相反する白と黒

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あーるかんぱにー

五年前から、たった一人で

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「さあ、四咲さん。貴女は私の過去を聞きましたね。これで私からの質問に答えないという選択肢は無くなりましたが」

「え!? もしかして最初からそれが狙い!?」

 白々しく取り乱す詩音は「わざとらし過ぎますよ」と指摘され即座にしおれて大人しくなった。「それで何が聞きたいの?」と、テーブルの上で半端に残った菓子袋から一口摘む詩音。

「四咲さんが反政府を掲げている理由です」

「來奈姫は的確なところを突いてくるねえ」

 菓子袋からもう一摘みした詩音は、そのまま來奈の口元へと差し出す。一瞬身を引いた來奈ではあるが、諦めたようにかじり付いた。

「湿気ていて美味しくないです。そもそも封をせずに放置していること自体がナンセンスかと」

「輪ゴムを節約したの。エコでしょ?」

「使い渋っているだけでしょう。エコどころか、せこ過ぎてセコでは?」

「……やっば、ちょっと面白いかも。もしかしてギャグセンスある?」

「無いです」

 ため息をつき「あっそ」と膨れた詩音は、逸れた話を本題へと是正する為に小さく咳払いをする。

「私の両親ね……政府の人間なんだ」

 たった一言で目を見開く來奈。漏れ出た短い声が驚愕を代弁する。反政府を掲げる者の親が政府の人間など、來奈にとっては到底理解出来るものではなかった。

「五年前、両親は政府の機関内で無惨な死を遂げた。いや、両親どころか……政府の人間が数百人も亡くなった異常な事件だった。全ての人に共通していたのは、身体中に切り裂かれたような傷痕があったこと」

「……それ以外の情報は?」

「実際に死体を見た訳じゃないから解らない。政府が意図的に隠蔽しているから、私のような一般人には至ることすら出来ないの。当然だけれどおおやけにもならなかった。お得意の揉み消しってやつだね」

 視線が無意識に落ち何度か瞬きが行われた。自身と同じく肉親を失っているという過去に、不器用な來奈はどう声を掛けようかと短く思考した。

「政府の人間でもね? 私を心の底から愛してくれていたし……両親のことは大好きだったんだ。二人を殺した政府を赦さない。だから事件の首謀者を殺す為に戦っているの。私が反政府を掲げているのはそこからだよ。家にあった両親の私物からバッジを見付け、えて見せびらかすように傷を付けて身に付けた」

「……五年前から、たった一人で戦い続けて来たのですか」

「死に物狂いで強くなる努力はしたよ? 何を掲げて何をわめこうが、所詮は餓鬼だからってめられるのが関の山だしね」

「それでも折れずに、意志を貫き通し戦い続けた。並大抵の人間では成し得ません」

「ありがと。私の両親は正義感が強い人でね? 平和をうたう政府に喜んで勤めていた。お給料も普通の企業より高いし、何よりも世の中の為に働けることを誇りに思っていた。私に苦労させないように色んな面でサポートしてくれたし、将来は私も同じ場所で働くつもりだったの。五年前の事件が起こるまではね」

「四咲さん……」

「ごめんね、暗い話になっちゃったね」

 遠慮がちに首を横に振る來奈。再び場を仕切り直した詩音は「一つ確認したいの」と落ち着いた様子で切り出す。

「私は政府直属掃討部隊レイス以外の、例えば能力を持たない政府の人やそれに関わる者達も平気で殺すよ? 言わば、普通に仕事をして普通に生活を営んでいる者達のことだね」

「……何が言いたいのです?」

「私は俗に言う、正義の味方やヒーローでも何でも無いの。むしろ犯罪者やテロリスト寄りに位置する者だけれど……それでも本当に一緒に来るつもり?」

「もしかして脅しですか? それで私が首を横に振るとでも? それとも、私程度の戦力なら足でまといだとでも言いたいのですか?」

 矢継ぎ早に繰り出される言葉の応酬に、目に見えて慌てる詩音。身体の前で否定するように振られた手が明白な焦燥を示した。

「あんためちゃくちゃ強いじゃん。仲間になってくれたら心強いけれど、罪の無い人をも殺し兼ねない戦いに巻き込むとなれば……少し気が引けてね」

「罪の無い人? 笑わせないで下さい。独裁体制を敷く時点で、そして政府の人間であること自体が罪なのです。死して当然ですよ? それも無惨にね」

「あらら、怖い怖い。バッジに傷を付けていて良かったよ」

「そのバッジが純正のままだったら、今ごろ四咲さんも殺していたでしょうね」

「私の方が強いもん」

「どうだか」

 口元を緩めながらテーブルに視線をやった來奈は、お菓子の油まみれになった書類に気付き引っ張り出す。そのまま書面に所狭しと羅列する文字列を目で追うと難しい顔をした。

「ああ、それね。違法麻薬が栽培されている場所を突き止めたの。さっき吉瀬きせ君に鎌を掛けて情報を得るつもりが上手くいかなかったから、その書面もあくまで憶測になるけれどね」

「行くつもりですか?」

「もちろん。政府の痛手になるのなら不意打ちや闇討ちだってする。もしも黒なら、栽培されている麻薬を全て焼き払う」

「なら私も連れて行って下さい。きっと貴女の力になるはずです」

 テーブルに身を乗り出す來奈。肩に手を当てて「まあまあ落ち着いて」と軽く押し戻した詩音は口元に手を当てる。

「裏切ったりしない?」

「……さあ?」

「裏切ったりしない?」

「それは貴女次第では?」

「裏切ったりしない?」

「……はい」

 無理矢理させた返事でありながらにこやかに微笑む詩音。してやったりと言わんばかりに偉そうに足が組まれる。腑に落ちない來奈は小さく唸ると不服そうに肩を落とした。

「ちなみに場所は何処なんです?」

「隣町にあるの。政府の機関かと思っていたらまさかの民間企業でね。恐らく多額のバックを貰うことで栽培を請け負っているのだと思う。土地柄、広い場所が多いからね」

 納得した來奈は衣服畳みを再開する。綺麗で迅速に積み上げられていく衣服。手際の良さに驚いた詩音は「あんたは良いお嫁さんになるね」と胸中を漏らした。煙が視認出来そうなほどに紅潮する頬。照れを隠すように顔を逸らした來奈は「そんなの興味ありませんから」と真っ向から否定する。

「あらら、もしかして照れちゃった?」

「そんな訳ないでしょう。お嫁さんなんて……相手もいないのに」

「可愛いからすぐ見付かるよ」

 立ち上がり伸びをする詩音は可愛げな声で唸る。「さて、行こっか」との言葉に來奈は訝しげに首を傾げた。

「まさか今からですか?」

「そ。外が雨で暗いから都合が良いの」

 詩音は衣服を畳んでくれたお礼を述べると、車のキーを指に掛けて軽快に回しながら玄関へと向かう。激動する環境に小さくため息をついた來奈は、訳も解らぬまま去り行く背に続いた。
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