相反する白と黒

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決戦前夜

掴んだ手掛かり

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「私としては、四咲さんが武器の手入れの為だけに此処を訪れたとは思えませんが」

「あらら、お見通しか。実はね、政府に追われる身となった以上、真正面から五年前の真相を探ってみようと思ってね。何か手掛かりはないかと思って此処へ来たの」

「四咲さんの目的は事件の真相を追い、両親を殺した首謀者を見付け出し復讐すること。その目的が果たされた時……ようやく政府との戦いは終わる」

 僅かに目が伏せられた。さっきの仕返しと言わんばかりに來奈の頬をつねった詩音。そのまま柔らかい感触を堪能するように押しては引いてが繰り返された。

「馬鹿。最期まであんたと一緒に戦うつもりだよ。追われている以上、どちらかが死ぬまで戦いは終わらない。それに、自分の目的が済んだからってはいおしまいじゃ寂しいでしょ? 危険を共に乗り越える存在を仲間と呼ぶ、來奈が言ってくれたんだよ?」

「四咲さん……」

 自身が掛けた言葉を思い返した來奈は「とりあえず離して下さい」と小さく毒づく。「お肌の張りは私の方があるかもね?」と挑発する詩音の頬に右手が伸びる。

「甘い、そんなんじゃ政府には勝てないよ」

 読んでいたと言わんばかりに右腕を掴んだ詩音。力が拮抗したのも束の間、即座に逆の手が左頬へと到達し、そのまま力強く抓られた。

「お肌の張りが何ですか?」
 
「痛い痛いごめんなさい!!」

 詩音はまたしても目をバツにする。赤みを帯びる頬。來奈を煽ってはならないと再認識した瞬間だった。

「人の店ん中で騒ぐな。営業妨害でつまみ出すぞ」

 かれこれ一時間と少し。武器のメンテナンスを終えた志木が一息つく。煙草の煙が天井へと昇り、明滅する照明の元でしばらく居座った。

「お客さん居ないじゃん。このご時世で武器屋は儲からないよ。反政府を掲げる人間なんて鎮圧されてほとんど居ないんだから」

 カウンターから出てきた志木は詩音の頭に拳骨を落とす。解読不能な声を発した彼女は涙目で來奈の胸に顔を埋めた。

「わーん、來奈。志木爺が私を虐める」

「四咲さんって案外泣き虫ですよね」

「放っとけちっこいの、そいつは石頭だから隕石が直撃しても割れないだろうよ。それと、武器のメンテナンスは終わったから勝手に持っていけ」

「ありがとうございます」

 手入れされた武器は、新品と見違えるほどの煌びやかな輝きを放つ。研がれることにより刃本来の美しさを取り戻していた。

「それで? 情報が欲しいんだって?」

「もしかしてレディーの会話を盗み聞きしてたの? 趣味悪いよ」

「何がレディーだ糞餓鬼」

 再び落ちる拳骨。めそめそと泣きながら來奈に助けを求めた詩音は「明らかに貴女が悪いかと」と軽くあしらわれた。

「五年前……四咲さんの御両親が、政府の機関内で何者かにより殺害された事件。その情報について何か知っていることはありませんか?」

「正直なところ真相は知らん。だが記録が残されているであろう場所に見当は付く」

 カウンター内に戻った志木は、椅子に深く腰掛けると気怠そうに後頭部を掻く。

「詩音は、五年前からずっと事件の真相を追ってきた。やめておけと言っても一向に折れなかった。そんな糞餓鬼ももう十八、物事の判断を自分で出来るようになる歳だ。今までは軽く濁してきたが、さすがにもう伝えてもいいだろう」

「記録が残されているであろう場所……」

 深い思考に耽ける詩音だが、張り巡らされた糸が理解へと辿り付くことはない。無意識にカウンターへと向いた水色の瞳が、志木の持っている情報に縋るように大きく揺らいだ。

「まず、お前の両親が勤めていたのは何処だ」

帝例ていれい特区とっくの第二機構だよ。もしかしてそこに行けば……?」

「いや、恐らく違う。事件で死んだ者の身体には引き裂かれたような傷痕があった、お前は昔からそう言っていたな」

「うん、來奈にもそれは説明した。調べて得た情報だから実際に見た訳じゃないけれど」

「事件があったあの日、第二機構に勤める者達の大半が別の場所へ招集されていたのを知っているか?」

 否定と共に首が横に振られた。

「招集って何処に?」

「帝例特区第三研究棟。まあ、お隣だわな。そこではある人体実験が行われていたらしい」

「人体実験? まさか……」

「そのまさか、お前がしばらく嗅ぎ回っていた違法麻薬『促進剤』を用いた実験だ」

「え……? 促進剤が出回ったのは約二ヶ月前からのはずだけれど」

のはな。政府内では五年前から開発や改良が繰り返されていた」

 顔を見合わせた詩音と來奈は、互いに知らなかったことをアイコンタクトで伝え合う。自分達の掴んでいた情報が甘かったと認識した瞬間だった。



『何も知らず目先の情報だけで物を言うとは、貴様も相変わらず愚かだな』



 唐突に蘇る吉瀬の言葉。「なるほど、そういうことか」と詩音は鼻で笑った。

「そこからは知らん。知っているのは第三研究棟に招集された者達だけだ」

「でも……生き残りはいない」

「その通り。だが事件の中心となった第三研究棟に行けば、隠蔽された情報くらいは見付かるかもな」

 隣で話を聞いていた來奈が内容を噛み締めて瞑目する。「決まりですね」と紡がれた言葉が二人の視線を集めた。

「來奈……?」

「例えその話が憶測であったとしても、事件の中心となった場所が第三研究棟と解った以上、話は大きく進展しました。行かない選択肢は無いかと」

「いいか? ちっこいの。帝例特区は政府の息が掛かった連中が多く住まう区域だ」

「もちろん存じています」

 頷いた來奈は「それと、ちっこいのではなく黒瀬です」と不満げに口を尖らせる。志木は軽くあしらうように手をヒラヒラと振った。

「俺がどうして、詩音が十八になるまでこのことを黙っていたか解るか? 敵の規模を把握し、物事の判断を自分で出来るようになるのを待つ為だ」

「その判断って生死のこと?」

「鈍臭い割に肝心なところは解っているみたいだな。政府と真正面から殺り合うのなら、常に死と隣り合わせだということを忘れるな」

「隣り合わせどころか、棺桶に片足突っ込んでるでしょ。そのくらい今の私になら解るよ」

 自嘲と共に視線が隣へ。目を合わせた來奈は何かを待っているのか優しげに微笑んだ。

「來奈、一緒に来てくれる?」

「……六十点です」

 僅かに頬を膨らませた來奈。小さく笑った詩音は、空気を孕んだ頬を指先で突っついた。

「來奈、一緒に行こう」

「まあ、及第点ということで」

「判定厳しくない?」

 勢い良く飛び付いての頬擦りに嘆息した來奈がジト目を向ける。柔らかい頬同士が擦れ合い、そんな状況を見ていた志木は呆れた顔で煙草に火をつけた。

「お前達がそう判断するのなら俺に止める権利は無い。だが行くなら覚悟して行け。死んだら骨くらいは拾ってやる」

「私も來奈も必ず生きて帰る。もし敗けたら、その時は志木爺の武器のメンテナンスが甘かったということでツケはチャラにしてもらうから」

「ほう? 口だけは達者だな糞餓鬼」

 脳天目掛けて振り下ろされた拳骨を受け止めた詩音。予想通りと言わんばかりに得意げな笑みが浮かぶ。予備動作無しで飛び出した反対の手。驚き目を瞑った詩音の頭上で乾いた音が響いた。

「さすがに三回目は見過ごせませんよ。殴られてこれ以上馬鹿になられたら、困るのは私ですから」

「それもそうだな」

「口の悪さは私から注意しておきますので、ここはどうか一つ」

「ちっこいの、お前の口の悪さも大概だがな」

 止めたのは來奈であり、力の拮抗を示すように互いの手が小刻みに震えていた。手を引いた志木は「お前も大変だな」と愉快に哄笑こうしょうする。

「良い仲間だな、詩音。護ってやれよ」

「もちろん。馬鹿扱いするのも愛情の裏返しだからねえ」

 水が瞬間的に沸騰したように頭頂部から煙を吹く來奈。紅潮した頬で「別にそんなんじゃありません」と吐き捨てられるも説得力は無い。

「志木爺、今日はありがとう。もう帰るね」

「気にすんな。そういえば、帝例特区はお前の住んでいる場所から近かったな」

「そ。明日乗り込むつもりだからニュースでも見ててね」

「死ぬなよ、詩音。ちっこいのも護ってやれよ」

「……うん。今日はありがとね」

 來奈はお礼を込めて深々と会釈をする。「さっさと行け」と背を押された二人は、既に陽の落ちた闇夜のなか帰路についた。
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