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貴族院
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まずいことになっている。
篤志家としての評判が上がり過ぎてしまった結果、私のことを、貴族よりも高潔な女性などと呼ぶ声が出てきているのである。
これでは貴族に喧嘩を売っているようなものだ。なかなかにまずい状況である。この評判が上に届かなければいいけれど……。と思っていたら、見事に貴族社会でも話題になっているとダンヒル子爵が教えてくれた。
「市井の篤志家の方が貴族よりよほど頼りになると評判になっているぞ」
含み笑いをしながらダンヒル子爵がそういう。
もう、笑い事じゃないのに!
「いや、さほど気にする必要はないだろう。いずれ貴族院から呼び出しがかかるはずだが、悪い話じゃなさそうだぞ」
何事かを知っているらしいダンヒル子爵は、そう言って私を宥めた。
まだどういう状況なのかは言えないとのことだけれど、この事態に対して上も動くつもりはあるらしく、特に私は処罰を受けるとかそういう話でもないらしい。
一平民が貴族よりも高い評判を得てしまった場合、考えられるパターンはそんなに多くないと思う。
貴族に嫁がせて平民じゃなくしてしまえ、とか何とかじゃないといいけれど……。シャーロットは一度母が変わるという経験をしているのだ。その上父まで代わり、血のつながらない相手を父と呼ばなければならない状況になってはあまりにも可哀想である。
だから私は再婚せずに、自力で身を立てようと考えたのもあるのだ。
できればシャーロットのためにも、またどこぞの財政難な貧乏貴族家に政略結婚として嫁ぐなどということにならなければいいが。
私はそのようなことを切々とダンヒル子爵に訴えた。
「いや、そういう話ではないから安心するといい。それにしても、再婚せずに自力で身を立てようとビジネスを始めたのはそういう理由もあったのだな。つくづくあなたはシャーロットを大切にしているようだ」
眩しそうに目を細めて、ダンヒル子爵が柔らかく微笑む。
子爵は自身が継母とうまくいかなかった経験から、仲の良い私たち親子を殊更尊く思ってくれているらしい。
「ええ、もちろん。あんないい子はおりません! 母が代わり、その上父まで代わってしまってはあまりにも可哀想ですもの。あの子にとって安らげる家族の形を維持することが私の目標です!」
その時、カタリとドアの外から音がした。使用人が何か作業でもしているのだろうか。
でも、ダンヒル子爵の前に置かれたお茶が空になっている。何か作業中だったとしても子爵の方を優先してもらいたい。私はベルで使用人を呼び、子爵のお茶のおかわりを用意するように伝えた。
そうして、ダンヒル子爵の予告通り、ある日貴族院から呼び出しを受けた。
「あなたは働く当てのなかった女性たちに仕事口を見つけ、孤児院でも教育を与えていると聞く。その功績が故、ノブレスト・レディなどと呼ばれているそうであるな」
貴族院の会議室はとても重厚で高級感があり、こういった環境にある程度慣れている私でも圧迫感を感じてしまう。
樫の木の円卓を挟んで向かい側、老齢の侯爵は髭を撫でながらそう発言した。
「は、はい。過分な評価と存じます」
私が望んでそう呼ばれているわけじゃないんですよー、周りが勝手に言ってるだけなんですよーと言外にアピールする。
「しかし、一平民の方が貴族よりも社会において道義的責任を果たしていると思われている状況はあまり好ましい事態ではないな」
「はい……」
だからって、どうしろっていうのよ。評判を下げるためにボッタクリ商売をしろとか?
私が警戒しながら次の言葉を待っていると、思いもよらない言葉が飛んできた。
「それゆえ、そなたをこの功績を持って一代貴族の男爵位に叙爵しようと考えておる」
「へ?」
思わず間抜けな声が出てしまい慌てる。き、貴族位の叙爵?
一代貴族とはいえ、叙爵というのはそれなりに大ごとだ。普通は戦争で勲功を立てるとか、国に対して多大な貢献が認められるとか。……あ。
「そなたは近衛隊の制服を戦いにも式典にも使いやすいように改良した功績で、王室御用達の看板を与えられておる。その功績に加えて、此度の孤児や母子家庭への支援。市井の篤志家として捨て置くには惜しい。それゆえ、一代貴族として男爵位に叙す」
や、やってしまったあアァ!
エルガディットくんの口車に乗って、近衛隊の制服の改良みたいな事にも手をつけてしまっていたのだ。一つ一つはさほど大きなものではないけれど、全ての功績を合わせられると、「貴族より平民のが頼りになる」という声を黙らせるために叙爵してしまえなんて、乱暴な解決策も候補に登ってしまったのだろうか。
い、いやでも、流石に近衛隊の制服と孤児院の件だけでの叙爵は流石に大袈裟すぎないか?
私が疑問符を顔に浮かべていると、貴族院の侯爵様がさらに言葉を重ねた。
「ここだけの話なのだがな、王妃陛下がご懐妊されておる」
どういうことだろう? 今、その話が何か関係があるのだろうか。
「第一王女をご出産後、長らくお子には恵まれなかったが、ついにご懐妊かと王家も湧いておってな。そしてコルセットは子宝を得るのに悪影響があるという医学論文が近年発表された。だが、服飾産業への影響や規制に対する反発も問題で、国も動きづらかった上、医学的に警鐘を鳴らしてもなかなか普及しなくてな。そなたをコルセット解放運動の旗印として叙爵することで、上からの規制ではなく市井からの運動であるという印象をつけたいのだ。その上、コルセット解放を行えば国から叙爵レベルの功績として数えられるとなれば、こぞって皆追従するだろう?」
そ、そういうことか……! まさかシャーロットにキツい服を着せたくないからと言って開発したコルセット解放のためのドレスが、そのような意味合いを持っていたとは。
これまでは健康に害のあるコルセットをその人気ゆえに無理に規制することもできず、生産業者の反発を気にして二の足を踏んでいるところに、自然な形でファゴット商会のエンパイア・ドレスが普及した。
王女しかおらず後継のいない現王家にとっては、ご懐妊は国の一大事だろう。今回男児が産まれればいいが、もし女児だった場合またご懐妊されるかどうかは重大な問題だ。そんな中でまたコルセットが息を吹き返したらまずい。
私を叙爵してコルセット解放運動の旗印とすることで、上からの規制によるコルセット業者や服飾業界の反発を抑え込もうという目論見か。
ファゴット商会という大手商会の娘にして爵位持ちなら、服飾業界を先導する立場として揺るぎないものになる。
「いずれコルセットも国で規制をかけていく予定となっている。それを心してファゴット商会の方でも準備せよ。エンパイア・ドレスの需要も大層なものであるそうだからな。そして叙爵式は年明け、王城における年初の夜会にて執り行うゆえ、そのつもりで用意を。なに、元男爵夫人であれば貴族位を得るのも問題ないであろう?」
なるほど、礼儀作法や貴族の世界のことを一度は学んでいるから、叙爵しても問題ないと思われたのか。
聞けば聞くほど逃げ道がない!
正直、あんまり貴族位とかそういう面倒なものは欲しくないのだけれど。
私はただ単にコルセットなしで楽な服を着たかっただけなのに。
どうしてこうなった!
私は、今後増える責任やら面倒になる立場やらに頭を痛めながら、帰路に着いたのだった。
篤志家としての評判が上がり過ぎてしまった結果、私のことを、貴族よりも高潔な女性などと呼ぶ声が出てきているのである。
これでは貴族に喧嘩を売っているようなものだ。なかなかにまずい状況である。この評判が上に届かなければいいけれど……。と思っていたら、見事に貴族社会でも話題になっているとダンヒル子爵が教えてくれた。
「市井の篤志家の方が貴族よりよほど頼りになると評判になっているぞ」
含み笑いをしながらダンヒル子爵がそういう。
もう、笑い事じゃないのに!
「いや、さほど気にする必要はないだろう。いずれ貴族院から呼び出しがかかるはずだが、悪い話じゃなさそうだぞ」
何事かを知っているらしいダンヒル子爵は、そう言って私を宥めた。
まだどういう状況なのかは言えないとのことだけれど、この事態に対して上も動くつもりはあるらしく、特に私は処罰を受けるとかそういう話でもないらしい。
一平民が貴族よりも高い評判を得てしまった場合、考えられるパターンはそんなに多くないと思う。
貴族に嫁がせて平民じゃなくしてしまえ、とか何とかじゃないといいけれど……。シャーロットは一度母が変わるという経験をしているのだ。その上父まで代わり、血のつながらない相手を父と呼ばなければならない状況になってはあまりにも可哀想である。
だから私は再婚せずに、自力で身を立てようと考えたのもあるのだ。
できればシャーロットのためにも、またどこぞの財政難な貧乏貴族家に政略結婚として嫁ぐなどということにならなければいいが。
私はそのようなことを切々とダンヒル子爵に訴えた。
「いや、そういう話ではないから安心するといい。それにしても、再婚せずに自力で身を立てようとビジネスを始めたのはそういう理由もあったのだな。つくづくあなたはシャーロットを大切にしているようだ」
眩しそうに目を細めて、ダンヒル子爵が柔らかく微笑む。
子爵は自身が継母とうまくいかなかった経験から、仲の良い私たち親子を殊更尊く思ってくれているらしい。
「ええ、もちろん。あんないい子はおりません! 母が代わり、その上父まで代わってしまってはあまりにも可哀想ですもの。あの子にとって安らげる家族の形を維持することが私の目標です!」
その時、カタリとドアの外から音がした。使用人が何か作業でもしているのだろうか。
でも、ダンヒル子爵の前に置かれたお茶が空になっている。何か作業中だったとしても子爵の方を優先してもらいたい。私はベルで使用人を呼び、子爵のお茶のおかわりを用意するように伝えた。
そうして、ダンヒル子爵の予告通り、ある日貴族院から呼び出しを受けた。
「あなたは働く当てのなかった女性たちに仕事口を見つけ、孤児院でも教育を与えていると聞く。その功績が故、ノブレスト・レディなどと呼ばれているそうであるな」
貴族院の会議室はとても重厚で高級感があり、こういった環境にある程度慣れている私でも圧迫感を感じてしまう。
樫の木の円卓を挟んで向かい側、老齢の侯爵は髭を撫でながらそう発言した。
「は、はい。過分な評価と存じます」
私が望んでそう呼ばれているわけじゃないんですよー、周りが勝手に言ってるだけなんですよーと言外にアピールする。
「しかし、一平民の方が貴族よりも社会において道義的責任を果たしていると思われている状況はあまり好ましい事態ではないな」
「はい……」
だからって、どうしろっていうのよ。評判を下げるためにボッタクリ商売をしろとか?
私が警戒しながら次の言葉を待っていると、思いもよらない言葉が飛んできた。
「それゆえ、そなたをこの功績を持って一代貴族の男爵位に叙爵しようと考えておる」
「へ?」
思わず間抜けな声が出てしまい慌てる。き、貴族位の叙爵?
一代貴族とはいえ、叙爵というのはそれなりに大ごとだ。普通は戦争で勲功を立てるとか、国に対して多大な貢献が認められるとか。……あ。
「そなたは近衛隊の制服を戦いにも式典にも使いやすいように改良した功績で、王室御用達の看板を与えられておる。その功績に加えて、此度の孤児や母子家庭への支援。市井の篤志家として捨て置くには惜しい。それゆえ、一代貴族として男爵位に叙す」
や、やってしまったあアァ!
エルガディットくんの口車に乗って、近衛隊の制服の改良みたいな事にも手をつけてしまっていたのだ。一つ一つはさほど大きなものではないけれど、全ての功績を合わせられると、「貴族より平民のが頼りになる」という声を黙らせるために叙爵してしまえなんて、乱暴な解決策も候補に登ってしまったのだろうか。
い、いやでも、流石に近衛隊の制服と孤児院の件だけでの叙爵は流石に大袈裟すぎないか?
私が疑問符を顔に浮かべていると、貴族院の侯爵様がさらに言葉を重ねた。
「ここだけの話なのだがな、王妃陛下がご懐妊されておる」
どういうことだろう? 今、その話が何か関係があるのだろうか。
「第一王女をご出産後、長らくお子には恵まれなかったが、ついにご懐妊かと王家も湧いておってな。そしてコルセットは子宝を得るのに悪影響があるという医学論文が近年発表された。だが、服飾産業への影響や規制に対する反発も問題で、国も動きづらかった上、医学的に警鐘を鳴らしてもなかなか普及しなくてな。そなたをコルセット解放運動の旗印として叙爵することで、上からの規制ではなく市井からの運動であるという印象をつけたいのだ。その上、コルセット解放を行えば国から叙爵レベルの功績として数えられるとなれば、こぞって皆追従するだろう?」
そ、そういうことか……! まさかシャーロットにキツい服を着せたくないからと言って開発したコルセット解放のためのドレスが、そのような意味合いを持っていたとは。
これまでは健康に害のあるコルセットをその人気ゆえに無理に規制することもできず、生産業者の反発を気にして二の足を踏んでいるところに、自然な形でファゴット商会のエンパイア・ドレスが普及した。
王女しかおらず後継のいない現王家にとっては、ご懐妊は国の一大事だろう。今回男児が産まれればいいが、もし女児だった場合またご懐妊されるかどうかは重大な問題だ。そんな中でまたコルセットが息を吹き返したらまずい。
私を叙爵してコルセット解放運動の旗印とすることで、上からの規制によるコルセット業者や服飾業界の反発を抑え込もうという目論見か。
ファゴット商会という大手商会の娘にして爵位持ちなら、服飾業界を先導する立場として揺るぎないものになる。
「いずれコルセットも国で規制をかけていく予定となっている。それを心してファゴット商会の方でも準備せよ。エンパイア・ドレスの需要も大層なものであるそうだからな。そして叙爵式は年明け、王城における年初の夜会にて執り行うゆえ、そのつもりで用意を。なに、元男爵夫人であれば貴族位を得るのも問題ないであろう?」
なるほど、礼儀作法や貴族の世界のことを一度は学んでいるから、叙爵しても問題ないと思われたのか。
聞けば聞くほど逃げ道がない!
正直、あんまり貴族位とかそういう面倒なものは欲しくないのだけれど。
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