相反する白と黒

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あーるかんぱにー

純白の炎

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「純黒の氷……? 珍しい力を使役しますね」

「そ。超カッコイイでしょ?」

 ピースサインで口角を緩めた詩音がドヤ顔をする。周囲では、貫かれた者の血液が氷を伝って血に落ちる。綺麗だったはずの大麻の緑が色を変え、今やグロテスクな血の畑と成り果てた。

「普通に討ち漏らしていますけどね」

「それよりも來奈姫、鼻水出てるよ?」

「言ったでしょう? 寒いのは嫌いです」

「大丈夫? 抱き締めてあげよっか?」

「結構です」

「あっそ」

 膨れる詩音の服で鼻水を拭き、即座に飛び出した來奈。華麗に跳躍して空中でナイフを抜き、討ち漏らした対象へと斬り掛かった。悲鳴すら赦されない殺戮劇。吹き上がる血飛沫に連動し、次から次へと命が散ってゆく。粗方あらかた数が減った頃、靴底を滑らせながら詩音の隣へと戻った來奈。小柄な身体を目一杯に振り回しての戦闘だが、息は一つとして乱れていない。

「やるじゃん來奈姫。結婚する?」

「しません」

「私のお気に入りの服で鼻水拭いたのに? 」

「関係ありません」

 軽い会話を交わす最中、突如として詩音が膝をつく。大きく咳き込み喉元を押さえた彼女は、苦しげに唸ると來奈に背を向けて嘔吐した。浅い呼吸で肩が上下しており、身体が異常を発しているのは明白だった。

「四咲さん!?」

 焦燥を浮かべて背をさする來奈。

「ごめん、ありがとう……寝不足かな……」

「いいえ、何かがおかしい。寝不足な訳がないです」

 異様な光景に跳ね上がる鼓動が警鐘を鳴らし、即座に張り巡らされる思考はある仮定へと辿り着く。周囲の者達が何故ガスマスクを装着しているのか。それが答えだった。

「なるほど……大麻の発する臭いですか」

 そうとなれば此処は危険だ。即座に判断した來奈は、死体からガスマスクを奪い取り無理矢理に詩音の顔に押し当てる。「私はいいからあんたが被って」と抵抗する詩音だが、よほど苦しいのかすぐに萎れて大人しくなった。

「少しだけ時間を下さい。辺り一帯、全て燼滅じんめつします」

 肩で息をする詩音を横目に、來奈は六本のうち五本のナイフをレッグシースにしまい込んだ。残るはたったの一本。まばらに生き残る周囲の者達を警戒しつつ、彼女は舌を大きく突き出す。

「『閻魔王の嘘吐きライラージャ』」

 そして、ナイフで舌を貫いた。
 
 刹那、無から湧き上がる純白の炎。それは一切の穢れを有さず、音を立てずに燃え異様な美しさを魅せる。辺り一体はことごとく火の海。燃ゆる炎は純黒の氷と反発し合うように弾け、至る所に燃え移った。身体を蝕まれた男が意図せず大麻へと触れ、炎が燃え移った箇所より凄まじい勢いで領域が拡大してゆく。純白の炎は嬉々として建物内を満たし、逃走経路ですら容易く遮断した。

「うっそ……純白の炎? 初めて見た」

 その光景はまるで、白い花だけが咲き誇るお花畑のよう。他は排除されて穢れの無い白だけが鎮座する。ガスマスク越しに目を見開いた詩音は、興奮して鼓動を跳ね上げながら水色の瞳に純白を焼き付けた。

「お互い様ですよ。私も純黒の氷なんて初めて見ましたから」

 再び詩音の背をさすった來奈は「さあ帰りますよ」と可愛げに声を弾ませた。

「駄目だよ、逃げ場なんて無い……私達ここで死んじゃうの」

 全方位を燃やし尽くす炎に絶望する詩音。見渡す限り突破口は無い。詩音は目元に手を当てると、わんわんと泣く素振りを大袈裟に演じた。

「大丈夫ですよ。私の炎をよく感じてみて下さい」

「感じる……?」

 ふと、違和感に気付く。本来灼熱を有するはずの炎が何も伝えて来ない。皮膚を焼く痛みや熱された空気でさえ皆無であり、残されたのは絢爛けんらんな美しさのみ。目を丸くした詩音が再び周囲を見渡した。

「もしかして……熱を発していないの?」

「その通りです。そして今から炎の中をくぐり抜けて此処を脱出します。ただし──」

 人差し指を立てた注意喚起。こちらに注目、と言わんばかりに視線が合わせられる。

「その際、心の中で『熱い』と認識しないで下さい」

「したらどうなるの……?」

「身体が燃えて死にますよ。熱くないのに熱いだなんて嘘きでしょう? 周りで焼け死んだ者達は、炎に触れた際に反射的に熱いと認識してしまったからです」

「……難しいことを言うね」

「目に見えるものだけが全てではないと言いますが、今は目に見えるものだけを信じて下さい。舌を貫いて喚び出した私の炎は熱を発しない。ですが嘘を吐けば途端に牙を剥く。だから四咲さん、私の力……覚えておいて下さい」

 少し変わった言い回しに、頭にはてなを浮かべた詩音が首を傾げる。理解しようと藻掻いてはいるようだが、終いには訳が分からなくなって目をぐるぐると回した。

「でもさ、火に触れたら熱っ!! って反射的に手を引っ込めてしまわない? お茶を沸かしているやかんに触った時みたいに」

「それをしなければいいだけの話です。まあ、百聞は一見にしかずですから」

 半ば強制的に引きられる詩音。「待って心の準備が!!」と喚くものの、來奈の歩みが止まることは無い。そのまま純白の炎の中へと侵入し、視界の全てが白亜に塗り潰される。景色は瞑目した際の暗闇とは真逆。だがそれも一瞬であり、何事も無く反対側から抜け出した二人は一切の火傷すら負っていなかった。

っご……ほんとに何も感じなかった」

「だから言ったでしょう」

 既に焼け野原と化す建物内。大麻どころか至る箇所に引火した純白の炎が皮肉にも美しく景色を蝕む。溶け始めた鉄の柱や古い建材が、耳を塞ぎたくなるような音を立てて崩れ始めた。

「ところで舌は大丈夫なの? 何ていうかこう、グサッといってたけど……」

 想像上の痛みに顔を顰める詩音。あっけらかんと舌を突き出した來奈は、傷が無いことを示して得意気な顔をする。

「大丈夫です。私は舌を貫いていないと認識するのです」

「うーん? 納得はするけれど理解は出来ない」

「まあ、それでいいです。所詮はまやかしの力ですから。熱を発する炎を使って普通に戦った方が強いですし、今回は状況的に適任かと思ったので使役したまでです」

「普通の炎も使えるの?」

「舌を貫かずに使役する炎は普通に熱いですよ? 触れたら燃えます。ガスコンロの直火で焼き茄子を作る時に、手で触ると熱いでしょう?」

「うーん? 納得はするけれど理解もする!!」

「はい、よく出来ました」

 パチパチ、と軽く打ち鳴らされた手。そのまま足早に建物を出た二人は重苦しい空気に辟易する。外は相も変わらず降り頻る雨が支配しており、薄い霧が立ち込めることによって更に視界が悪くなっていた。

「私が黒で來奈が白。混じり合えば灰色。唯一無二の二人組って感じがして、何か格好良くない?」

「白の方が格好良いかと」

「何それ、自画像持参?」

「はいはい、自画自賛ですね。似顔絵を持参してどうするつもりです? 言葉はちゃんと覚えましょうね」

 舌戦で負けて拗ねて膨らむ頬。ふいに立ち止まった詩音は何かを思い出し視線を隣へ。「何ですか?」と首を傾げる來奈は周囲の警戒を怠らずに応えた。

「ねえ、傘は?」

「四咲さんこそ」

「あんたさっき畳んでたじゃん。私は投げ捨てちゃったもん」

「誰かさんが私を抱えて屋上までジャンプしたから落としました。確か……詩音ちゃんジャンプでしたっけ? あれのせいです」

 ぐうの音も出ない詩音は己の行動を悔やむ。濡れるのは仕方ないと歩み出す來奈だが、すぐに重くなる衣服に不快感を覚えて歩く速度を上げた。

「待って」

 後ろに続いていた詩音が來奈の腕を掴む。「今度は何ですか?」とジト目で振り返った來奈は、詩音の視線が少し先へと向いていることに気付く。

「探し物はこれですかー?」

 前方より、唐突に木霊した第三者の声。激しい雨のなか傘もささずに現れた若い金髪の女性は、自身が濡れることも厭わずに両手で黒い傘を軽快に回転させていた。

「それ、私達の傘だね。拾ってくれてありがとう。一本はあげるから、もう一本は返してくれる? お互いに風邪を引かないように」

「四咲さん、よく見て下さい。レイスのバッジです」

「もちろん気付いてるよ。何度か殺り合ったことがあるから顔も知ってる」

 繊細に整った金髪で隠れた襟元。時折吹き抜ける風が髪を揺らし、獅子を象ったバッジを見え隠れさせる。適度な距離で立ち止まった女性は何を言う訳でもなく二人の出方を窺った。

「こんなにも早く駆け付けて来るなんて随分と暇なんだねえ。仕事無いの? それとも……政府にとっては大事な施設だったとか?」    

「この白い炎は君達の仕業かー。大事な大麻が燃えちゃったねー」

「あらら、自分でゲロってんじゃん」

「にしても、派手にやったねー?」

 炎に蝕まれた建物を仰ぐ女性。まるでテーマパークの巨大観覧車を見上げたような、この場に相応しくない嬉々とした笑みが浮かんでいる。大きな隈のある赤い瞳が、未だ衰えない純白の炎を映して強く揺らいだ。

「そ。何か文句ある?」

「別にないよー」

「じゃあ傘を返してくれない? 私はともかく、嫁が濡れると困るの」

 怪訝を絵に書いたような顔をした來奈は「誰が」と吐き捨てる。二人のやり取りを微笑ましげに見ていた女性は、わざとらしく傘を自身の後ろへと隠した。

「嫌だと言ったらー?」

「そりゃあ、まあ……殺すしかないよ」

「反政府を掲げる四咲 詩音と、その隣に居るのがナナちゃん。随分と滑稽な組み合わせだね。どういう経緯で出会ったのかなー?」

 興味津々な質問を無視し、視線を合わせる詩音と來奈。

「ナナちゃんって?」

「さあ? 誰かと間違っているのでしょう。ナナではなくラナですし」

 会話を交わす二人の眼前で女性が力強く地を蹴る。明白な不意打ち。突き出された傘の先端が、的確に來奈の喉元へと向いていた。

「あんたさあ、さすがにそれはずるいでしょ」

 まさに超反応。横から手を出した詩音は傘の中央部分を鷲掴みにすると、身体を捻りながら細い首目掛けて右脚を振り抜く。応えるように湾曲した刃が突出し、鈍く煌めく三日月が虚空を泳いだ。

「おー、やっぱり厄介」

 手応えは無い。即座に傘を手放した女性は身体を低く落とし、その勢い利用して後方へと跳んだ。詩音は傘をさして隣に手渡す。無言で受け取った來奈は一緒に入ろうと身を寄せるが、意外にも詩音がそれを拒んだ。
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