豆柴彼女。

ちゃあき

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4話 幻じゃない子犬

1.散歩とケンカ

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「天気良くてよかったね」
「ヒャン!」

 今日は大学もバイトも休みだから、犬の姿のあずきにリードをつけて散歩に出た。

 ……——この姿の時は絶対人間には戻らないように何度も念を押しておいた。

「河川敷の方まで行こうか……ってつい話しかけちゃうね」

 犬のあずきと会話ができないのはわかってる。でもいつものクセで話しかけてしまう。

 あずきは尻尾を振ってその場でクルクル回る。

 可愛かったから動画を撮ってストーリーを更新した。あつしくんが瞬足で見にきてた。



 僕の自宅マンションから一番近い河まで1km弱ほどだ。

 夏はバーベキューや花火の集団で賑わうけど、今はまだジョギング民や散歩民がちらほら思い思いの趣味にいそしんでいるだけだ。

 あずきは今日も好奇心旺盛で先へ先へと歩いていってしまう。

 やんわりリードを引いていさめる……——とはいえあの脚の長さなので急いだところでたいして先へは進まない。

 暑くも寒くもなく、土手下の青いススキの群れは静かだ。郊外だから頭上でトンビの鳴き声がする。

 空は吸い込まれそうに青い。
 視線を落とすと小さな豆柴の尻が小さな影を連れてトコトコ歩いていく……。

「……ヒャン」
「んっ?」

 前方に何かを見つけたあずきが小さく吠えた。

 未舗装の遊歩道の先で、何か小さなものが砂埃をあげて転げ回っているのが見える。

 あずきがふいに強い力でリードを引く。

 今までのよちよち歩きは何だったのかと思うくらいの速さと力強さで僕を引きずって、あっという間にそれが目の前に迫った。

 すぐに正体は分かったけど、かえって我が目を疑う事になった。

……——「えっ? チワワ?」
「ヒャン! ヒャン!」

 転げ回っていたのは二匹の犬だった。一匹はピンクの首輪にリードをぶら下げた、クリーム色の小さなチワワだ。

 チワワの脚の下には雑種らしい薄汚れた茶色の子犬がいた。子犬同士のケンカにあずきが口を出したのだ。

 人間ぼくに驚いたのか、茶色の子犬はチワワの足元から逃げ出した。とっさにチワワのリードを掴んでこちらだけでも逃げないよう捕まえた。

「ヒャンヒャンヒャンヒャン」
「ピャンピャンピャンピャン」
「あっ、こら」

 今度はチワワとあずきが足元で乱闘を……と思ったら、こちらは平和的にじゃれ合いながら砂の上を転がっていく。

 絡まったリードをぐるぐる解きつつ、この子はあずきの知り合いなのかなとふと考えた。

「……すみませーん! うちの犬逃げちゃって」
「あ、飼い主さんですか?」

 向こうから黒いエプロンの女の人が走ってきた。

 茶色のストレートのロングヘアとぱっちりした目の、僕より少し歳上に見えるスラッとした人だ。
 チワワのリードを差し出すとお礼を言って受け取った。

「ごめんなさい、迷惑かけませんでした? ココアこれ引っこ抜いたみたいで」
「えっ? 全然、迷惑とかはないんですけど……」

 彼女の手にはココアというチワワの身体より大きい杭が握られていた。さっき子犬を倒してたし、この子は案外力が強いのかもしれない。

 茶色い子犬を追っていた事を伝えると、お姉さんも見た事があるみたいだった。近ごろこの辺にきた迷い犬らしい。

「ココアを捕まえてくれたお礼をしたいんだけど、この後講習会に顔出さないといけなくて……あなた飲食店とか興味ある?」

 彼女はポケットから名刺を取り出した。
 そこにはcafe cocoa 店主 木蓮さゆりと記されていた。店のロゴとチワワのイラストが添えられてる。

「この先の川沿いにあった空き物件にオープンしたばっかりなんです。お礼するから、時間があったら遊びにきて。ペット同伴OKだからその子も一緒に」
「わかりました。よかったねあずき」

 あずきちゃんっていうのねと言われて、あずきはまた元気よく尻尾を振った。
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