1 / 1
人魚と若者
しおりを挟む
海の奥底に、人魚の村があった。
村の外れに一人の娘が住んでいた。美しい、人魚の娘であった。
ある時、娘の父親は病に倒れた。治る見込みのない病だ。医者も匙を投げてしまった。
父親の他に身寄りがない娘は、医者の尾鰭に泣いてすがった。
――どうかどうか父を治して下さい。その為ならば何でもいたします。
医者はむせび泣く娘を不憫に思い、こう言った。
――そんなに父親が大切ならば、手立てが無いわけではない。海の上には「人間」という、我々に似るが鰭のない生き物がいる。人間の肝を取ってきて、父親に食べさせなさい。そうすれば彼は助かるだろう。
人魚の娘は看病の合間に海の上へ出るようになった。
ある海辺に、小さな村があった。
村の外れに一人の若者が住んでいた。優しくたくましい若者であった。
ある時、若者の母親は病に倒れた。治る見込みのない病だ。医者も匙を投げてしまった。
母親の他に身寄りがない若者は、見舞いに来た村の長に尋ねた。
――母はどうにかなりませんか。その為ならば何でもいたします。
村の長は這いつくばって頭を下げる若者を不憫に思い、こう言った。
――そんなに母親が大切ならば、手立てが無いわけではない。海の底には「人魚」という、人に似た鰭のある生き物がいる。人魚の肝を取ってきて、母親に食べさせなさい。そうすれば彼女は助かるだろう。
若者は看病の合間に海へ潜るようになった。
何百回目かに海に出た時、若者は水面から突き出た女の姿を見た。
夕日を浴びるそれは彼の目に、これまでに見たどんな物よりも美しく映った。この世の物でないと感じられるほどに。
――これが人魚に違いない。
人魚は船の上の若者の姿を見上げた。
夕日を背負い大きな影となったそれは人魚の目に、これまでに見たどんな物よりも恐ろしく映った。この世の物でないと感じられるほどに。
――これが人間に違いない。
先に動いたのは若者だ。彼はモリを人魚に向け突き出した。モリは人魚の脇腹に突き刺さる。
人魚も負けじとモリを引き、若者を海に引きずり落とした。そして父親の為と、必死に海の底へ引っ張り続けた。
若者も母の為と、決してモリを離さなかった。
人魚の赤い血が海全体を染める頃。人魚の村と海辺の村で、娘の父と若者の母もひっそりと息を引き取った。
月の綺麗な夜だった。
村の外れに一人の娘が住んでいた。美しい、人魚の娘であった。
ある時、娘の父親は病に倒れた。治る見込みのない病だ。医者も匙を投げてしまった。
父親の他に身寄りがない娘は、医者の尾鰭に泣いてすがった。
――どうかどうか父を治して下さい。その為ならば何でもいたします。
医者はむせび泣く娘を不憫に思い、こう言った。
――そんなに父親が大切ならば、手立てが無いわけではない。海の上には「人間」という、我々に似るが鰭のない生き物がいる。人間の肝を取ってきて、父親に食べさせなさい。そうすれば彼は助かるだろう。
人魚の娘は看病の合間に海の上へ出るようになった。
ある海辺に、小さな村があった。
村の外れに一人の若者が住んでいた。優しくたくましい若者であった。
ある時、若者の母親は病に倒れた。治る見込みのない病だ。医者も匙を投げてしまった。
母親の他に身寄りがない若者は、見舞いに来た村の長に尋ねた。
――母はどうにかなりませんか。その為ならば何でもいたします。
村の長は這いつくばって頭を下げる若者を不憫に思い、こう言った。
――そんなに母親が大切ならば、手立てが無いわけではない。海の底には「人魚」という、人に似た鰭のある生き物がいる。人魚の肝を取ってきて、母親に食べさせなさい。そうすれば彼女は助かるだろう。
若者は看病の合間に海へ潜るようになった。
何百回目かに海に出た時、若者は水面から突き出た女の姿を見た。
夕日を浴びるそれは彼の目に、これまでに見たどんな物よりも美しく映った。この世の物でないと感じられるほどに。
――これが人魚に違いない。
人魚は船の上の若者の姿を見上げた。
夕日を背負い大きな影となったそれは人魚の目に、これまでに見たどんな物よりも恐ろしく映った。この世の物でないと感じられるほどに。
――これが人間に違いない。
先に動いたのは若者だ。彼はモリを人魚に向け突き出した。モリは人魚の脇腹に突き刺さる。
人魚も負けじとモリを引き、若者を海に引きずり落とした。そして父親の為と、必死に海の底へ引っ張り続けた。
若者も母の為と、決してモリを離さなかった。
人魚の赤い血が海全体を染める頃。人魚の村と海辺の村で、娘の父と若者の母もひっそりと息を引き取った。
月の綺麗な夜だった。
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
稀代の悪女は死してなお
朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
「めでたく、また首をはねられてしまったわ」
稀代の悪女は処刑されました。
しかし、彼女には思惑があるようで……?
悪女聖女物語、第2弾♪
タイトルには2通りの意味を込めましたが、他にもあるかも……?
※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。
そうして、女の子は人形へ戻ってしまいました。
桗梛葉 (たなは)
児童書・童話
神様がある日人形を作りました。
それは女の子の人形で、あまりに上手にできていたので神様はその人形に命を与える事にしました。
でも笑わないその子はやっぱりお人形だと言われました。
そこで神様は心に1つの袋をあげたのです。
ローズお姉さまのドレス
有沢真尋
児童書・童話
*「第3回きずな児童書大賞」エントリー中です*
最近のルイーゼは少しおかしい。
いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。
話し方もお姉さまそっくり。
わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。
表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
かつて聖女は悪女と呼ばれていた
朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」
この聖女、悪女よりもタチが悪い!?
悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!!
聖女が華麗にざまぁします♪
※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨
※ 悪女視点と聖女視点があります。
※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる