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生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない
夏の日①
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暑さで気が狂いそうな夏の日。
遡る事10年前。
王都を追われた『エマ』だった頃のリシャールと、まだ伯爵令嬢『マリーローゼリー・ミュレー』だったマリーは、午後の陽ざしから逃れるために、教会の側に深く根をおろす大樹の下で座っていた。
教会では大人たちが今日もまた聖書の内容を小難しそうに解釈して、神に感謝するように手を合わせて祈っている。
今日もローゼは両親が教会に居る間、暇を持てあまし、エマ、つまりリシャールのところに来ていた。
窓を開けた教会の室内も、この木陰も暑さは差ほど変わらないが、リシャールはこの夏の間ずっと風邪を引いたように顔が火照っていた。
理由は、明確で隣にいる少女ローゼのせいだと自覚していた。
涼しい朝も夜も、気温に関係なく身体が熱くなるのは彼女のせいだ、と。
リシャールは、多分このやるせ無い切なさは初恋というものだろうと言う事は理解できた。
しかし、感情が無くなったように涙すら流せない自分が、恋煩いなんておかしな話だと思った。
でも、困った事にローゼの事を考えると、どうしようもない劣情が湧き上がり、彼女をどこか連れて行って、自分だけのものにしたくなる時があった。
そんなリシャールの悩ましい思いを知らない無垢なローゼは、芝生の上にピクニック用の敷物を敷き、教科書を開きながら家庭教師から出された宿題をしていた。
リシャールはその狭い敷物の上に「エマも一緒に座って!」と強引に座らされた。
はっきり言って、2人の距離は近い。
リシャールは、ローゼとお互いの肩が触れながら、時に話すと相手の吐息がかかる、甘い時を過ごした。
リシャールは、特に今日もやる事が無く、かといってローゼをじろじろ見るのも変だから、無表情を装い、本を読みふけっているふりをしていた。
しばらく宿題に夢中で、沈黙していたローゼが突如教科書から顔を上げた。
「ねぇ、エマ。戦争は何故起こるの?」
「今日は歴史の宿題か?」
「うん。先生に答えはたくさんあるけど、まずは歴史を自分で調べて、理解する事が大切だって言われたの。でもいくら教科書を読んでも、領地の移り変わりやその時の王様の名前ばかりでしょ? 答えなんてどこにも書いてないわ。エマなら知っているかな、って思って」
ローゼはパラパラと教科書を捲りながら、息を吐いた。
リシャールは読んでいたふりをしていた本を傍において、腕を組んで言った。もっともらしく。
「そんなの簡単だ。利益のの為だろう」
「利益?」
「そうだ。誰もが貧困や飢えはつらいからな。住みよい暮らしのためにより多くの領地が欲しいんだ。だから、隣の国の宗教にいちゃもん付ける。どちらの宗教が正しいかについて謎の火種を巻いて、自身を正当化するための戦いを始める。実は領地がほしいだけなのに」
「なるほど……」
「他には、そうだな。ほら、国境になっている山脈の資源を独占したいとしたら、山脈を自らの領地と主張する。そうしたら資源を奪い合いになって戦になる。……理由はいつの時代もだいたい同じだ。自国にない物を奪い取ろうとする考えや、自分たちの正当性、立場を優位にしたいそんなくだらないプライドだ」
「へぇ。そうなんだ。よくわかんないけど、とりあえず偉くなりたいとか、他の人の物が欲しくて奪い合ったりするんだね」
「まぁ、そんなところだ」
ローゼは納得したようにペンを走らせた。
そして、またローゼは首を傾げて言った。
「じゃあ、人間の価値は何で決まるの?」
それは12歳の少女が聞く質問ではなかった。
「急にまた難しい事を訊くな……」
「宗教学の宿題なの」
「ああ、なるほど」
ローズライン王国では泉の神信仰が盛んで、宗教も歴史と同じ学問として学ぶのが普通だ。
何故かというと、魔法や歴史と切っても切り離せないのが宗教学だ。
この国は泉の女神の信仰で栄えてきたわけであり、国の成り立ちを知るには欠かせない。
それに国民に対する心構えとして、倫理観を学ぶ手立てとしても利用されている。
要は宗教学は道徳的意味合いもあるのだ。
「人間の価値って……この問題の意味が分からないわ。でも、明日までの宿題なの。宗教学だから、神様に沢山毎日何時間も祈る人が素晴らしいとかかな? とも思ったけど……」
「そんなわけないだろう。生活に支障が出る」
「でしょう?」
リシャールはいくら考えてもわからないローゼに見かねて答えを言った。
「ユートゥルナ信仰の、神に支える人間の価値について宗教的に言えば、『どれくらいの人々を幸せにしたか』だ」
ローゼは「なるほど、流石エマ。そう言えば、利益を追求しない善行な行いが良いって先生言っていたわ! 要はボランティアね!」と感心したようにペンを走らせた。
彼女は、それ以上は何も聞かずに他の宿題を始めた。
次は数学らしい。
リシャールは先程ローゼに人間の価値について問いかけられ、はっとした。
自分で、人間の価値は人を幸せにする事と言い、次の瞬間、身体の中に冷たいものが走った。
じゃあ、自分は最低だな、と。
人を幸せにすることが大切と説くなら、『人殺し』なんて最低最悪だと今更ながらに実感したのだ。
でも、考えてみれば、世の中矛盾している。
大勢戦争で人を殺した騎士は英雄で正義らしい。
悪と正義は紙一重。
王族なんて人殺しナンバーワンの種族だから、悪のはずが市民にからすれば崇拝対象だ。
だから、リシャールは昔から嘘ばかりで、矛盾ばかりの聖書が嫌いだった。
聖書みたいに真っ直ぐに生きるのは理想かもしれないが、その前に神もいない無情な世の中に飲み込まれて自分は死んでしまうだろう。
だから、リシャールは、信仰よりも人殺しや死者蘇生と言う禁忌をとり、倫理を捨てて、唯一慕ってくれた弟を守った。
もし、リシャールがもっと熱心な信者だったら、魔力の低い弟は父に言われた通り魔法を使い、今頃死んでいただろう。
リシャールは戦争に出て多くを殺めて、弟を、国を守ったから後悔はなかったけれど、自分で自分を許せない部分がどこかにあったのだ。
(そもそも私は悪役に間違いはないし、最低だ)
父から政権を奪いたい叔父は、リシャールがなにも抵抗しないのをいいことに、弟を正義とし、彼を悪役に仕立てた。叔父は歴史でいうリシャールを『悪人』として仕立て上げた。
そうしてリシャールは父が不在時に王族なのに戦闘狂、墓荒らしに加えた死者蘇生で倫理裁判で訴えられた。まるで犯罪者のように。
一方、リシャールに悪行を命じた上司である父の頭の中は、母を蘇らせることでいっぱいだ。彼のことなんてどうでもいいのだろう。
よって、今では誰にも庇われず、王子ながら戦犯。
それが作り上げられた悪役でも、リシャールには今更どうでもよかった。
いつか弟であるテオフィルが国の未来のためにリシャールに犯人役になってほしいなら、今までの罪を被って、死んでもよかった。
弟は英雄になるから、後悔はない。
それに、自分はそれ相当の罪を犯したから。
リシャールは、自分は人として終わっていると思っていた。
だから、リシャールにとってローゼとの出会いは、最期の温かい思い出みたいな気持ちでいたのだ。
いつか叔父の部下が私を見つけて、その時父が不在だったらリシャールは確実に殺されるだろうから。
宿題が終わったらしいローゼは新聞を開いて、また眉間にしわを寄せて難しい顔をしていた。
ちなみにローゼはあまり勉強が好きではない。
それでも最近はリシャールの影響か、絵を描くだけでなく、文字を読むことにハマっているらしい。しかし。
「難しい単語が多くてわからないわ。エマ、お願い。いつもみたいに読んでっ!」
「はぁ……」
リシャールはローゼのために新聞の内容を分かりやすく言葉を言い換えて聞かせてあげてることにした。
この頃、リシャールたちは、絵を描いたり、本を読んだり、新聞の解説をして教師の真似事をしたり、川に散策し、街外れの冒険もしていた。
田舎では学校もない時代だ。
伯爵令嬢であるローゼは、午前は勉強し、午後はリシャールと会っていた。その日も、そんな何気ない一日だと思っていた。
リシャールは紙面に目を通し、新聞を折り曲げて敷物の上に置いた。
「エマ、どうしたの?」
「今日は王子の話だよ。つまらないし、やめよう」
「王子って?」
「ローゼは知らないの? 王都のクリスタル伝説とか」
クリスタル伝説はこの国の第一王子であるリシャールが王城の裏手にある結界を越えてきた隣国の兵を、その付近の街ごと凍らせた話である。
もともと氷魔法は戦闘用の魔法ではなく工芸品作成術だったのを、その時リシャールが攻撃魔法として初めて使ったのだ。
あの時、リシャールは警備兵も全滅で、魔法を使うしか王都を守れなかったから仕方なく使用した。
しかし、そのリシャールの魔法ーーすべてを凍らし、死体すら雪のように消える人間離れした魔法は敵も味方も震撼させた。
恐怖のドン底に落としたのだ。
「氷華って聞いたことないか?」
「氷の華なんて、綺麗な名前ね。それって女の人の名前?」
「本当に知らないんだな。ローゼはひどい田舎者だな……いや。知識不足。馬鹿」
「ひどい」
まさかローゼは目の前に『氷華』がいるなんて思わないだろう。
リシャールは他人事のようにローゼに教えた。自分事だということは伏せて。
「氷華っていうのはこのローズラインの第一王子リシャールのあだ名だよ。彼はね、墓を掘って死体を集めて死者を蘇生させたり、王子なのに戦争の前線に立って世の中で一番人を殺したやつのことだ」
ローゼはリシャール王子について何も知らなかったようだ。彼女はその凄まじい内容に、一瞬絶句した。
「王子なのに、その人は、なんでそんなことを……?」
その時何故かリシャールはローゼに真実をいうくらいいいだろう、と思った。
というか、誰かに言いたかったのかもしれない。
「彼、つまりリシャール王子にはテオフィルという弟が居いるんだが、その弟が周囲の大人たちに人質みたいに扱われているんだ」
「人質……?」
「それにリシャール王子はいつも周りの大人に言われている。お前が死者蘇生をしないなら弟にこの神に背く行為をさせるぞ、弟は魔力がないからそんな魔力の消費が激しい魔法なんて使わせてらすぐ死ぬぞ、と」
「ひどい……。だからリシャール王子は脅されて戦争に行くの? 王子なのに……」
「それとこれとは話が違う。戦力の問題だ」
「戦力……?」
何も知らない少女であるローゼに私はありのままに話した。
「彼だって戦争なんて行きたくないが、自国の兵は弱すぎて、話にならない。よって、行くしかないだけだ。絶対悪の彼にも、そんなきっかけがあったんだよ」
ここまで来たら、リシャールの口は止まらなかった。
「ローゼ。実は私は、その王子なんだ。人も大勢殺している」
遡る事10年前。
王都を追われた『エマ』だった頃のリシャールと、まだ伯爵令嬢『マリーローゼリー・ミュレー』だったマリーは、午後の陽ざしから逃れるために、教会の側に深く根をおろす大樹の下で座っていた。
教会では大人たちが今日もまた聖書の内容を小難しそうに解釈して、神に感謝するように手を合わせて祈っている。
今日もローゼは両親が教会に居る間、暇を持てあまし、エマ、つまりリシャールのところに来ていた。
窓を開けた教会の室内も、この木陰も暑さは差ほど変わらないが、リシャールはこの夏の間ずっと風邪を引いたように顔が火照っていた。
理由は、明確で隣にいる少女ローゼのせいだと自覚していた。
涼しい朝も夜も、気温に関係なく身体が熱くなるのは彼女のせいだ、と。
リシャールは、多分このやるせ無い切なさは初恋というものだろうと言う事は理解できた。
しかし、感情が無くなったように涙すら流せない自分が、恋煩いなんておかしな話だと思った。
でも、困った事にローゼの事を考えると、どうしようもない劣情が湧き上がり、彼女をどこか連れて行って、自分だけのものにしたくなる時があった。
そんなリシャールの悩ましい思いを知らない無垢なローゼは、芝生の上にピクニック用の敷物を敷き、教科書を開きながら家庭教師から出された宿題をしていた。
リシャールはその狭い敷物の上に「エマも一緒に座って!」と強引に座らされた。
はっきり言って、2人の距離は近い。
リシャールは、ローゼとお互いの肩が触れながら、時に話すと相手の吐息がかかる、甘い時を過ごした。
リシャールは、特に今日もやる事が無く、かといってローゼをじろじろ見るのも変だから、無表情を装い、本を読みふけっているふりをしていた。
しばらく宿題に夢中で、沈黙していたローゼが突如教科書から顔を上げた。
「ねぇ、エマ。戦争は何故起こるの?」
「今日は歴史の宿題か?」
「うん。先生に答えはたくさんあるけど、まずは歴史を自分で調べて、理解する事が大切だって言われたの。でもいくら教科書を読んでも、領地の移り変わりやその時の王様の名前ばかりでしょ? 答えなんてどこにも書いてないわ。エマなら知っているかな、って思って」
ローゼはパラパラと教科書を捲りながら、息を吐いた。
リシャールは読んでいたふりをしていた本を傍において、腕を組んで言った。もっともらしく。
「そんなの簡単だ。利益のの為だろう」
「利益?」
「そうだ。誰もが貧困や飢えはつらいからな。住みよい暮らしのためにより多くの領地が欲しいんだ。だから、隣の国の宗教にいちゃもん付ける。どちらの宗教が正しいかについて謎の火種を巻いて、自身を正当化するための戦いを始める。実は領地がほしいだけなのに」
「なるほど……」
「他には、そうだな。ほら、国境になっている山脈の資源を独占したいとしたら、山脈を自らの領地と主張する。そうしたら資源を奪い合いになって戦になる。……理由はいつの時代もだいたい同じだ。自国にない物を奪い取ろうとする考えや、自分たちの正当性、立場を優位にしたいそんなくだらないプライドだ」
「へぇ。そうなんだ。よくわかんないけど、とりあえず偉くなりたいとか、他の人の物が欲しくて奪い合ったりするんだね」
「まぁ、そんなところだ」
ローゼは納得したようにペンを走らせた。
そして、またローゼは首を傾げて言った。
「じゃあ、人間の価値は何で決まるの?」
それは12歳の少女が聞く質問ではなかった。
「急にまた難しい事を訊くな……」
「宗教学の宿題なの」
「ああ、なるほど」
ローズライン王国では泉の神信仰が盛んで、宗教も歴史と同じ学問として学ぶのが普通だ。
何故かというと、魔法や歴史と切っても切り離せないのが宗教学だ。
この国は泉の女神の信仰で栄えてきたわけであり、国の成り立ちを知るには欠かせない。
それに国民に対する心構えとして、倫理観を学ぶ手立てとしても利用されている。
要は宗教学は道徳的意味合いもあるのだ。
「人間の価値って……この問題の意味が分からないわ。でも、明日までの宿題なの。宗教学だから、神様に沢山毎日何時間も祈る人が素晴らしいとかかな? とも思ったけど……」
「そんなわけないだろう。生活に支障が出る」
「でしょう?」
リシャールはいくら考えてもわからないローゼに見かねて答えを言った。
「ユートゥルナ信仰の、神に支える人間の価値について宗教的に言えば、『どれくらいの人々を幸せにしたか』だ」
ローゼは「なるほど、流石エマ。そう言えば、利益を追求しない善行な行いが良いって先生言っていたわ! 要はボランティアね!」と感心したようにペンを走らせた。
彼女は、それ以上は何も聞かずに他の宿題を始めた。
次は数学らしい。
リシャールは先程ローゼに人間の価値について問いかけられ、はっとした。
自分で、人間の価値は人を幸せにする事と言い、次の瞬間、身体の中に冷たいものが走った。
じゃあ、自分は最低だな、と。
人を幸せにすることが大切と説くなら、『人殺し』なんて最低最悪だと今更ながらに実感したのだ。
でも、考えてみれば、世の中矛盾している。
大勢戦争で人を殺した騎士は英雄で正義らしい。
悪と正義は紙一重。
王族なんて人殺しナンバーワンの種族だから、悪のはずが市民にからすれば崇拝対象だ。
だから、リシャールは昔から嘘ばかりで、矛盾ばかりの聖書が嫌いだった。
聖書みたいに真っ直ぐに生きるのは理想かもしれないが、その前に神もいない無情な世の中に飲み込まれて自分は死んでしまうだろう。
だから、リシャールは、信仰よりも人殺しや死者蘇生と言う禁忌をとり、倫理を捨てて、唯一慕ってくれた弟を守った。
もし、リシャールがもっと熱心な信者だったら、魔力の低い弟は父に言われた通り魔法を使い、今頃死んでいただろう。
リシャールは戦争に出て多くを殺めて、弟を、国を守ったから後悔はなかったけれど、自分で自分を許せない部分がどこかにあったのだ。
(そもそも私は悪役に間違いはないし、最低だ)
父から政権を奪いたい叔父は、リシャールがなにも抵抗しないのをいいことに、弟を正義とし、彼を悪役に仕立てた。叔父は歴史でいうリシャールを『悪人』として仕立て上げた。
そうしてリシャールは父が不在時に王族なのに戦闘狂、墓荒らしに加えた死者蘇生で倫理裁判で訴えられた。まるで犯罪者のように。
一方、リシャールに悪行を命じた上司である父の頭の中は、母を蘇らせることでいっぱいだ。彼のことなんてどうでもいいのだろう。
よって、今では誰にも庇われず、王子ながら戦犯。
それが作り上げられた悪役でも、リシャールには今更どうでもよかった。
いつか弟であるテオフィルが国の未来のためにリシャールに犯人役になってほしいなら、今までの罪を被って、死んでもよかった。
弟は英雄になるから、後悔はない。
それに、自分はそれ相当の罪を犯したから。
リシャールは、自分は人として終わっていると思っていた。
だから、リシャールにとってローゼとの出会いは、最期の温かい思い出みたいな気持ちでいたのだ。
いつか叔父の部下が私を見つけて、その時父が不在だったらリシャールは確実に殺されるだろうから。
宿題が終わったらしいローゼは新聞を開いて、また眉間にしわを寄せて難しい顔をしていた。
ちなみにローゼはあまり勉強が好きではない。
それでも最近はリシャールの影響か、絵を描くだけでなく、文字を読むことにハマっているらしい。しかし。
「難しい単語が多くてわからないわ。エマ、お願い。いつもみたいに読んでっ!」
「はぁ……」
リシャールはローゼのために新聞の内容を分かりやすく言葉を言い換えて聞かせてあげてることにした。
この頃、リシャールたちは、絵を描いたり、本を読んだり、新聞の解説をして教師の真似事をしたり、川に散策し、街外れの冒険もしていた。
田舎では学校もない時代だ。
伯爵令嬢であるローゼは、午前は勉強し、午後はリシャールと会っていた。その日も、そんな何気ない一日だと思っていた。
リシャールは紙面に目を通し、新聞を折り曲げて敷物の上に置いた。
「エマ、どうしたの?」
「今日は王子の話だよ。つまらないし、やめよう」
「王子って?」
「ローゼは知らないの? 王都のクリスタル伝説とか」
クリスタル伝説はこの国の第一王子であるリシャールが王城の裏手にある結界を越えてきた隣国の兵を、その付近の街ごと凍らせた話である。
もともと氷魔法は戦闘用の魔法ではなく工芸品作成術だったのを、その時リシャールが攻撃魔法として初めて使ったのだ。
あの時、リシャールは警備兵も全滅で、魔法を使うしか王都を守れなかったから仕方なく使用した。
しかし、そのリシャールの魔法ーーすべてを凍らし、死体すら雪のように消える人間離れした魔法は敵も味方も震撼させた。
恐怖のドン底に落としたのだ。
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「氷の華なんて、綺麗な名前ね。それって女の人の名前?」
「本当に知らないんだな。ローゼはひどい田舎者だな……いや。知識不足。馬鹿」
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リシャールは他人事のようにローゼに教えた。自分事だということは伏せて。
「氷華っていうのはこのローズラインの第一王子リシャールのあだ名だよ。彼はね、墓を掘って死体を集めて死者を蘇生させたり、王子なのに戦争の前線に立って世の中で一番人を殺したやつのことだ」
ローゼはリシャール王子について何も知らなかったようだ。彼女はその凄まじい内容に、一瞬絶句した。
「王子なのに、その人は、なんでそんなことを……?」
その時何故かリシャールはローゼに真実をいうくらいいいだろう、と思った。
というか、誰かに言いたかったのかもしれない。
「彼、つまりリシャール王子にはテオフィルという弟が居いるんだが、その弟が周囲の大人たちに人質みたいに扱われているんだ」
「人質……?」
「それにリシャール王子はいつも周りの大人に言われている。お前が死者蘇生をしないなら弟にこの神に背く行為をさせるぞ、弟は魔力がないからそんな魔力の消費が激しい魔法なんて使わせてらすぐ死ぬぞ、と」
「ひどい……。だからリシャール王子は脅されて戦争に行くの? 王子なのに……」
「それとこれとは話が違う。戦力の問題だ」
「戦力……?」
何も知らない少女であるローゼに私はありのままに話した。
「彼だって戦争なんて行きたくないが、自国の兵は弱すぎて、話にならない。よって、行くしかないだけだ。絶対悪の彼にも、そんなきっかけがあったんだよ」
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