悪いオトコ

希京

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報復

卓也の脚が弧を描く。
無防備の頭に蹴りを食らった春兎は椅子に拘束されたまま倒れた。
「この日が来るのをどれだけ待ったと思う?」
「いっ…」
上向きに倒れている春兎の股間を卓也は執拗に踏み続けた。痛みより気持ちよさが先に立つ。

「どこ探してもお前達の情報にはたどり着けないようになってんだな。公安くらいなら俺でも調べようと思えば出来る。でも春兎を見つけるの大変だったよ」
いつまでもぐりぐりと股間を踏みつけながら卓也は恨み言を並べる。

「犯罪…するほうが悪い……」
強く言ったつもりだが快感が体中に巡って力が入らない。
「そりゃそうだ」
「ぅあ…っ!」
ぐ、と体重を乗せて踏み込んできて痛みで春兎は声を上げる。閉じた瞳からは涙があふれて頬を伝っていく。
「お前よく泣くな。それも演技か?」
苛立ちからか踏む力が強くなった気がした。

床のすぐそこにスマホが転がっている。この体制で手が届くだろうか。
ひとりでは反撃できない。
「こんな事して…!」
「ただで済むなってか?そんな事わかってる。こっちは腹くくってんだよ」
尖ったつま先が春兎の頭をボールのように蹴る。冷静に詰めてくるこの男に説得は無理だ。更生の可能性は低い、向こう側の人間。

椅子ごと倒れた春兎を頭、顔、腹と卓也は一定の動きで蹴り続ける。春兎は痛みでだんだん意識が遠ざかっていった。
「気分はどうだ?春兎」
「……」
卓也はしゃがんで春兎の前髪を掴んで顔を上に向けさせた。
目を閉じた春兎からは反応がない。

「ふん」
つまらなそうに手を離すと春兎は力なく崩れる。

春兎は変装用に買った白いコートは処分したが、卓也は革のコートがお気に入りなのか、あの時と同じものを着ている。髪型は変えると言っていたようにドレッドをやめてストレートになっていた。
半分髪で隠れた顔から見える瞳が鋭い。

「俺は時間をかけて変わっていったのに、春兎は始めから計算して春兎を演じてたんだな。本当はどんな奴なんだ?」
「ぅ…ふ…」
質問をしておいてまだ閉じられない足の間を踏んでくる。春兎の口から出てくるのは吐息だけで答えは返ってこないのをわかってやっている。
「もう…やめ…て……ぁ…」
「俺の仲間はお前を殺すと気合い入ってる。悪いけどあいつらを止めるのは俺でも難しいぜ」
「…ほかの連中は、どうでもいい」
「あ?」
「卓也がどう思っているか、それが問題だ」

息も絶え絶えに春兎が言う。
「その言葉、前だったらうれしいと思ったかもしれないけど、今は俺を騙す詭弁にしか聞こえねえんだよ」
怒りのせいか奥歯をぎりっと噛んで、春兎を弄ぶ足に力を込めた。
「ああ…!あ…や……ぁ……」

踏みつけながら卓也はコートの胸ポケットに手を入れて何かを取り出した。
目を細めてよく見ると錠剤に見える。
「…やめて…やめっ…」
ほどけないテープで拘束されたまま春兎は自由になろうと暴れるが、テープはびくともしない。
「それに手を出したら終わりだぞ!」
「お前がな」
冷たい目で見下ろしながらピルケースに入った錠剤をシャカシャカと振って音を出す。

「ばいばーい、春兎」
数錠を手のひらに乗せて一気に春兎の口に放り込み、吐き出さないように口を手でしばらく塞いだ。
春兎の閉じたまぶたが涙で濡れた。

10分くらいそのまま様子を見る。
『手を出したら終わり』と言われた薬物は意外と流通が途絶えないMDMAだった。
「卓也ぁ…どこ……」
うつろな目でゆっくりまわりを見渡しながら春兎は卓也を探し始めた。
「壊れねえなお前は」
「動けないよぉ…」
「はずさない。それも演技かもしれないからな。このままゆっくり死んでいくんだよ」
「たぁくやあ?」


どんどん呂律があやしくなってきた。
「これが演技だったらすげえな。役人やってるのもったいない才能だ」
「ああん…もっと踏んでぇ……もっと…」
「俺に踏まれて気持ちいいか?」
「うん、気持ちいい」
変態の会話か、あほらしい。

こいつは俺の人生を狂わせた。

親切心で声なんかかけなければよかった。あそこに不自然に立っていたのも俺に見つかるため。アミの店にいたのはそこで作戦を練って俺が来るタイミングを狙って待機していただけ。
全部が作戦通り。すべてがウソ。

「お前のせいでっ…!」
「…あぁ…やぁん…あ…」
「ずっとよがってろ淫乱!」
薬の力でさらに快感を増幅させられて春兎の甘い声が大きくなる。今は状況を理解できていないだろう。このまま適当に弄んでどこかへ捨ててくるか、ここに置き去りにするか。

がくがくと春兎の体が痙攣する。ズボンが濡れて滲んできた。
「お前だけイッて楽しそうだな」
「…たくや…あ…」
荒い呼吸をくり返しながら色気づいた声で名前を呼ぶ。

自分のマンションで椅子にくくられてかつての潜入捜査のターゲットに股間を踏まれて感じている。
それがどんな屈辱的で危険なことなのか、今の春兎に理解できる力はなかった。
「……」
少し考えて、卓也は腕のテープだけナイフで切って腕を自由にした。
次にどんな行動に出るか。それで演技かどうか見定めようと思って見ていたら、春兎は自分の股間にそろそろと手を伸ばして自分で揉み始めた。

「…おい、春兎」
「ああ…気持ちいい…。卓也…ここもっと踏んで……もっと…」
「あーあ。完全に馬鹿になっちまったか」
卓也は部屋をぐるりと見渡した。テーブルやソファの裏などカメラや盗聴器が仕込まれていないか探ってみたが特にあやしいものはない。
もしあったらとっくに警察が来ている。
ふり返ると自分の名前を呼びながらひとりで自慰行為をしている春兎がいる。
「卓也…ああ…たく…やぁ」
一度裏切られると信じられない。だから腕は自由にしてやったが足は拘束したまま、春兎の淫靡な姿を眺めている。
殺すと後が厄介だ。春兎の人生を壊すために卓也はスマホでこの姿を録画し始めた。




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