野生のチューリップ

たんぽぽ。

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【「隼」の行方】

ユキ、呪いの論文

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 ユキは署長室へと向かう途中、私何かやらかしたっけと考える。

 今朝出勤し、ロッカーに常備してある椎茸せんべいを少量かじっていたところ、内線で呼び出されたのだ。

 今回作ったせんべいは青海苔をまぶして揚げた分、磯の香りが食欲をそそり、我ながら良い出来栄えだと悦に入っている最中だった。

 ユキには心当たりがあり過ぎた。

 先月、妖物の後ろにあった道路標識まで真っ二つにしたことだろうか? あれは位置が非常に悪かった。
 それともつい調子に乗って、街を徘徊する妖物に乗っかって、観光がてら国会議事堂まで出掛けたことだろうか? ちょうど議会が終わって出て来た議員達が大騒ぎしていて大層愉快だった。一番大騒ぎしていたのは村尾だったのだが。
 いや、それとも……。

 大きく深呼吸をしてノックし、署長室のドアを開ける。
 中では署長と事務長が座って何かを話していた。署長は巨体に似合わずアイドルオタクだし、事務長は丸っこく穏やかな雰囲気の初老男性であるが、場所が場所だけにユキは緊張している。

 土下座するとしたらどの辺が良いだろう。ユキは部屋を見回した。

「そこ座って」
 署長が、彼の座る向かいのソファを指差す。事務長は署長の座っているのと直角に位置するソファに座っている。

「はい」
 ユキは言われた通り腰を下ろす。叱られるような雰囲気ではないので少しホッとする。

 だが署長は壁に貼ってある、彼が贔屓にしていたアイドルグループのポスターを見つめている。そのグループは四年以上も前に解散したにもかかわらず、彼は今だにそのことを引きずっているのだ。

「白羽君のことだけどね」
 心ここに在らずの署長に代わり、事務長が話し始めた。先生のこととはなんだろう、ユキは訝しむ。
「彼は遺言で、君に隼を持たせてくれと言って来たんだよ」

「……私ですか」
 ユキは思い出す。
 そういえば以前そのようなことを先生は言っていた。あの時自分は逃げてしまった、とユキはとても後悔していた。

「彼、亡くなってしまったから出来るだけ頼みを聞いてあげたいんだよ。でも隼を持つとなると、役職が付かなきゃ駄目だって署長と話し合っていたんだ。そうでないと、他の者が納得しないかもしれないからね」
 確かに単なるヒラ妖滅官であるユキが特別な刀を持つのは不自然かもしれなかった。

 現在、一課の副長ポジションは空いている。課長であった白羽の入院をきっかけに、篠崎副長が課長に昇進したのである。

「でも、この話を受けるかどうかは君の自由だから。昇任試験も受けなきゃならんし、責任も出てくるしね」

「受けます」
 ユキは即答した。
 署長も事務長も驚いた。ユキは妖物駆除においては課でトップクラスの成績を上げているが、責任者というタイプではないし、彼女の性格から百パーセント断るだろうと思っていたのだ。そもそもまだ若い。

「……無理しなくて良いんだよ、強制じゃないんだから」
 事務長は念のためもう一度聞いたが、
「受けます」
 また即答。
 意志は固いようだ。先ほど部屋に入って来てオドオドしていた時とは明らかに表情が違う。

 ──私は先生に勝つという目標を達成出来なかった、代わりの目標を新しく掲げなくちゃいけない。
 ──ちょうどいい、私が先生の代わりにその刀で妖物を斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬りまくるんだ! 先生の駆除件数を越えるまで!!

 ユキはそう心に決めたのであった。

 昇任試験は二ヶ月後ということになった。

 試験は論文と簡単な面談である。落ちることは滅多にない。
 要するに、上司に気に入られたもん勝ちなのだ。そうでなければ他の追随を許さないほどの実績を積む必要がある。誠に旧体質の組織なのである。


 翌日、ユキは妖物駆除を終えて署へ戻る途中、村尾と水沢に署長室での出来事を話した。

「私が隼を持つことになったら、このチームは解散ということになるんだけど、いいかな」
 彼女は言いにくそうである。

 隼は強力な武器である。加えて副長になったなら、ユキは駆除を単独で行うことになるだろう。

 二人は最初驚いていたが、ユキがそうしたいのであれば自分達に止める権利は無いと理解を示した。
 隼はユキの師であった白羽の形見でもある。
 会えなくなる訳ではない、と水沢は自分を勇気づけた。

「論文書くのダルそうだな、テーマどうすんの?」
 村尾が聞く。
「考えたんだけど、月の満ち欠けと妖物の出方に何か関係があるんじゃないかと思って、調べてみるつもり」
 昨日風呂で炭坑節を歌っている時に思いついたのだ。
 ユキの計画では、ある地域における妖物の出現数のデータを出来る限り収集し、月齢とそれを照らし合わせ、グラフなどでまとめ、その関連性を考察するつもりらしい。

「なかなか着眼点が面白いですね」
 水沢がとりあえず褒めた。
「何か手伝うことがあったら遠慮なく言ってください」
「俺も」
「二人ともありがとう」
 ユキはその日から、早速論文に取り掛かることにした。

 ユキは論文を書いた経験がない。指導を直属の上司に頼まなければならない。
 課に戻り、篠崎課長の机に向かい遠慮がちに事情を話した。

「俺も事務長から聞いたよ。悪いが、今仕事が立て込んでいて満足に見てやることが出来るかわからんが、それでも良いか?」
 課長は近ごろ、副長空席のためろくに昼食さえ取れない状態で青息吐息であった。顔面に死相さえ現れていた。

 そこに、聞き耳を立てていた水沢がやってきて、
「俺が手伝います」
 と勢い込んだ。

 課長は考え、そして水沢のようにネクラな奴は論文作成が得意だと相場が決まっている、と乱暴な偏見でもって彼に丸投げした。
「全て頼んだ」



 約二か月後。

 事務長は事務室のデスクで、こめかみに手をやりながらユキの論文を読んでいた。

 その論文には、読む者の心をかき乱す何かがあった。
 最後まで読んだら自分は確実に精神に異常をきたすとすら彼は思った。

 表紙には論文のタイトル「月齢と妖物出現数との関連性に関する考察」とともにイラストが添えてある。ギョロ目の地球外生命体が「オウチニカエル」と言うセリフを発しながら月を指差しており、その視線はこちらに向いている。

 事務長はこっち見んな、と思った。
 テーマである月齢と妖物出現数との関連性より、まず表紙と内容を関連付けて欲しいものだと事務長は唸った。

 ユキはまず、篠崎課長に出来上がったそれを提出した。

 課長の大脳はその表紙を見た瞬間、全ての活動を停止した。副長空席で多量の業務が彼にのしかかり、キャパシティが完全に限界に達していたのだ。
 彼は中を見てはいけないと直感し、停止したままの頭でうやうやしくユキに論文を返し、「俺はお前を信じている」と、初めて見せる爽やかな笑みと共に言った。
 ただしその目は死んでいた。

 事務長が論文をパラパラとめくると、主題の他に唐突に挿入される四コマ漫画(主役はもちろん表紙の地球外生命体である)、妖物に関する小話あれこれ、意味不明な「著者が今まで駆除してきた妖物におけるイケメンランキング」などが所狭しと並んでいる。
 さらに随所に妖物と思われるイラストが描かれている。

 事務長は最終ページをめくり、一丁前に載せてある謝辞の項を見て納得した。
「 温かい指導を頂いた篠崎拓実課長、励まし協力してくれた同僚の水沢君と村尾君に謝意を表する」とある。
 最近の篠崎課長はげっそりと頰がこけ、見るも無残な様相を呈していた。恐らくこの論文を指導する時間などなかったであろう。

 成る程あいつらが黒幕か。

 もっとも、村尾は気前良く高額な栄養ドリンクを二人に差し入れただけであり、完全なる濡れ衣だったのだが。

 さらに事務長は、その下の参考文献を流し読みして唖然とした。
「月のミラクルパワー」「今日から君も四コマ漫画家」「漫画は起承転結が全て」「デッサンとパース~妖物編~」「妖物イラスト練習帳」「妖物辞典~いつもあなたの側に~」と、大半を主題と関係のない本が占めているのである。

 真面目なユキは図書館で「類人猿でもわかる論文の書き方」という本を借りてそれなりに勉強したのだが、本にあった「読み手のことを考えて書きなさい」という表現をあろうことか「読み手を愉快な気分にさせなさい」と曲解し、エンターテイメント性に富んだものでなければならないと結論付け、独自のやり方にて論文を作成したのだ。

 水沢はユキのそのような考えをノーベル賞ものだと絶賛し、協力を惜しまなかった。
 そして学術的な側面と娯楽性に富んだ側面とを兼ねそろえたものを目指していたのだが、最終的には非常に難解なパズルのような、論文と呼ぶには大いに無理のある紙の束が出来上がった。

 結局、テーマに対する結論はというと「現在あるデータを元にすると関連性があるとは言えないが、もう少し数が揃えばまた違った結論が出る可能性もある」と、大変もやっとしたことが書いてある。

 四コマのネタを考える暇と情熱をデータの収集に注ぎ込め、と事務長は何度目か分からない突っ込みを行なった。

 余談だが篠崎課長の書いた論文のテーマは、金銭にうるさいだけあって「妖物を利用或いは再利用した商法の提案とその経済効果」という非常にニッチなものであり、「妖物園を作ってはどうか」などと内容も内容であったが、ユキの論文よりも千倍はまともだった。

 事務長の頭はユキの論文もどきについて考えることを放棄した。
 あの子は素直な子である、決して悪ふざけでこのようなシロモノを作成した訳ではない、そう思い彼女の副長任命の辞令交付を決定した。

 その後行われた面談時、ユキは事務長に論文の感想を求めたが、「なかなか斬新だったよね」としか答えてくれず少々不満だった。
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