兎を責め続けた。
「あ……や…」
「ズボン濡れてきてるぞ」
「…これで気がすんだ?」
「まさか!これからが本番だ。俺が受けた屈辱はこんなもんじゃねえ」
逆恨みだ。そう言いたかったが言葉が出なかった。







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