相反する白と黒

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あーるかんぱにー

光を探して

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「さすがにここまでの規模だとは思わなかった」

 そびえ立つ巨大な建物。驟雨に晒されてはいるものの、雨に濡れてなお、全体像が把握出来ないシルエットが圧を放つ。角張った建物の外壁は薄汚れており、雨と混ざり合った汚れが白亜の外壁を侵食するように流れていた。

「うーん」

 雨により夜と錯覚するほどの暗闇が辺りに蔓延はびこる。首の可動域を目一杯に使って民間企業全体を見渡す詩音ではあるが、目当ての物が見付からないのか不満げに声を漏らした。

「何を探しているのです?」

「光だよ」

「……光?」

 大きく頷く詩音。その際、揺れた傘より水が飛び散り來奈の顔へと降り掛かる。「ちょっと気を付けて下さい」と膨れっ面で顔が背けられた。

「ごめんごめん」 

「それで、光って?」

 待ってましたと言わんばかりに人差し指が立てられる。再び飛び散った水。今度は華麗にかわした來奈は立ち位置を変えて耳を傾けた。

「ほら。大麻ってさ、栽培する時に光が必要でしょ?」

「大麻の栽培方法なんて知りません」

「光周期のコントロールが必要で、成長期に最適な青い光や、開花期に最適な赤い光が何処かから漏れていないかなと思ったの。一日に十時間から二十時間程度は当てないといけないし、この民間企業が黒なら必ず光が目撃出来るはずなの。窓を封鎖したところで隙間から漏れ出す光までは隠せないから」

 今一度建物を視界に収める詩音。横から突き刺さるジト目が言い知れぬ圧を放つ。

「何その目は」

「やけに詳しいですね。もしかして……」

「まさか? そんな訳ないでしょ。私は麻薬なんかに興味は無いよ」

 疑うような視線が向くも適当に切り抜けた詩音は巨大な民間企業の入口へと歩む。自動で開閉するであろう扉は固く閉ざされており、それを制御する守衛室へと視線が向いた。

「ちょっと待ってて、開けてもらってくるから」

「そんなに上手くいくとは思えませんが」

「私達みたいな、ピチピチの十八歳を疑ってかかる理由なんてある?」

「ピチピチかどうかは解りませんが、ここが黒ならそれなりの警戒はしているのでは?」

 相槌を打ちながらも余裕綽々と守衛室へと向かった詩音は僅か数分で元の場所へと戻る。そして示し合わせたように開いた扉が重厚な音を立てて中の景色を晒した。唐突に開けた内部では丁寧に整備された道が雨に濡れて灰色となり、複雑に枝分かれしては様々な建物へと繋がっていた。

「四咲さん。開いた扉に『R.company』と書かれた刻印があったのですが、何かご存知ですか?」

「あーるかんぱにー? 聞いたことがないね」

「そうですか。もしかしたらただの会社名かもしれませんね。で? 開けるのにどんな手を使ったのです?」

 入口のフロアマップを指差しながら確認していた來奈が首を傾げる。詩音は愚問だと言わんばかりに無い胸を張った。

「そりゃあ、女の武器しか無いじゃん。私って超可愛いからちょっと誘惑すればすぐだよ」

「可愛い……?」

「え……? 可愛くないの?」

 開いた扉を前に視線を合わせる二人。茶々を入れるように大きな雨粒が視界を横切る。傍から見れば明らかに怪しいが、譲れない会話だと言わんばかりに脚が進まない。

「可愛いというのは、私みたいな小柄で護ってあげたくなるような女の子のことを言うのですよ」

「じゃあ私は可愛くないってこと?」

 メンヘラのような質問に「行きましょう」と適当に話が切り上げられる。黙々と前へ進む來奈に拗ねた詩音がどんよりとしながら続いた。時刻は夕方前、未だ降りしきる雨は止まない。仕事を終えた者もいるのか企業内はあまり賑わっておらず、大きな図体には相応しくない不気味な静けさが蔓延はびこっている。黒い無地の傘をさす二人は並んで歩き、周囲からの情報収集を試みていた。

「何かの商社でしょうか?」

「見た感じそうだねえ」

 開きっぱなしの小さな倉庫内に積み上がるダンボール。保存方法は様々だが、規則性の無い商品が羅列されており掴み所がない。似たような景色が続き、この区画では二人の望む有用な情報は得られなかった。

「にしても、割と怪しまれませんね」

 今し方すれ違った者を目で置いながら紡ぐ來奈。傘を深めにさしているからか、足を止めるどころか二人に対して視線をやる者すら居ない。

「巨大な企業ともなれば、内部の人間を全て把握することは難しい。小さい会社なら簡単には侵入出来なかったかもね」

 何棟にも別れた巨大な建物を超え、西側より大きく北上する。北に向かうにつれて辺りは不自然な高い壁に囲まれ、二人はまるで隔離されているような感覚に遭っていた。

「フロアマップを見ていて不思議に思ったのが、この民間企業には入り口が一つしか無いんですよね」

「なるほど。そして最奥に近付くにつれて周囲からの目を遮断するような高い壁。内部の人間以外が把握し得ないがあると勘繰っちゃうね」

「例えば違法麻薬とか?」

「さすが來奈姫、お目が高い」

 数十分かけて奥へと進んでいく二人は、高い壁に囲まれるように鎮座する建物を発見する。いかにもな怪しさに、双方は言葉を交わすことなくアイコンタクトのみで意思を疎通させた。

「四咲さんの言う通り、建物の隙間から赤系統の光が漏れ出ていますね。そして周囲は高い壁。確かに、これでは外部からの把握は不可能です」

「卑猥なピンク色の光だねえ。中では一体何が起こっているんだろうね? 口では言えないえっちなことが行われていたりして」

 何かを試すように來奈に向く視線。「えっちなことって何ですか?」という純粋で予想外な切り返しに、揶揄からかったはずの詩音が頬を紅潮させた。

「ま、まあその話はまた次ということで」

 意地悪げな顔をする來奈は勝ち誇ったように舌を突き出す。下らなさ過ぎる舌戦は來奈に軍配が上がった。

「それよりも、四咲さん気付いてます? 私達……囲まれてますよ」

 傷付けないよう丁寧に畳まれた傘。太腿に這う細い手が、短くアレンジされた灰色のプリーツスカートを捲り上げる。左右のレッグシースより抜かれた小型ナイフ。指の間に三本ずつ挟んで爪のように持った來奈は、視線だけを動かして周囲の状況を探った。

「もちろん気付いてるよ。殺意が盛り盛り、つまり此処は黒で間違い無い」

 目付きを変えた詩音は傘を投げ捨てると臨戦態勢をとる。視界を遮る降り頻る雨の中でさえ、尾を引く眼光は色褪せなかった。

「さて、あそぼっか」

 ショートブーツの靴先が軽く地を叩く。応えるように飛び出す三日月さながら湾曲した刃。先端と後端より突出した刃が曇天の空を映して鈍い光を発した。

「來奈、暑いのと寒いのはどっちが好き?」

「……え? 寒いのは苦手なので暑い方が好きですが。それが何か?」

「そ。じゃあ先に謝っておくね、ごめんなさい」

 紡ぐと同時に何かに気付いた詩音は、即座に來奈を抱きかかえると大きく跳躍する。一瞬遅れて弾けた、連続する短い音。立ち込める火薬の匂いが、今し方の音が銃火器であることを物語った。

「うっそ、機銃!?」

 華麗な着地を決めるも雨に紛れて伝う冷や汗。じとりとした嫌な感覚が肌を撫でる。至る方角に飛び散った弾丸が役目を終えて地に落ち、金属の雨さながら甲高い音を奏でた。

「視界が悪いというのに躊躇いも無しに撃ってきましたね」

「……つまり?」

「間違い無く、正体が把握されているということ」

 空気抵抗をその身に受けながら辿り着いたのは建物の屋上であり、見下ろす先では人の影であろう黒い塊がわらわらとうごめく。嘆息した詩音は「こんなにも居たんだ」と気怠そうに肩を落とした。

「どうしよっか? さすがに銃火器を真正面から喰らえば痛いじゃ済まないよね」

 発言と同時に短い声を漏らした詩音は、即座に屋上の壁面内側に身を潜める。地上より放たれた無数の弾丸が隠れた壁の裏側に埋まり、狙いが外れたものは急な角度で空の彼方へと飲み込まれた。

「やっば、めちゃくちゃ撃ってくるじゃん」

「それはともかく早く下ろしていただけますか? 男の人にもされたこと無いのに」

 所謂いわゆる、お姫様抱っこ。腕の中で不満げな顔をする來奈は、嫌がる猫のように両足をバタつかせると無理矢理に解放された。

「初お姫様抱っこいただきだね」

「そんなことを言っている場合ですか?」

 詩音の背後へ投擲された小型ナイフは、追っ手である男の喉元に突き刺さり容易く命を奪う。地を蹴り死した男からナイフを回収した來奈は、後ろへ倒れゆく男の胸元を足場にし、更に別の者を強襲する。

「チビが、正体はとっくに割れてんだよ!!」

 乱射される機銃。だが、射線上にチビは居ない。地に張り付く勢いで落下した來奈は細い脚を目いっぱい曲げ、身体を捻りながらの跳躍へと切り替える。

「下手くそ、きちんと狙うべきでしたね。それとも私がチビだから当たらなかったのです?」

 皮肉返し。予測不能且つ軽快に舞う小柄な少女。常人が目で追えるはずもなく、男はその身を以てしてナイフによる洗礼を受け入れた。爪の如く振り下ろされた三本のナイフは的確に喉元を抉り、吹き出した血飛沫が薄汚れた地面を更に汚す。ここまで僅か数秒、一人目とほぼ同時に倒れた男。雨に濡れた地面に屈する際の音が二つ響き渡り、それを皮切りに歪な静寂が訪れた。

「あんたほんと強いよね」

「呑気なことを言っている暇があったら、自分の身は自分で護って下さい。私が追っ手に気付かなければ、貴女は今頃銃弾の雨に晒され四肢が吹き飛んでいましたよ?」

「護ってくれてありがとう。少し強がるなら、あんたが本当に仲間として戦ってくれるのか試したの。なんていう言い訳はどう?」

「……最低です」

「あらら、駄目だったか」

 やれやれと言わんばかりに呆れのため息。來奈は、唐突に肉薄してきた詩音に対し目を見開いて驚愕する。突き出された腕は來奈の位置を大きく後退させた。

「残念でした、えてるよ」

 側面から振り下ろされた刀を、湾曲した刃を宿す右脚のブーツで蹴り抜く詩音。回転して軸足を入れ替え、左脚での回し蹴りが男の首を刎ね飛ばす。少し遅れて、投げ出された刀が地上に叩き付けられた音が響いた。

「油断しちゃ駄目だよ。さっきの言葉、そのまま返そうか?」

「ありがとう……ございます。少し強がるなら、貴女が本当に仲間として戦っていただけるのかを試しました。なんていう言い訳はどうですか?」

「……最低だよ」

「あらら、駄目でしたか」

 たどたどしい真似事。「そこまで真似しなくてもいいのに」と口元を押さえる詩音の隣で、來奈は頬を赤らめて視線を落とした。
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