楽園

たんぽぽ。

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日の当たらない家

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 この家の駐車場はホントに耳障りな音がすると思う。それに、一面に敷かれた砂利はいつも、ひっぺがすとその下は濃い黒い色をしているイメージがある。

 リョウジさんの両親に会うため初めてここに来た時の印象は「暗い」、いや、はっきり言って「超暗い」だ。

 天井のやたら低い二階も、お風呂場と離されて家の端にあるトイレも、襖を開け放つと三十畳以上になる座敷も全部。

 重たげな瓦屋根のいかにも昔の日本の家は、住み慣れた平地から四十分もかかる山の中腹に建っている。

「土曜のこの時間に家に帰るのは久しぶりだな」
「だね」

 わたしは車を降り、リョウジさんについて広い庭を横切った。まだお昼を過ぎたばかりなのに、もう庭の大半は影に覆われている。

「なんか置いてあるな」
 縦に何本も木材が通った古くさい引き戸の前、四角いコンクリートの上に、小さな段ボールがあった。

「なに、これ?」
「お裾分けだろ、フツーに」

 のぞき込むと段ボールには玉ねぎやアスパラガスが敷き詰めてある。そしてその上に、ジッパー付きの青い袋も。

「誰から?」
「わからんけど、たぶん近所の人。よくあることだよ」

 怖っ、という言葉をわたしは慌てて飲み込む。

 リョウジさんはかがんで青い袋を開けた。中は銀色だから保冷バッグらしい。透明の袋に包まれた白く四角いものが、袋の口からのぞいている。

「ジャムサンドって言うのかな、これ」
 ビニール袋を取り出して彼は言った。袋には『本日中にお召し上がりください』と書かれたメモがテープでとめてある。

「例のストーカーじゃないの?」
「いや、ハナはこんな手の込んだことはしない。字も違うし」
 かくかくとした、変な字だった。
「というかアイツ、もう一週間も無断欠勤してんだよな」
「え、バックレってこと?」
「そんなキャラじゃないんだよなぁ。なんか変なんだよ。家に『しばらく戻らないけど心配するな』みたいな電話があって、そのまま行方不明らしい。大丈夫かな」

 心配するふりして、どの口が言うんだろ。

 この人のやり口を、わたしは最近知ってしまった。絶対に自分に逆らえない人にだけ強い態度に出るし、ヒドいことも言う。

「食べるの?」
「うん。もったいないし」
「え、手づくりっぽいけど怖くない?」
「人の善意をないがしろにするとは心が貧しいんだな」

 さすが向かうところ敵なしのアンタだね、というセリフが口から出そうになる。

「どっこいしょ」と年寄りくさい掛け声を上げてリョウジさんは段ボールを玄関へ運び入れた。
 わたしも持っていた重いバッグを、滑りそうなくらい黒光りする床に置く。彼の両親が一泊で隣の県まで出かけているから、今日はここに泊まるつもり。

「喉渇いた、コーヒー淹れろよ」
「どこに何があるかわからない」
「テキトーに探してテキトーにやればいいだろ。もうすぐここに住むんだから練習」
「え」
 同居はしないって約束だったはずでは?

「そんなこと言ったっけ?」
「言わなかったっけ? お前の両親にはもう言ってあるけど」
「嘘ォ……お父さんたちは何て?」
「煮るなり焼くなり好きにしてください、だと」

 わたしが住むって? 一日の大半は日の当たらない、こんな陰気な家に? 

「絶対イヤだ! 洗濯物も乾かないじゃない!」
「心配すんな、服の乾燥機くらい買ってやるから」
「そういう問題じゃなくて!」

 いくら害のない人たちでも、同居して職場も一緒なら、逃げ場ないじゃん。

 リョウジさんはさっさと居間の方へ行ってしまった。わたしは玄関に立ち尽くす。

 仕事を辞めた時もこうだった。彼は周りから攻略していくのだ。
 リョウジさんはわたしを迎えに来たフリをして、わたしと一緒に出てきた同僚に、さりげなく婚約者アピール。
 別の日には上司や先輩に「結婚したらうちの家業を手伝ってくれるんですよ」と言いふらし、すっかり辞める空気を作ってしまった。

 流されやすいわたしは流されるまま仕事を辞めた。結構気に入っていた職場だったのに。このまま流されるまま同居して、流されるまま介護とかもさせられる?

 彼は年上でも年下でも、すぐに仲良くなってしまう。

 最初、大きな会社で重役を務めている父親は、リョウジさんの茶髪を見てあからさまに眉をひそめた。そして家族経営の小さな養魚場を営む彼との結婚を反対した。釣り合わない、とかなんとか。
 でもリョウジさんは一時間足らずでプライドだけは山よりも高い両親を説得してしまった。それどころかわたしの知らないところで連絡を取り合っているのだから、恐ろしいことだと思う。

 どうにかこうにかコーヒーを二杯淹れて持っていくと、居間ではリョウジさんがコタツの前に寝転んでテレビを観ていた。
 半袖シャツとコタツのミスマッチに、一瞬、今は何月だっけ、と頭が混乱する。

 リョウジさんはむっくり起き上がった。
「コップが違う。それは親父のヤツ」
「超能力者じゃないからわかるわけない」
 文句を言うくせにリョウジさんは構わず口を付けている。

「コタツ、まだ出してるんだ」
「朝晩まだまだ寒いから」
 他人の家はやっぱり落ち着かない。テレビ画面のお笑い芸人の甲高い声が鬱陶しい。

 何故か北向きの居間。でも、例え南向きだったとしても日が入るのは短時間だろうから、方角なんてどうでもいいのかもしれないけど。
 することがなくて窓のそばに立って外を見た。木、ばっかり。葉っぱがザワザワ揺れている。たぶん鳥の、意味不明な鳴き声もした。

 座敷の方を向く。色褪せてすっかり薄茶色に変わった畳が並ぶ部屋を改築して、あっちにわたしたちの台所を作ったらどうだろう。お風呂は共用で我慢するとして、あそこにベッドを置いてそこが食卓で……などと考えていると、
「座れよ。そこに立たれるとなんか目障りだから」
 リョウジさんが言う。
「うん」
 仕方なくコタツ布団の外側に座り、茶渋のようなものの付いたところを避けてコーヒーをひと口飲む。今度、自分用の食器をいくつか持って来なくちゃ。

 リョウジさんはあくびをしている。
 なんだかこうしていると、一気に三十歳くらい年をとった気がしてくる。「夫源病」という言葉が浮かび、ゾッとする。

 まだ式も挙げてないのに。
 あんなに好きだったはずなのに。

 リョウジさんはさっきのサンドイッチを手に取った。
「ホントに食べるの? 毒とか入ってない?」
「お前も食う?」
 返事をする前に彼はむしゃむしゃと食べ始めた。

 毒、で思い出す。

 一週間くらい前、二人でベッドの中にいる時の、しつこいくらい長い着信音。

 ほら、例の女が毒入りの実について知りたがってたでしょ?

 アンタ絶対、他にも恨みを買ってるよ。

 ろくな死に方しないんじゃない?

「夜ご飯、どうしよっか」
「何か簡単に作れよ。いつも仕事で調理してるから家の台所には入りたくない」

 ゴメンね、リョウジさん。あなたがホントに死んじゃっても、わたし、泣けないかも。
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