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修道女、姫の護衛をする
いつもの裏切り④
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(亡くなったことはお気の毒だけど……)
マリーも優しくて気の利くニコルより、どうしても身勝手なリシャールが好きだから、言葉にできないけど、それが彼女が選んだ道なら仕方がない気がした。
だいたい、他人の恋愛を他者がどうこう言う話ではない。
サラたちだって、いろいろあるけれどそれは本人たちの問題のはずだ。
もし、サラがニコルのことを好きだったら話は違ったのかもしれないけど、ニコルがサラが困っているからテオフィルを殺してあげると言われても嬉しく無いように、彼女も怖くなったのだろう。
彼女はニコルの兄を守ためにニコルから距離を取ったことも容易に想像できる。
ニコルは愚かではないはずなのに、こんな簡単なことが分からなくなるのが、恋というものなのだろうか。
恋が全てを、人生を、生き方を狂わせたのだろうか。
マリーが視線を窓の方向へ移すと、死者たちの群れが居間の半分までやってきていた。
時間はあまり残されていないようだ。
サラも相変わらず俯いたまま、マリーの横に立っている。
現状は何一つ変わらない。
できれば、サラだけでも逃げてほしいとマリーは思っていたが、サラはこの場に残るつもりだ。
「私はそれから様々な彼女に似た女性に会いました。皆、弱い可愛いひと。ある人は娼婦で生きるのがつらいから。ある人は令嬢で叶わぬ恋に疲れたと。みんな励ます。尽くします。でも、誰も私をを選ばない。なぜでしょう。身勝手な男が好きなんです。救いようがない男でも、見捨てられないんです。ね、ローゼ様」
「……」
(仕方ないじゃない、好きなんだから)
マリーはリシャールの前では何も言えなかった。
ニコルは知らない。マリーが潔くこの恋を諦めようとしているのを。リシャールを見捨てるも見捨てないも、マリーができることは何もない。
ニコルに気持ちを言い当てられて、こんな時なのに、リシャールの蒼い瞳がこちらに向けられて、マリーの本心を見透かそうとしているようで、居た堪れず、俯いた。
「みんな、おんなじなんです。恋を前にしては、女性は愚かです」
ニコルはよほど初恋の人が忘れられなかったのだろう。
結果的にまた似た様な人を探し求めてしまった。
そう言えば今回の被害者で娼婦も婚約者が嫌いな令嬢もいた。それらはやはりニコルが関連しているのだろうか。
「殿下、何か言いたげですね。どうされました?」
気づけば、いつの間にかリシャールは眉根を寄せて、これまでにない呆れた顔をしていた。
実に残念そうな、気怠い、面倒臭そうな。
(殿下……? この場に及んでなんでそんなダルそうな顔しているの)
マリーは何故かとっても嫌な予感がしたのだ。
いつもの最近よくある嫌な予感が。
「どんな話かと思って聞いてみれば…………」
リシャールの声質はいい。
低くて、少し掠れているのに響くし、こんな時でもはっきりと聞こえるくらいに部屋に通る声音だ。
「お前の正体は、横恋慕常習犯か。本命からすれば、恋愛相談のふりして近づいて、たまったもんじゃないな」
「なっ……!」
「お前の初恋とやらはもう終わった話だろう? 過去のトラウマに、うちの弟の妃であるサラ姫を巻き込まないでくれないか。一応私も義理の兄として、かなり迷惑しているんだ」
「あ、兄、だと?」
「義理だけどな」
「……リシャール様」
淡々とが語っていたニコルが目を見開き、俯いていたサラがはっと顔を上げた。
リシャールはニコルの深刻な話をまるで茶番のような扱いだ。
深刻な空気が少しだけ軽くなる。
「私の婚約者まで巻き込んで……はぁ、嫌な夜だな。とにかく、一刻も早く、ローゼから銃を引け。もちろん、私に向けてる、その非正規品みたいな出どころの怪しい、税金を払ってない様な……えっと聖器とやらの銃も閉まってくれ」
「なっ……!」
「だから、私の婚約者に銃を向けるなと言ったんだ。早くしないと、私はお前みたいに女に確認しなくてもお前を殺すぞ?」
マリーがギョッとした。
やはり、嫌な予感がする。
あと数分で死者たちは目の前までやってくるし、丸腰のリシャールや術をかけられて動けないマリーたちの圧倒的不利は変わらない。
しかし、リシャールはお構いなく、こんな状況下で、とんでもない失言をしそうだ。
お願いだから、もうそれ以上言わないでほしい、とマリーは願った。
リシャールの言っている事はもっともだが、ニコルを刺激してはいけない。
まだ、死にたくない。
「聞こえなかったのか、浮気相手殿?」
マリーの願いも虚しく、無情にもリシャールははっきり言い切った。
マリーも優しくて気の利くニコルより、どうしても身勝手なリシャールが好きだから、言葉にできないけど、それが彼女が選んだ道なら仕方がない気がした。
だいたい、他人の恋愛を他者がどうこう言う話ではない。
サラたちだって、いろいろあるけれどそれは本人たちの問題のはずだ。
もし、サラがニコルのことを好きだったら話は違ったのかもしれないけど、ニコルがサラが困っているからテオフィルを殺してあげると言われても嬉しく無いように、彼女も怖くなったのだろう。
彼女はニコルの兄を守ためにニコルから距離を取ったことも容易に想像できる。
ニコルは愚かではないはずなのに、こんな簡単なことが分からなくなるのが、恋というものなのだろうか。
恋が全てを、人生を、生き方を狂わせたのだろうか。
マリーが視線を窓の方向へ移すと、死者たちの群れが居間の半分までやってきていた。
時間はあまり残されていないようだ。
サラも相変わらず俯いたまま、マリーの横に立っている。
現状は何一つ変わらない。
できれば、サラだけでも逃げてほしいとマリーは思っていたが、サラはこの場に残るつもりだ。
「私はそれから様々な彼女に似た女性に会いました。皆、弱い可愛いひと。ある人は娼婦で生きるのがつらいから。ある人は令嬢で叶わぬ恋に疲れたと。みんな励ます。尽くします。でも、誰も私をを選ばない。なぜでしょう。身勝手な男が好きなんです。救いようがない男でも、見捨てられないんです。ね、ローゼ様」
「……」
(仕方ないじゃない、好きなんだから)
マリーはリシャールの前では何も言えなかった。
ニコルは知らない。マリーが潔くこの恋を諦めようとしているのを。リシャールを見捨てるも見捨てないも、マリーができることは何もない。
ニコルに気持ちを言い当てられて、こんな時なのに、リシャールの蒼い瞳がこちらに向けられて、マリーの本心を見透かそうとしているようで、居た堪れず、俯いた。
「みんな、おんなじなんです。恋を前にしては、女性は愚かです」
ニコルはよほど初恋の人が忘れられなかったのだろう。
結果的にまた似た様な人を探し求めてしまった。
そう言えば今回の被害者で娼婦も婚約者が嫌いな令嬢もいた。それらはやはりニコルが関連しているのだろうか。
「殿下、何か言いたげですね。どうされました?」
気づけば、いつの間にかリシャールは眉根を寄せて、これまでにない呆れた顔をしていた。
実に残念そうな、気怠い、面倒臭そうな。
(殿下……? この場に及んでなんでそんなダルそうな顔しているの)
マリーは何故かとっても嫌な予感がしたのだ。
いつもの最近よくある嫌な予感が。
「どんな話かと思って聞いてみれば…………」
リシャールの声質はいい。
低くて、少し掠れているのに響くし、こんな時でもはっきりと聞こえるくらいに部屋に通る声音だ。
「お前の正体は、横恋慕常習犯か。本命からすれば、恋愛相談のふりして近づいて、たまったもんじゃないな」
「なっ……!」
「お前の初恋とやらはもう終わった話だろう? 過去のトラウマに、うちの弟の妃であるサラ姫を巻き込まないでくれないか。一応私も義理の兄として、かなり迷惑しているんだ」
「あ、兄、だと?」
「義理だけどな」
「……リシャール様」
淡々とが語っていたニコルが目を見開き、俯いていたサラがはっと顔を上げた。
リシャールはニコルの深刻な話をまるで茶番のような扱いだ。
深刻な空気が少しだけ軽くなる。
「私の婚約者まで巻き込んで……はぁ、嫌な夜だな。とにかく、一刻も早く、ローゼから銃を引け。もちろん、私に向けてる、その非正規品みたいな出どころの怪しい、税金を払ってない様な……えっと聖器とやらの銃も閉まってくれ」
「なっ……!」
「だから、私の婚約者に銃を向けるなと言ったんだ。早くしないと、私はお前みたいに女に確認しなくてもお前を殺すぞ?」
マリーがギョッとした。
やはり、嫌な予感がする。
あと数分で死者たちは目の前までやってくるし、丸腰のリシャールや術をかけられて動けないマリーたちの圧倒的不利は変わらない。
しかし、リシャールはお構いなく、こんな状況下で、とんでもない失言をしそうだ。
お願いだから、もうそれ以上言わないでほしい、とマリーは願った。
リシャールの言っている事はもっともだが、ニコルを刺激してはいけない。
まだ、死にたくない。
「聞こえなかったのか、浮気相手殿?」
マリーの願いも虚しく、無情にもリシャールははっきり言い切った。
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