あやかしさんの古民家カフェで、ほっと一息、しませんか

野生のイエネコ

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21話 雪女編4

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 週末、父は母と連れ立って、松本までやってきた。
 駅まで朧車で迎えにいくと、父はキャリーケースを引き、母は古い旧車に驚いた顔をしている。
 朧車は元々二人乗りだったが、あんみつをたくさん食べた結果進化して、四人乗りができるようになっていた。

 「あんた、いつの間にこんな車買ったの?」

 「買ったんじゃないよ。この子もあやかし」

 あやかしに否定的だった母は、その言葉に困惑する。
 元々、伯母の死の真相を話してから態度は軟化していたものの、いきなりあやかしの車に乗れと言われれば困惑するだろう。
 
 昔から視えている私だって、最初は怖かったのだから。

 言うなればこれはショック療法だった。これから百合絵さんにカゲハさん、雪緒さんと、人間じゃない人々と関わることになるのだ。その前にいっそ、朧車で慣らしてしまおうという作戦である。

 「ほ、本当に乗っても大丈夫なのね?」

 私に急かされて車の後部座席に乗り込んだ両親は、不安そうな顔でキョロキョロと内装を見回している。
 見た目は普通の旧車だ。少しレトロで、おしゃれなイタリア車。

 けれどもエンジン音を聞く人が聞けば、普通じゃないとわかるかもしれない。
 これは本当はエンジンの音ではなく、朧車が気合を入れている時の声だから。

 ぶるぶると音を立てて、朧車は進んでいく。普通に運転している私を見て、両親はようやくホッとしたようだった。

 「で、今日はその『あやかし』カフェに行くんだな?」

 「うん、皆との顔合わせ。皆いい人……えーと、人じゃないけど、いいあやかしたちだから、安心して」

 「そういう問題かしら……」

 母は不安そうな顔でソワソワしているが、父は別の意味でソワソワしている。よほど三枝百合絵に会えるのが嬉しいのだろうか。
 父は、百合絵さんが吸血鬼だと知っても、幻滅した様子はなかった。むしろ「だからあれほど綺麗なんだな」と嬉しそうに言っていたくらいだ。

 ……これで母と修羅場にならなければいいけれど。

 カフェ・玉手箱につくと、カゲハさんが入り口を開けて出迎えてくれた。

 「ようこそ、玉手箱へ。あずみちゃんのご両親ですね。店主の燭谷影葉です。いつも娘さんにはお世話になっております。よく働いてくれているんですよ」

 人当たりの良い笑顔を浮かべたカゲハさんに、両親は少し気が抜けたようだった。あやかしカフェと聞いて、もっとおどろおどろしいものを想像していたのかもしれない。
 
 「百合絵さんももうすぐ着くって。あと山本くんと雪緒さんも」

 「雪緒さんって、あの雪女という……?」

 母が不安そうに呟く。

 「百合絵さんだって吸血鬼だし、カゲハさんだって人間じゃないんだから、そんなに不安がらないでよ」

 カゲハさんに至っては、時を司る神様だ。でも、流石にそこまでは説明しない。神様ともなれば両親がびっくりしすぎてしまいそうだから。

 そうこう言っているうちに、カフェの入り口の扉が開く。

 「お待たせ、カゲハちゃん。こんにちは、あずみちゃん。それに、あずみちゃんのご両親も」

 百合絵さんは今日も華やかな美貌に、高級ブランドのサングラスをかけている。長身イケメンなはずの、後ろに控えた山本くんが霞んで見えるほどのオーラだ。
 
 ちらり、とイタズラっぽくサングラスを上げて微笑む百合絵さんの姿に、父は胸を撃ち抜かれたようで、年甲斐もなく頬を染めていた。
 若い頃からの憧れの人だったそうだ。

 その後、雪緒さんも到着して、PVの撮影について話し合いが始まる。
 
 「さて、お父さん、8ミリカメラでの撮影について、現段階でどんなイメージをされていますか?」
 
 山本くんが口火を切る。
 
 「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはまだないが。そうだな。音は後からアフレコする形で、映像はフィルムっぽい質感が出るから、情緒を大事にする構成が良いだろう。スキー場の朝焼けや、滑る人々の姿。ロッジで燃える暖炉の温もり。それを百合絵さんが案内しながらナレーションで説明していくという形だ。あとは……地元の人の笑顔も欲しい」

 「良いですね。私は……そういうスキー場を理想にしています」
 
 雪緒さんが、しんみりとして呟いた。以前、「雪は冷たくても心は温かいスキー場がいいの」と言っていた雪緒さんだ。
 きっとありのままを映せれば、そういう優しい雰囲気が伝わるのではないかと思う。問題は、どうやってそのありのままの雰囲気をカメラの中に閉じ込めるかだ。

 「まあ、俺のイメージはそんな感じだが。肝心なのは雪緒さんがどんなPVにしたいかじゃないのか」

 物思いに耽っている雪緒さんにそうやって父が尋ねると、雪緒さんはコーヒーのカップを片手にゆっくりと語り始めた。

 「昔はね、雪って、嫌われ者だったんです」

 凍えて死ぬ人がいた。山の食べ物は冬になれば尽きた。雪かきは大変な作業で、雪に閉ざされれば集落内を移動することもままならない。
 春まで生き延びられるか、人々にとっては毎年命懸けの季節だったのだ。

 「雪の化身である私は嫌われ者でした。恐怖の象徴、嫌悪の象徴。そんな存在だったんです。それでも私は長い間、人々の営みを見ていました。囲炉裏端で震える子供を抱く母親や、懸命に雪かきをする男たち。雪に埋もれて力尽きて亡くなる人々。でも、ある時から潮目が変わった」

 雪緒さんが、柔らかな微笑を湛える。

 「ウィンタースポーツが流行り出したんです。雪は嫌悪の対象ではなく、冬の楽しみになった。一番流行ったのはバブル期の頃でしょうか。皆が雪を心待ちにして……」

 そこで雪緒さんは、声を詰まらせた。その美しい瞳に、薄く雫が膜を張る。

 「だから私は、もっと雪に親しんで欲しくて、人間に入り混じり、スキー場の経営をし始めたんです。」

 雪だって人に好かれたい。人を凍えさせ、殺す存在ではなく、一緒に遊んで楽しいと思えるような存在として、人間と仲良くしたい。
 雪緒さんのスキー場は、そんな思いから作られた場所だった。

 「よし! 絶対にいいPVを作って雪緒さんのスキー場にみんなが遊びに来たいって思えるようにしようぜ」

 山本くんが意気込んでそう言う。彼は少し熱いところがある男なのだ。雪緒さんの話を聞いて、より一層皆熱が入った。
 
 その後は撮影のスケジュールや、衣装の確認、機材調整などを行なった。
 父が持ち込んだのは小型の三脚や照明器具のみで、それらも古いものばかり。新しい機材についてはレンタルする形になる。

 最近はネットで注文すれば輸送してもらえるから、カフェまで事前に送ってもらっていた。

 「さあ、みなさん。話し合いも疲れたでしょう? 少し休憩にしましょう」

 「わあ」

 カゲハさんが、この店の名物、あんみつを持ってきてくれていた。

 今日は抹茶あんみつではなく、王道のフルーツと寒天、白玉のクリームあんみつだ。

 「わ、なんて美味しいのかしら」

 一口食べた母が、おいしさに目を見開く。

 「その粒あんはあずみちゃんが炊いたものなんですよ」

 「あんた、いつの間にあんこなんて作れるようになったの」
 
 母は驚きつつも嬉しそうだ。これ、小豆洗いくんが洗った小豆で、件さんっていう牛のあやかしが持ってきたクリームがかかっていると知ったら、どうなるんだろう。
 少し好奇心をくすぐられるけれど、母にとっては今日だけでももう十分刺激的だったはずだ。これ以上は少し疲れてしまいそうだから、流石に言わないでおいた。

 そうして方針が決まり、あとは地元の人たちから出演してくれる人を集めて撮影するだけだ。
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