マッスル幼稚園ひらめ組役員決め

たんぽぽ。

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それぞれの道〜マッスルの彼方〜

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 ヒュルンッ‼︎‼︎

 マッスル大覚醒を終えたユウくんママは全身を鞭のようにしならせた。すると、先程の旋風とは明らかに規模の異なる旋風が発生した。

 それは猛スピードで子沢山の横をすり抜け講堂の壁に到達し、立て掛けてあったパイプ椅子をガタガタと倒す。職員達が悲鳴を上げた。

――……なんて威力! もはやこれまでかしら⁈

 大きな音に驚いた双子が泣き出したので、手の空いた横尾教諭が双子へと駆け寄ってあやしている。それを見た子沢山は胸をなでおろし、ユウくんママのマッスル大覚醒に一瞬怯んだ自身を勇気付けた。

 技の威力は凄いけれど、上手くかわしつつ相手に近づく事さえ出来ればまだまだ勝機はある‼︎ 奴の体のしなりさえ封じ込めれば……‼︎

「はぁぁぁああぁあぁぁ‼︎」

 ユウくんママは気高きマッスルでもって四肢をしならせ息つく間もなく大きな旋風を繰り出し続ける。だが子沢山も負けてはいない。

「よっ! はっ! ほっ‼︎」

 巧みなステップでそれらの間をかいくぐり、ユウくんママとの距離を詰める。

「本当に今年度の新入園児保護者ルーキーは豊作だわ……」

 バトルを食い入るように見つめていた園長がひとりごつ。

 子沢山は今でこそストレスによる過食でBMIが26まで膨れ上がっているが、学生時代はドッヂボールで必ず最後の一人になるほど瞬発力に優れていたのだ。

 慢性の睡眠不足も手伝ってか極度の緊張状態に陥った子沢山の脚のマッスルはかつての瞬発力や俊敏性までもを取り戻していた。

児戯じぎだな……」

 ユウくんママの起こす旋風は次第に威力を増し、その大きさはもはや二人のぶつかり合う円の直径を超えつつあった。

「きゃあっ‼︎」

 ついに子沢山は旋風に巻き込まれた。

「何くそッ! ぐおおおおぉぉ……‼︎」

 が、一旦上空へ舞ったにも関わらず気合いのみで脱出し、またユウくんママへの接近を試みた。

「ひらめ組のベルマーク係になりたいの、私はっ! そんだけ‼︎」

――ベルマーク係……? ふん、そんなもんどうだってよろしい。

 ユウくんママの目的はもはや、ベルマーク係を勝ち取る事ではなくなっていた。ただ目の前に立ちはだかるマッスルに打ち勝つ事、及び自らのマッスルをより高みへ導く事であった。なんとストイックなマッスルであろうか。

「奥義『はやぶさ』風速強化……最大瞬間風速45m/sメートル毎秒!」

 ビュルルンルンッッッ‼︎

 ユウくんママがやたら高さのあるバック宙を決めると、ひときわ巨大な旋風が巻き起こった。

――ダメ……避けられない‼︎

 旋風は子沢山の体を易々と持ち上げ、ユウくんママの遠隔操作により子沢山を円外へと柔らかく着地させた。

 勝負、あり。

「ああああぁぁぁ……‼︎」

 子沢山の慟哭が講堂を揺るがす程大きく辺りに響き渡った。

「まんまんまー」

「あうあうー」

 うずくまり咆哮する母を案じた双子がベビーバスケットから抜け出し、子沢山へと這い寄る。

 そんな彼女達におもむろに近づく影があった。

「あなた、なかなか良いマッスルしてるじゃない……! とても楽しかったわ」

 声の主は子沢山へ手を差し伸べ、彼女が体を起こすのを手伝う。唇に堂々たる笑みをたたえたユウくんママであった。

「ベルマーク係、あなたに譲るわ。私はクラス係を引き受ける」

 子沢山はユウくんママの言う意味を直ぐには理解できず、その顔をただ見つめた。

「え、せっかく勝ったのに……本当にいいんですか?」

 子沢山の代わりに山道教諭が尋ねた。

「勿論よ。我がマッスルに誓って二言はないわ……」

 ユウくんママは山道教諭の瞳をまっすぐに見据えて答える。

――何、この威圧感プレッシャー……! さっきとは、まるで別人28号……‼︎

 山道教諭はその凄みにたじろいだ。電車内で痴漢にあった際には、顔色一つ変えずに痴漢の手首を掴み腕を外側に捻りつつ腕・肩関節を固め床に倒し次の駅まで容赦無く押さえ込み続ける彼女がたじろいだのである。

「一年間よろしくね」

 瞬時に化粧直しを行い計算し尽くされたナチュラルメイクを取り戻した美魔女がやって来て、子沢山に握手をもとめた。子沢山は美魔女の第一印象が良くなかったので少し躊躇ためらったのちその手を握った。

「こちらこそよろしくお願いします……」

「ばうばッ‼︎」

「ガオガオッ‼︎」

 双子は母親の感情を敏感に察知し、美魔女を威嚇いかくした。

 二人はその後ベルマーク集計中に、全く家庭を顧みない夫の愚痴で意気投合し、一年どころか生涯の友として互いの家を行き来するくらいまでに打ち解け合うのだから、第一印象と言うのはあてにならないものである。



 ……かくしてユウくんママはマッスル狂に目覚めたのである。

 もし母親の変貌を愛息のユウくんが目にしたとしたら号泣必至であろう。それくらい彼女は変わり果てた姿となったのだ。

 収縮と伸展を繰り返すマッスルからはシュウシュウと湯気が立ち上っている。過剰な程に怯えていた眼は今や獲物を血祭りにあげんと血走り、恐怖で真一文字に引き結ばれていた唇は片方が不敵に上がり相手を威嚇せんばかり。イオ◯で買った9号のセットスーツ(税込17,380円)の裾は急激に肥大せしマッスルにより弾け飛び、しかもそんな事を気にしないだけの大胆かつ毅然とした態度さえもが彼女には備わったようだ。

――……私はクラス係になると決めたわ。

――まずは二人いるひらめ組クラス担任で腕試し……そしてお隣のさんかく組の担任で更なる自信を付け、年中組・年長組の担任や事務員、園バス運転手を徐々に降伏させ……そして副園長を撃破し、いずれは最強のラスボスとして君臨する園長に挑む‼︎

――私はマッスル幼稚園を制覇する!!!

――その為には頻繁に園に顔を出す必要のあるクラス係が最も都合が良い。園に併設されたトレーニングジムも好きなだけ利用出来るのだし。

――ふふ……今にそのマッスル、へし折ってやるから覚悟なさい‼︎ 

 ……ユウくんママはステージ上に立つ園長に敢然たる一瞥いちべつをくれ、階下のひらめ組教室にいる息子の元へと急いだ。

 園長はその禍々しきオーラに、久方ぶりに武者震いした。
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