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11話 ヒダル神編2
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おにぎりをお供えしたものの、ヒダル神騒動はなかなか解決を見なかった。
あれからしばらくの間は、ヒダル神が出てくることも無くなったというが、2週間程度で、また出現するようになってしまったのである。
その度におにぎりをお供えしているが、やはり復活してしまう。
このままずっとおにぎりを備えるしか、ないのだろうか。
そんな折私は、余ったおにぎりを一人でもそもそ食べながら、母から届いたSNSメッセージの返信に思い悩み、うんうん唸るようなシケた夕食をしている。
『たまには帰ってきなさい』
『いきなり長野に引っ越すなんて、何を考えているの』
『康平くんとはどうなっているの、結婚するって話だったじゃない』
康平くんとは私の元カレだ。事情は説明したというのに、まだ納得できていないらしい。
あらゆる質問が立ち並ぶメッセージ画面にうんざりするけれど、これが普通の母親というものなのかもしれない。
私の母は、幼い頃から私に対する関心に乏しかった。
いや、私が言葉を流暢に話し出す前までは、親として熱心に育児に励んでいたのだろうけれど。
「ねぇ、あそこにおじいさんがずっといるよ、どうしたんだろう」
「天井にぶら下がっている首の長い女の人はだあれ?」
私がそんな不気味なことばかりを言う度に、母は口数が少なくなっていき、私は家族の中で孤立し始めた。
潮目が変わったのは康平と付き合うようになってから。彼はあやかしを寄せ付けない体質で(福富曰く、女にだらしないのが原因らしいけど)、私はあやかし関連のことを迂闊に口走ることも無くなった。
だから母は、浮気のことを知ってなお康平とヨリを戻せと口うるさく言ってくるのだ。
「はーあ。また、視えてるのがバレたら、どうなることやら」
幼い頃は、道理も弁えず色んなことを言い当ててしまっていたので、母の恐怖は一際強い。彼女はこの世ならざるものを信じていないというよりも、恐怖のあまり信じたくないというのが正しいか。
そんなことをぼやきながら、一人でもそもそと食事を進める。せめてカゲハさんが居たら気が紛れるのに。カゲハさんは夜になるとどこへともなく居なくなってしまう。
気落ちしながらの一人での夕食は、なんとも物寂しかった。
……あれ?
なんだか自分の思考に引っかかる。
一人での食事は、確かに寂しい。
食べるものがあっても、飢えていなくても。一人でもそもそと食べる食事は、味気ないものである。
もしかしたら、ヒダル神もそうなんだろうか。
そう考えると、あのキイキイといった鳴き声には、どこか物悲しい響きが隠れているように思えた。
それに、おにぎりを備えるたびにへたくそなお辞儀をするヒダル神の、礼儀正しい様子を思い返す。もしかしたら悪さをやめないのも、祟っているというよりは、ただ構って欲しいからなんじゃないかと思えてきた。
そうと決まれば。
——百合絵さん……、は撮影を終えて東京に帰ってしまっているし。でも山本くんは休みのたびに特急あずさでこっちまで遊びにきているな。誘ってみるか。あとはカゲハさんと、件さんと、私と。ちょっと暑いけれど、クーラーボックスを持って雪緒さんも誘ってみようか。
その次の定休日のこと、うまくお休みの被った山本くんを誘い、カゲハさんと雪緒さんも参加できることになった。
カゲハさんと一緒にお弁当を作って、四人でレンタカーに乗り込み件さんの牧場へ向かう。朧車は二人乗りだから今日はお休みだ。
「今日は涼しくていいですねぇ」
風が気持ちよさそうに、雪緒さんは窓を開けて目を細めている。
膝の上に抱っこされた福富もまた「ふにゃぁ」と大あくびをして気持ちよさそうだ。
「今日は絶好のピクニック日和で良かったですね。これでヒダル神も満足してくれるといいですけれど」
「あら、あずみちゃんの発想はなかなか的を射ていると思うわよ? 一人で食べるのが寂しいのかも、なんて、なかなか思いつかないけれど」
「前から思っていたけど、あずみってあやかしに対して発想がやたらの能天気だよなぁ。世の中には悪いあやかしも居るだろうに」
山本くんは、残念な子を見るような目で私を見てくる。私だって別にそんな能天気なつもりはないけれど、実際に今まで遭遇したあやかしにそこまで悪いものは居なかったのだ。
前に遭遇したあの過労死リーマンの地縛霊さんだって、背後霊にして一緒に観光してあげたら、泣いて喜んでいたのだし。
「運のいいことに、私は今まで割と気のいい幽霊やあやかしとしか遭遇したことないの。玉手箱だっていいあやかしばっかりじゃない?」
「うふふ、そう思ってくれているなら嬉しいわ」
わやわやと話しているうちに、あっという間に牧場に到着した。
「おーい、こっちだよー」
人間の姿に化けて作業着を着ている件さんが、バケツを片手にタオルで頭を拭きながら大声で呼んでくる。
のどかな田舎の風景そのものだ。
私たちは、牧場の片隅にある木陰にレジャーシートを敷いてお昼ご飯の準備をした。
さあ、ヒダル神が出てきてくれるといいんだけれど。
「ヒダルさーん! 一緒にお弁当食べない? 美味しいものいっぱい作ってきたよー!」
虚空に向かって叫びながら、私は漆塗りのお重を開けた。
だし巻き卵に、からりと揚がった唐揚げ。ほうれん草のお浸しに、にんじんと牛蒡のきんぴら、枝豆とツナのサラダ。エビフライに梅ダレのつくね。
それからいつものおにぎり。
おにぎりはヒダル神が気に入っているらしき、鮭と三つ葉の混ぜ込みおにぎりを多めに作って持ってきた。
きっと満足してくれるはず。
「お前、そういうのよく恥ずかしげもなく叫べるよなぁ」
山本くんはある種感心したように言った。だって、せっかくここまで用意したのに、呼ばないと出てきてくれなさそうじゃない。
実際、ヒダル神は私が叫んだ後、現れてくれた。
「キイイ、キイ?」
いつもよりも多い人数に少し警戒したように遠巻きにしながらも、お重に対して興味津々で見ている。
「ヒダルさん、久しぶり。きっとご飯はみんなで食べた方が美味しいと思って、ピクニックに来たの。一緒に食べようよ」
私がそういうと、ヒダル神は「キイ!」と言って、ぴょこんと飛び跳ねた。
それから、レジャーシートの上にヒダル神を招き入れて、私たちは一緒にご飯を食べた。
「あれが美味しいね」「これが美味しいね」などと話しながら。
カゲハさんなどは「ヒダルちゃん、これも食べる?」などと上手にヒダル神の世話を焼いて、梅ダレで口の周りがベタベタになってしまったヒダル神の口元を、ハンカチで拭いてやったりなどもしていた。
「ヒダル神って、調べたら恐ろしい行逢神ってあったんだけどなぁ。なんだこのほんわか景色は」
「いいじゃないですか。普段は息苦しい夏もこうして過ごすとなんだか少し楽しくなります」
夏の陽気でいつも儚げにしている雪緒さんも、今日はきゃっきゃと楽しげだ。件さんに美味しいアイスの情報を聞いては、ふむふむと感心している。
「さあ、そろそろデザートにしましょうか」
あっという間に重箱の中身が空になり、カゲハさんがクーラーボックスを開ける。中にはいろとりどりのジェラートが入っていた。もちろん、件さん牧場のミルク製である。
「さ、ヒダルさんもどうぞ」
「キイイ!」
一口食べたヒダル神は、その冷たさにびっくりして飛び上がるが、味わっているうちにその美味しさを理解したらしい。
キイキイと言いながら嬉しそうにパクパクとジェラートを食べ勧めている。
「ヒダルちゃん、あのね。このジェラートはここの牧場の牛さん達の牛乳でできているのよ。だから、ヒダルちゃんが牛さん達の元気を無くしてしまうと、こういう美味しいものも作れなくなっちゃうの」
「キイ」
ヒダル神は神妙な顔でこくこくと頷いた。
「キイ! キイ!」
そして、ジェラートを食べ終わると、またいつもの上下に膝を曲げる下手くそなお辞儀をする。
いつもだったらそこから山の奥の方へ去っていくが、今日のヒダル神は違った。
ヒダル神の体が柔らかな光に包まれていく。そして光が一際強まった後、すっかりと姿を消してしまったのである。
「ヒダル神……満足してくれましたかねぇ」
「大丈夫でしょう。あの子、嬉しそうだったもの」
少ししんみりとしながら、私たちは美味しいジェラートを食べたのだった。
あれからしばらくの間は、ヒダル神が出てくることも無くなったというが、2週間程度で、また出現するようになってしまったのである。
その度におにぎりをお供えしているが、やはり復活してしまう。
このままずっとおにぎりを備えるしか、ないのだろうか。
そんな折私は、余ったおにぎりを一人でもそもそ食べながら、母から届いたSNSメッセージの返信に思い悩み、うんうん唸るようなシケた夕食をしている。
『たまには帰ってきなさい』
『いきなり長野に引っ越すなんて、何を考えているの』
『康平くんとはどうなっているの、結婚するって話だったじゃない』
康平くんとは私の元カレだ。事情は説明したというのに、まだ納得できていないらしい。
あらゆる質問が立ち並ぶメッセージ画面にうんざりするけれど、これが普通の母親というものなのかもしれない。
私の母は、幼い頃から私に対する関心に乏しかった。
いや、私が言葉を流暢に話し出す前までは、親として熱心に育児に励んでいたのだろうけれど。
「ねぇ、あそこにおじいさんがずっといるよ、どうしたんだろう」
「天井にぶら下がっている首の長い女の人はだあれ?」
私がそんな不気味なことばかりを言う度に、母は口数が少なくなっていき、私は家族の中で孤立し始めた。
潮目が変わったのは康平と付き合うようになってから。彼はあやかしを寄せ付けない体質で(福富曰く、女にだらしないのが原因らしいけど)、私はあやかし関連のことを迂闊に口走ることも無くなった。
だから母は、浮気のことを知ってなお康平とヨリを戻せと口うるさく言ってくるのだ。
「はーあ。また、視えてるのがバレたら、どうなることやら」
幼い頃は、道理も弁えず色んなことを言い当ててしまっていたので、母の恐怖は一際強い。彼女はこの世ならざるものを信じていないというよりも、恐怖のあまり信じたくないというのが正しいか。
そんなことをぼやきながら、一人でもそもそと食事を進める。せめてカゲハさんが居たら気が紛れるのに。カゲハさんは夜になるとどこへともなく居なくなってしまう。
気落ちしながらの一人での夕食は、なんとも物寂しかった。
……あれ?
なんだか自分の思考に引っかかる。
一人での食事は、確かに寂しい。
食べるものがあっても、飢えていなくても。一人でもそもそと食べる食事は、味気ないものである。
もしかしたら、ヒダル神もそうなんだろうか。
そう考えると、あのキイキイといった鳴き声には、どこか物悲しい響きが隠れているように思えた。
それに、おにぎりを備えるたびにへたくそなお辞儀をするヒダル神の、礼儀正しい様子を思い返す。もしかしたら悪さをやめないのも、祟っているというよりは、ただ構って欲しいからなんじゃないかと思えてきた。
そうと決まれば。
——百合絵さん……、は撮影を終えて東京に帰ってしまっているし。でも山本くんは休みのたびに特急あずさでこっちまで遊びにきているな。誘ってみるか。あとはカゲハさんと、件さんと、私と。ちょっと暑いけれど、クーラーボックスを持って雪緒さんも誘ってみようか。
その次の定休日のこと、うまくお休みの被った山本くんを誘い、カゲハさんと雪緒さんも参加できることになった。
カゲハさんと一緒にお弁当を作って、四人でレンタカーに乗り込み件さんの牧場へ向かう。朧車は二人乗りだから今日はお休みだ。
「今日は涼しくていいですねぇ」
風が気持ちよさそうに、雪緒さんは窓を開けて目を細めている。
膝の上に抱っこされた福富もまた「ふにゃぁ」と大あくびをして気持ちよさそうだ。
「今日は絶好のピクニック日和で良かったですね。これでヒダル神も満足してくれるといいですけれど」
「あら、あずみちゃんの発想はなかなか的を射ていると思うわよ? 一人で食べるのが寂しいのかも、なんて、なかなか思いつかないけれど」
「前から思っていたけど、あずみってあやかしに対して発想がやたらの能天気だよなぁ。世の中には悪いあやかしも居るだろうに」
山本くんは、残念な子を見るような目で私を見てくる。私だって別にそんな能天気なつもりはないけれど、実際に今まで遭遇したあやかしにそこまで悪いものは居なかったのだ。
前に遭遇したあの過労死リーマンの地縛霊さんだって、背後霊にして一緒に観光してあげたら、泣いて喜んでいたのだし。
「運のいいことに、私は今まで割と気のいい幽霊やあやかしとしか遭遇したことないの。玉手箱だっていいあやかしばっかりじゃない?」
「うふふ、そう思ってくれているなら嬉しいわ」
わやわやと話しているうちに、あっという間に牧場に到着した。
「おーい、こっちだよー」
人間の姿に化けて作業着を着ている件さんが、バケツを片手にタオルで頭を拭きながら大声で呼んでくる。
のどかな田舎の風景そのものだ。
私たちは、牧場の片隅にある木陰にレジャーシートを敷いてお昼ご飯の準備をした。
さあ、ヒダル神が出てきてくれるといいんだけれど。
「ヒダルさーん! 一緒にお弁当食べない? 美味しいものいっぱい作ってきたよー!」
虚空に向かって叫びながら、私は漆塗りのお重を開けた。
だし巻き卵に、からりと揚がった唐揚げ。ほうれん草のお浸しに、にんじんと牛蒡のきんぴら、枝豆とツナのサラダ。エビフライに梅ダレのつくね。
それからいつものおにぎり。
おにぎりはヒダル神が気に入っているらしき、鮭と三つ葉の混ぜ込みおにぎりを多めに作って持ってきた。
きっと満足してくれるはず。
「お前、そういうのよく恥ずかしげもなく叫べるよなぁ」
山本くんはある種感心したように言った。だって、せっかくここまで用意したのに、呼ばないと出てきてくれなさそうじゃない。
実際、ヒダル神は私が叫んだ後、現れてくれた。
「キイイ、キイ?」
いつもよりも多い人数に少し警戒したように遠巻きにしながらも、お重に対して興味津々で見ている。
「ヒダルさん、久しぶり。きっとご飯はみんなで食べた方が美味しいと思って、ピクニックに来たの。一緒に食べようよ」
私がそういうと、ヒダル神は「キイ!」と言って、ぴょこんと飛び跳ねた。
それから、レジャーシートの上にヒダル神を招き入れて、私たちは一緒にご飯を食べた。
「あれが美味しいね」「これが美味しいね」などと話しながら。
カゲハさんなどは「ヒダルちゃん、これも食べる?」などと上手にヒダル神の世話を焼いて、梅ダレで口の周りがベタベタになってしまったヒダル神の口元を、ハンカチで拭いてやったりなどもしていた。
「ヒダル神って、調べたら恐ろしい行逢神ってあったんだけどなぁ。なんだこのほんわか景色は」
「いいじゃないですか。普段は息苦しい夏もこうして過ごすとなんだか少し楽しくなります」
夏の陽気でいつも儚げにしている雪緒さんも、今日はきゃっきゃと楽しげだ。件さんに美味しいアイスの情報を聞いては、ふむふむと感心している。
「さあ、そろそろデザートにしましょうか」
あっという間に重箱の中身が空になり、カゲハさんがクーラーボックスを開ける。中にはいろとりどりのジェラートが入っていた。もちろん、件さん牧場のミルク製である。
「さ、ヒダルさんもどうぞ」
「キイイ!」
一口食べたヒダル神は、その冷たさにびっくりして飛び上がるが、味わっているうちにその美味しさを理解したらしい。
キイキイと言いながら嬉しそうにパクパクとジェラートを食べ勧めている。
「ヒダルちゃん、あのね。このジェラートはここの牧場の牛さん達の牛乳でできているのよ。だから、ヒダルちゃんが牛さん達の元気を無くしてしまうと、こういう美味しいものも作れなくなっちゃうの」
「キイ」
ヒダル神は神妙な顔でこくこくと頷いた。
「キイ! キイ!」
そして、ジェラートを食べ終わると、またいつもの上下に膝を曲げる下手くそなお辞儀をする。
いつもだったらそこから山の奥の方へ去っていくが、今日のヒダル神は違った。
ヒダル神の体が柔らかな光に包まれていく。そして光が一際強まった後、すっかりと姿を消してしまったのである。
「ヒダル神……満足してくれましたかねぇ」
「大丈夫でしょう。あの子、嬉しそうだったもの」
少ししんみりとしながら、私たちは美味しいジェラートを食べたのだった。
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