15 / 33
4
1
しおりを挟むセバリ公爵夫人の邸へ行った数日後、ノアさんから電話が来たけどタイミングが悪くて出られなかった。
なんとなくかけ直すこともしなかった。
マーヤは気づかわしげな顔をするけど、何も言わない。巻き込んで本当に悪かったと思う……。
あの夜カーリンとよりそって歩くノアを見て、私は自分の場違いさや邪魔もの具合をあらためて自覚した。
浮ついていたのだと気がついた。
二度目の電話を無視したころ、トールさんの原稿を読みおえた。
話は荒唐無稽だけど中々読みごたえがあった。
ノア氏と約束はないけど、あの部屋へ行ってみようかなと思った。
トールさんへ原稿を返すためだ。他意はない。
□□□
……——まだ陽は落ちていないから一階の酒場は静かだった。
ノア氏の部屋のドアをノックしてみた。返事はない。
彼はいないのだ。当たり前だ。ここは彼の家というわけではないのだから。当たり前の事なのにため息がでた。
「……ナナ?」
「トールさん!」
いつの間にかむかいの扉が開いてトールさんがのぞいていた。
「足音がしたからもしかしたらと思って。ノアの恋人の誰かかとも思っ……あっ」
今のは忘れてとトールさんはきまり悪そうな顔をした。私は苦笑いした。ノア氏の外から見た評価が少し分かってきた。
「原稿全部読んだから持ってきました。面白かったです」
「本当? うれしいな」
また部屋に招き入れられてソファにかけた。
トールさんは紅茶を入れてくれる。今日も部屋はやや散らかっている。
「……で、ここで怪獣が出てくるのがなんでなのかなって思ったんです」
「それみんなに言われたよ! そんなに変かなぁ」
トールさんの本について感想や意見を言い合った。彼は良くしゃべる人で時々笑わせてくれるから、あっという間に時間がすぎる。
紅茶がぬるくなった頃、トールさんが思い出したように言う。
「所でノアとの約束はいいの?」
「今日は約束してないんです」
「そうなの……?」
トールさんは怪訝な顔をした。あたりまえだろう。約束もないのにここへ来たって彼がいるわけないのに。
ノア氏には私の知らない生活がある。多分知らない顔もある。誰にでも秘密があると自分でも言っていた。
「ごめんね、嫌なこと聞いたみたいだね」
「えっ……?」
「泣いてる」
トールさんの指が頬をぬぐった。涙の粒が弾けてはじめて自分が泣いていることに気がついた。
「ノアと喧嘩した?」
「あ、あの……ノアさんが……カーリンが世界で一番可愛いって……」
思いがけず気にしていたことが口から溢れてしまった。
「きみ知ってたの? ノアの奥さんのこと」
うなずくとトールさんはすこしあきれた顔をした。そして頭を撫でてくれた。
「分かってて好きだったの? ノアのこと」
「……そうみたいです」
ノアさんとの関係や彼への気持ちを、私はどこかぼんやりととらえていた。
でもカーリンと並んで歩いて彼女を一番だと褒める姿を見てはっきりと自覚した。
私は彼を好きで、彼は親友の夫だということだ。
0
あなたにおすすめの小説
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる