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小姓
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運を掴んだものが生き残る。
油断していたわけではない。急な大雨で何も見えない夜の闇の中、敵は大将のみを狙いに一気に攻めてきたという。
「お館さま」
「その呼び方は慣れん。今までどおりでいい」
「氏真さま」
豪華な調度に囲まれた部屋で、主だけが荒れていく。
残された後継者からどんどん家臣が離脱していく。その裏切りが信じられないのか最近酒の量が増えた。
その中でも、兄弟のように一緒に育ってきた元康が離れていったのが心を裂く。
「だが、妻子をこちらに握っている間は本気で歯向かってはこないだろう。あれも甘いな」
酒の入った杯を一気にあおって、白い寝巻き姿の少年ふたりをそばに侍らしている。その一人に酌をさせながらまるで自分の不安をかき消そうと酒を飲む姿をふたりは心配そうに眺めていた。
「そろそろお休みになりませんか」
さり気なく寝所でのひとり酒を切り上げさせようとしてみる。
「お前も飲んでみろ」
だがそれは主君の機嫌を損ねただけだった。
強引に杯を持たされ、飲むしかない空気になる。
「どうだ?氏真、氏次」
「…苦いです」
「…」
兄のほうはなんとか答えたが、弟はむせて咳き込んでいる。
「なんだ、情けない。酒くらい飲め」
氏真の狙いが弱いほうに向かう。何杯めかで体がふらりと氏真のほうに傾き、しどけなく寄りかかった。
「顔が赤い」
そっと横たえて襟の間に手を通して脱がしていくと、酒で火照った体が現れる。
「体も赤いな。お前も脱げ」
にやりと下衆な笑いを浮かべる殿の命令に幼い兄弟があがなう術はない。
無言のまま着物を脱ぎ捨て、裸を恥ずかしげもなく晒す。
「お前は色気がないな。もう少しこう…。まあいい」
言いながら氏真の興味は酔ってうつらうつらしている氏次の体のほうに移ったようだった。
赤くなった体に舌を滑らせてもいつものようにくすぐったい仕草はしない。半開きになった唇からは酒精を吐く。
「あ…は……」
大胆に体をくねらせる氏次を見ながら、氏長は氏真の背に抱きついた。
「どうした?」
しばらく裸体のまま放置していたもうひとりの寵童に気がついて後ろを向き、髪を掴んで唇を奪う。
「お前も横になれ」
幼い裸体を床に並べる。
「ふたりとも一緒に抱いてやる」
この孤独な主君をひとりにはできない。そう思ったのだが。
松平元康は鵜殿長照を攻め、息子である氏長・氏次が生け捕りにされた。
「なんだと!?」
その報を受けて氏真は怒りに全身を振るわせた。
「なぜあんな子どもを?今川家は交渉に乗ってくるだろうか」
駿府に置いてきた妻子を奪還するための人質に、家臣の息子風情が釣り合うのかいささか不思議でならない。
その作戦を指揮した石川数正は絶対的な自信があるようだった。
「鵜殿氏は今川の重臣にして親戚でもあります。だがそんな表向きの事はどうでもよろしい。あの少年ふたりは氏真さまの寵を受けております。見捨てることはない」
「では交渉はまかせる」
内心は心配でならないが努めて冷静を装う若い主君の胸の内を家臣団はよく理解している。ただその熱さが個人で違う。
数正の心は冷めているが、自分こそ主君の分身、忠義心は誰にも負けない。泥臭い三河武士の中でずば抜けて優秀だと自負している。
それにしては今回の人質はいつもと違って、人の心をえぐる彼らしくない人選だとまわりは思った。
油断していたわけではない。急な大雨で何も見えない夜の闇の中、敵は大将のみを狙いに一気に攻めてきたという。
「お館さま」
「その呼び方は慣れん。今までどおりでいい」
「氏真さま」
豪華な調度に囲まれた部屋で、主だけが荒れていく。
残された後継者からどんどん家臣が離脱していく。その裏切りが信じられないのか最近酒の量が増えた。
その中でも、兄弟のように一緒に育ってきた元康が離れていったのが心を裂く。
「だが、妻子をこちらに握っている間は本気で歯向かってはこないだろう。あれも甘いな」
酒の入った杯を一気にあおって、白い寝巻き姿の少年ふたりをそばに侍らしている。その一人に酌をさせながらまるで自分の不安をかき消そうと酒を飲む姿をふたりは心配そうに眺めていた。
「そろそろお休みになりませんか」
さり気なく寝所でのひとり酒を切り上げさせようとしてみる。
「お前も飲んでみろ」
だがそれは主君の機嫌を損ねただけだった。
強引に杯を持たされ、飲むしかない空気になる。
「どうだ?氏真、氏次」
「…苦いです」
「…」
兄のほうはなんとか答えたが、弟はむせて咳き込んでいる。
「なんだ、情けない。酒くらい飲め」
氏真の狙いが弱いほうに向かう。何杯めかで体がふらりと氏真のほうに傾き、しどけなく寄りかかった。
「顔が赤い」
そっと横たえて襟の間に手を通して脱がしていくと、酒で火照った体が現れる。
「体も赤いな。お前も脱げ」
にやりと下衆な笑いを浮かべる殿の命令に幼い兄弟があがなう術はない。
無言のまま着物を脱ぎ捨て、裸を恥ずかしげもなく晒す。
「お前は色気がないな。もう少しこう…。まあいい」
言いながら氏真の興味は酔ってうつらうつらしている氏次の体のほうに移ったようだった。
赤くなった体に舌を滑らせてもいつものようにくすぐったい仕草はしない。半開きになった唇からは酒精を吐く。
「あ…は……」
大胆に体をくねらせる氏次を見ながら、氏長は氏真の背に抱きついた。
「どうした?」
しばらく裸体のまま放置していたもうひとりの寵童に気がついて後ろを向き、髪を掴んで唇を奪う。
「お前も横になれ」
幼い裸体を床に並べる。
「ふたりとも一緒に抱いてやる」
この孤独な主君をひとりにはできない。そう思ったのだが。
松平元康は鵜殿長照を攻め、息子である氏長・氏次が生け捕りにされた。
「なんだと!?」
その報を受けて氏真は怒りに全身を振るわせた。
「なぜあんな子どもを?今川家は交渉に乗ってくるだろうか」
駿府に置いてきた妻子を奪還するための人質に、家臣の息子風情が釣り合うのかいささか不思議でならない。
その作戦を指揮した石川数正は絶対的な自信があるようだった。
「鵜殿氏は今川の重臣にして親戚でもあります。だがそんな表向きの事はどうでもよろしい。あの少年ふたりは氏真さまの寵を受けております。見捨てることはない」
「では交渉はまかせる」
内心は心配でならないが努めて冷静を装う若い主君の胸の内を家臣団はよく理解している。ただその熱さが個人で違う。
数正の心は冷めているが、自分こそ主君の分身、忠義心は誰にも負けない。泥臭い三河武士の中でずば抜けて優秀だと自負している。
それにしては今回の人質はいつもと違って、人の心をえぐる彼らしくない人選だとまわりは思った。
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