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15.陛下にはお見通しだったようです 3
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アルトウィンの隣で、エレオノーラが寝息を立てている。長い蜂蜜色の髪の毛はすっかり乱れ、汗で額や頬や首筋に張り付いている。
アルトウィンはそんなエレオノーラの髪の毛をかきあげてやった。
ふわりと甘い匂いがエレオノーラから漂ってくる。エレオノーラが使っている香油だろう。
エレオノーラには親戚の屋敷と説明したが、そこはアルトウィンが滞在先に選んだ王家の別邸である。エレオノーラがどんなに助けを求めても誰も来なかったのは人が少ないからではなく、アルトウィンがあらかじめ人払いをしていたからだ。
派手に勘違いをしたあげく、自分から離れるために婚約破棄まで画策した愛しい娘は今、すぐそばで夢の中だ。これでもかというほど体中に痕をつけてやったし、いやというほど愛を囁いたのでエレオノーラの勘違いも解けているだろう。
まあ、解けていなくてもはっきりと情交の痕が残っている。夜が明けたらコリンナと滞在先の伯爵夫妻が訪れる予定だ。証人がこれだけいれば、エレオノーラはもう、逃げられない。
幼い頃は間違いなく、エレオノーラは自分に懐いてくれていた。その彼女がいつからアルトウィンと距離を取り始めたのかは覚えていない。
はっきりと避けられているわけではない。会話は成立するし、お茶の席に招けば嬉しそうに笑う。……けれど、どこか距離がある。
その距離の理由がつかめなくて、ずっとかすかなもどかしさを感じていた。コリンナにも何度となく相談をした。コリンナもよくわからないらしく、首をひねっていた。
まあいい。
エレオノーラがどう思っていようと、妃に決定してしまえばこちらのもの。
そう思っていたが、妃の内定を出した途端にエレオノーラの情緒不安は顕著になった。
どうしてもエレオノーラの不安の正体を知りたい。そこでコリンナに頼んで一芝居打ってもらったのだ。
そこでどうやらエレオノーラが、アルトウィンとコリンナの仲を勘違いしていることがわかった。
心当たりはある。コリンナとは、情報収集の任務という共通項があるからどうしても「身内」のような空気を醸し出してしまうのだ。
エレオノーラはそれを敏感に察知し、アルトウィンとコリンナの仲を勘違いしてしまったらしい。
そして婚約を破棄しなくては、という結論に至ったようだ。
どうしてその結論を出す前に自分やコリンナを問いだたさなかったのか、と思うのだが、昨日の話しぶりから察するに自分にも非があるようだ。
けれど、エレオノーラが占い師に相談していた時点ではわからなかった。
――破棄されたら困るからな……。
エレオノーラの両親は野心家ではないうえに、子煩悩な人たちだ。エレオノーラが嫌がればあっさり婚約破棄される可能性は高い。ウェストリー侯爵家が頷かなければ、いくらアルトウィンが国王とはいえエレオノーラと結婚できない。
――だったらエレオノーラが決して婚約破棄できないようにすればいい。
何も言わず勝手に婚約破棄を模索し始めたエレオノーラに腹が立った。だからコリンナに指示をしてエレオノーラを仮面祭り中のマールバラに呼び出し、変装した姿で彼女に近づいた。
マールバラを訪れるために予定を詰めるだけ詰めたため、エレオノーラがマールバラへ行くと報告に来たときは客人を招き入れたことがない執務室での対応になってしまった。
マールバラでは全面的にコリンナが協力をしてくれた。
人混みで都合よくエレオノーラが一人になったのは、コリンナがわざと仕組んだことだ。変装したアルトウィンがエレオノーラに近づきやすくするために。
二日目の夕方もそう。コリンナからエレオノーラを一人にする算段の連絡がきていた。
コリンナはアルトウィンの指示通りによく動いてくれる、便利な存在だ。情報収集の能力の高さだけでなく、ことエレオノーラまわりのことをコリンナに頼ってしまったのがよくなかったのかもしれない。
コリンナに頼るのではなく、自力でエレオノーラと向き合うべきだったのだ。
そうすればエレオノーラは、「アルトウィン」に見せる静かな微笑みではなく、「アロイス」に見せたような屈託のない笑顔を見せてくれただろうに。
本当はさっさとエレオノーラの貞操を奪うつもりでいたのだが、初日は二人でいるのが楽しくてこんな時間が続けばいいなと思ってしまった。胸ポケットに忍ばせていたお香も使う機会がなかった。
「アロイス」にはこんなふうに笑うんだな、話しかけるんだな。
そう思うと、アロイスは自分なのに悔しくてならなかった。「アルトウィン」はいわばエレオノーラのために作り上げた人物像だからだ。
だが今ならわかる。
エレオノーラは自分に、理想の男性よりも、アロイスのようにお互いの話をしながら隣を歩いてほしかったのだ。
「お互い、遠回りしたな……」
小さくささやくと、エレオノーラがかすかに呻いて寝返りを打った。
***
マールバラへはコリンナの屋敷の馬車で来たけれど、帰りはアルトウィン様の馬車。
「つまり、アルトウィン様はすべてお見通しだった、と」
アルトウィン様からすべての種明かしをされ、私は思わず引きつった。
「そうだな」
「……それはさぞ見物だったことでしょうね。私が一人で悩んで空回りして、ばかみたいではありませんか」
「柄にもないことをしているな、とは思った。君に悪女なんてできるわけがないだろうに」
「……でもアルトウィン様を振り回すことはできましたわ……って、さっきからどうして私のおなかを触っていらっしゃるのですか?」
「うーん」
隣に座るアルトウィン様が私のおなかをなでながら、私を見た。
「子どもがうまく宿りますように、と」
「……子ども……?」
「本当は結婚してからにしようと思っていたんだが、エレオノーラがかわいいことをやるから俺のタガが外れてしまっただろう?」
「う」
「エレオノーラとの子どもがほしいんだ。最初の子は女の子がいい。エレオノーラにそっくりな女の子……きっと天使みたいにかわいいぞ。何しろ俺は一歳の時のエレオノーラに一目惚れしているからな」
アルトウィン様がにんまりと笑う。
そういえば予想通り、アルトウィン様の黒髪も癖も変装のためだった。なんとこの変装のために、長かった髪の毛を切ってしまわれていた。もったいない。きれいな銀髪だったのに。
そのアルトウィン様は王都に帰還するために、今は元の銀髪に戻されている。
けれど、話し方は戻らない。「アロイス」のままだ。
「そのお話、私とコリンナ以外にはされないでくださいね」
「うちの両親と君のご両親に兄上も知っている話だが」
「わかりました。身内以外に言うのはなしです。……頭おかしいって言われますよ、一歳児を見初める六歳児」
「失礼だな、一途と言ってほしい」
「アルトウィン様の一途は度を超えています。……もう、以前のアルトウィン様の話し方はされないのですか?」
私が聞くと、アルトウィン様がふふっと笑った。
「君が望むのなら、戻してもいいよ。私は、君に嫌われたら生きていけないからね」
「……。私、アルトウィン様が指摘されたように、少しアロイスに心が惹かれておりました。おかしいですね、私、同じ方に恋をしたようです」
アルトウィン様の動きが止まる。
どうしたのかしらとアルトウィン様の顔を覗き込むと、紫の目が真ん丸になっていた。
「……アルトウィン様?」
「エレオノーラがかわいすぎるのがいけない!」
がばっとアルトウィン様が抱き着いてきて、そのまま唇を奪われてしまう。
その口付けが官能的なものになるのに時間はかからなかったが、場所は馬車の中ですぐそばに御者がいる。
いやー、やめてー、という私の大声に馬車が止められ御者が覗き込んできたため、アルトウィン様がムスッとしてしまったのはしかたがない話で、王宮に戻ったあといろいろ順番をすっ飛ばしてアルトウィン様にお仕置きされてしまったが……、
私たちのもとにかわいい女の子がやってくるのは、もう少し先の話。
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これで終わりでしょうか?続きがすごく気になります。エレオノーラと陛下の事もコリンナのその後も!続きがあるのならば読みたいです。これからも応援してますので頑張って下さいね☆
東堂明美様
感想ありがとうございます!
この話はここでおしまいです。書き終わってキャラクターが見えてきたので、もっといろいろ書けばよかったなあと思いましたが、後の祭りといいますか。
続きはどうでしょう…コリンナのわくわく変装日記とかならいけるかも(それは続きではなくスピンオフ)。
エールありがとうございます。ぼちぼちがんばります!
yunashuさま
感想ありがとうございます。
アルトウィンとコリンナの仲の良さが本物ゆえに、エレオノーラが悲しくなる展開にしたかったので、お似合いに見えていたのなら何よりです。エレオノーラが極端な考えに走る理由付けになってほしかったので…。
ラノベは主人公の行動が極端だったり突飛だったりするので、このあたりに説得力を持たせるのが本当に難しいですね。
お付き合いいただきまして、本当にありがとうございます!