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03.コリンナの矜持
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コリンナは本の虫。
果たして、彼女は王宮が誇る大きな図書室にいた。地下に広がる閉架書庫への入室許可ももらっているらしい。
「来ると思ったわ、エレオノーラ」
閉架書庫といってもそこの本棚はかなり高い。上の段は梯子をかけて上らないと本を取りだせない。その梯子の上から私を見つけ、コリンナが微笑む。
「アルトウィン様も同じセリフをおっしゃったわ」
「でしょうね」
手にしていた本をポンと閉じ、その本を持ったまま慣れた様子でコリンナはするすると梯子を下りてくる。
「あなたのところにも通知が来たの?」
「そうね、少し前にね」
私の問いかけに、コリンナが答える。
「少し前? 私は昨日だったのに」
「三日くらい前だったかしら、陛下から呼び出されて、直接お話を聞いたわ」
「え……!?」
私とは違うではないか。私は父経由で話を聞いた。
「エレオノーラに話がいくまでは黙っておいてほしいということだったので、あなたには何も言わなかった。おめでとう、エレオノーラ。あなたがアルトウィン陛下のお妃様よ。頑張ってね。あなたならできるわ」
「ま……待って、コリンナ。あなたはそれでいいの?」
やけにあっさりした態度のコリンナに、私は焦った。
「それで、って、どういうこと? 私達のどちらをお妃に選ぶかは陛下に任されていることだし、私はその決定に従うまでだわ」
コリンナは淡々と答える。お手本みたいな答えだ。コリンナらしい。彼女はいつもそう。いつも百点満点だ。
妃候補としてその態度は正しい。でも、コリンナが本音を押し隠していることも同時に伝えてくるものだから、私は歯がゆい。
本当は何も思わないわけがないのに。
「陛下はあなたと一緒にいたいと表明されたのよ。私がとやかく言うのは野暮というものでしょう」
「……どうしてアルトウィン様はコリンナではなく私を選ばれたのだと思う? 私は、あなたが選ばれると思っていたの」
選ばれなかったコリンナにこんなことを聞くべきではないのかもしれないけれど、私は、話を聞いてからずっと疑問に思っていることをコリンナにぶつけた。誰かから明確な答えをもらいたかった。
「それは陛下にしかわからないわね。ご本人に聞いてみたら?」
「聞いてみたけれど……」
伴侶とするなら私のほうがいい。私のほうを好ましく思っている。そんな答えだったと思うが、それが本音だとは思えない。
「けれど?」
コリンナが首をかしげて先を促す。
だめだ、さっき聞いたことをそのまま伝えるわけにはいかない。
「答えてはくださらなかったの。この決定に不満があるのか、と逆に聞き返されて、何も言えなくなったわ」
「もしあなたが陛下のお答えに納得できていないのなら、納得できるまで聞いてみるべきだと思うわね。一生を捧げることになるのよ? ……陛下なら、きちんと答えてくださるわ」
コリンナが言う。
コリンナの目には、アルトウィン様は理由を聞いてきちんと教えてくださる方に見えているようだ。
私の目には……そうは見えていない……。
またも私とコリンナの差を見せつけられてしまったようで、悲しい。
「そうね。そうしてみる。邪魔して悪かったわ」
「気にしないで。それと、私はあなたを祝福しているから。それは知っておいてね」
「……もちろんよ。ありがとう。コリンナなら、すぐに良縁に恵まれると思う」
「私もそう思う。より取り見取りよ」
ふふふ、とコリンナが笑う。
コリンナは強いな。うらやましい。
私は彼女に別れを告げると、書庫から立ち去った。
再び王宮の廊下を歩きながら、アルトウィン様が私を選んだ理由について考える。
本当はコリンナがよかった。でもコリンナではだめだった。
私でないとだめな理由……コリンナになくて私にあるもの……。
「……体力……?」
体の丈夫さを評価されたのだとしたら、これはもう世継ぎを産めるかどうかという基準で選ばれたと見てもいいだろう。
国王の世継ぎを残すのは王妃にしかできない、最も重要な仕事だ。
なるほど、それはあり得るわね。
でも、それって、コリンナができないとも限らないでしょ?
確かにコリンナは私と違って馬乗りもしないし、剣も振るわないし、ちょっと細すぎるんじゃないかと思いもするけれど、病弱というイメージはない。
妃を選ぶのは最終的にはアルトウィン様だけど、私とコリンナのどちらが妃にふさわしいかは九人の代表の合議で決まる。
この国は合議制であり、先代アウグスト様が選ばれた九人の代表とアルトウィン様が、この国のかじ取りをしている。ちなみに、ここに私たちの父は入っていない。
九人の代表が私を推していたら、アルトウィン様としてもコリンナの名を出せなかったのかもしれない。もしかしたらコリンナの名前を出しても「エレオノーラのほうが頑丈そうだから!」とか言って、説き伏せられたのかも。
出産は命がけだというしね。
あり得る。
元気しか取り柄がない自分が憎い。
アルトウィン様のことは好き。
でもコリンナのことも好き。
大切な人同士が幸せになるのを邪魔する気はない。
なのになぜ、こんな決定になったのだろう。二人に我慢をさせて、私が幸せになれるだろうか。と、いうよりも、私が妃になったら、誰も幸せになれない。アルトウィン様とコリンナは好きな人と結婚できない。私は、愛されることがない妃として生きなければならない。
そんなの、むなしすぎるでしょう。
――どうやったらひっくりかえせるのかしら。
こっそり外国に逃げる。
……うーん、準備が大変そうだし、第一、ツテがない。
実は私、子どもを産めない体なの。
……いや、どうやってそれを立証するの……?
病気に倒れる。
……だめだわ、私ったら生まれてからずっと健康優良児なのよね……。
ううーん……。
なんとか婚約破棄に持ち込む方法はないものかしら。
果たして、彼女は王宮が誇る大きな図書室にいた。地下に広がる閉架書庫への入室許可ももらっているらしい。
「来ると思ったわ、エレオノーラ」
閉架書庫といってもそこの本棚はかなり高い。上の段は梯子をかけて上らないと本を取りだせない。その梯子の上から私を見つけ、コリンナが微笑む。
「アルトウィン様も同じセリフをおっしゃったわ」
「でしょうね」
手にしていた本をポンと閉じ、その本を持ったまま慣れた様子でコリンナはするすると梯子を下りてくる。
「あなたのところにも通知が来たの?」
「そうね、少し前にね」
私の問いかけに、コリンナが答える。
「少し前? 私は昨日だったのに」
「三日くらい前だったかしら、陛下から呼び出されて、直接お話を聞いたわ」
「え……!?」
私とは違うではないか。私は父経由で話を聞いた。
「エレオノーラに話がいくまでは黙っておいてほしいということだったので、あなたには何も言わなかった。おめでとう、エレオノーラ。あなたがアルトウィン陛下のお妃様よ。頑張ってね。あなたならできるわ」
「ま……待って、コリンナ。あなたはそれでいいの?」
やけにあっさりした態度のコリンナに、私は焦った。
「それで、って、どういうこと? 私達のどちらをお妃に選ぶかは陛下に任されていることだし、私はその決定に従うまでだわ」
コリンナは淡々と答える。お手本みたいな答えだ。コリンナらしい。彼女はいつもそう。いつも百点満点だ。
妃候補としてその態度は正しい。でも、コリンナが本音を押し隠していることも同時に伝えてくるものだから、私は歯がゆい。
本当は何も思わないわけがないのに。
「陛下はあなたと一緒にいたいと表明されたのよ。私がとやかく言うのは野暮というものでしょう」
「……どうしてアルトウィン様はコリンナではなく私を選ばれたのだと思う? 私は、あなたが選ばれると思っていたの」
選ばれなかったコリンナにこんなことを聞くべきではないのかもしれないけれど、私は、話を聞いてからずっと疑問に思っていることをコリンナにぶつけた。誰かから明確な答えをもらいたかった。
「それは陛下にしかわからないわね。ご本人に聞いてみたら?」
「聞いてみたけれど……」
伴侶とするなら私のほうがいい。私のほうを好ましく思っている。そんな答えだったと思うが、それが本音だとは思えない。
「けれど?」
コリンナが首をかしげて先を促す。
だめだ、さっき聞いたことをそのまま伝えるわけにはいかない。
「答えてはくださらなかったの。この決定に不満があるのか、と逆に聞き返されて、何も言えなくなったわ」
「もしあなたが陛下のお答えに納得できていないのなら、納得できるまで聞いてみるべきだと思うわね。一生を捧げることになるのよ? ……陛下なら、きちんと答えてくださるわ」
コリンナが言う。
コリンナの目には、アルトウィン様は理由を聞いてきちんと教えてくださる方に見えているようだ。
私の目には……そうは見えていない……。
またも私とコリンナの差を見せつけられてしまったようで、悲しい。
「そうね。そうしてみる。邪魔して悪かったわ」
「気にしないで。それと、私はあなたを祝福しているから。それは知っておいてね」
「……もちろんよ。ありがとう。コリンナなら、すぐに良縁に恵まれると思う」
「私もそう思う。より取り見取りよ」
ふふふ、とコリンナが笑う。
コリンナは強いな。うらやましい。
私は彼女に別れを告げると、書庫から立ち去った。
再び王宮の廊下を歩きながら、アルトウィン様が私を選んだ理由について考える。
本当はコリンナがよかった。でもコリンナではだめだった。
私でないとだめな理由……コリンナになくて私にあるもの……。
「……体力……?」
体の丈夫さを評価されたのだとしたら、これはもう世継ぎを産めるかどうかという基準で選ばれたと見てもいいだろう。
国王の世継ぎを残すのは王妃にしかできない、最も重要な仕事だ。
なるほど、それはあり得るわね。
でも、それって、コリンナができないとも限らないでしょ?
確かにコリンナは私と違って馬乗りもしないし、剣も振るわないし、ちょっと細すぎるんじゃないかと思いもするけれど、病弱というイメージはない。
妃を選ぶのは最終的にはアルトウィン様だけど、私とコリンナのどちらが妃にふさわしいかは九人の代表の合議で決まる。
この国は合議制であり、先代アウグスト様が選ばれた九人の代表とアルトウィン様が、この国のかじ取りをしている。ちなみに、ここに私たちの父は入っていない。
九人の代表が私を推していたら、アルトウィン様としてもコリンナの名を出せなかったのかもしれない。もしかしたらコリンナの名前を出しても「エレオノーラのほうが頑丈そうだから!」とか言って、説き伏せられたのかも。
出産は命がけだというしね。
あり得る。
元気しか取り柄がない自分が憎い。
アルトウィン様のことは好き。
でもコリンナのことも好き。
大切な人同士が幸せになるのを邪魔する気はない。
なのになぜ、こんな決定になったのだろう。二人に我慢をさせて、私が幸せになれるだろうか。と、いうよりも、私が妃になったら、誰も幸せになれない。アルトウィン様とコリンナは好きな人と結婚できない。私は、愛されることがない妃として生きなければならない。
そんなの、むなしすぎるでしょう。
――どうやったらひっくりかえせるのかしら。
こっそり外国に逃げる。
……うーん、準備が大変そうだし、第一、ツテがない。
実は私、子どもを産めない体なの。
……いや、どうやってそれを立証するの……?
病気に倒れる。
……だめだわ、私ったら生まれてからずっと健康優良児なのよね……。
ううーん……。
なんとか婚約破棄に持ち込む方法はないものかしら。
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