horízōn ~はるかとおく~ :咎人之王

つみ²

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奴隷商人

価値のすりあわせ(カッファ)

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翌朝。カッファの執務室の扉は、夜明けとともに開かれた。

卓の上に並ぶのは、使い込まれた帳簿と数枚の簡素な木札だけだ。祈りも説教もない。ここで行われるのは救済ではなく選別――人と市場の噛み合わせを、歯車の狂いなく確認するための淡々とした実務だった。

ラウロは椅子に浅く腰かけ、呼び出された少年を正面に据えた。
年の頃は十ほど。骨格はまだ細く、着古した麻布の隙間から鎖骨が見える。だが視線は逃げなかった。恐怖はある。しかし、恐怖に溺れてはいない。

「名は」

少年が答える。訛りは強いが、言葉は通じる。
ラウロは羽根ペンを走らせて帳簿に印をつけ、矢継ぎ早に簡単な計算を口に出して答えさせた。少年はしばし沈黙し、頭の中で数字を転がす。指を使わず、三桁の加算を導き出した。

――問題ない。

この年代の少年は、マムルーク朝において最も需要が高い。出自は問われない。むしろ、家族も後ろ盾もないことが、主君への忠誠を“制度として”固定する。

貧村の口減らし、戦乱で攫われた者や孤児、あるいは村の期待を一身に背負い、仕送りという重責とともに送り出された者。理由は違えど、行き先は同じだ。軍人か、官僚か。生き残れば、この時代の階段を最上段まで駆け上がる権利が与えられる。

ラウロが見るのは目先の筋力ではない。言葉を覚える速さ、命令に従う前のコンマ数秒の「間」、そして恐怖という劇薬に呑み込まれきっていない精神の芯だ。

読み書きと数を教えるのは、ラウロなりの慈悲ではない。壊れにくくするための「加工」だ。市場において、すぐに壊れる兵士ほど価値の低い商品はない。買い手の信用を毀損し、次の取引を殺す。

少年が去り、次に逞しい体躯の成人男性が呼び入れられた。
並の商人ならその筋肉を称賛するだろうが、ラウロの目は厳しい。単なる肉体労働力なら、ザンジュ人の労働奴隷の方が、安定して高い評価を得る。北方から連れてきた成人男性に必要なのは、“代替の利かない付加価値”だけだ。

「どこで働いていた。帳簿は見たことがあるか。……神について、何を信じている」

男はたどたどしいラテン語で、商館の倉庫管理を手伝っていた経験を語った。
それなら値が付く。アル=イスカンダリーヤか、アル=カーヒラの大商館。あるいは軍需施設の補助要員。肉体ではなく、「管理できる人材」として。

次いで現れた女性に対しても、ラウロの観察は徹底して無機質だった。
肌の状態、歯並び、姿勢。感情が漏れすぎていないか。

それは性的な品定めではない。高級商館や将軍階級の家内使用人には、「家の格」を体現する外見と知性が要る。とりわけ読み書きができ、複数の言語を解する女性は、書簡管理や来客対応の要として、時に少年に次ぐ高値で取引される。

面談を重ねる中には、彼らとは異なる者たちも混ざる。
当初の見立てほどではなかった者。
成人だが特筆すべき技能がなく、外見的な付加価値も持たない。東地中海の華やかな市場では、まず値が伸びない人間たちだ。
ラウロは短く判断を下した。

「北イタリア行きだ。教会か修道院へ」

市場価格は低い。だが、そこなら確実に引き取られる。
灼熱の砂漠での過酷な重労働ではなく、農作業と雑役。生存率は、ここよりずっと高い。最善とは言えないが、彼らにとって最も「悪くならない」行き先だった。




一通りの面談を終え、重い帳簿を閉じた頃には、陽は中天に差し掛かっていた。

ラウロは執務室を出て、カッファの街へ踏み出した。広場では市場が開かれ、潮の香りと家畜の獣臭、そして煮え立つスパイスの匂いが入り混じる熱気が渦巻いている。

路地裏には、薄汚れた布にくるまって横になる者、虚ろな目で慈悲を乞い座り込む者。カッファという都市は、地中海の富を吸い上げる巨大な胃袋であると同時に、消化しきれなかった人々の残滓を吐き出す場所でもあった。

ラウロは奴隷市場の喧騒の中へと足を運んだ。
市場の活況を測る。並んでいる顔ぶれ、連れている商人の身なり、そして値を付けている買い手の顔。それらを観察することは、世界の血流を確認する作業に等しい。ここには、装飾を剥ぎ取られた世界の現実が、そのままの形で展示されている。

市場には、ラウロが「扱わない」と決めている人々もまた、奴隷として並べられていた。
白髪混じりの老人、片腕を失った男、疫病の瘡蓋が痛々しく残る回復者。彼らには、ほとんど価値がないに等しい値段がつけられ、路上の石ころと変わらぬ「商品」として晒されている。

ラウロは少女を扱わない。
死亡率が高すぎ、その後の行き先が追えなくなるからだ。性的需要による高値がつくことは百も承知だが、それは彼にとって「管理可能な商品」の域を逸脱している。管理できない取引は、ラウロには受け入れがたい汚濁だった。

老人も扱わない。
投資を回収する前に、医療コストが利益を食いつぶす。
傷病者も同じだ。欠損という「瑕疵」は隠しようがなく、買い手は必ず彼らを使い潰すまで酷使する。そこには保険も、次回の再交渉も成立する余地はない。
壊れた労働力を売るのは、壊れた刃物を誰かの喉元に渡すのと同じだった。

ラウロは奴隷商だ。だが、すべての人間を商品として扱うわけではない。彼の選別基準は冷酷だが、恣意的ではない。徹底した市場論理と損失回避。それだけが、血の匂いのするこの商売において、彼の足元を支える唯一の石畳だった。

――私が買わなければ、誰かがもっと酷い形で買うかもしれない。
だが、奴隷のすべてを私一人で買えるわけではない。たとえ今日、この場にいる者すべてを買い上げたとしても、明日にはまた別の者が並ぶだけだ。

「……どう取り取り繕おうとも…所詮、私も同じ穴の狢か…」

自嘲のような思考が脳裏をよぎるが、決して口には出さない。

その時、わっと地響きのような歓声が沸き立った。
競売台の上で、ひとりの少女が競り落とされたのだ。
少女は顔を歪め、喉が裂けんばかりの声で泣き叫ぶ。そのすぐ傍らでは、引き剥がされた母親が狂ったように少女の名を呼び続けていた。

しかし、その慟哭をかき消すほどに、世界は興奮と喜びに満ちていた。落札した男の卑俗な笑みと、周囲の囃し立てる声。
少女につけられた不当なまでの高値が、ラウロの胸の内に澱のような不快感と、どうしようもない無力さを突きつける。

彼はただ、無表情にその光景から目を背けた。
カッファの強い陽射しが、広場に降り注ぐ。
それは誰への祝福でもなく、救済でもない。
ただ、そこに転がる残酷な事象を、容赦なく白日の下に晒し続けるだけの光だった。
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