紅葉のランデヴー

StudioAMONE

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第2話 冷めた空気。

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「生贄を求めるのだ」

 ---帝都大和(旧東京)統合政府特務委員会本部地下立体映像謁見室 日時非公開

 帝都大和の地下、冷えきった立体映像謁見室で、男たちは重厚な声を交わしていた。

「前任者の失態であることは疑いようがない。しかし、戦争が不可避である以上、責を問うだけでは何の解決にもならぬ」

 厳かに並ぶ椅子、その中央に座る柏木は静かに聞いていた。彼は拘束されていたが、これは形式にすぎない。すでに彼の未来は決められている。

 それを柏木は理解して、それと向き合っていた。


 秘密処刑されるのだ。


「八島機関。お前たちの存在こそが混乱を招いたのだ。お前たちの組織は、旧政府の腐った根を受け継ぎながら、統合政府においてもその影響力を維持し続けた。戦争の遂行が困難なのは、お前たちが軍事行動を独断で進めたからだ」

 柏木は目を閉じた。

「責任を取れというのですか」

 まるで詰まった持ちでも吐いたかのように重々しい一言を発する。

「そうだ。しかし、単なる粛清ではない」

 微かな笑みが、謁見室の闇に溶ける。

「地球規模で秩序を崩壊させよ。テロを拡散し、経済を揺るがせ、破壊組織を作れ。混乱が増せば増すほど、軍事力の強化は正当化される。それが君たち組織に対する罪と罰。贖罪だ。」

 柏木はゆっくりと頷いた。その表情は影に溶け込み、暗がりの中に消えていった。

「承知しました」

「君のいいところはこんな聞いただけで血反吐がでそうな事でも、いやな顔一つせずYESと言ってくれるところだ。期待しているよ。君たちの組織はもしかしたら地球を破壊するかもしれないんだ。軍の力を強めるためにも、秩序を存分に乱したまえ」

「......失礼します。」


 柏木は無機質な廊下に面したベンチの上、わずかに揺れる光の粒子を見つめていた。

 右手にはコーヒーの缶、左手にはミルクティー。指先に絡みつく冷えた金属の感触が、どこか現実感を欠いている。

「大佐さん、元気?」

 明るい声が響きわたる。

 声の元を覗くと、そこには黒いスーツを纏った結が立っている。彼女の髪が、窓からの光を受けて柔らかく輝く。

「結、久しぶり。」

 彼女は帝国大学時代の友人であり、公安に所属している。互いに異なる組織に属しながらも、情報交換を行う仲だ。

 公安の内情はよくわからないが。アジアを中心に情報共有、共同作戦をたまに行う。
 多分、管轄は大きいのだろう。たまに会って情報交換をするが、情報の質がやけにいい。

 きっと向こうでも優秀なんだろうと思う。

「そっちの話、こっちでもちょっと噂になってるよ?」

 彼女は悪戯っぽく笑いながら、柏木の隣に浅く腰を下ろした。

「まぁ、やれるだけやってみるよ。」

「また何かあったら連絡してね・・・」

 二人の間に無言が訪れる。季節に合わず冷たい空気が肌に触れた気がする。

 柏木は何となくこの空気感に和んだが、気まずいからか結はさらりと彼の手からミルクティーを奪い取る。

「じゃあこれ、貰っていくね?」

「え?うん.......」

 結は笑いながら立ち上がり、踵を返す。

 意識の知らぬ間にミルクティーの缶が奪われていた。

 残されたのは、わずかにぬるくなったコーヒー缶と、ベンチに沈み込む柏木の疲弊した躯だけだった。

 光の中に消えていく彼女の背中を見送りながら、柏木は小さくため息をついた。

「はぁ...帰りたい...」

 ぼそりと呟く声が、薄闇の中へ溶けていく。
 体が椅子に沈む。最近は鬱気味だ。


「という訳でだな、君は安保理の指示で宇宙軍の技術チームに異動だ。二人連れを決めろとのことだからよろしく。有休消化しとけ。あと、今度送迎会するからそれまでに人事のやつ決めとけよ。」

「はぁ...」

 いつもの職場で上司から突然の異動命令・・・しかも、安保理からの命令ということは拒否もできない。戦争行為に加担しなければならないし、本当に最悪だ。

「失礼します。」

 彼は無言で頷き、静かに部屋を後にした。

 扉を閉じるや否や、田辺の声が響く。
 作業着に手を突っ込んで壁に背をつけて待っていた。

「その顔は...あんまいい知らせじゃないらしいな?」

「なんか。異動命令下された......二人道ずれを選べって言ってたわ...」

「道連れ!俺を選べよ!あと佐藤ちゃんも頼む!」

 冗談っぽく、大声で言い放つ。
 その無神経さが、かえって羨ましくもあった。

「お前は元気そうでいいな。俺は最悪だよ。厄介ごとは俺、続くんだよ。本当、最悪だぁ...」

 先月の衛星破壊の事件から一週間。徹夜続きの業務、原因究明、システム補填......それら全てが彼の心を消耗させている。

 チーム全体の雰囲気も悪い。こんな時に二人道ずれを選べだとか、つくづく面倒な方向に進んでいるようで、こんな反吐が出る。

 そんな愚痴をこぼしても仕方ないので、とりあえずトボトボと作業室に戻る。

 みんな疲れてるのかぐったりしてる者、机に突っ伏して寝ているもの、愚痴を言いながらモニターと睨めっこしてる者......子供のころかすかにあこがれていた大人らしい風景を眺めているとあの頃は世間知らずだなと淋しい気分になる。

「まぁ、とりあえず朝飯だよ。軽くなんか食おうぜ。」

「そうだなぁ~。腹減った。」

 売店は今の時間開いていないので、車のキーを手に取って駐車場に向かう。

 ドアを乱雑に開け閉めし、重い腰を椅子に落とし込む。

「近所でうまいパン屋ができたたらしいけどそこいこうぜ。」

 慶一はグットポーズをとり、うつろに前を向いて返事をする。

 エンジンを吹かし、車を出す。まだ辺りは静かで、車の走行音が孤独に響く。

「窓あえてもええ?」

「いいぞー」

 窓を開けると風が車内に冷たい空気を運んでくる。ちょっと肌寒い気もしたがそんなのは無問題。
 徹夜明けの体は冷たさを感じる気力など微塵もなかった。

「...ん?んー......ん?」

 田辺が空を見て二度見三度見して戸惑うように唸る。

「おい......車止めて空見ろ...」

「ん?わかった。」

 車を路肩に止めて車から出る。

「あれ......流れ星じゃないな...」

「周回軌道を外れて大気圏突入した衛星の慣れの果てだ......」

 無数に光り輝く流れ星を二人は眺めていた。

 ただ美しいと感じ、空を見上げて立ち尽くしていた。

「ちょっとお兄さんたち!建物に避難して!」

「え?」

 突如として響いた声に振り向くと、治安維持隊の隊員がこちらへ向かって走って来るのが見える。

「原因不明のジャミングで通信設備が使えないから呼びかけを行っています。現在安保理より非常事態宣言が発令されました。」                                                                                                                                                                                

 市街地に目を向けると治安維持隊の信号フレアが上がって朝の薄暗い街を光照らしている。

「......」

 空をもう一度見上げる。

 先ほどまで無数に瞬いていた光は減っていた。しかし、その場に漂う不穏な気配は、消えるどころか、より一層濃密なものとなっていた。


「大臣、例の軍新設の幹部人事が完了しました。」

 窓から差し込む陽光が机の上を撫で、紙の端に淡い影を落としている。

「うむ......」

 書類に印を押しながらうなずく。その動作には倦怠が滲んでいた。

 彼はこれまで幾千の書類に同じように署名してきたのだ。そして、おそらくは幾万の書類にも、今後同じように署名するのだろう。

 男は報告を終えると、直立のまま微動だにしない。まるで能の面をつけたような無表情であるかのようだ。

「......例の特務機関ですが、大臣へ直接利権の局所集中構造への転換を行う計画書を提出してきました。どうされますか?」

「安保理にもっていくまでもないだろう。私で承認する。軍事院の庇護下で計画を推し進めさせよう。」

 眼鏡をはずし、眉間をつまむ。

 重厚感がある重い空気が部屋全体を押しつぶすかのようだ。

「......それでは失礼します。」

 短い指示が落ちると、男は一礼し、静かに部屋を後にした。扉が閉まる音が、小さく響く。

「ああ...」

 一人になった部屋で、光が差し込む外を見る。

 遠くを見つめるが、そこには何もなくただただ平穏だった。

 大臣は深く椅子にもたれ、窓の外を眺める。遠くには、どこまでも続く街並みが広がっていた。ビルの隙間に差し込む夕陽が、空を橙色に染めている。

「人は間引かれなきゃいけないのかもしれんな......」

 自嘲気味に呟いた声は、誰に届くでもなく消えていった。

 心の中はどす黒く、それは肉体そのものまでも侵食しているようで、息が苦しくなる。

 もうその手は、本来の肌色を失いつつあることを自覚していた。
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