夢を紡ぐタイプライトな羊達

橘 嬌

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語り紡ぎ、そこにあるもの

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「もう。なんで私まで一緒に会うなんて勝手に決めたのよ」

「済まないと思ってるよ。まさかこんな事になってるなんてな、でも俺の三年前の感情的な一時の発言が彼の事をそれほど苦しめてしまったとまでは正直考えてもいなかったよ」

「そういうとこ鈍感だからね、昔から、圭介は」

 あれから私達は、彼が待ち合わせ場所に決めたホテルの一室で会うことになった。日付はコンテストの発表の日、彼に会うまでには半年もの月日がかかっていた。そして一時間後に、私達の運命を決める、新人賞の受賞者がラジオで発表される事になる。

「それにしてもこのホテル高級ね、ファミリー向けのスイートルームかしら、この部屋広い上に最上階だから、都会の夜景が一望できる。こんな綺麗な夜空で会合なんて彼、作品もそうだけどセンスいいわ」

 私はワインを片手にうっとりと夜景を眺めた。

「フン、気取ってるよ全く。何がホテルだよ、お互いに初見なんだからどっかのファミレスで十分だったんじゃないのか」

「彼なりの誠意なんじゃないの? 私的にはイケメン二人に囲まれてのここでの時間はきっと楽しいと思うわ。それに悪くないじゃない? 作家三人、ホテルの最上階でワイン片手に結果を待つなんて、本当の授賞式みたいで粋な演出だわ」

そうこうしていると部屋のチャイムが鳴った。圭介が静かに扉を開く。

「おまたせ、お二人共」

扉の前で、彼はすっと頭を下げて私達二人に礼儀正しくお辞儀をして挨拶する。

萎ヱ木なえき 樺棲かすみです。初めまして、今日は三年前のリベンジに来ました」

「硬い挨拶は抜きにしよう、今回のコンテストの事だよな、ああ逃げも隠れもしないよ、三年前の非礼は心から詫びる。君には本当に申し訳なかった。今度は正々堂々と君の挑戦をうけようじゃないか、良きライバルとしてね。作家、風見詩経として、心から敬意を表するよ」

しきみ れいです」

私はぺこりと頭を下げた。

「お美しい、ああ僕の想像通りです。紗希さん」

そう言うと彼は私の手を取り、手のひらに口づけをした。

「おまえなぁ、ちょっとそういう事は無しだぞ坊主」

「何よ、いいじゃないこれくらい、圭介も見習いなさいよ」

フフん、とまんざら悪くない気分の私。

「言っときますけど、メールでお約束した通り、この勝負に僕が勝ったら夏樹さんへの告白権は僕が先に頂きますからね、風見詩経さん」

ん?  ……勝負? 頂く?

「ちょっと、圭介一体何の話?」

「あ、いや話の流れでな、ついな、」

「あ、聞いてないんですね。今日の授賞式のラジオ放送で新人賞を取ったほうが夏樹さんに告白する権利を得るという事になってます」

「ちょっと、あなた達、人をモノみたいになんて事を……それに投稿はあたしもしているんですからね。そもそもよ、二人のうちどちらかが授賞なんて甘いんじゃないの? 他にも私達以外にも何万という投稿者がいる事もお忘れなく!」

「しかもあたしだけのけ者で二人だけで賭けをしちゃって、もしあたしが授賞したら逆にどうするの?」

「その時は夏樹さんにどちらと付き合うかを選ばせてあげます」

「なんであくまでも二択なのよ」

「ところで君はなんで俺のファンになったんだ?」

 圭介が煙草を咥えながら呑気に夜景を眺めながらつぶやいた。

「あなたの作品がね、僕の脳髄をいちいち刺激するんだ。悔しいけど僕にはあんな作品は描けない、だからね、僕の作品ではあなたと正反対の事をする事にしたんだ。限りなくかけ離れた正反対の耽美世界。逆に言えば風見詩経には絶対に描けない世界だからね」

「なんだ。それって俺の作品に対する嫉妬じゃないか。お前、可愛いヤツだなぁ」

「嫉妬じゃない、風見詩経の事は尊敬していたんだ、この三年間、その証に風見詩経を腐らせない為に、ネットでそのメンツは守り通してきた、勿論目的はもう一度、三年前と同じ条件で風見詩経と正式に作品を投稿し、僕が超えた事の証を世に示す為の布石だけどね、三年前に逃げたあなたにもう一度現実を受け止めてもらう為にね、だから今日この瞬間にあなたに会った。そして今回のコンテストの作品はその事を小説になぞったのさ、投稿したのは僕自身のオートフィクションさ」

「ほう。なかなか面白い嗜好じゃあないか」

「……でも正直現実のアンタと話してがっかりした、風見詩経はもっとこう、凜としていて美徳がある人間だと思っていたからね、三年前の事も、きっと計算もなくただ感情的になっただけだったんだろうね、それがもうわかってしまったから、だからもうなんか、あんたに執着している自分自身が馬鹿馬鹿しくなってしまったよ」

うんうん、と頷く私。

「いや、三年前の君の作品は確かに素晴らしかったよ。俺にはあんな美しい作品書ける自信ないな、こりゃ勝負は5分5分だな」

「……あ、ありがとうございます」

突然の圭介の言葉に顔を赤く染める萎ヱ木君。……以外と彼はまだ圭介を尊敬しているのかもしれない。憧れの存在に褒められる事、彼は復讐なんて言っているけれども本当は、憧れているその人の、その一言が欲しかっただけなのかもしれない。きっと三年前のあの時に。

「ねぇ。二人共、アタシが賞を取ったら、あたしの言う事聞いてよね。二人共あたしの恋人になる事」

「なんだよ、それ二股じゃないか」

「僕はかまいませんよ。お二人となら楽しそうだし」

三人並んで同じ月と夜空を見上げる。

どちらにしろ、この先、夏樹 紗希の作家人生、しばらくは退屈せずにすみそうだ

 三人から遠く離れた位置で、そっとラジオから結果発表のアナウンスが流れる

新人賞を発表します……今年の新人賞は……

 だが三人は授賞の事など忘れて優雅にお互いの作品の内容を賞賛し合い、感慨深い酒を楽しそうにくみ交わしていた。
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